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称号は神を土下座させた男。  作者: 春志乃
第二部 本編
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第三十話 後悔する男

 サヴィラが想像していた倍以上は、満身創痍の姿で父はベッドの上にいた。

 母は疲れによる熱が出たと聞いたが顔色もよく元気そうで、マヒロを支えるように隣に座っている。そういった理由でか、父のベッドは広く大きい、多分、主寝室にあった大きなベッドだった。


「パパ……」


 あまりの姿に飛びつこうとしていたミアも足を止め、サヴィラの手をぎゅうっと握りしめている。


「ただいま、ミア、サヴィ。おいで」


 自由の効く左腕を広げて、マヒロが優しく笑うが、流石のミアだってこんな包帯まみれの父親に飛びつくことをためらっているようだった。

 動かないサヴィラとミアに、真尋がベッドの横に立つアルトゥロを振り返った。アルトゥロの横には、リックが立っている。


「包帯なんかしてるから、抱き着いてくれないじゃないか。顔の包帯くらい外しても……」


「こめかみの傷は小さくてまだ治してないんですよ。他がとにかく酷かったので……それに何より何がぶつかったのか大きな青あざができているんです。包帯を外したら逆に怖いですよ……そもそも点滴を外しただけでもかなりの譲歩ですからね? 治癒魔法だって限度があるんですよ。僕と義姉上とロイド先生の魔力が空っぽになるまで頑張ったんですから、大人しくしていて下さい」


 珍しくアルトゥロが強気な姿勢だ。


「だが」


「あ・な・た?」


 隣にいたユキノが、にっこり微笑んで首をかしげる。


「すまなかった。アルトゥロ、君たちの献身的な治療に心から感謝している」


 秒で手のひらを返した父に、母との力関係とアルトゥロの強気の理由を見た。父は絶対的に母に勝てないのだ。カイトの言っていた通りだ。リックが泣きそうになりながら感動と尊敬のまなざしを雪乃に向けていた。きっとこの三週間、はちゃめちゃな父に相当苦労したんだろう、可哀想に。


「……ミア、サヴィ、この通り、ちゃんと先生たちに抱き締める許可は貰っているから、おいで。お前たちを抱き締めたくて、急いで帰って来たんだ」


「ちょっとだけなら大丈夫よ。だめならママがパパを止めるから、いらっしゃい」


 ユキノにも言われて、サヴィラはひょいとミアを抱き上げて、父の隣に降ろした。父がミアの頬を撫で、そして、優しく抱き寄せれば、ミアはおずおずとその首に腕を回した。

 珊瑚色の瞳が見る間に潤んで、ぼろぼろと大粒の涙がミアの頬を濡らす。


「うっ、ふっ、パ、パパぁ……っ!」


「ただいま、ミア」


 愛おしそうにマヒロがミアの髪にキスをする。ユキノが、あやすように泣くミアの背を撫でる。父の左手には、変わらず結婚指輪が輝いていて、なんだかサヴィラは、それに無性にほっとする。

 ベッドに腰かければ、父の手が伸びて来た。しょうがないので頭を差しだせば、よしよしと大きな手が案外、力強く撫でてくれた。


「サヴィもおいで」


「俺を抱き締めたかったら、さっさと怪我を治してよね。そうしたら抱き締めさせてあげる」


 サヴィラが笑いながら言うと父は眉間にしわを寄せ、こう言った。


「……たった今、治った」


「……もうちょっとマシな嘘つけないの?」


 なんですごく頭いいのに、時々、とんでもなく雑な嘘をつくんだろう。

 マヒロは、ごほんとわざとらしい咳ばらいをした。


「ところで、俺の弟たちはどうした? 魔法を使えんから小鳥も使うのを禁止されていてな……」


「魔法を使うと張り倒されますよ、義姉上に」


 アルトゥロが冷たく言い放った。この父はナルキーサスにも多大なる迷惑をかけているに違いなかった。


「あの、あのね、パパ……」


 ミアがしゃくり上げながら顔を上げた。どうした、と優しく父が問う。


「チィちゃんとサキちゃん、にげちゃったの……っ」


 ミアの言葉に父と母が顔を見合わせた。

 どういうことかと目で説明を求められて、サヴィラは口を開く。


「下でイチロには会ったんだ。チィもサキも喜んでたよ。それで部屋の前までは一緒に来たんだよ。でも、ここに入る寸前で、二人ともどっか行っちゃって。……なんか怖気づいちゃったのかな? わかんないけど。カイトが俺とミアに先に行っておいでって言ってくれて。……その包帯まみれの姿で追いかけようとしてるなら俺も怒るよ」


