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父の意地である。

お兄ちゃんが連れて行った場所、それは結婚式場の近くにある森に少し入った先の、池のような場所だった。

周りを囲む岩から流れているのか、ぴちょんぴちょんと水の心地良い音がする。


「お兄ちゃん? ここどこ……」


と尋ねると、すぐに私を手で制してもう片方の手の人差し指を立てて口に当てた。

しんとした森の中、遠くから駆けて来るような足音が聞こえた。

梓はすごい速さで私の腕をがっしりと掴み、その顔を見ると瞳には涙が溜まっていた。

そうだった、梓は極度の怖がりだった。

でもさすがに私も怖い……心臓の音が大きくなって来たとき、その足音の持ち主が現れた。


「唯紅、静かに来いって前も言っただろ……」

「あーごめんごめん……って見て! 来たよ!」


唯紅の指差す方を見ると。

そこには動き回る光の大群という奇妙な光景が広がっていた。


「ここな、俺と唯紅で事前に式場見に来たときに地元の人に教えてもらったんだ」

「綺麗でしょう? あんまりうるさくすると逃げちゃうから気を付けて」

「俺がここに連れて来た理由、それはここのジンクスがあるからなんだ。

この池は大人の男ならだいたい膝くらいまでの深さなんだけど、底に転がっている石の中に1つだけ星型の石が混じっているらしい。

それを日が昇らないうちに探し出した人には幸運が訪れる……そういう言い伝え。

まだ探し出せた人はいないらしいんだけど、もし探し出せたら父親にも男として認められて結婚も許してもらえるんじゃないかって思ったんだよ」


お兄ちゃんが話している間、私は隣に立つ梓の表情をじっと見ていた。

人差し指を顎に当ててどこか一点を見つめている。

どうしようか、ずっと悩んでいるようだった。

暗いせいでお兄ちゃんから梓の表情はきっと見えていないだろう。


「この暗い中だ、かなり体力的にもつらいだろうし、怪我してしまう可能性もゼロとは言えない。

もし梓くんの中で迷いがあるのならば……」

「……やります、やらせてください」


話を遮り、梓ははっきりと答えた。

お兄ちゃんと唯紅が驚いたような声を漏らしたときには、もうすでに彼は池に向かって走っていた。

靴を勢い良く脱ぎ飛ばし、木でつくられた柵を飛び越え、大きな水しぶきを上げて池に飛び込んだ。

彼の身を案じ、柵の近くまで近寄ろうと駆け出した私を、唯紅は無言で制した。

私は口をつぐんで目をつぶり、梓が水の中を歩く、ざぶざぶという音を聴いていた。


3分経ったか経たぬかというわずかな時が過ぎたとき、


「あっ! あ! あー!」


という意味のない梓の叫びを聞いた。

ぱっとまぶたを開くと、彼がこちらににかっと歯を見せて笑っている姿が目に飛び込んで来た。

私はびくっと肩を震わせ、今度こそ彼の元に駆け寄った。

勢いあまって柵を飛び越えて、慌てたせいで空中でバランスを崩してしまった。


「……きゃっ……!」

「だ、大丈夫? 怪我は……ない?」

「はい、大丈夫です……」


腰まで水に浸かってしまった梓の上に私がまたがり、向き合っている状態に。

恋愛するにあたって『しょうじょまんが』なるものを読んで学んでみたのだが、その中で『ゆかどん』なる名称でこの状態が出てきた気がする。

……まあ、その中では男女反対だったが。


早く退こう、そう思って立ち上がろうとしたとき、梓にがしっと腕を掴まれて、目の前に彼の手に握られたなにかを突き付けられた。


「ど? 星だよ! 星!」


そのなにかの正体は石だった、星型の。

私は立ち上がろうとして足に込めた力を抜き、彼の手を両手で握り締めた。


「ありがとう! ありがとう! これでお父さんに認めてもらえるかな!」


興奮して騒ぐ私を見て梓はふっと笑った。

優しい目をして、


「ん。葵ちゃんに敬語使われないと嬉しいもんだね」

「あっすみません、私……」

「んーん、良いよ、気遣わないで。……好きだよ」


いきなりの甘い言葉。

ずるい。


お兄ちゃんは突然手を2回叩いて、良く通る声で叫んだ。


「そろそろ結論言ってあげたらどう?」


すると木の陰から気まずそうにうつむきながら父が現れた。

私たちは驚いてお兄ちゃんに尋ねた。


「いつから気付いてたの⁉︎」

「ここに2人を連れて来たときに気配感じた」

「本当に碧は謎だよね……」


お兄ちゃんは父に向き直って腕を組んだ。


「そろそろ意地張ってないで言っちゃおうよ、ねえ?

梓くんは確かに己1人の力で石を探し出した、これは事実だよ」


父がすうっと息を吸った。


「……おう、結婚、良いんじゃないのか……」


消え入るようなその声を聞いて、私たちは手を繋ぎあって飛び上がり、喜んだ。


梓と、結婚……!


結婚なんて別にどうでも良いと思っていたが、改めてそれを認識したときに込み上げてきた嬉しさによって、やっと自分の本心がわかった。

やっぱり私、梓と結婚することを夢見ていたんだ。

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