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第四話 準備

 ざわついている、そう思って意識が覚醒した。


 次に感じたのは、体中が痛いということだ。すぐにしこたま蹴られた事を思い出し、良かった生きていると安堵した。スマイルは運が悪い方だが、その中でも運は良い方らしい。


 体の節々が痛むのを表情に表わさない様に、うっすらと目を開けた。


 最初に目に入ったのは、鉄格子。遅れて煉瓦というか石? で出来た壁。目をきょろきょろ動かす。後ろは確認できないが、おそらく出口のない石の壁に囲まれ、鉄格子で閉じ込められている。普通に牢獄だ。奥に目を向けると同じく鉄格子がある。中に人もいた。数人いる。覇気がない。俯いている。元気がない。世界が終わっているような雰囲気を醸し出している。


 牢屋と牢屋の間には通路がある。誰もいない、と思う。だが、誰かが話しているのが聞こえる。見えないだけで、誰かいるのは間違いない。


 体を動かそうとしたら、動かなかった。


「は……?」


 手は後ろ手に回され、足は自然体に曲がっている。だが、手はあのガキのように拘束されているし、足ももちろん手錠で固められていた。幸いなのは手錠はそれぞれ一個だけしか嵌められていない事だ。いや、よくねーよ?


「ふぐっ……!」


 手足に力を入れてみたが、どうも壊れそうにない。「だめだこりゃ……」


 すると、足音がこっちに近づいてきたのが分かった。すぐにぐったりとして、目を瞑った。


 スマイルの前を通り過ぎてくれることを願ったが、止まってしまった。


「こいつか」


 しゃがれた声だ。二人いる。


「はい。あのガキと一緒にいました」


 この声には聴き覚えがある。スマイルを蹴りまくっていた奴だ。

 薄目を開ける。


 しゃがれた声の奴はそこまで背はでかくない。だが、異様な威圧感がある。薄汚れたスーツを着ている。それがまた雰囲気を醸し出していて、非常にヤバい気がしてならない。


「結局ガキは見つからなかったんだな」

「はい。部下を探しに出していますが、まだ見つけたという報告は受けていません」

「もう二日たっているんだぞ。オレが出張してる間にヘマしやがって。見つからなかったらお前ら殺すからな」


 やっぱやべえ奴だ。

 まだ話しているが、結構べらべらしゃべってくれる。おかげで色々情報が手に入る。


 あれから二日たっているらしいし、しゃがれた声男――おそらくボスは今日戻ってきた。どうやらこいつらはあのガキをいたく気に入っているようだ。相当な高値で売れるらしい。つまり、こいつらは人身売買をしている業者のようだ。


 とてもやばいやつらに行きあたってしまった。この国はほぼ無法地帯だ。法はあるが、機能していない。だからこそ、こんな連中がいたとしてもおかしくない。むしろ、普通なのだ。この国の住民は自衛の術を得なければ、明日すら定かでない生活をしなければならない。


 色々考えていると、鉄格子の鍵を開けて奴らが中に入ってきた。


 え、なんですか? なんでこっちに来るんですか? そのバケツはなんですか? 

