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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第二部 本編
130/158

第五十六話 安堵する女

 

 灰色の小鳥が窓際に立つ真尋の指先で何かをさえずっている。

 一路は、それを横目に入れつつ、せっせと先ほど頭に叩き込んだ捜索願の情報を頭の中から紙へと書き写す。

 長机には第二小隊の者たちがずらりと並んでいて、皆、手帳を見たり、うんうん唸ったりしながら、記憶を振り絞ってペンを走らせていた。

 捜索願は老若男女問わずだが、この三か月間幼児の捜索願は何件かあったが、幸いなことにすべて解決済みとなっていた。

 

「ほう……さて、どうするかな」」


 顎を撫でながら真尋が首をひねると、小鳥も真似してこてんと首を傾げる。

 最後の一人を書き終えて、一路は顔を上げる。


「その子、兄ちゃんから? みっちゃんから?」


「園田だ……捜索願に、今回の被害者である獣人族のカレンのものはあったか?」


 真尋の問いに長机に向かう第二小隊の者たちが顔を見合わせたが、誰一人答える者はいない。

 ということは、カレンの捜索願は届けられていないということだ。


「リラとマリーは?」


「マリーは同居の両親、リラは同居の姉夫婦から捜索願が出ていました。どちらもガストンが迎えに」


 ジェンヌが答える。


「そうか、ありがとう。…………まあ、園田なら何がいようと対処できるだろう。……『護衛は海斗とポチに任せて、お前が行け』」


 伝言を吹き込み、空中に浮かせた小さな紙に何かを書き記すとそれを小鳥のくちばしに咥えさせた。

 真尋が小さな頭を指先で撫でると小鳥は翼を広げて飛び立っていった。


「さて、書き終わったか」


 窓を閉めて真尋がこちらにやって来る。


「はい。これを」


 カロリーナがまとめられた紙の束を真尋に差し出す。


「一路」


 ちょいちょいと指で呼ばれて彼のもとに行く。

 すごい速さで紙をめくり、真尋がそれを頭に入れて行く。かさかさと紙のこすれる音がする。そして、時折、隣に立つ一路に紙が渡される。

 百五十件ほどのそれを真尋は五分足らずで暗記したようだ。相変わらず規格外だなぁ、と感心しながらも、自身の手にあるこれはなんだろうと首を傾げる。

 真尋が残りはアイテムボックスにしまって、一路の手から数枚のそれを受け取る。


「この六人が事件に巻き込まれた可能性が高い」


 そう告げて真尋が指を振れば、六枚の紙が宙に浮く。

 一路も前に回り込んで、目を通す。騎士たちもぞろぞろと集まってくる。

 どれも若い女性だ。十八歳から二十三歳。人族、獣人族、妖精族と種族もバラバラだ。


「でも、どうしてこの人たちがそうだって思うの?」


「失踪した日付だ。彼女たちは全員、今日から遡って三週間以内に失踪し、その一日、あるいは、遅くとも三日後に家族、友人、恋人、職場などから捜索願が出されている」


「……グラウの下級騎士が所在不明になった日付と被りますね」


 カロリーナが言った。


「その通りだ」


 真尋が頷き、もう二枚、どこからともなく紙を取り出して浮かべた。

 それはリックがもらってきた報告書で、騎士たちの所在が不明になった日付が記載されていた。


「この誘拐事件自体がいつから計画されていたのかは、まだ分からないが、示し合わせたように騎士たちの失踪は同じ週の間に集中していて、それ以降、この女性たちは失踪している。無関係ではないと考えてもいいだろう。もちろん成人済みである以上、自発的に行方不明になっている者もいるかもしれないが、これは捜査の過程で分かるはずだ」


「では、我々はまず、この六名の女性たちの家族や友人、職場などに聞き込みをしてきます」


 カロリーナの提案に真尋が頷く。

 第二小隊は二十六名と事務官一名で構成されている。うち四名が屋敷の警護、三名が宿の警護、被害者家族の下に行っているガストン、そしてルシアンとピアースが例の本屋にいるため、ここにいる騎士は十六名となる。


