梓の女装である。
雨の音がうるさいくらい聞こえる梓の部屋。
目の前には、カラフルな紙が1枚差し出されている。
「行けるかな。………遊園地」
さすがに私でも梓のどきどきする気持ちは伝わってきたが、私はあっさりと首を縦に振った。
そのときの彼のぱあぁっという擬音が似合うような笑顔は、私までも笑顔にさせてくれた。
最近は雑誌の取材やラジオ出演などで忙しい日々を過ごしていた。
休みを得られたのは日曜日のみ。
それ以外は仕事やそれ関係の用事で埋まっている。
なかなか勉強も出来ない状況ではあるが、梓の数学ノートや2人きりでの勉強会のおかげか順位は梓に次いで2位をキープ出来ている。
もうさすがに彼に勝てないのは仕方ないと思える。
日曜日、私は服を決めるのにとても時間がかかった。
着ようと決めていたワンピースに、私らしくもなく紅茶をこぼしてしまった。
そわそわしすぎだ、落ち着け自分……そう思ってもそわそわしてしまう自分が恥ずかしい。
迷いに迷った末に、部屋着のもこもこパンツともこもこパーカーを羽織るだけで出た。
「すみません……っ……遅れてしまい……」
「おー大丈夫大丈夫! ……ん? なんかおしゃれなワンピ買ったんじゃないの?」
思い出せば、この間梓にワンピースの話をしてしまった。
そのことをしっかり覚えていてくれた=私の話を聞いてくれていた証拠だが、こういうとき少し厄介である。
私はこぼしたことを言いたくなくてどうにか言い訳しようとしてみたが、彼には一瞬で見抜かれてしまったので正直に今朝のことを話した。
するとぷっと吹き出された。
「ななな、なんですか……!」
「ん、なんでも? ただ……可愛い」
ちらっとこっちを見て言われても、私の顔がみるみる紅く染まるだけである。
彼に『可愛い』と言われただけでこうなってしまうほど私は彼に恋しているのだと身をもって感じてしまった。
彼はこんな格好で歩かせるわけにはいかないと言って服を買って来てくれた。
私も一緒に行くと言ったのだが、なぜか譲らなかった。
梓はおしゃれなお店の紙袋を私に差し出し、近くにあったスポーツセンターの更衣室で着替えろと言った。
私は更衣室で初めて紙袋の中身を見た。
……絶句した。
中には白いブラウス、チョコレート色のノースリーブフリフリワンピース、ホイップやプリンなどが乗った大きなパフェのようなカチューシャ、さらには編み上げブーツまで入っていた。
思い切りロリータファッションセットである。
外にいるはずの彼に声をかけても返事はない。
きっと頭の良い彼のことだから逃げたのだろう、そそくさと。
私はとりあえずこの変な格好でいるのは恥ずかしく、紙袋の中に入っていた服を素直に着て扉を開けた。
そこには、私がオーディションで着たような真っ赤な着物を着た梓がいた。
ただし……すべて女物である。
紅葉柄の着物、真紅の帯、黒髪アップに赤いかんざしが付いたウィッグ、足袋、赤い実のような飾りが付いた草履。
まだノーメイクなので男感丸出しだ。
私も元とは違う服装にしてしまったため、持ってきておいたメイク道具を出した。
梓が彼自身と私のメイクをしてくれたのだが……、
「かわ、いい……ですね……!」
私は人形のようにぱっちりした瞳と赤みのある頰、そして綺麗なピンク色の口紅。
梓は赤いアイシャドウと少し濃いめのアイラインとマスカラが印象的で、口紅も真っ赤で。
まるで彼は……『クールビューティーお姉さん』といった言葉が似合う美女だ。
私たちはお互いの頭からつま先までを眺め、
「葵ちゃん、すっごい可愛い! お人形さんみたいに綺麗。
ケアしてるのかな、お肌がたまごみたいに綺麗なんだけど……」
「いえ、最近はなにもしてないです……でも、ありがとうございます!
梓さんは……お美しい女性のようですね。女として負けてる気が致します」
「はははっ! ありがと、かな? じゃ、行こ?」
「行くとは、ど、どこへ……?」
「え? 行く気なかったの? 遊園地。他に行きたいところでもあるの?」
「いえ、そういうわけでなく。こ、この格好で、ですか……?」
「うん、もちろんもちろんっ! ほら、行くよー」
この着慣れない服で遊園地へ行くのか。
そう思うと少し気恥ずかしい気持ちはあったが、なによりも梓が生き生きとした顔をしていたので素直について行くことにした。
きっと女装している梓の方が慣れていないんだし、まあ良いかな。




