水族館デートである。
また間を空けて店を出た。
周りを見渡すも……楓と茜の姿が見当たらない!
「どこ行った、あの2人!」
私たちは二手に分かれて走ってまで探したが、その影さえ見つけることは出来なかった。
「あーここら辺こういう細い路地がいっぱいだからなぁ。
もっと早く出れば良かったな……んで、どうする?」
「なにが、です?」
「ここで2人を探すか、中華街で待ち伏せるか。
あと俺たちだけで普通に横浜観光してみる、か」
私は別に元から2人の尾行をしたかったわけではない。
……また尾行と言ってしまった。梓に怒られるので見守りとでも言おう。
なので梓の顔色を伺ってから言ってみることに、決めた。
「ここで観光してみたい……です」
「え、本当に!? 葵ちゃんからデートに誘ってくれるなんて」
「いえ決してデートというわけではないのですが……」
「じゃあ行こうか、こんな格好してる必要もないわけだし、服買ってやるよ」
私の控えめな否定は思った通りではあるが、あっという間に掻き消された。
さらに、どんなに遠慮しても聞き入れてくれないという謎の頑固さを見せられたため、本当に少し高級な服を買ってもらってしまった。
トイレに入ってそれぞれ着替える。
ネイビーの緩いニットと、白いスキニーパンツ。
梓はというと、白いTシャツに赤いカーディガン、そこに黒ジーンズ、首には長いキーモチーフのネックレス。
このおしゃれな格好をすると、梓のいけめん族度が上がって見える。
キラキラとした宝石が周りに飛んでいるようである。
本人は自覚がないままこちらにキラキラした笑顔を向けて来る。
なんだか私が惨めに見えるのではないかと思ってしまう。
「ぜんぜん調べてないからなぁ。
どうする? どこか行きたいところとかある?」
私は悩んでみても、横浜なんておしゃれなところに観光しに来たことなんてなかったのでまったくわからない。
梓の方が詳しそうなので、彼に行き先は任せることにした。
スマホで一生懸命調べていた梓が画面を見せて来た。
それは『八景島シーパラダイス』。
「水族館。どう? 前からずっと行ってみたかったんだよね。
今ショーもやってるみたいだし」
実は私はあまり人に言ったことはないが魚が好きだ。
水の中を自由にすいすいと泳ぎ回る魚が幻想的で、その開放感に少しばかりの憧れを持っているのかもしれない。
私は梓を見上げてなにも言わずこくこくと首を縦に思い切り振った。
「んじゃぁ決まりっ」
彼は私の手を取ってスキップして向かった。
その手はさりげなく恋人繋ぎにされていることに気付いた。
ゆっくり歩きながら、どうにか目的地に着く。
入場料は私が頑固に言い張って梓の分までお金を払った。
これでもまだ借りは返せていないので、今でももやもやした気持ちが渦巻いている。
私たちは水族館の中を歩いて回った。
良く見るが名前の知らぬ魚や、初めて見る珍しい魚がこちらに顔を向けてぱくぱくと口を開けたり閉じたりしていた。
指をガラスに付けると、その手に魚が集まってきてなんだか可愛らしいな、そんな愛しさを感じた。
あの某有名映画で有名な魚、カクレクマノミをじっと見ていると、近くにいた60歳くらいのおばあさんに話しかけられた。
「お2人は仲が良いわねぇ。私にもあったわ、旦那とラブラブしてた時期。
これ私じゃ使わないからあげるよ、さらに仲を深めなさいね」
そう言って無理矢理に近い形で渡されたのは映画のペアチケット。
これは今話題の少女漫画を原作として製作された恋愛ものの映画。
「おばあさんは旦那さんと行ったりしないんですか?
申し訳なくていただけないので……」
「ああ、気にしないでおくれ、旦那は去年亡くなったから。
必要そうな恋人たちに渡したほうが旦那も喜ぶわよ」
恋人ではないんだけどなぁ、そんなことはさすがに言わない。
それくらいの空気は読めるようになってきたのは成長だと自覚している。
聞いてはいけないことを聞いてしまったかと思いうつむいて口を結ぶと、おばあさんは顔のしわをさらに増やしてくしゃっと笑った。
「ははは、気にしないで気にしないで。
あの人生前から良く海外飛び回ってたから、自由になって今頃私なんて見守ってないと思うの。確実に今の自由を楽しんでるはず!」
おばあさんは若干上を向いて世界中を旅する旦那さんの姿を思い浮かべているようだった。
身近な家族の死をこんなにもポジティブに捉えるおばあさんはとても偉大な人だと尊敬する気持ちが湧いてきた。
私たちはお言葉に甘えてチケットをいただき、そこで別れた。
館内放送でまもなく見たいショーが始まることを知る。
そこへ走って行き、意外にも空いていた最前列の席に座った。
水の中を自由に泳ぎ回る黒い見慣れたイルカと白い見慣れぬイルカを眺めている。
そのとき、ずっと肩の力を入れているようでぴんと張っていた肩がすっと下りた。
私の方をじっと見つめ、髪を優しく撫でられた。
そして真剣なまっすぐした瞳に見つめられたまま告げられた言葉。
「俺は今、前なんかとは比べものにならないくらい葵ちゃんが好き。
葵ちゃんは茜ちゃんとかのいけめんを好きかもしれないけど、悪いけど遠慮はしない。
誰か俺の知らない男と付き合おうってなっても精一杯邪魔する。
返事だけど……いつまででも待つからゆっくり考えて」
この真摯な眼差しに捉えられてごまかせないと悟る。
私は笑いながら言ってみた。
「では……本選終わったら、御返事をいたします」
初めてこの恋という難題に挑んだ。
その言葉を聞いた途端に梓が目を輝かせたのは言うまでもない。
とってもとーっても私事ですが、
今日は私の誕生日です!
やっと14歳になりましたが、これからも精進したいと思っているのでこれからもずっとずっとずっとよろしくお願いいたします。




