通じ合った想いである。
「返事……聞かせてくれるの……?」
梓の耳元で囁くような甘い声に、素直で正直な私の心臓は不覚にもきゅんと痛み、うるさいほどの音が鳴ってしまった。
これが乙女特有の悩みだという恋の病なんてものなのだろうか。
私はそんな胸中とは裏腹に、体に回される彼の長くて男にしては細い腕を振り解いて脱出してしまった。
なんて可愛げのない女だろうか。
梓はその気になれば私の精一杯の抵抗など力ずくで抑えられただろう。
それでも優しく力を弱めてくれたのは、私の意思を尊重してあげよう、そう思ってくれたから……なんて自惚れちゃっても良いのかな?
つい胸の奥でそんな期待をしてしまう。
私は声が出ないほど緊張してしまい、ただこくんとうなずいた。
それは私も同じ想いです、という意味のうなずきだったのだが勘違いされ、
「葵ちゃんの想い、俺に伝えてよ……」
とまた囁かれてしまった。
私はある意味自暴自棄になったように彼の耳元で囁き返した。
「私は……梓さんに『恋』という感情を教えていただきました……。
私も……す、す、好き……です……」
最後はほとんど聞こえないほど消え入りそうな声になってしまった。
少し掠れたこの声から私の緊張が彼にも伝わったと思う。
私は言い終わった瞬間に顔を梓から背けた。
そうでもしないと顔の紅さがすべて見られてしまうと思ったから。
梓はなにも言わなかった。
その沈黙の時間はあまりにも重く、恋愛超初心者の私には耐えられなかった。
耐え切れずに振り向いた瞬間、私は梓の甘い香りに包まれた。
……私は梓に抱きしめられていたのだ。
大きな彼の胸に顔を埋め、しばし固まってしまった。
彼の腕の力は女子と比べ物にならないほど強く、窒息しそうになって回していた背中をばんばん叩いてSOSサインを出した。
それに気づき、慌てて私を抱きしめていた腕の力を抜いてくれた。
「ごめん……でも俺今は抑えが効かないかもしんねぇ……。
本当かっこ悪ぃけど、今の俺は余裕ねぇわ……」
「梓さん……?」
気が付けば彼も頬を染めていた。
だがよっぽど余裕のない自分が恥ずかしいのか、うつむいていた。
いつも私を弄んでいる梓しか見たことがなかったので、こういう余裕のない人間らしい一面を見られたことになぜか喜びを感じる。
このとき初めて知った、教室で聞いたことのある、『好きな人のことだったらなんでも知れたら嬉しい』という言葉の意味を。
身をもって実感した。
梓は私の顎に指を当て、少しだけ上にあげた。
それによって私と梓は見つめ合った。
逸らそうと思ったが、逸らさなかった。というかどうしても逸らせなかった。
私たちの唇の間があと5㎝ほどしかなくなったとき、
「ねぇ梓ー、葵ちゃんにって買ったチョコレートって……」
私たちがいた部屋の扉はあっけなく楓によって開かれ、彼女は私と梓の唇まで視線を移動させたところで今の状況に気付いたようだ。
「ご、ごめんなさい、どうぞ続きを……」
そう言って先程の逆再生を見ているかのような動きを見せたが、
「いやいやいや! それは無理だろ!」
とすかさず梓が止めた。
「いーよ、どうせこれから俺ら付き合うんだし、今じゃなくたっていっぱいいちゃいちゃできるもんねー! ね、葵ちゃん?」
「2人とも付き合うことになったの!? 葵ちゃん無理してない?」
「失礼な。今ちょうど想いを確かめ合ったところだよ」
と梓がうっすら面倒臭そうに言うと、楓の表情は一瞬で明るくなった。
その顔は少し紅く、とても嬉しそうに見えた。
「梓おめでとう! あんたがそんなに恋で悩んでることなかったからどうなるかなって心配だったけど、叶ったんだね。
さすがだよ、褒めてやるわ、私の弟!」
そして彼女は私の方にその笑顔を向けた。
「葵ちゃん、こんな梓に恋してくれて、ありがとう。姉として嬉しいです。
梓をこんなに夢中にさせた女の子はあなたが初めてよ!
梓の愛は保証する、どうか不安にならず、こいつにどんどん甘えてあげて?」
「はい、ありがとう……ございます……!」
「じゃあもう暗くなったし、帰った方が良いと思う。
ほら行け、梓。送って行ってそこで存分にいちゃいちゃするんだよ!」
と梓の背を力強く押すと、楓は白い歯をにかっと見せて笑った。
私は何度も感謝の言葉を繰り返しながら、手を振る楓と別れた。
梓と2人きりの帰り道、こんなに緊張感のあるものは初めてだった。




