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第三話 捕獲

 結局、ガキンチョを連れて町で一泊する事にした。


 体を洗ったと猛烈に疲れが襲ってきたし、なによりクソ店長のために働いているという事実がスマイルの機嫌を大きく損ねた。豆重いしな。歩くのしんどい。仕入れに当たって金は少しだけ多めに貰っている。ガキ連れて一泊するくらいなら、ぎりぎり大丈夫だった。


 日中は歩き疲れたので、宿の部屋で早速寝た。


 ガキは部屋の中でおどおどしていて、非常に鬱陶しかったが、無視した。

 視界に入れない、気にしない。


 そこまで眠くないと思っていたのだが、存外疲れていたようだったので、あっという間に睡魔に負けた。


 気が付くと夕方特有の空の色になっていた。どっちかというと夜に近い。今は夏だから、もう7時くらいかもしれない。機械仕掛けの時計はべらぼうに高いから、こんな安宿に置いているはずがない。


 ほとんど木のようなベッドから起きて、横のベッドを見れば、ガキがいない。


「は?」


 あのクソガキ勝手に居なくなりやがった。今度会ったら八つ裂きにしてやる、と思ったら居た。


 部屋の四隅の一角、端っこで足を抱えて足で頭を挟み微動だにしていない。


 無性に、腹が立った。

 は? 別に、怒る必要なくね……? なんというか、同族嫌悪……? 鬱陶しいな、みたいな。行動が鼻に着く。同情して欲しいのかよ、みたいな。ベッドが二つあるんだから、使えよ。そんな私は可哀想な子なんです、構ってください、優しくしてくださいみたいな。


 一発大声出して怒鳴ってやろうかと思ったが、やはり同情というより、哀れになった。人の善意を素直に受け取れないのは、分からなくもない。こんな無償の行動をしているスマイルがおかしい。ガキにとって、これっておかしい、人生こんなんじゃなくね? みたいに思っているはずだ。怖いなら逃げればいいのに、微妙に助けてもらうのも気持ちいいという感じになっているに違いない。


「……うぜーな」


 スマイルもこんな風だったのだろう。鬱陶しい奴だ。今でもそうだが。


 腹も減ったから、そこら辺で食べてこよう。


 持ち合わせを確認してベッドから下りると、ガキが起きた。


 無視して部屋を出る。

 ガキも付いて来る。


 ほら。

 こうなる。

 どうせ、寝てなかったんだろ。

 びびって、それでももしかしたらまた何かを恵んでくれるんじゃないかと期待して。

 そうやって結局は付いて来る。


 素直なだけ、スマイルよりはマシだ。大マシだ。


 ぶらぶら歩いて、良さそうな露店を見つけた。

 それなりに賑わっている。


 ガキの装いが特異なものだから、注目を集めているが、関わろうとするやつはいない。それが普通だ。通常の反応なのだ。


 肉を食おうと思ったが、ガキのことを考えれば、もう少し胃に優しいものを食った方が良いか……? とか考えていて、非常に気持ち悪かった。


 なので、遠慮なく肉を食うことにした。


 串肉の屋台のおやじに適当な本数と酒、水を注文した。

 ガキはちょこんと手元に立っている。


 ガキは機構術教会の正規品である冷蔵庫に入っている果実飲料に釘付けになっている。


「おい、それ飲みてえのか」


 ガキは視線をさまよわせて、「み、水がいい」と首を振った。


「あっそ」


 焼き上がるのを待っている間、ガキはずっと見ている。

 欲しいなら、欲しいって言えば良い。スマイルが買うかはともかく、言わないと分からない。


 だからと言って、甘やかすスマイルじゃない。


 串肉と酒、水を貰いその辺にある机に座った。ガキも椅子に腰かけ、水を飲み始めた。


「何本食う」

「え、い、に、さ、さん?」

「は? なんて?」

「あ、お、さ、さん」

「は? なんて? ちゃっかりきっかり話せよ? 次はねーぞ?」

「さ、さん!」

「一本な」


 ガキは愕然とした顔になった。スマイルは串肉を一本だけガキに渡した。ガキは素直に受け取った。


「あのな? どもんな? いや、どもんのは悪くねえ。けど、一発で言わねーと生きてけねーぞ? 分かったか? あ? 訊きかえした時点で、お前の取り分はそれしかねえの。理解したか?」

