梓の一面である。
それからもずっと肩をさすってくれていたが、近くの茂みがガサガサと不思議な音を立てた。
風かという考えには至るも、思わずびくっと体を大きく震わせてしまう。
……そのとき梓もびくっとしていたように感じたのだが、気のせいだろうか。
再び、茂みが揺れた。
今度は風ではないことを知ってしまうほど不自然な動きだった。
横になびく感じではなくて上下運動に近い動き。
思わず手を止めた梓と手を繋ぎ、そこを見つめた。
ついお互いの手に込める力が強くなっていった。
茂みからはなにかが飛び出すような気配はなかった。
だが未だ動き続けるそこを見て、私は梓に抱きついた、はずだった。
「葵ちゃんんんっ!」
彼はそれまでポーカーフェイスを保っていたが、今急に目に涙を浮かべ始めた。
驚く私に慌ててこう言った。
「ごめん、あんなにかっこつけてたけど俺……お化けとか無理……!
怖いよ、助けて。やだぁよぉ……」
梓はそれまでの頼れる男ではなく、赤ちゃんのように情けない声を上げた。
立場が逆転し、梓が私の腰に抱きつき、私が梓をゆっくり撫でるという不思議な光景が生まれてしまった。
「ここにいても、ど、どうにもならないと、思う、ので……家、帰りませんか?」
相変わらずたどたどしくなってしまったが、人間恐怖症で涙ぐんでいるというダブルパンチなのだから仕方がないだろう。
それからも変わらず梓が私にくっついた状態のまま猪瀬家へと帰って行った。
着いたとき、やっとほっとしたような顔をして梓が私から離れた。
「ただぁいまぁ……」
と梓が言うと、中から嬉しそうに頰を紅潮させた楓が迎えた。
私に関してなにも言わなかったということは、元から泊まることを想定していたのだろう。
「楓、茜ちゃんとなにがあったんだ?」
「やっぱり『茜ちゃんと』、っていうのは気付いちゃうよね、うん、まあ。
あのねっ今週土曜日ねっすることになったの。……デート!」
幸せを前面に押し出し、目がハートになっているように見える。
それを聞いて私までなんだか嬉しい気持ちになったが、梓の反応は私には想像できないものだった。
「え、それだけ?」
やっぱり経験豊富な梓は違うなぁ……そう尊敬の気持ちを持ったが、
「あんたはテキトーに誰とでもほいほいデートしちゃうからわかんないだろうけど、普通好きな人と初デートって嬉しいものなの!
どーせあんたは葵ちゃんにかっこいいとこばっか見せてんでしょ?」
と、見抜いているわよと言わんばかりににやりとして梓の肩を小突いた。
だが梓自身が否定した。
「いや……本当は言いたくないけど葵ちゃん言いたげだし白状します。
今の帰り道でな……」
がっくりと肩を落としながら今日の帰り道での恥ずかしい話を自分でした。
その説明を聞いているときから楓は笑いを堪えていたが、
「……はい、以上です」
と終わった頃には大きな口を開け、腹を抱えて笑っていた。
梓を人差し指でさしながら、
「あんたいっつも女の子にはかっこいいとこばっか見せてるのに……ははっ!
女の子に泣いてすがるなんてだっさぁ! なに、お化け怖いんでちゅか〜?」
と馬鹿にした。
梓は恥ずかしそうに顔を覆っていたが、まあお化けを怖がっていることは事実なのでなにも言い返さなかった。
それからかなりの時間、つぼにはまった様子の楓は思い出しては笑っていた。
そして、それを見ていた梓はいちいち舌打ちしていた。
私はというと、やっぱりこの姉弟は仲が良いなぁと思っていた。
この日の夜、土曜日のことを考えすぎて眠れなくなってしまったという楓とともに、私たちは日曜日の用意を進めた。
本当は土曜日にすべての準備をしようという予定を立てていたが、土曜日は楓が茜とデートする大切な日になってしまったため、今のうちにしてしまおうということだ。
「じゃあまた私が2人のスタイリングは全部担当するよ。
あと演出も下地は考えるけど、そこから付け足したい部分とかこういう演出はどうかってい提案はどんどんして。
私もお金貯めて、なるべく規模の大きな演出に出来るように頑張るから」
「おう、了解。葵ちゃん、この紙になにか演出思い浮かんだらメモっといて」
渡されたA4サイズの白紙と、楓の私物であるカラフルなシャープペンシルを手に頭をフル回転させて考えた。
梓もテーブルの向かい側で同じ格好をして悩んでいる。
私はすごい勢いで白紙を字と図によって埋めていった。
勇気を出して楓を呼び、
「これ……どうでしょうか……?」
と紙を見せると、楓はぱあぁっと顔を輝かせた。
「とっても良い考えじゃん! よし、梓は考える時間終了。
すぐにこの葵ちゃんの案を採用ってことで準備するよ!」
「おう!」
「はい」
私たちは日曜日へのエネルギーを消費して準備を着々と進めていった。
なによりも私の案が採用されたことはとてもとても……嬉しかった。




