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晶子の手紙である。

病室の外に出ると、ちょうど主治医である永澤先生がノックをし、晶子さんの病室へと入って行った。


私は病室外でゆっくりと深呼吸を繰り返していた。

梓の優しい手、それをしっかりと握りながら。

普段涙を見られるなんて恥でしかないと思っていたが、この手を差し出してくれた梓に対してはそんな気持ちが自分自身も驚くほどなかった。

反対に、もっと私の素を見せても平気だという謎の安心感を感じた。


5分程度経ったとき、茜とともに永澤先生が出てきた。

先ほどは私たちの存在に気が付かなかったようで、今さら私たちに気付いた先生はこちらに来た。

先生は人の『死』なんて見慣れているんだろう、そう思い込んでいたが、先生の頬には幾筋もの涙の跡が残っていた。

少しだけ潤んだ目をこちらに向け、頭を下げた。


「晶子さんに幸せな時間を与えてくださり、ありがとうございました」

「いえ、俺たちは見ていることしか出来ずそんな自分が不甲斐ないです……」


落ち込んだ様子を見せた梓に、先生は微笑んだ。

梓の髪をわしゃわしゃと撫でてから、


「君たちは本当に彼女の心の支えになってくれた。どうか自信を持ってくれ。

その証拠に、これを……」


そう言って差し出されたのは、梅柄の桃色でどこか温かみを感じる封筒。

そこには綺麗で几帳面な字で『梓さん、葵さんへ 如月晶子』と書いてあった。

どうやら晶子さんから私たちへの手紙らしい。


2人で封筒を開くと、そこには便箋が2枚。

長々と書いてあるのかと思いきや、その内容はたった4文だけだった。


『貴方達のことは、茜から沢山沢山聞いて来ました。

茜を支えてくれて、有難う。

私の大切なあの子を想ってくれて、有難う。

私はずっと、貴方達の幸せも願っています』


きっと震える字を見ると、亡くなる直前に書かれたもの。

茜のこともすべて思い出した晶子さんは、ほぼ面識のない私たちに最期の力を振り絞って感謝の気持ちを綴ってくれたのだ。

このたった4文から伝わるのは大きな大きな感謝ありがとうの心。

最後には私たちの幸せにまで気遣ってくれている。


なんと優しい人だろう。

なんと美しい心だろう。

なんと温かいおもいだろう。

そして、なんと素晴らしい感謝だろう。

こういう人だからこそ、祖母として慕う孫がいて、患者として想う主治医がいて、他人ながら愛する私たちがいるのだ。


茜はこの手紙を読んでいないが、


「おばあちゃんなら、先輩たちに感謝を伝えたと僕は信じています。

……どうですか?」


手紙の内容をいとも簡単に予想した。


「先輩、たくさん僕のために、そしておばあちゃんのために考えてくださり、ありがとうございました。

もう僕は弱くありません。

これからもお姉ちゃんと一緒に歩んでいこうと思います」


そう宣言したとき、少し遠いところから足音が聞こえた。

その人は茜と手を繋いでそれを私たちに見せた。


「そうだね、茜。でも私を守ろうとしなくても良いのよ。

2人一緒に今までみたいに姉弟協力してどんな困難にも立ち向かっていきましょう」


柚葉はひとしきり泣いてきたようで、瞳と鼻は真っ赤だった。

だが、2人手を繋いで白い歯を見せて笑っているその笑顔を見ると、誰もが元気になる、そう感じた。


その隣に永澤先生も立ち、柚葉の空いている片手を握った。

柚葉の顔が一瞬にして真っ赤になったのは言うまででもないが。


「もちろん、私も協力します。

主治医として、君を好きな1人の男として……」

「先生……」


どうやらさりげなく柚葉は先生に告白され、さりげなく付き合うことになったようだ。

2人の間に流れる甘い空気に私たちは困惑したが、そこにもう1人現れたことによって状況はまた変わった。


「茜ちゃん、もちろんもちろん私もいるよ?

なんの助けにもなれない非力な私だけど、精一杯支えていくから……」


楓も茜と手を繋ぎ、また微妙な空気が流れた。


私と梓も手を繋ぎ合い、6人が繋がったことは私の中に深く深く想い出として残った。

私たちには味方がいる、この手の温もりがある。

そう思えばどんな壁でも打ち破れる……そんな謎の安心感があった。

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