誓いのキスである。
初めて娘をもらいたいと言われた母は、口を手で押さえながらも目を輝かせて飛び跳ねた。
「ちょっと……いえ、かなり早いかな? とは思うけど、こんな若いのにはっきり物を言える梓くん! 気に入ったわ!
私は来てくださるならすぐに許しますよ」
そんな喜怒哀楽の中の『喜』の反応をした母に反して、父は明らかな『哀』、さらに『怒』という感情が見えた。
先ほど渡したハンカチで涙をぐいっと拭うと、次は怒りをあらわにした。
「まだ君はもう1人を養うほどの余裕はないだろう。
そんなところに娘を渡すことは出来ない。
君も親になればわかるはずだ、娘に辛い思いをさせたくないこの気持ち」
「でも僕は……っ」
反論しようとしたのか、梓が身を乗り出したとき、ぴしっとスーツを着た従業員のお兄さんが言った。
「もうそろそろ開式致しますので席にお着きくださいませ」
「じゃあこの話はまた後でね。お父さんには私から言っとくから!」
「絶対に意見は曲げん。そんな若いやつには……」
「はいはい分かったから。とりあえず席に着きましょ」
なおも梓に反対意見を述べようとする父を母は無理矢理連れて行った。
テーブルに着いてからもぶつぶつ言っていたようだが、母の『いい加減うるさい』という一言によって静かになった。
私と梓は、2人きりの席に着いた。
周りにいる家族たちの視線が痛い。
ため息をつきつつも、梓は笑った。
「葵ちゃんからあんまり両親の話を聞かなかったから、どれだけ怖い人なんだろって思ってたんだけど、お母さんが強い面白い家庭だね。
今日言うつもりがあったわけではなかったのに、つい勢いで言っちゃった」
「結婚の話、ですか……?」
「そうそう。本当は葵ちゃんも賛成ってわけではないのに……勝手に突っ走っちゃってごめん。迷惑だったよね……」
どんどんうなだれていく梓はなんとも可哀想に見えた。
「いえ、私もどうせいずれかは話す予定でした。もちろん驚きはしましたが……。
言ったことに対して怒りもありません、嬉しいです」
「そっか、嬉しい……んだ……」
彼は頰をぽうっと紅く染めて微笑んだ。
この顔に私はいつもやられている気がする……。
いきなり電気が消え、会場にいた全員が同じようにざわめいた。
司会席にスポットライトが当てられ、若い女性がマイクを取って挨拶などをした。
「それでは皆さまお待ちかね、新郎新婦の入場です!
大きな拍手でお迎えください!」
新郎の待つ場所へ、純白のウエディングドレスを身に纏った唯紅が彼女の父親と腕を組んでゆっくりと歩んで行った。
トランペットなどの音色が鳴り響く華やかな音楽に合わせて一歩一歩進んで行く唯紅はがちがちで、ヒールの高い靴でつまずいてしまうのではないかと皆を不安に思わせるような動きだった。
お兄ちゃんと唯紅は、照れのようなものがあるのか、どこかぎこちなく向かい合った。
それまで唯紅の顔を覆っていたヴェールに手をかけて顔を出した。
指輪交換の後、誓いのキスを交わす場面。
2人の指輪には、2人の誕生石であるルビーが埋められていた。
決して大きいとは言えない可愛らしいルビーは光を反射してきらきら輝いていて、わずかに憧れを抱いた。
お兄ちゃんが唯紅の頰に手を添えて、ゆっくりと顔を近付けていった。
私たちに見えないようにしてそっとキスを交わした。
両家の親と、私だけはつい目をつぶってしまっていた。
親戚のおじさんが場違いな口笛を吹き、本人たちは顔を真っ赤にして目を逸らした。
ケーキ入刀のときの唯紅の花の咲くような笑顔が目に焼き付いた。
一連の流れが終わり、歓談する場が設けられた。
始まるなり、父が私のところに走って来た。
「俺は反対だぞ!」
来てすぐにそう叫んだ父に気付いたお兄ちゃんが、こちらに来た。
「なに叫んでるの。良いじゃん、許してあげれば?」
「18歳で結婚なんて早すぎる! 許せん!」
「俺は本人たちが愛し合ってさえいれば年齢なんて関係ないと思うけどなぁ。
……ちょっと2人、こっち、来て」
「え、お兄ちゃ……」
「どこへ……?」
お兄ちゃんはぱっと閃いたという顔をして私と梓の腕を引っ張って結婚式場を出た。
後ろから見えたお兄ちゃんの顔は珍しくなにかを企んでいるような意地悪な顔をしていた。
☆誕生日について。
碧………7/23 なにさの日産まれ。
唯紅……7/7 七夕産まれ。
7月の誕生石はルビーです。
ちなみに私はラピスラズリの12月産まれ!