「ああ。頼む。二人一組で一名ずつ当たってくれ。残りの四名は、そろそろリックの事情聴取が終わるだろうから、それを待て」


「了解です。では、担当を発表する! まず、ジョージとマイケル! お前たちは酒場の女給・エリーナだ!」


 カロリーナが部下たちに捜索願を渡して担当を割り振っていく。

 その間に真尋がいつもの魔石に魔力を込めて、騎士たち一人一人に渡していく。そして、小さな紙にペンを走らせて何かの文様を描いたものも同時に渡す。


「魔石の使い方は分かるな? それとこれは十分間だけ隠蔽魔法が発動し、周囲の人間が姿を認識できなくなる。簡易のものだから使用後、二十分はこの術式紋自体に休息時間が必要になる。出かけるときは、十分ほどの効能のものを俺がかけるので、ここへ来るときや何か必要に迫られたときは使え。そしてできれば使い心地や気づいた点などの報告をしてくれ、今後に役立てたいのでな」


「はい! ありがとうございます!」


 騎士たちがお礼とともにそれを受け取り、各々、懐やポケット、ポーチにしまっていく。

 騎士たちがずらりと真尋の前に並び、最後の一人がそこに加われば、一斉に騎士の礼を取る。

その真剣な眼差しを受けとめ、真尋が口を開く。


「このグラウに巣食う害虫は、いずれアルゲンテウス領自体の平和を侵し始めるだろう。この俺がドラゴンと剣を交えて命をかけて守ってやった平穏を乱すものは排除してしかるべきだ。不穏の卵を産み付けんとする害虫共を一掃する」


「はっ!」


 力強い返事に真尋が頷いて、ロザリオを腰から外してかざす。


「ティーンクトゥス神よ、勇ましき騎士たちに激励と守護の風を!」


 真尋の祈りに応えるように室内だというのに力強く風が吹き抜け、彼らの髪やマントを揺らした。風を浴びた騎士たちに表情が、いっそう引き締まり使命感の高まりを肌で感じる。


「では、行け。成果を期待している」


「はっ!!!!」


 騎士たちが威勢の良い返事とともに静かに駆け出していく。


「一路、手持ちの家具かその辺の家具で、会議ができるだけの捜査室を作っておいてくれ。俺はリックの様子を見てくる」


「手持ちの家具が当たり前にあると思わないでよね……あるけどさ」


 言うだけ言って、真尋はさっさと行ってしまった。

 ちなみにここにある長机は、地下の元食堂と思しき所から持ってきたものだ。


「イチロ殿、手伝おう」


「手伝います」


 残ったカロリーナたちが声をかけてくれる。


「ありがとうございます。じゃあ、長机もあるしここに作っちゃいましょう」


 一路はお礼を言ってカロリーナ達と支度を整えて行く。


「神父殿はやっぱり不思議な方だな」


 カロリーナがおもむろに言った。


「人を従える才能をお持ちだ。十九歳ということを度々忘れてしまうし、従うことに違和感を抱かせない」


「真尋君は生まれた時から人の上に立つように教育されていますからね。でも、あれで雪ちゃんには逆らえないんですから」


「ふふっ、確かに。ユキノ夫人を前にすると領主様さえ頭の上がらない神父殿もたじたじだからな」


 からからとカロリーナが笑った。

 

「小隊長、椅子が足りないので、私たちで地下の食堂にいってきます」


 ジェンヌと他の二名が申し出て、カロリーナが「頼む」と頷くと三人が部屋を出て行く。先ほど、捜索願を書き写している時も、椅子はなかったので皆、背中を丸めてペンを走らせていたのだ。


「……エドワードもだが、リックは、本当に私たちというか、団長が目をかけていて、ゆくゆくは次期領主様の護衛騎士にと考えておられた」


 隣にやってきたカロリーナがおもむろに口を開いた。


「ちらっと聞いたことがあります」


「そうか。……だが、二人は、いや、最初にリックが私のところに除籍願を持ってきた。私は団長が二人に目をかけていたことを知っていたから、団長に直談判しろと二人を連れて団長の下へ行った。団長は、最初は驚いていたが、理由を聞いて納得していたよ。リックは迷うことなく『マヒロさんの傍で彼を守る剣になりたいのです。それができぬなら、彼と同じく神に仕えたい』と言い切った」