 体を起こし掛けたマヒロが渋々、ベッドへと戻る。横でユキノが心配そうにドアのほうを見る。


「私が、行こうかしら」


「熱がある君が無理をしたら、二人が泣く」


 自分のことを棚に上げて父が言った。お前が言うなって言葉の見本みたいだ。


「母様、大丈夫だよ。イチロとカイトとミツルが追っかけていったから」


「心配でしたら私が見て来ましょうか? でも、会ったこともない大人に追いかけられるのは怖いですかね」


 リックが言った。アルトゥロが「かもですねぇ」と頷く。

 エドワードだったらイチロが何か言う前に「行ってくる!」と走り出しているだろうな、と思ったのは内緒だ。


「リックも見たらびっくりするよ。父様の子どものころって、こんな感じだったんだなって顔をしてるから」


「あそこまで喜怒哀楽豊かじゃなかったがな」


 マヒロがそう言って肩を竦めた。

 ミアがすんすんと鼻をすすりながらドアのほうを振り返った。母も同じドアのほうを見て、立ち上がろうとしているのをサヴィラが手で制して、ベッドから降りてドアのほうへ行く。


「ほーら、大丈夫だって」


「真尋くん、首をながーくして待ってるはずだよ」


「真智様、真咲様、頑張りましょう、ね? 大丈夫でございますから!」


 ドアの向こうからカイトとイチロ、そしてミツルの声はするのに双子の声はしない。

 訝しみながらドアを開ければ、一路に抱っこされ、カイトの脚にしがみつく双子の姿があった。正直、何もかもがそっくりだし、お揃いの服を好んで着ているので、分かりやすく違う瞳の色が見えないとサヴィラにはどっちがどっちだか分からない。

 

「ほら、チィ、サキ、父様が待ってるよ」


 サヴィラも声をかけるが、二人はそれぞれにしがみついたまま首を横に振った。

 困ったな、と思いながら父を振り返る。父が手で退くようにと伝えてきたので、サヴィラはドアの脇へ下がる。


「真咲、海斗の脚じゃなくて俺のところにおいで。真智も一路じゃなくて俺にしがみつけばいいだろう?」


「え? 分かるの?」


 驚いて目を丸くする。

 父は、ふっと柔らかく笑った。ミアが、双子のために場所を譲り、ユキノの膝に移動していく。


「分かるに決まってるだろう。おいで、真智、真咲」


 低くよく通る声が、陽だまりみたいに優しく二人を呼んだ。だが、双子はやっぱり顔を上げない。

 するとイチロとカイト兄弟が顔を見合わせ、強硬手段に出た。イチロはそのまますたすた歩き出し、カイトはしがみつくマサキをひっぺがして抱き上げ、父の下へ行く。サヴィラもなんとなくついて行って、リックの隣に行く。


「はーい、幼馴染宅配便からのお届けものでーす」


「受け取りのサインをよろしくお願いしまーす」


 イチロが指を振ればマチとマサキがふわりと浮かんで、父の横に着地する。双子は、怒られるとでも思っているのかぴったりくっついて、怯えたように父を見上げていた。


「俺は今、右腕を犠牲にしたことを猛烈に後悔している。殴るんじゃなくて、蹴り飛ばせばよかったな」


 唐突に父が言った。


「そうすれば、二人をもっとちゃんと抱き締めてやれたのに」


 左腕が伸びて、双子をまとめて抱き締めた。双子の体が、大げさなくらいに跳ねて強張った。

 ユキノが「大丈夫、大丈夫よ」とあやすようにその背を撫で、ミアも「だいじょぶよ」と鼻声で言った。サヴィラは、リックの傍を離れてベッドに腰かけて父の腕が足りない分を補うように、父の傷に響かないように注意しながら二人を抱き締めた。


「俺は父様の右腕の分ね」


「じゃあ、ミア、ミアね……うーん、みぎのて!」


 ユキノの膝から降りたミアがサヴィラの隣にやってきて、二人の頭をぽんぽんと小さな手で撫でた。


「……いきなり、置いて行ってしまって、すまなかったな。辛い思いをさせてしまった。あんなに傍に居ると約束したのに、守れなかった。本当にすまない」


 マヒロが悲しそうに眉を下げた。

 涙の匂いが濃くなって、触れている双子の体が微かに震えだす。


「こんな遠くまで追いかけて来てくれてありがとう。ユキノを俺のもとに連れて来てくれたんだな。お前たちにも、また会えて……本当に嬉しい。ありがとう、真咲、真智、俺の下に帰って来てくれて」