「……ん」


 ガキは頷いた。


「あとな、三本は食い過ぎだろ。六本しか買ってねーからな? たとえ三本喰いたくてもそこは二本くらいにするのが義理人情。調子こいていると、そのうち痛い目見るからな」

「わかった」


 拘束された手で器用に串肉を食べている。

 スマイルも片手に肉、もう一方に酒を持って胃に流し込む。


 ちょうど時間も出来た。今後の方針を考える必要があるだろう。つまり、情報収集だ。


「おい」

「ん」

「なんであんなところに転がってた」

「ころ?」

「死にかけてただろうが。なんであんなふうになってたか聞いてるんですよ? 分かれ?」


 ガキはカクカク頷いた。

 しかし返答は「い、言いたくない……」だった。


「知らないじゃなくて、言いたくない?」

「お、お、お。し、知らない」


 どうやらミスったようだ。


 スマイルは気を取り直した。


「どっからきた」

「さ、さあ?」

「親は?」

「知らない?」

「訊いてんのはこっちだ」

「ご、ごめん」

「タメ口?」

「ごめんなさい」


 串肉を一口噛み千切って、酒で流し込む。

 ガキもそれに倣った。


「ああ、忘れてた。名前は?」

「ない」


 やけにはっきりした口調だった。それだけは分かると言った感じだ。


「名前なし、親無し、出身地なし。そんで? なんでそんなの付けてる」


 スマイルはまったくニコリともせず、ガキの手錠を指さした。


「え、ん……。多分――」

「たぶん?」

「私が……怖いから?」

「はあ? お前が?」

「うん」


 これもだ。やけに確信を持っているへんとうだ。

 

「なにか。どっかの誰かがお前の事が怖いから、そんなに縛ってんのか?」

「たぶん」


 ガキは串肉を食べ尽くしてしまったようで、しきりにスマイルの取り分をチラチラみている。


「んで? お前のどこが怖いの?」

「し、知ーらない……」


 カチンときたが、怒る場面でもない。ガキなんてこんなもんだ。


「ふーん。あっそ。お前、何歳?」

「えー……、うー……」


 ガキが指を折る。両手の指をすべて折り曲げた所で「知らない」と言った。


 スマイルはキレそうになった。


「なんも知らねーじゃねーか。ちげーか。知られたくねーことがあるのか。面倒な餓鬼だな、オイ」

 

 スマイルはさっさと串肉を食べきった。これ以上会話しても、得られる情報はなさそうだ。


 席を立ってそのまま宿に戻る事にした。


「まって」 


 相変わらず道行く人々は、ガキに必ず目を向ける。

 悪目立ちしてる。さっさとこの街から離れた方が良いか……?


 考えていると裾を引っ張られた。


「あ?」

「名前」

「は? ぼく?」

「ん」


 教えたって減るもんじゃない。それにこれはほとんど通り名だ。店長が勝手につけた。それだけだ。


「スマイルだ」

「え、ぜんぜん、笑ってない」

「うっせーな。食い殺すぞ」


 スマイルも自分がにこにこしているとは、全然思っていない。なんでこんな名前なんだ。


 つーか、やべぇな。


「尾けられてんのかよ……」


 早速か。はええ。まったくやばい。本当にヤバい。なんかずっと見られてる気がしていたが、勘違いじゃなさそうだ。でもベテランじゃない。ぺーぺーのスマイルでも気づくレベルだ。玄人じゃないだけ、随分マシだ。


「おい、友達きてんじゃねーのか」


 ガキが振り返ろうとしたから、そのまえに頭を抑え込んだ。そのまま撫でる。尾行者にこっちが気づいた事を気取られたくない。和気藹々とスキンシップを取っていると勘違いしてもらいたいなあ。ダメかな。わかんねえ。


「……どうする?」

「知らねーよ。ぼくは関係ない。お前の問題だろう」

「た、助けて」

「ふざけ――」


 クソ。店長の顔がちらつく。あの間抜け面め。見捨てたなんて知ったら、あとでどうなるか。スマイルはもうこの町で目立っている。早晩、あいつの耳に入ってもおかしくない。そうなれば、奴はスマイルを許さない。分からんけど。拾いものをするのが好きそうな奴だ。スマイルなんかを拾ったのだ。こいつだって手元の置いておきたいとか、訳の分からない事を考えるかもしれない。


 解雇されるのは、困る。


 スマイルはガキを見る。やってらんねえ。そんな目で見るな。世界が終ったような顔しやがって。


「みすてないで」 


 っせーな。黙ってろ。

 怖えぇんだよ。何人尾行してるんだよ。二人以上はいる。それしか分かんねえ。

 ガキがスマイルの服を離すまいと、ぎゅっと握る。


 訳わかんねーよ。なんとかしろよ。誰か。スマイルでは無理だ。見ず知らずの他人のために張れるような命は持っていない。


 でもなあ。一回そういう風に拾われたのに、他人には冷たいって、人として駄目じゃねーかな。たぶんな。だから、スマイルがこのガキを見捨てれば、店長は俺を殺すかもしれない。


 スマイルもその道から足を洗った。真っ当に生きたい。となれば、人助けくらいした方がそれっぽく見える。


「おねがい、します」


 頼まれてるんだぞ。ガキに。どうなの。それって。それで断るの?