 そのあたりのことは初めて聞いた。


「私たちクラージュ騎士団は、領主様ではなく、領民と領地に剣を捧げる。だが、護衛騎士だけはただ一人の主に剣を捧げることが許されるのだ。護衛騎士は上から命じられて着任する場合と相手から願われて着任する場合があるのだが、前者はともかく後者は、一度、剣を捧げてしまった主を変えるのは難しい。他に剣を捧げている騎士など、誰の護衛にもなれんからな。団長もそれを早々に悟って……政治的なことももちろんあるが、リックに神父殿の護衛騎士になることを許可した」


 カロリーナが苦笑をこぼす。


「……正直、インサニアに囚われて精神的に追い詰められていたリックさんは、もう騎士には戻れないんじゃって思っていたんです」


 一路の告白にカロリーナが振り返る。


「あの時のリックさんは、理想と現実の間で、自尊心だとか誇りだとか、これまでの努力といった騎士としての彼を支えるものが、嘘や欺瞞や虚勢、そして、絶望や恐怖によってぐちゃぐちゃになってしまっていて、分かりやすく言えば、壊れてしまっていました」


 一路は目を伏せ、あの時のことを思い出す。

 病室を覆う木の根は、まるで彼を守る剣のようだった。騎士である彼が、決して自分のためには使わないその剣を、相手に、それも仲間に向けてしまっていた事実が、彼の心の限界を訴えかけていた。生きるか、死ぬか、そのぎりぎりの瀬戸際にリックはいたのだ。


「僕には、あんな……絶望を湛えた人間を背負って連れ帰って来る勇気なんてないですから。でも、真尋君はまるで迷子の子どもを保護したかのようにひょいと背負って連れてきてしまった。彼だけじゃない。真尋君に仕える執事の彼だって、そうだった。生きることを諦めようとしていた彼を真尋君は連れ帰ってきて、生きる理由を与えた。それってきっと、誰にでもできることじゃない。現に今の僕には、励ますことはできても、生を選択させるだけの力はありません」


「神父殿は『俺のために生きろ』と言える強さをお持ちだ。私は二十五名の騎士と事務官一名の部下を持つ身だが、私のために生きろとは、とてもではないが言えない。それを言える強さというのは、得難いものだ。なにせ、その言葉は、相手の一生を、命を、縛るものだ」


「僕は……エドワードさんに、そう言える覚悟はまだないです」


「あれはどちらかというと、リックを心配し過ぎていてな。団長がだったらとイチロ殿の護衛騎士に任命した。いわゆる上に言われて着任したものだ。だが、誤解しないでほしいのは、あいつは最初こそ任務という意識が強かったかもしれないが……今はイチロ殿を信頼し、尊敬し、守るべき対象として認識している。自らの意思でな。でなければ、伝説級のドラゴンに任務という一点だけで挑めるわけがない。イチロ殿の護衛騎士として、絶対の信頼を貴方に示したんだ」


 思いがけない言葉に一路はカロリーナを見上げる。

 カロリーナは、柔く微笑んでいた。


「二人とも私の大事な部下だった。団長直々に託されていたこともあり、他より少々厳しく目をかけてきた。もちろん、将来的にレオンハルト様に仕えることになっていても二人は立派に責任を果たしただろう。だが、神父殿と出会って、自ら剣を捧げる相手を見つけられたことを……団長の期待に沿えなかった手前、大きな声ではいないが、上司として、仲間として誇らしく思っているのだ」


「カロリーナ小隊長さん……」


「とくにリックは、過去の辛い経験によって騎士はかくあるべきという理想が確立されすぎていた。私はそれが少々心配だったのだ。人は理想が崩れた時、簡単に壊れてしまうからな。だが神父様の下について、あいつは本当に生き生きとしている。エドワードは、貴族の三男坊で自分で身を立てて行かなければならない身だった。剣にも魔法にも自信があって、騎士を志したそうなんだが、あいつの騎士像は世間一般の真面目で正義感が強く、弱きを助け強気を挫く、そういう騎士らしい理想をなぞっているだけだった。悪いわけではないのだが、なんというか、それではいつか成長を止めてしまうだろうと思っていたのだ」