 双子がおずおずと顔を上げた。マヒロが、柔らかに微笑んで二人の額にキスをした。


「ほらね、大丈夫だったでしょう?」


 ユキノが、慈しむように目を細めた。


「ふ、うっうわぁぁあん」


「ひっく、う、ぁぁああああ」


 声を上げて泣き出した双子に父の腕の力が強くなったのに気づいて、サヴィラも少しだけ力を籠める。双子の手が父の首や体に伸びて、アルトゥロが「あ」と声を漏らしたが、リックが止めた。

 ミアが「いっぱい泣いたら、すっきりするのよ」と、まるで小さな子に言い聞かせるように言って、二人の頭を両手で撫でる。ますます大きくなる泣き声は、目一杯の安心が詰め込まれていた。

 

「まぢざまぁぁ、まざぎざまぁあ、よが、よがっだでずねぇぇぇえ!」


 今日も絶好調にミツルが号泣している。彼の両脇でイチロとカイトが慣れた様子で「よしよし」と慰めていた。

 双子は、一生懸命、マヒロにしがみついているのがサヴィラにも伝わって来る。死んでしまったと嘆いた兄に再び会えることが、どれほどの奇跡で、どれほどの喜びだろうか。でも、きっと喜びだけじゃなくて、勝手にいなくなってしまったことへの怒りとか哀しみ、寂しさ、本当に色んな感情がごっちゃになってしまっているのだろう。

 ニホン語と思われる言葉で紡がれる何かの訴えを、マヒロは丁寧に拾い上げて返事をしている。やっぱりニホン語だから分からないけれど、すごく優しく聞こえて、なぜだか、サヴィラも安心する。

 不意に父が少しだけ抱き締める腕の力を緩めて、ミツルに向かって「おいで」と指を動かした。するとミツルは泣きながらすぐさま真尋に駆け寄り、首を傾げた。


「お前もよく頑張った。ありがとう」


 そう言って父が、ぽんぽんとミツルの頭を撫でた。


「ま、ま、まひろざまぁぁぁああっ!!」


 どばぁ、と再び涙が溢れ出してミツルがベッドに突っ伏した。ミアが、ミツルにもよしよしをしてあげていた。

 双子とミツルの泣き声がすすり泣きになった頃、マヒロが顔を上げた。


「海斗も久しぶりだな」


「うん。久しぶり……で、何をどうしたらこんな大怪我するわけ?」


 カイトがマヒロをしげしげと見ながら言った。

 確かに顔の半分は包帯で覆われているし、右腕はガチガチに固定されていて、自由な左腕だって包帯が巻いてあるし、首元も包帯が見えている。


「世界の平和を守るとこうなるだけだ」


「確かにそれもありますが、ここまでの怪我をなさったのは無茶をしてドラゴンを殴ったからです。そのため、右腕は二か所の骨折、肩は脱臼しておりました」


 父は秒で護衛騎士に裏切られていた。母の笑顔から温度が消えていく。


「雪ちゃん、真尋くんってば魔力もないのに、無理矢理ポチを従魔にしたもんだから大変だったんだよ。その上、僕の言うこともキース先生の言うことも聞かないしさぁ。この怪我で歩き回って、最終的に吐血までしたんだよ」


 イチロがここぞとばかりに告げ口している。

 サヴィラはミアを抱いて、そろそろっとベッドから降りる。イチロとカイトが双子をそれぞれ回収する。しがみついていた双子も危険を察知したのか、素直に離れて行った。ミツルの涙も引っ込んでいる。


「あ・な・た?」


 ゴゴゴゴゴ……と地鳴りが聞こえてきそうな笑顔でユキノが隣の夫を振り返る。

 マヒロは絶対に目を合わせないようにそっぽを向いている。すごい、相手がキラーベアだろうが、ヴェルデウルフだろうが、インサニアだろうが臆することのなかった、鋼の心臓を持つと揶揄される父が怯えている。


「奥様、こちらマヒロさんの無茶と無理を記した日記です。サヴィラが私に用意してくれた、私の心の命綱でした。ご参考までにどうぞ」


 そう言ってリックがサヴィラが渡した日記帳をユキノに渡した。父が睨むが、リックはおかまいなしだった。サヴィラの手にあるより、父には効果があるだろう。サヴィラの説教だって、さほど聞かないのだ、この父は。


