賭けの行方である。
周りにはもちろん人がいない。
……というのも他の出場者たちは控え室で練習に励んでいるからである。
こんな風にステージ裏から演技審査の様子を見て楽しんでいるのなんて私たちだけだというのも納得のいく話だ。
やはりこうして見ていると皆だいたい同じような演技である。
初めは笑わず、最後の方だけにこっと笑う。
涙を流そうとしているような素振りを見せる人もいたが、本物の涙はなかなか見ることはなかった。
本当に大丈夫なんでしょうね、と問い詰められたがどうにかかわした。
ただのいち傍観者として見ているうちに、あっという間に私たちの順番が回ってきた。
名前を呼ばれているが表には出て行かず、裏に居続ける。
司会のお兄さんが焦って何度も名前を呼んでいるとき、梓が思い切って叫んだ。
「あんたがどっちにいるかなんて気付いてるんだよ!
命を守りたいんなら……大人しく出てきな、女スパイさんよぉ!」
そうだ思い出した、この演技審査は多少のアドリブ可……。
私はゆっくり銃を構える姿勢のままステージに出た。
「嫌よ、あんたみたいな性格ブスの言うことなんて従うわけないわ」
私もアドリブを返さなきゃ! そう焦る気持ちだけが空回りして余計に棒読みになってしまっている。
こんなんじゃだめなのに。こんなんじゃ楓さんや梓さんに迷惑がかかってしまうのに。
梓に完璧に私が焦っていることを勘付かれている。
「そんなーことーいわーれてもー……」
観客がどよめく。
彼はいきなり歌い出したのだ、ミュージカル風に。
それも澄んでいて、まるでアニメの王子様のような美声で。
私は彼の伸びやかな声につられて緊張の糸が解けてきた。
「ひゃっ……むぐっ……んん……」
大声を出した私の口を梓が大きな手で塞ぐ。
彼は人差し指を口に当ててしーっと空気の音を立てる。
「いまー俺のー気配にーまったくー気付かなーかーったでーしょー?
そういうーとこ、本とーうにー……馬鹿だ。
でもそういうところ……本当に……可愛い」
最後だけ普通にセリフを喋った。
耳元で囁くような甘い声。
自然と体全体を巡って心地良い痺れを感じた。
「うるさい! 黙りなさい!
……そんな風におちょくるんだったら私なんて……早く撃ってしまって!」
私は梓に向かって手を大きく広げて叫んだ。
声が一瞬裏返った。
「じゃあ遠慮なく撃たせていただくよ……」
梓がそうまっすぐな声で告げ、(おもちゃの)銃を私に向けた。
私はそのとき反射的に目をぎゅっと力を込めて閉じた。
普通銃向けられたら目をぎゅっと閉じるかな、そう本能的に思ったから。
そのとき私の頬には一筋の涙が伝っていた。
なんとなく台本を読んでいて思ったの、実はこの主人公は『生』を求めているって。
彼が銃を持つ手に力を入れたとき、観客たちが息を飲むのを感じた。
それは私たちの作り出す緊迫の場面という世界に引き込まれている証であり、喜ぶべきことである。
「……君の……っ……ハートをね……」
銃を地面に向かって投げ捨て、私に向かって駆けてきた。
その声は今まで我慢してきた気持ちが洪水のように流れ出したかのようないっぱいいっぱいの声。
他の出場者はもっと余裕ぶったようなヒーローだったが、梓の演じる彼は自分の気持ちを伝えることに一生懸命な可愛らしい青年である。
「なに言ってるのよ……もうだめなのに……ひっく……好きになっちゃうじゃないぃ……うえぇ……」
私も大泣きして梓にしがみついた。
足の力が自然と入らなくなってしまい、腰を梓に支えられる形になっている。
「大丈夫だ、ここから抜け出すぞ!」
「きゃっ……!」
もう既に胸に飛び込んでいるので、セリフを少し変えたのだろう。
彼の臨機応変さは尊敬してしまう。
私は手をぐいぐいと引っ張られながらつぶやいた。
「大好きよ、梓……!」
私たちは走ったままステージ袖に入った。
その中で沈黙を聞いた。
そのときのドキドキは一瞬で、すぐにその沈黙は盛大な拍手に変わった。
私たちはハイタッチを交わし、喜んだ。
私の大きな賭けは、大成功という結果を残して演技審査は終わった。
演技をする、ということは楽しい。
一瞬だが別人格になれる。
こんな風に思えるものが私に出来るなんて……昔の私なら信じられなかっただろう。
私は私の中の変化を薄々と感じていた。