 そこで言葉を切ってカロリーナはふっと小さく笑った。


「だが、あいつも神父殿やイチロ殿の下で、リックとともに研鑽に励むうち、自分自身が目指すべき騎士像を見つけつつあるようだ。本人はまだ自覚していないようだが、鍛錬の際に剣を交えるたびに余分なものが削ぎ落とされていっているのを感じる。……まあ、落ち着きのなさだけは、なかなか治らんが」


 少しだけ苦い顔をした彼女に一路は思わず笑ってしまった。


「うっかり余計なこともしゃべっちゃいますしね」


「全くだ……。だが、あの二人はいずれ、正騎士になることも夢じゃないだろう。私はそれが嬉しく、誇らしいんだ」


 そういってカロリーナは、言葉通り心底嬉しそうに笑った。

 まるで息子を案じる母のような優しい笑みに、一路はエドワードの主として、自分自身ももっと成長していかなければ、と決意する。


「イチロ殿、これからもあの落ち着きのない三男坊を頼みます」


「ふふっ、なんとか躾を頑張ります」


 一路は差し出された手を握り貸して、笑って頷く。


「ぁぁぁああ! やめっ、ゆるしてくださっ!」


 だがカロリーナと一路の、ほのぼのした空気をぶち壊す男の悲鳴がカウンターの奥の部屋から聞こえた。


「……あとできれば、リックが……その、神父殿に似すぎないように、なんとか」


「…………それはちょっと、僕にはどうすることもできないですね」


 赦しを請う男の悲鳴を背景に一路は、そっとカロリーナから視線を外したのだった。






 部屋には入れば、同時に男の悲鳴が聞こえた。

 何もない部屋の真ん中に男が蔓に拘束されていて、細く尖った蔦がその目を狙っている。


「知っていることを全て喋って頂ければ、目をつぶしたりはしませんよ」


 男の前には穏やかに微笑みながら言っていることは大変物騒な護衛騎士がいた。

 エドワードは入り口の壁によりかかって呆れたようにそれを眺めていて、止める気はないようだった。


「あ、マヒロさん。どうされました?」


 エドワードが先に気づいて首を傾げた。

 真尋は中へと入り後ろ手にドアをしめる。


「止めろと言ったろ」


 奥の壁際には、すでに聴取を終えたらしい男たちが壁際に転がり、なにかに怯えるように身を小さくしている。


「騎士の身で犯罪に加担してたんですから、即刻粛清されなかっただけでもありがたいと思ってもらわないと。しかもリックは優しいから、最初の一人しか潰してませんよ。以降の奴らはビビって白状したんで。それに騎士じゃない奴らの取り調べは、俺もリックもまともにやりました」


 エドワードが肩をすくめて、あごでしゃくった先を見れば簀巻きにされた男たちが芋虫のようにうごめいていた。

 やれやれと嘆息して、煙草を取り出す。


「こいつで最後か? それで、なにか有益な情報は得られたか」


「最後です。……拠点はここ以外に最低あと二つあるようです。おそらく、残りの騎士紛いもそのどちらかにいるかと。計画自体はほんの二カ月ほど前から収穫祭による一時的な人口増加を目隠しにするために、立てられたものだそうです。後ろにいるのは、どうも南の地方の領都から流れてきた犯罪組織の連中のようです」


「ほう……縄張りでも追われたか」


 犯罪組織にもそれぞれ縄張りというものがある。

 タマやポチの存在によって、森の魔物が森の外へに逃げ出したように、より強い者の存在や何かしらの不利益をこうむり弱体化すれば、その縄張りを捨てて逃げるのは、魔物も人も同じだろう。