「さて、本当はもう少し傍にいさせてあげたいんですが……また点滴をして、寝てもらわないといけないので」


 アルトゥロが申し訳なさそうに言った。


「大丈夫だよ。また後で来てもいい?」


 サヴィラの問いにミアも顔を上げて、アルトゥロを見る。アルトゥロは、ミアの頭をぽんぽんと撫でて頷いた。


「ええ。もちろん。寂しくてどうしようもなかったらいつでもいいですよ。むしろ、点滴が終わったらこの人が動かないように一緒にいてください。夜は隣にベッドを用意するので、勝手にベッドから抜け出さないよう、見張っていてください」


 これだけの、どうやっても動けなさそうな大怪我をしていながら治癒術師にここまで「ベッドからの逃亡」を心配される患者も早々いないだろう。


「もう一度、頭くらい撫でさせてくれ」


 そうねだる父に、サヴィラはしょうがないのでミアを差し出す。ミアは嬉しそうに撫でられてご機嫌だ。サヴィラも父の目の圧がすごかったので撫でてもらい、場所を譲る。イチロとカイトに抱っこされたまま、双子も頭を撫でてもらって嬉しそうだった。

 最後にマチの頭を撫でた手が、名残惜しそうに離れて行く。


「お兄ちゃん、雪ちゃん、ゆっくり休んでね」


「ちゃんと先生の言うこと聞いてね」


「パパ、またね」


「何かありましたら、なんなりとお申し付けくださいね」


 双子とミアとミツルが名残惜し気に父を振り返りながらも、サヴィラたちは臨時で設けられた治療室を後にする。母が終始、ずっと笑顔だったのが怖いが、父は自業自得なので、致し方ない。

 父の傍に残るものと思っていたリックも部屋を出て来た。


「リックもおかえり。いいの? 俺たちと一緒に来ちゃって」


「ただいま、サヴィ、ミア。いいんだ。また眠られるなら、私がいないほうが落ち着くだろうしね」


 リックの大きな手がサヴィラとミアの頭を順番に撫でてくれた。


「ちぃ、咲、この人はリックさんだよ。真尋くんの護衛騎士なんだ。さっき会ったエドワードさんの相棒でもあるんだよ」


 イチロが双子にリックを紹介する。兄弟に抱っこされている双子は、おずおずと顔を上げた。


「初めまして、リック二級護衛騎士と申します。お兄さんの護衛を務めさせて頂いております」


 リックが丁寧に騎士の礼を取る。

 双子はぐすぐすと鼻をすすりながら「こんにちは」と挨拶を返した。


「あのね、リックくん。おめめがねぇ、銀いろときみどりいろはマチちゃん、銀いろと水いろは、マサキちゃんっていうのよ。ミアはねぇ、チィちゃんとサキちゃんってよんでるの」


「そうなんだね。教えてくれて、ありがとう、ミア」


 リックにお礼を言われて、ミアはくすぐったそうに首をすくめた。


「リックはこの後、どうするの?」


「それがまあ……報告書の作成が溜まっていてね。私もなんだかんだ、戦闘後は丸二日寝てたんだよ」


「リックも怪我したの?」


 思いがけない言葉にサヴィラは思わずリックの頭のてっぺんから足の先まで視線を走らせるが、いつもの騎士服をまとった彼は元気そうだった。


「ドラゴンの尻尾の攻撃で足の骨が折れたらしいんだけど、寝ている間にイチロさんが治してくれたんだ。それで丸二日寝て、その後はマヒロさんのお遣いと監視をしていたから、とにかく書類仕事が溜まっているんだよ。マヒロさんの代わりに騎士団にも行かないといけないしね」


 そう言ってリックが苦笑を零した。騎士は大変だなぁとサヴィラは「無理しないでね」と彼をねぎらう。


「それにエディとイチロさんが、明日にはまたエルフ族の里に戻るから、それの準備もあるし」


「そうなの、イチロ? 帰って来たばっかりなのに」


 驚いてイチロを振り返る。イチロは、マサキを抱え直しながら「うん」と頷く。


「真尋くんっていう問題児を置きに来ただけだからね。浄化の必要性はないとはいえ、やっぱりもっときちんと確認はしておきたいんだ。あ、大丈夫、今度はティナも一緒に行くから。ポチなら、里にもすぐに着くし」


「一路、俺は? 兄ちゃんも行く」


「えー……せっかく、ティナと二人きりなのに」


 エディがいるんじゃない?と思ったが、サヴィラは口には出さなかった。普段からイチロとティナのデートにひっついていくエドワードなので、すでに空気の扱いなのかもしれない。


