2人きりの夜である。
私たちは手を繋いでいるが、柚葉と永澤先生、茜と楓はつい最近に出来たカップルである。
なので、愛は今ピークを迎えているようだ。
ハートが周りを飛び交い、たまに頬に刺さっている気分だ。
間に挟まれた私と梓にはぎくしゃくしたぎこちない雰囲気が漂っていた。
反射的に目を逸らしあってしまっている私たちを見ていた楓はにやけつつも、
「あとは2人だけよ? ほら、今がチャンスだよ、梓!」
「やめ……っ! やめろってば……! 良いからほっといてくれよな……」
疲れ切って呆れたようにほっといてくれと言ったものの、それは反抗期的なものではないだろう。
『怒り』というより少しだけ『楽しい』という感情が見えた気がした。
晶子さんの病室にもう一度帰り、別れを惜しんだ。
葬儀は親族だけで集まるということなので、向き合うのはこれで最後だ。
私はもう完全に冷たくなった手を取り、涙を流した。
ずっとその安らかに眠る顔を見ていたら晶子さんの顔がふと笑顔になった気がした。
私たちは6人で帰ると思いきや。
まあ考えてみれば当たり前ながら茜と楓は2人だけで帰って行ってしまった。
送って行くよ、なんて優しい言葉をかけながら。
柚葉と永澤先生の方は、仕事が残っているらしく未だ病院にいるが、2人はパートナーのようなものなので結局今も2人きりで楽しい時間を過ごしているだろう。
そこにぽつんと残された私たち。
私は手を振りながら、
「では、さようなら」
と言って帰ろうとした。
すると、手首を掴まれて引き止められた。
「ど、どうされました……?」
「いや良く考えてね、今普通に1人で帰るつもり?」
「はい、もちろん帰りますけど……どうかされました……?」
「ここで俺ら2人で残されて? 夜で? 葵ちゃんは女の子で? 俺男で?」
当たり前のことをずらずらと並べられてもわからない。
梓の綺麗な瞳を見つめながら目を丸くする。
「あーなんで葵ちゃんはそんなに鈍いかなぁ……!」
しっかり整えられた髪をぐしゃぐしゃと崩してしまいつつ、がくんと落ち込む。
ため息をつきつつも私のほうにゆっくり向き直り、肩を掴まれた。
目線を同じくらいにされ、つい逸らしたくなってしまう。
「俺も送るよ、葵ちゃんの家まで」
そういうことか、やっと理解しつつもふと気が付く。
「ありがとうございます、が……私はまた梓さんの家にお邪魔するわけにはいかないのでしょうか……?」
「え? あ? あ!」
「もしそちらにとって迷惑でしたら結構です、では……」
「いや! ごめん! かっこつけることばっか考えちゃってて忘れてた!
じゃあ、さ。一緒に帰ろう?」
「よろしいのですか? ……あ、ありがとう、ございます!」
一瞬梓に拒絶されたのかと勘違いしてしまい、胸が痛んだ。
だがまたお宅にお邪魔しても良いと言われ、そのときとても嬉しいという感情を覚えたような気がした。
私たちは夜道を2人で歩いた。
ここは住宅街なので街灯が連なっていて真っ暗ではないが、後ろのほうで犬の鳴き声が聞こえただけでも過剰に驚いてしまった。
いちいちびくっと体を震わせる私を見ていた梓は、「ん」とだけ言って片手を差し出された。
「繋いでも、よろしいのですか……?」
「そのために手を出してるんだよ!
というか、手を繋ごうとしてるとかわざわざ言わせないで!」
「す、すみません……」
「いや謝らないで大丈夫。俺が恥ずかしいのっ」
ゆっくりと手を近付け、彼の手に触れた。
やっぱり温かくて、私の手よりもぜんぜん大きかった。
静かな夜道、私たちの間には少しながら気まずい雰囲気が漂った。
誰もいない中で手を繋いでいるのだから当然だと思う。
相変わらず驚き続ける私の肩に、真っ黒なスーツを羽織らせてくれた。
「怖いの? 大丈夫、俺が守るから!」
そう言って彼は白い歯を見せて笑った。
そして、私の肩を抱いてくれて、優しくさすってくれた。
思わず気が緩んで私は泣いてしまった。
「葵ちゃん!?」
驚きつつも梓は私の肩をずっとさすっていてくれたのだった。




