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地味な雑草は眼鏡を外すと美しき薔薇だった。  作者: 梅屋さくら
Episode6.新たな恋と情熱だった。
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『恋』という名前である。

ホールを出たところにまたお兄ちゃんはいた。

私はついいつものくせで飛びついた。

私をその両手で受け止めてつつ、


「急に呼び出してごめんな。でも今絶対に伝えなきゃいけない。

お前はいつも俺にべったりで、他の男なんかと話したがらなかった。

でも梓くんだけは大丈夫だと言う。

梓くんをけなされて苛立ち、まるで葵が言われたかのように傷ついたと言う。

その感情の名前をお前は知っているか? ……それは」

「だめ! 待って!」


お兄ちゃんは私に新たな感情の名前を教えようとした。

だがその名前はきっと私も知っている、思い当たるものがある。

お兄ちゃんの口を手で押さえ、


「たぶんその名前、私も最近知れたと思うの。

正解だったら正解って言って、ね?」


彼は私の手をさりげなく口から離しながらこくんと頷いた。


「こっ……こぃ……恋……?」


自分でも驚くほど言えなかったが、その『恋』という一言を口から発しただけで顔全体が燃えるように熱く感じた。

きっと紅くなってしまっているんだろうな、そうは思うし恥ずかしいとも思うがどうにもならない。


お兄ちゃんはなにも言わず、しばらく私の顔を見つめていた。

だがいきなり破顔し始めたかと思うと、一気に顔を縦に振り出した。


「そうそう、そうだよ、大正解。ずっと勉強勉強だったあの葵も恋かぁ。

そうかぁ〜……お前も女子高生だもんなぁ……」


こんなにも懐かしむように笑顔を見せているお兄ちゃんを見るのなんていつぶりだろうか。

小さい頃に、遊園地に行った記憶を引きずり出そうとしていたときの顔とまったく同じである。

もしかして……私が『恋』という感情を覚えたのが嬉しいのか。


「お兄ちゃん、それで、話ってなんなの? 他にあるでしょ?」


私はお兄ちゃんに詰め寄った。

お兄ちゃんはただ私が『恋』という感情の名前を知っていることを確かめたくてステージ裏にいる私をわざわざここに呼び出したりしないことはわかっている。

私がそれに気付いているとわかったお兄ちゃんは苦笑して、


「やっぱり葵は聡いなぁ……」


と私の頭を撫でた。


「お兄ちゃんの経験で話をする。もし葵がおかしいと思ったら反抗しろ。

……梓くんはお前が自分のことを好きになる日を待っている。

そしてきっとこれからも葵が結論を出さなければ待ってくれるだろう。

でも葵は彼の優しさに甘えてはいけない。

どうせ待っててくれるし今のままの微妙な関係で良いや、なんて思っちゃいけない」

「……つまり、私の今の気持ちを素直に伝えなさい、ってこと?」

「ほんっとにお前は聡いよなぁ……。まあ、簡単に言うとそういうこと」


お兄ちゃんは私の決心を知らない。

だからサプライズで言ってやろう、そんな風に考えていたのに。


私の中で一つの考えが浮かんだ。

それを実行するべく、一瞬の別れの挨拶もせずに私はステージへと走って戻った。

私の背に手を伸ばしながらお兄ちゃんが、


「葵? ちょっ待って……!」


と焦って引き止めていたが聞き入れず、ホールの扉をばたんと閉めた。


再び帰ってきた私に事情を聞かずにいてくれた2人。

ステージを覗き見るともう九州ブロック代表の男性がパフォーマンスをしていた。

このパフォーマンスが終わるとすぐに審査に入り、その後はついに結果発表。

これからの運命を左右する結果発表が行われるのだ。


少しばかり結果発表というものが現実味を帯びてきて、緊張感を思い出した。

そのときついでにテレビカメラがあったことも思い出した。

ステージ裏から観客席の方に顔を出し、良く目を凝らすと、テレビカメラは何台も動いていた。

顔をアップで映す担当、動きを追う担当、ステージ全体の様子を映す担当など様々な役割を果たすカメラにわかれていた。

こんなので私の顔は放送されていたんだ……そう思うと今さら自分のしていたことのすごさを実感する。


パフォーマンスがすべて終わり、審査の間休憩があった。

お兄ちゃんが乗り込んでくるのでは、そう思ったがさすがにああいうことがあった後だからか静かに客席で座っていた。


控え室で私たちはなにも気にしていない風を装って談笑していた。

だが私もそのうちの一人だからわかる。

こんな風に笑っていても、実はみんな心の中ではドキドキしているのだ。

そうやってわかり合っているからこその明るさなのだろう。


もうやり残したことはなにもない。

あとは……結果を待つのみ!

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