「まあ、兄ちゃんも役に立ちそうだからいいけど……」


「やったぁ! 愛してる、イチロ!!」


 カイトが喜ぶと、イチロは「特別だからね」となんだかしかめっ面で言った。これは、レイと同じ「つんでれ」なのかな、とサヴィラは思った。


「ところで……そのポチって何? あと、さっき、父様がドラゴンを従魔にしたとかなんとか言ってなかった?」


「ああ、まだ紹介してなかったっけ……どこに行ったのかな。庭かな……真尋くんが従魔にしたんだよ。それを詳しく教えてあげるから、とりあえずポチを探そうか」


 そう言ってイチロが歩き出す。カイトもそれに合わせて歩き出した。

 サヴィラはミアと顔を見合わせ、リックを見上げる。リックは遠い目をして、天井を見上げていた。


「……本当に?」


 サヴィラの問いに、リックは目を閉じると深く、それは深く頷いた。

 この後、庭で遊んでいるポチ――その愛玩魔物みたいな名前には、全く似つかわしくない真っ黒なドラゴン――に会い、その上、父が従魔にした理由にサヴィラは開いた口がふさがらなくなるのを、まだ知らなかった。







 アルトゥロが「安静ですからね」と念を押して出ていくのを見送って、真尋はベッドに身を任せる。


「……本当に、小さくなっていたな」


 隣に座ってリックから進呈された日記帳を呼んでいた雪乃が振り返る。真尋はそれを彼女の手から抜き取って、枕元に置いた。


「君も寝ろ。まだ熱があるだろう」


「熱は下がったわ、真尋さんが逃げ出さないように寝ましょうかしら」


 ふふっと笑って雪乃が隣に寝ころんだ。どこにいたのかタマとポチが出て来て、布団をかけ直してくれる。それにお礼を言うと、器用に前脚で窓を開けると二匹は庭へ出て行った。ちゃんと閉めていくのも律儀だ。


「傷、痛む?」


 雪乃が気づかわしげに真尋を見上げる。


「少しな……ミアは遠慮していたようだが、二人は思いきりしがみついてきたからな」


肩や胸辺りの傷がずきずきと痛む。アルトゥロが確認してくれたが、開いてはいないのでそのうち治まるだろう。

アルトゥロは「まあ傷は開いてないですし、こればっかりは……義姉上も許してくれると思いますよ。子どもと女性には優しいですからね」と苦笑いをこぼしていた。


「本当に、小さくなっていたな」


 真尋の二度目の言葉に雪乃が「ええ」と目を伏せた。

 無駄に記憶力のあると自負している真尋の記憶に刻まれていた大きさより、双子は小さくなっていて、痩せていた。それだけ悲しませてしまったと、追い詰めてしまったという事実に傷よりも胸が痛む。


「……君たちと離れ離れになって、願っていたのは……君や真智や真咲が、園田が……幸せであることだけだった」


 本当にただそれだけだった。

 悲しませてしまった分、辛い思いをさせてしまっているだろう、その分、幸せでいてほしかった。我が儘で身勝手な願いだと知っていたけれど、もう抱き締めてもやれない真尋には、そう願うことしか出来なかった。


「馬鹿な人だ……本当に」


 目を閉じて、息を吐き出す。

 二人は、真尋にしがみついて「どうして置いて行っちゃったの」「お兄ちゃんと一緒が良かった」「お父さんが僕たちいらないって」「お兄ちゃんもいらない?」「だから置いてったの?」と心の中の不安や恐怖、憤りを必死にぶつけて来た。

 真尋は、それを丁寧に拾い上げて、謝って、抱き締めて「絶対に必要だ」とそう言ってやることしかできなかった。両腕で抱き締めてやれないことがもどかしくて、悔しくて、でも、優しい息子と娘が、真尋では足りない分を補ってくれていた。


「本当は、来月には教会を開く予定だったんだが、俺もこの怪我ではどうにもならんし延期になるだろうな。神父としては海斗がいるが、町の人にとっては新参だし、神父として動くにはまだ信頼が足りないだろう」


「そうねぇ。ところで私、修道女らしいんだけど、修道女って何をするのかしらねぇ」


 雪乃が首を傾げた。


「何を、するんだろうな? それも後で考えよう……それより、いっそ春くらいまで延期して、しばらくは子どもたちとゆっくり過ごすか。もちろん、一路や海斗、領主様とも相談の上になるが」