 スマイルは状況を打開する方法を探してみるが、いやいや芋虫同然では何もできないではないかと思い至り、でも何もしないと本当にヤバい――


 タロウと呼ばれた部下らしき男が、スマイルの髪の毛を掴んで有無を言わさず水の張られたバケツの中にスマイルの顔面を突っ込んだ。


 突然の事ですぐに息を吐いてしまって、途端に苦しくなった。


「ンンンゥゥウウ!」


 知らばれた手足をバタバタさせるが、それからたっぷり十秒は呼吸できなかった。気が遠のきかけたときになってようやく引き上げてくれた。


「うぼぁっ、おほっ、ふほ……!」


 脇目も振らず空気を求めて呼吸した。空いた口からは水か唾液か分からないものがだらーっと流れる。

 一秒だけ呼吸させてくれると、また水攻めを食らった。


 十回以上この責め苦を食らい、もうやめてと思いだしたころになってようやく解放してくれた。


 ボス的存在が最後に一発スマイルの腹を蹴って、息つく間もなく髪の毛を掴み上げた。


「……いってーな、もう」

「そんだけ元気がありゃ上等だ」


 スマイルの頭をボールか何かと勘違いしているのか、石畳に投げつけた。側頭部を大いに強打して、眩暈がした。


 なんなの。でもなあ。この手の奴は相手を見下したら、手痛い仕打ちが待っている。目線は絶対に逸らさないし、弱気にはならない。強気で行く。


「……どうでもいいんだけど、そろそろ帰してくれない? こっちも暇じゃないからひゃ」


 噛んだ。呂律が回り切ってない。ふわふわしてる。だめかも。ボス野郎の目つきが尋常じゃなくこえーし。


「オレぁ、色々な奴を見てきた」


 突然なんだ。


「テメーみたいな状況になった奴も大勢いた。どいつもこいつも最初は強気だ。何でか知らんけどな。殺されないとでも思ってるのか。笑える」


 ボスは本当にうっひゃっひゃと笑った。


「小僧。お前、手足ガチガチに縛ったガキと一緒にいたろ」

「……それが、なに?」

「どこに居るか知ってるか?」

「……知らん。寝てたし。そっちの奴が知ってる」


 スマイルはクイッと顎を動かした。

 ボスは目線を動かさない。


「本当にか? どっか匿ってんじゃねーのか? さっさと吐いた方が身のためだぞ」

「知らんて。どっかいったんだろ。二日たってんだろ? 手遅れじゃねーのか。お前の部下、無能すぎ」

「かもな」


 ボスは立ち上がった。


「もういいだろ。帰してくれ。こっちも仕事がある」

「帰さねーよ。分かんだろ。奴が見つかるまでお前はここにいろ。つーか、帰さねえ。売り飛ばすしな」

「ちょ、待てよ。ぼくなんて全く売れねーぞ? 飯代で損するだけだって。さっさと帰した方がお前らのためだぞ? マジだぞ? 早くした方が良いぞ。な? 言うこと聞いとけ?」


 ボスもタロウもそのまま出て行ってしまう。


「ちょ、待って。お願い。帰して。え、なんで。おかしいでしょ。黙ってないよ。ぼくの仲間がやってきてお前ら皆殺しにされちゃうかもよ?」


 ボスが鍵をかけ、タロウもどこか行ってしまう。


「安心しろ。お前は売れる。可愛い顔立ちしてるから、そっち方面の奴が放っておかねーよ。すぐ売れる」

「売れませーん! 絶対売れませーん! 知らんぞー! お前ら絶対殺してやるからなっ。本当だぞぅ。今に皆来るからな。やべーぞ。何人来ると思う? 五百人は堅いぞ!」


 二人は完全に無視して、どこかに行ってしまった。


「……誰も来るわけねーだろ」


 終わった。悪運ここに尽きた。スマイルの人生はここで終わる。どこかの変態に処女を奪われ、犯されまくる人生が今始まろうとしている。吐き気がしそうだ。動悸が凄い。体中が痛いし、混乱しまくってぐわんぐわんする。


 んがー、駄目だー。終わりだー。あんなガキに関わったばっかりに。うぐおー。頭を抱えたいのに、それも出来ない。


「んお? そういえば、腹減ったような……?」


 スマイルは二日間起きなかったらしいし、腹が空いてもおかしくない。


 スマイルはごろごろ転がって廊下側に出た。


「おーい、メシっ。メシくれ。腹減った。昼くらいだろ? おーい。昼飯くれー」


 十秒ほど待ったが、反応が無かった。

 もしかして、昼飯は無し……? 


 スマイルは向かい側の牢屋にいる人に声をかけた。


「昼は飯ねーの?」

「………………」


 たっぷり五秒はまってみたが、答えが戻ってくる様子が無い。肯定なのか否定なのか、ただ答えたくないのか分からない。


「あんたらも捕まっちゃった口? 売られちゃうの? いつからここにいんの?」


 無反応な連中だ。声を出すのも億劫そうに見える。


「……消耗してる、のかな」


 全員座ってすらいない。寝転がっている。エネルギー消費を避けている。もしくは――


「座る体力も無い、とか?」


 昼飯が無いんじゃなくて、飯が無いとかかもしれない。無いというのは無いかもしれないけど、相当頻度が少なそうだ。餓死寸前を保たれている。必要最低限の経費しか使っていない。死んだら死んだでどうでもいいってこと? 流石に殺しはしないか。商品だし。


「……結構やべえ。さっさと脱出しないと」


 この程度の空腹には慣れている(・・・・・)。まずは体の回復を優先。

 

 看守がいるなら行動パターンの分析。


 混乱する事はない。いつも通りだ。最後には自分で何とかしないといけない。昔に戻っただけだ。凡骨だからって、何もできない訳じゃない。落ち着いて行動すれば、どうにかなるだろう。


「保険をかけておいてよかった」


 スマイルは口中から針金を吐き出した。

 

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