「そこまではあいつらには分からんようです。なにせ、下っ端の下っ端ですから」


「南の領都というとカルマンか」


「はい。それがこちらに流れてきて、ブランレトゥを縄張りにするため、手始めにグラウに手を伸ばしたようです」


「なるほどな」


 ふーっと紫煙を吐き出し、真尋はリックの下へ向かう。


「これ、名前は?」


「ベンです。二十四歳、第三大隊第二中隊、第三小隊所属の四級騎士でグラウ出身」


 リックがすらすらと答える。

 真尋が一歩前に出れば、リックは脇によける。


「では、ベン。今から言う名前に覚えはあるか? ……アリエル、デジレ、エリーヌ、ミランダ、ぺルラ、ビビアナ」


 先ほど、捜索願の中からピックアップした女性の名前をひとりひとり告げる。

 ベンの薄茶色の目は、怯えたように揺れているだけで、どの名前に反応も示さなかった。

 だが、床に転がっていたものの内、一人だけ反応したものがいた。指を振れば、そいつはベンの隣に並ぶ。すぐにリックの蔦がぐるぐるとそいつに巻き付いて拘束される。


「これの名は?」


「ラモン。二十一歳、第三大隊第二中隊、第一所属の五級騎士で、出身は同じくグラウです」


 ラモンは右目をつぶされていて、片方だけになった青い瞳が恐怖に揺れたまま真尋を見つめている。

 こいつが最初のひとりだったようだ。


「ラモン、エリーヌとはどういう関係だ?」


 ラモンの唇が震えた。


「……お前だけだ。先ほどの女性たちの名前に反応したのは、何か、心当たりがあるのだろう?」


 煙草を唇に寄せて息を吸う。ほろ苦いそれを楽しみ、ゆっくりと吐き出す。


「俺は、そう気の長いほうでもないし、リックほど優しくもないからな……だが、俺も神父だ。慈悲の一つはくれてやる」


 真尋は白手袋をはめた手を伸ばし、ラモンの右目に指先でそっと触れ、呪文を唱える。

 そうすれば、治癒魔法によって潰されたはずの青い瞳が取り戻される。ラモンが、驚きに目を見開き息を吞む。


「俺の魔力が続く限り、治し続けてやろう。目でも、鼻でも、歯でも、耳でも、爪でも、指でも、内臓、でも」


 指先で言葉と同じ場所をたどっていく。


「何度、俺の護衛騎士が壊しても、何度でも責任をもって俺が治してやろう、なぁ?」


「エ、エリーナ、は!!」


 馬鹿なりに、それが無限に続く地獄だと察したらしい。


「酒場の、女給、で、お、俺が、獲物の、ひとりとして、ここ、候補に挙げました……!」


「それで、どこに?」


「わか、わかりませっ、別のやつらの、管轄地域、で」


「管轄地域が決まっているのか」


「はい、はい、そう、そうです……!」


「おそらくですが顔によって騎士だとバレるのを防ぐために、普段の警邏担当区域は外れているものと思われます」


 リックが淡々と告げる。


「ふむ、小賢しいことだ。だが、そうか…………いるな。中に残って情報を流している奴が」


「ええ。間違いないでしょう。これらより上の級……おそらく二級騎士か一級騎士の誰かが、これらの指示役であり内通者ではないかと」


「そうだな……他所だと遠慮していたが、ラスリの一匹か二匹、潜り込ませておくとしよう。……お前たちにはまだまだ元気に働いてもらわねばならんので、少し休憩を与えてやろう」