「いいの?」


「今日明日、急いで開いたところで、そう変わらんだろう。……何かを信じるというのは勇気がいるからな。とくに、俺や一路は町の危機を救ったからか、個人的には寛容だが、教会となると警戒心はまだ根強い。全部、王都のパトリア教会のせいだ。それだったらもう少し、教会を開いていないという絶対的ではない状態で、町の人と交流したほうが、彼らも教会に来やすいだろう? 神父が一人増えるなら、もっとやれることも増える。改めて教会の活動について考える必要性もある」


「私はここへ来て、お屋敷から出てないから分からないわ。でも、真尋さんがそう言うならそうなんでしょうねぇ」


 雪乃がおっとりと頷いた。


「とりあえず、近々、グラウの町に行くか。グラウの町は温泉が湧いているそうだから、俺の療養にもなる」


「あら、温泉はいいわねぇ」


「俺は領主の頼みより家族を優先にすることに定評のある男だからな……まずは、真智と真咲の心を癒すことに時間を費やしたい。大事なものをないがしろにする神父では、信用もあったもんじゃない」


「教会のことは追々考えるとして、今は寝なさい。もう、本当に……あなた無茶しかしてないんだから」


 雪乃が眉を寄せて真尋を見上げる。


「あれはリックが……大分、誇張しているんじゃないか?」


「ドラゴンを殴った事実をそれ以上どう誇張するのよ。……多分、あなたがポチちゃんを殴った時か従魔にした時、魔力が足りなかったのでしょうね。私の魔力、ごっそり消えたのよ。それだけじゃないわ、あなたがお守りのように持たせていた皆の魔石からもあなたの魔力が消えたの」


 驚きに目を瞠る。


「だ、大丈夫だったか?」


「倒れだけど、それだけよ。貧血みたいになっただけ……私とあなたの相性が良すぎるのかもしれないわねぇ」


「キースに診てもらうか? いや、診てもらおう、心配だ」


「だから大丈夫だって言ってるでしょう? 寝なさい」


「いや、油断はよくない。診てもらおう」


「分かりました。……寝る気がないようですから、お説教タイムとします」


 すっと目を細めた雪乃が起き上がり、真尋の横に座り直した。

 これはまずい、とすぐに白旗を上げるが、時すでに遅し。


「寝る。今すぐ、寝る。君もまだ熱が……」


「もう下がってるわよ。一くんのお薬のおかげでね。そもそも、そのすぐ睡眠を後回しにする癖、いかがなものかと思うわ。私が居ないと熟睡ができなくても、ちゃんと休みなさいっていつもいつも言っているでしょう? そ・れ・に、ミアから聞いているわよ。あなた、風邪引いた時も無茶したんですって? サヴィラからも、あなたの大人げない言動についてあれこれ聞いているのよ。あなた、ジョンくんに気を遣わせるってどういうことなの? 本当に大人げないんだから。ジョンくんはまだ八歳よ」


「クソッ、身内に密告者が多すぎる……っ」


「密告されるようなことばかりするあなたが悪いんでしょ!」


 いつもならキスで雪乃の口をふさいで、あれこれ誤魔化すところだが体が動かないのでそれもできない。

 雪乃は、リックからの密告書(日記帳)を読み上げてまであれこれ説教して来る。ぐうの音も出ない真尋はそれをしおらしく聞いて、頷く事しか出来ない。ちょっと反抗的な返事をすると「お味噌汁、あなただけ一カ月禁止にするわよ」と血も涙もない罰を下そうとする。さすが雪乃だ。真尋の扱いを心得ている。

 それから真尋は、点滴が終わるまでの二時間(一度目より薬が多いため長いなんて不幸だ)、雪乃にきっちり説教されたのだった。



ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

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[良い点] サヴィとミアは本当に気遣いができて優しい子ですね 特にサヴィの細やかな気遣いにマヒロさんはもちろんですが、マヒロさんのせいで大変な皆様の精神の、まさに命綱ですね(笑) サヴィラの精神耐性が…
[良い点] ようやく家族揃って、双子ちゃんも真尋に会えて本当に良かった!!! 身内に密告者が多すぎる、に笑いましたw真尋さん、自業自得というものですよ(笑) [気になる点] 二匹のドラゴンはもしや番…
[良い点] 更新ありがとうございます。 皆が揃えたこと、真智ちゃんと真咲ちゃんが真尋氏にちゃんと愛されていることを認識出来た事・雪ちゃんに真尋氏が叱られたことなど沢山です^^ [気になる点] キース…
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