出産である。
翌日、私は先生の言う通り、この病院から退院した。
ただの栄養不足、鉄分不足による不調だったため、少しずつ食事を始めるとすぐに私は元気を取り戻すことが出来た。
今後も栄養に気を付けるように。それだけを厳しく注意された。
つい最近までここにいたはずなのに、なぜか家に帰ると懐かしさを感じた。
ダイニングテーブルの上には、大量のバナナとクルミ。……入院中、梓が急いで買って来てくれたものだ。
結局病院内では病院食を食べていたので、バナナやクルミを食べることはなかった。
「ふふふ……」
「ど、どうしたの?」
テーブルの上にぽつんと置かれたそれらを指差しながら、私は笑い始めた。
いきなりの変な行動に、梓は驚く。
「いいえ、気にしないでく……ふふっ……ありがとうございます」
「え⁉︎ 急になに⁉︎」
私は背伸びして梓の頬にそっとキスした。
私から彼にキスするのは珍しいことだからか、顔を真っ赤にしつつ驚きを隠せない様子の梓を見て、私は再び笑った。
そんな梓をリビングに置いて、私はベッドへと向かった。
重い腹を抱え、ごろんと転がるように横になった。
妊娠が判明したのは11月。気が付けばもう5月になっていた。
薄いブランケットだけで済む季節になってきたことを実感し、あと2ヶ月ほどでこの子たちが産まれて来るのかと思うとそわそわして仕方なかった。
この双子は、どちらも女の子だと判明した。
もうすでに私の体調は安定し始め、ずいぶんと楽になった。
あとはそのときを待つのみである。
それからおよそ2ヶ月、私の身になにか変わったことがあるわけでもなかった。
ただ腹が大きくなっていっているのみだった。
ついに私は出産予定日が明後日に迫り、入院することになった。
梓は仕事も妻のサポートという理由で休養し、多くの時間私のそばにいてくれていた。
予定日の前日、不安感を抱えながら、私たちはいつものようにテレビを観ていた。
なんだかお腹が張っている、眠たい、腰が痛い……違和感を覚えつつ、私は誰にもなにも言わなかった。
本来はせめて梓には言うべきなのかもしれない。
だが梓は少しでも心配なことを言うと異常なほどに騒いで医師を呼んでしまうため、なかなか気軽に言えなかった。
眠たいのに腰の痛みによって私は深い眠りにつくことが出来ないまま翌日。
私は特に大きな異常はないまま無事予定日を迎えた。
私に関わる人は皆いつもよりも私の体調に気を遣ってくれた。
朝食を運ぶために来る看護師も、担当医も、
「おはようございます。どうですか、体調のほうは?
もしなにかあったらすぐに知らせてくださいね」
そう言ってくれた。
私は腰の痛みなど以外なにもなかったので、特に言うこともなかった。
7月10日、午後3時、破水。
それから1時間後、陣痛が始まった。
今までに体感したことのない痛みに耐えつつ、私は医師に今の状態を伝えた。
その間、看護師に言われた通り梓は私の腰をゆっくりとさすってくれていた。そのおかげでだいぶ痛みが和らいだ。
陣痛が開始してからどれくらいで子が産まれるかは人によって差があるようで、医師もなにも言えない状態らしい。
「痛い、痛い……!」
そう叫びながら、私はなるべく痛みを感じない楽な姿勢になった。
こんな痛みに耐えなくてはならないのかと嫌になりそうだったが、これを乗り越えることが出来れば可愛い我が子に会える……その一心で耐えに耐えた。
双子は本来1人しか入らないようなスペースに2人が入るため、なにかしらの障害を持って産まれて来ることは良くあり、無事に出産出来ないこともしばしばあるそうだ。
もしかしたら母子ともに命を失ってしまうのではないかという恐怖もあり、この病室には緊迫した雰囲気が漂っていた。
周りはいつも通りたくさんの声がするはずなのに、なぜか私には自分の荒い呼吸の音しか聞こえてこなかった。
陣痛開始から7時間、時計はもう午後11時を指している。
普段なら眠っている時間なので、周りにいる人々は少しずつではあるがあくびの回数が増えて来た頃。
私は絶叫した。あともう少しで子が産まれそうなのだ。
過呼吸になりそうな私に、看護師たちはこう声をかける。
「ゆっくり息してくださいねー、大丈夫です、落ち着いて深呼吸」
ふぅ、はぁ、ふぅ、はぁ……私がゆっくりゆっくりと心の中で何度も繰り返して深呼吸する。
痛みや苦しみに顔を歪める私を見る梓の表情がちらりと見えた。
梓は私の痛みを共有しているかのような苦しげな表情を浮かべていた。
心配そうに見守る梓を見て、私は心に強い気持ちを芽生えさせた。
……梓を安心させなくては!
「……元気な女の子ですよ。おめでとうございます!」
看護師の声と、赤ちゃんの泣き声を聞いて私ははっと我に返る。
私の目には2人の可愛い赤ちゃんの姿が見えた。
見たところ、今のところは足などに障害はないようだ。
「やった……良かった……」
私は目に涙を浮かべつつ、思わず口元がほころんだ。
私には出産直前の記憶はあまりなかった。