 床に転がる男たちを見回す。


「ああ、そうだ。何か、どうしても話しておきたいことがある者は、早めにな」


 真尋が腕を横に持ち上げれば、その腕や肩にどこからともなく数羽のカラスが降り立つ。

 真っ黒な瞳がじっと男たちを見つめている。


「これは俺の故郷の鳥で、カラスという。雑食でな……戦場では人間の脳や目玉や死肉を好んで食べていた鳥だ。まあ、死んでいなくても、つつくぐらいはするかもしれんが」


 ン百年と昔の話だが、嘘は言っていない。

 男たちの青ざめていた顔が見る間に紙のように白くなる。


「……こうなる覚悟をして、道を踏み外したのだろう?」


 近くにいるベンとラモンの顔をじっと見つめて小首を傾げた。

 薄茶と青の瞳が逃げ場を失ってさまよっている。


「グラウのことはそれなりに気に入って居る。孤児院の子どもたちも連れてきてやりたいと考えているんだ。だから、町は綺麗にしておかなければな。判明したアジトは?」


「こちらに」


 リックからメモを受け取り、二人に退出を促す。


「これらにも休憩させてやれ。治療は必要になったらする。カラス、見張っておけ」


 真尋が踵を返したと同時にカラスたちはふわりと腕から飛び立ち、男たちの上にそれぞれ降り立った。

 一羽が、いまだ拘束されたままのラモンの頭の上に降り立ち、上からその顔を覗きこむ。じんわりとカラスの目が赤い光をともす。


「まだ、食べるなよ」


 部屋の外へ出ながら放った真尋の一言にカラスの「カァ」というのんきな返事が聞こえてきた。ドアを閉めると同時に誰かの悲鳴も聞こえたが、きっと気のせいだろう。

 リックとエドワードとともに真尋は、一路たちの下へと戻るのだった。








「母様、お迎えが来たよ」


 サヴィラがひょっこりと顔を出す。


「まあ、本当?」


「うん。ガストンが連れてきてくれたよ。ここに通していい?」


「ええ、お願い」


 雪乃が頷くとサヴィラが顔を引っ込めた。

 気分が落ち着くようにと三人でしていた編み物をとりあえずテーブルの上に片づける。

 そう待たずして足音が聞こえ、二組の夫婦が部屋に飛び込んでくる。


「ああ、マリー!」


「リラ!!」


「お母さん!」


「お姉ちゃん!」


 マリーとリラがそれぞれ腕を広げた女性の胸に飛び込み、女性たちは娘を、妹をきつく抱きしめ返す。そして、男性陣がそれぞれ丸ごと包むように抱きしめた。

 マリーの両親は、二人とも人族でマリーは母親によく似ている。リラは、姉は同じ妖精族で義兄はエルフ族のようだ。


「どれほど心配したことか……! 大丈夫か、怪我はないか?」


「な、ないわっ、ナルキーサス先生が丁寧に診てくださって、治療もしてくださったの……っ」


 父親の問いにマリーが泣きながら答える。


「だから送迎は、アルベロにしてもらいなさいと言ったでしょ!」


「ごめんなさい、お姉ちゃん……っ!」


 リラも泣きながら姉に謝る。

 妖精族は誘拐されやすいとティナも言っていたから、なおのこと心配だっただろう。

 雪乃は、様子を見に来た子どもたちに「大丈夫よ」と微笑みを返して、一度、寝室を出る。


「ママ、お姉ちゃんたちどうしたの?」


「お姉さんたちは、悪い人にさらわれてしまっていて、それをパパが助けたのよ。だから、会えて嬉しいって泣いているだけだから心配ないわ」


 不安そうに雪乃を見上げるミアの頭を優しく撫でながら説明する。


「ユキノ夫人」


「あら、ガストンさん。無事に連れてきてくださって、ありがとうございます」


「いえ、騎士の務めですから。……本当は皆さんが落ち着くのを待ちたいのですが、私も捜査に戻らなければならず、第二小隊の宿へ移動して頂かないとならないのです」


「でしたら、私が声をかけてきますので、お待ちくださいな。サヴィ、ミアたちをお願いね」


 ミアの頭をもう一度撫でて、サヴィラに託し、雪乃は寝室へと戻る。


「皆さん」


 抱き合う背に声をかければ、ぐるりと六人が振り返る。


「急かすようで本当にごめんなさい。護衛の関係で、早急に第二小隊さんのお宿に移動して頂かないといけないの。今は皆さんの安全を最優先にさせてくださいな」


「奥様、本当にありがとうございます……っ!」


 マリーの父が深々と頭を下げるとそれに倣うように他の五人も一斉に頭を下げた。


「いえ、私はお迎えに行っただけです。それに夫も当たり前のことをしただけだというでしょうから、どうぞ、お顔を上げてくださいな」


 雪乃がそっと肩に触れると、マリーの父は戸惑いながらも体を起こしてくれた。


「マリー、リラ、今日はゆっくり休んでね」


「ユキノ様、またここへ来てもいいですか?」


「カレンも心配ですし、ユキノ様にもお会いしたいです」


 マリーとリラがおずおずと問いかけてくる。


「ええ。でも、二つだけ約束を守ってちょうだい。出かけるときはご家族にきちんと行き先を告げることと、貴方たちの護衛に当たってくれる第二小隊の皆さんに声をかけて、絶対にあなたたちだけで来ないこと」


