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恋人の昼食である。

私たちはカラフルな世界の中にいる。

小さくて可愛い子供たちに風船を渡し、頭をぽんぽんと優しく撫でるうさぎやくまのキャラクター。

着ぐるみ……なんて呼ぶのは寂しいので、この子供たちのように素直に信じてみようかな、知能の高いうさぎやくまたちを。


ぽんぽん、と誰かに肩を叩かれる。

後ろには、着ぐ……じゃなく、パンダさんがいた。

私たちに向けてハート形のピンク色の風船と星型の青色の風船を差し出している。


「あ、ありがとう、ございます」

「ありがとー!」


思わず敬語を使ってしまった私とは違い、梓はそのもこもこしたお腹にぎゅっと抱きついた。

パンダさんがこちらを見て、『どうだ、羨ましいだろう?』と言ったように見えたのは……気のせいだろう。


風船が風を受けてふわふわと動き回る。

私たちはそれをアトラクションの入り口のバーに引っ掛け、まっさかさまに落ちたりぐるぐるひねられたりするスリル満点だと評判のジェットコースターに乗る。

シートベルトを締め走り出したが、予想以上に速い!

落ちるのではないかと怖くなり目をぎゅっとつぶっていると、私の腕に梓ががっしりとつかまって来た。

その目には大粒の涙らしきものが溜まっている。


「葵ちゃ……うわあぁぁぁー!」

「梓さん? もしかしてこういうのも?」

「だ、だめなんだうあああぁぁぁー! 助けてえぇぇぇー!」


大絶叫する『彼氏』にしがみつかれている『彼女』。

なんとも奇妙で珍しい光景である。

周りから見たらどれだけ滑稽こっけいだろうか。

私は彼とは反対に、特に叫ぶこともなく乗っていた。

もちろん恐怖心はあったが、隣にいる梓の怖がり方の方が気になってしまい、そちらの記憶しか残らなかった。


それからも自分がだめなくせに梓は絶叫系と言われるようなアトラクションに乗ろうと誘って来た。

案の定泣きそうなくらい、いや、実際涙を浮かべて叫びまくっていた。

なぜ諦めずにチャレンジしているのか。

その謎はまったく解明されないままである。


「大丈夫? いっぱい歩いていっぱい叫んだけど疲れてない?」

「決して私は叫んでおりませんが……いえ、大丈夫ですよ」

「そ、そう。遠慮しなくて良いよ? 本当に大丈夫?」


聞いている彼の方が明らかに疲れている。

私はこの場の空気を読み、答えた。


「はい、つ、疲れまし……た」

「そっ、そーお! じゃあ休もっか」


瞳を輝かせた梓は、私に木陰にあるベンチに座るように促した。

私が座った瞬間、彼がどこかへと走って行ってしまった。


この遊園地のパンフレットを見ながら次は何に乗りたいかを考えていた。

するとうっすら汗ばんだ梓がその手にトレーを持って戻って来た。

少し遠くにあったスープの店に行って来てくれたらしい。


「パンとスープのセットなんだけど、クラムチャウダーとビーフシチューどっちが良い?

あと、フランスパンとライ麦パンどっちが好き?」

「でも……梓さん、お先に選んでください。申し訳ないので」

「だから。遠慮しないで。つか、俺の前では素でいてよ……」


私の髪を優しい手つきで触り、そのまま頬を撫でた。

いつも以上に憂いを帯びた瞳で見つめられて身動きが取れなくなってしまった。

どんどん梓の瞳が近付いて来て、唇が当たりそうになった、が。


「ちょ……ひあああぁぁぁ!」


私は彼を思い切り突き飛ばした。

尻を強く打ってしまったような音がしたが、すぐに立ち上がり睨まれた。


「今突き飛ばす流れかぁ⁉︎」

「い、いや、今のご自分の格好を見てください……」

「ん? ん。ん。……あ」


周りから見れば女同士である。

それに気付き、私たちの間には気まずい空気が流れた。


「とりあえず、食べよ」

「はい……ではこちらで」


私の前にクラムチャウダーとライ麦パンを引っ張ってきて、黙々と食べた。

かと思いきや私たちの間には明るい雰囲気が戻って来ていた。


「美味しい……!」

「良かった! こっちもちょっと食べる? はい、あーん?」


半分くらいまでビーフシチューがついたフランスパンを持つ梓の指が近付く。

口を大きく開けてそれを口に含むと、ビーフシチューの深い味が口の中に広がった。

思わず笑みがこぼれる。

と同時に先ほど見た梓の指が女子並に細かったことに驚いた。

梓は顔も中性的なのにスタイルまで女性に近いからこんなに可愛いのか、ついぼーっと梓の顔を眺めていた。


「なーに? 美味しい? 好きな方つけて良いよ」

「あ、いえ、大丈夫です。ただ……可愛いなぁって、思って……」

「えっ……! ありがと、ふふふ」


照れたようにうつむき、腕で顔を隠しつつ、もう片方の手で私の頬をそっと撫でた。

先ほどとは違い、私の存在を確かめているような、そんな手つきだった。


あったかい空気が流れる中私たちは食事を続けていた。

気が付けばもう夕日が沈み始めていた。

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