盗み聞きである。
私は学校に出席するごとに自分の持ち物がどこかへ消えていった。
持ち物の大半が失われると、私の上履きやロッカー、さらには制服まで汚されていった。
明らかにロッカーや机が荒れていく私に先生たちはなにか心当たりがないかと聞いてきてくれた。
心当たりがあるどころではない、犯人ははっきりと分かっているのだ。
だが言おう、言おう……そう思ってはいるものの、あまりの恐ろしさに言えない日々が続いてしまっていた。
梓にも厳しく問われたが、私も折れず、『なんでもない』そう繰り返していた。
ある日、私の体操着が泥水に浸されたのだろう、黒く染まっていた。
それだけではない。
びりびりに破られていた、力任せに。
さすがに言わなければいけないと思い、授業開始のチャイムが鳴ってから覚悟を決めて先生の元へ向かった。
先生は職員室ではなく、人の来ない空き教室へ行こう、そう言ってくれた。
空き教室の隣は1年生の教室だが、ちょうど体育の授業中なので安心だろう。
「和泉、誰にそんなことをされたのかわかったのか? 先生に言ってみなさい」
「実はこの……ひどいことが始められた……ときから分かって……いました。
前のトイレでの一件も……」
そう言って彼女らの名前を告げた。
「私が……あっ、梓さんと、おっ、お付き合いしていることで……嫉妬のような感情を持たれてしまい……始まったの、です」
「そうか、それはすべてあいつらが悪いことなんだから、和泉はなにも気にせず普通に学校生活を送りなさい。
このことは先生から厳しく言うし、もしかしたらあいつらだけに見張りの先生をつけるかもしれん。とにかくもうないようにするから安心して。
言ってくれてありがとうな」
「いえ……こちらこそ、守ってくださり……あ、ありがとう、ございます。
あと1つだけお願いなのですが……」
「なんだ、聞けることなら」
「学校内で誰にもこのことは言わないでください。秘密……で」
と言ってみると、なんだそんなことかといった様子であっさり承諾してくれた。
これで一件落着。
やっと今までの辛い日々から解放される。
そういう実感が湧き、1人心の中でガッツポーズした。
先生が放送で呼び出され、慌ただしく出て行ったあと私もここから出た。
気が付けば時間は1時間目が終わる頃になっていた。
私……どれだけ説明下手なのだろう……。
ドアを開けると、1年生の男子生徒と遭遇してしまった。
彼はびくっと震え、こちらを恐る恐る見た。
「葵先輩。こ、こんにちは! えへっ」
「どうしてここに? もしかして……聞いてた、とかおっしゃりませんよね……?」
「お、おっしゃり、ます……」
茜は驚くほど正直に『盗み聞き』を認めた。
ということは、私がいじめのようなものに遭っていたことを知られてしまったということだ。
「どこから聞いておりました……? あ、あと、どうして、ここ、に……?」
「えとぉ……最初、からです。ちょっと体調悪くて、教室に体育の教科書置いてから保健室に行こうとしていて……」
「最初から……?」
茜はとても申し訳なく思っているようにうつむき、こくんと小さく頷いた。
1時間目終了を告げるチャイムが鳴ったとき、遠くからばたばたと言う足音が近づいて来た。
1年生かな、そう思った。
「葵ちゃん? ここにいるんでしょ?」
……1年生ではなかった。
この声は……。
「梓さん……! どうしてここに……」
「いや、1年がここに先生と入ってく葵ちゃんを見たって。
んで2人はどうして……一緒にここにいるの……?」
なぜか傷付いたような顔をする梓。
まったく理由がわからず顔を見つめたままの私に対し茜は慌てて、
「違うんです! ちょっと先輩……こっちに来ていただけますか?」
「茜ちゃん? 梓さん?」
「葵先輩は少しだけここでお待ちください」
「え、ちょ、ま……」
引き止める私に構わず、2人は再び私がいた空き教室に入っていった。
私はその場で座っていた。
だが自然と聞こえてしまう、中の音が。
「葵先輩は……先輩たちのクラスの女子グループにいじめられていたようです。
かなり脅されていたのか、やっと言えたようで……。
どうですか? なにか心当たりでも……」
「ある、ありまくる……! なんで俺……気付いてやれなかったんだろう……」
私のいないところで、彼にいじめという事実が知られてしまった。
空き教室の中で、梓は頭を抱えて悔しさをあらわにしていた。
気付いて欲しくなかった私にとっては……嬉しいことなのだが……。