 関わりたくないなら、最初から無視すればよかったんだ。スマイルはもう、がっつりとこのガキに関わっている。


 こいつがどうなろうと知った事じゃないが、店長の真似事くらいしても罰は当たるまい。


「分かった分かったから。とりあえず離せ」

「逃げない?」


 疑い深い奴だ。


「逃げん」

「ぜったい?」

「時間が惜しい。殺すぞ」

「うぉ……。はなす」


 ガキはパッと手を離した。


「少し走って止まる。こけんなよ」

「わかった」


 せーので少し走った。

 五秒程度走って、止まった。止まる瞬間に振り返った。走っている人間がいて、振り返った瞬間止まった。三人だ。やはり尾行されていた。簡単に引っかかってくれた。やはり素人だ。


「走れ!」

「……っ」


 確認できただけましだ。あとは逃げる。後の事は後で考える。まずは奴らを撒く事だ。


「どけっ!」


 夜も深まってきて、この露店街にも人が流れてきている。怒鳴って人の波をかき分けるのだが、なかなか思うように進まない。何回もぶつかるし、罵声を浴びせられる。


「あうっ」


 ドタッと音がして振り返ると、ガキが転んでいた。両足を拘束されているから、走り辛いのは分かっていた。


「こけんなっつったろうが!」

「ご、ごめ――」


 スマイルはすぐさま戻って、ガキを担ぎ上げた。重い。人を担ぐだけで、こんなにもしんどい。逃げ切れる気がしない。


 スマイルは一生懸命足を動かすが、さっきほどスピードが出ない。仕方ない。スマイルは特別頑丈な体を持っているわけでも何でもない。ガキがスマイルの背中を叩いて「もっとはやく」と急かす。


「来てるか!?」

「おいつかれる」


 スマイルは路地に入り込んだ。途中露店の何かしらが足に当たって、店主に怒られた。「悪い!」


 スマイルが謝ってすぐに、尾行者が人目をはばからず追いかけてきた。

 男だ。三人。けっこう体がでかい。顔が怖いし、その手の荒事を生業にしている空気がムンムンする。


 頭の中真っ白だ。やばいやばいやばい。一人だったら、何となかったかもしれないのに。三人もいる。終わりだ。殺される。こええ。死ぬ。ガキはばんばん背中叩くし。いてーし。後ろの男は怒鳴ってるし。武器はレスレツィオーネに置いてきちまったよ。ナイフ一本じゃどうにもならない。事前にこうなるなんて知ってたら、マシな武器持ってきていた。


「スマイル。おいつかれちゃうよ」

「ああああもううっせーな! どうすんだよこれ! 無理無理無理だってもう!」


 角を曲がってガキを投げ捨てた。


「うだっ」


 ガキは目を白黒させて、その場にへたり込んでいる。

 スマイルはその辺にあったゴミをガキに覆い被せた。一見したらガキがいるなんて見えない。


「絶対動くなよ、動いたら後で殺すからな」

「うん」


 スマイルはすぐに角を折り返して、追いかけてくる男たちに無手で突貫した。

 男たちはまさかスマイルが逆襲してくるとは思っておらず、泡を食っていた。意外に行けるかも……?


 スマイルは息を詰めて、一人の男Aの下半身にタックルを決めてやった。すくい上げるように足を持ち上げると、男は「うおお!?」と声を上げて、頭を強打してゴガッと鈍い音を響かせた。やった。上手く行った。男Aは動かない。気絶した。


 スマイルはナイフを抜こうとしたが、残る二人の男の一人がナイフを蹴飛ばしてしまった。武器が無くなってしまった。


 ナイフを追いかけたが、脚を掴まれた。男Aだ。もう覚醒した。


「おらっ!」


 残る足で男Aの顔面を蹴るのと同時に、男Bの蹴りが顔面に炸裂して、視界が大いに揺れた。

 男Cはスマイルに構わずガキを追いかけに言ったようだが、角から「逃げられた!」と大声を上げた。男Bはスマイルを何度も蹴りつけながら「探しに行け!」と命令を下した。


 男Cがどこかに走っていく音だけが聞こえた。

 男Bはスマイルを蹴り続ける。もうスマイルは頭を庇って、縮こまっている事しかできない。そのうち良い蹴りが頭とか、背中とか、腹に直撃していつのまにか意識を手放していた。

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