「はい。お約束します!」


「ありがとうございます! ……それと、厚かましいのは承知の上ですが、カレンの顔を見てから宿に」


 リラの願いに雪乃はガストンを振り返る。ガストンは、優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。


「あまり時間はとれないから、少しだけでよければ」


「ありがとうございます!」


 二人がぱぁっと顔を輝かせた。


「では、ご家族の皆さんは先に馬車へ」


 ガストンの声掛けに両親と姉夫婦は、雪乃にお礼を言いながら寝室を出て行く。その背を見送り、雪乃は二人を連れて地下へと向かう。

 ノックをすれば「どうぞ」とナルキーサスの返事が聞こえる。


「二人がお宿へ移動するから、その前に一目会いたいと」


「カレンは眠っているが、きっと夢の中で聞いているだろう」


 ナルキーサスの許可が下りると、二人が中へ入る。ナルキーサスが場所を譲り、マリーとリラがカレンの顔をのぞき込む。


「カレン、早く良くなってね」


「私たちとカフェに行くと約束したでしょう?」


「待っているからね」


「約束よ」


 マリーがカレンの頬を撫で、リラがカレンの手を握った。

 こころなしか熱によって苦しそうだったカレンの表情が和らいだように見えた。


「ナルキーサス先生、よろしくお願いします」


 マリーが頭を下げるとリラも頭を下げた。


「必ず元気にしてみせる。任せてくれ」


 ナルキーサスの穏やかな笑みに二人は少しだけ表情を緩めて、雪乃の下に戻ってきた。


「では、行きましょう。先生、お願いします」


「ああ」


 ナルキーサスに声をかけて、雪乃は再び階段を上がる。

 玄関でガストンが待っていた。


「ガストンさん、よろしくお願いします」


「お任せください、奥様。さあ、行きましょう」


 マリーとリラが「ありがとうございました」と雪乃に告げてガストンについて行く。

 玄関に横付けされた馬車に二人が乗り込み、ヴァイパーが馬車のドアを閉めた。防犯のためか、窓のないタイプの馬車は中の様子は分からない。

 ガストンが御者席に乗り込み、雪乃に会釈をすると手綱を引いた。馬がゆっくりと歩き出し、馬車は庭を通りぬけ、門の外へと出かけて行く。


「ふぅ、無事にご家族と会えてよかったわ」


 ほっと息をつくと隣に息子がやってくる。


「母様、少し休んでよ。あれこれして疲れたでしょう?」


「でも、夕ご飯の仕度をしないと……」


「それは俺たちが手伝うから。ミア、母様がちゃんと休むように見張ってて」


「はーい! ママ、こっちよ」


 ミアに手を引かれて家の中に戻る。


「ヴァイパー、俺とジョンとレオンハルトで手伝うよ。母様、今夜の献立は?」


「夜は冷え込むから、ポヴァンのミルクシチューにしようと思っていたの」


「了解」


 頼りになる息子はヴァイパーたちとともにキッチンへと向かう。

 雪乃もミアとともにリビングに入る。どうやらシルヴィアが双子たちの傍にいてくれたようで、雪乃たちに気づくと「ずっと寝ていたわ」と教えてくれた。


「ありがとうございます、シルヴィア様」


「ユキノは、ミアのお母様だから、さっきみたいに、ヴィーってよんでいいのよ!」


「まあ、光栄です。では、ヴィーと」


 雪乃の返事に嬉しそうにシルヴィアが笑い、ミアが「よかったね」と声をかける。

 ミアを真ん中にして、三人並んでソファに腰かける。

 優しい息子の気遣いをありがたく享受して、雪乃は可愛い娘たちを眺めながら、ほっと息をついたのだった。



ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

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更新するか悩んだのですが、不安な夜に少しでも寄り添えればと思い、更新させて頂きました。


次回の更新は、6日(土)、7日(日) 19時を予定しております。


1日も早い復興を心より祈っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 真尋さんは物理的身体的に怖いですが、雪乃ちゃんは精神的に怖いってことですよね(*^-^*)氷点下な雪乃もカッコイイです!! リックがどんどん真尋似にwwとても好きなので、どんどん似てくださ…
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