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最期である。

私は『びじねすほてる』から駆け出て、晶子さんの入院していた病院へ向かった。

梓はそこで待っているという。


梓からの衝撃的なメッセージ。

大好きな祖母を亡くした茜の今の精神状態が心配で仕方ない。


私自身の祖母を亡くしたわけではないが、そうかのように汗ばみながら病院への道を駆けていると、前から来た自転車のライトがが私を照らしたまま止まった。


「葵ちゃん乗って! 俺を信頼して、大丈夫だから」


手をひらひらと振る梓は、その行動とは裏腹に汗だくだった。

全身真っ黒なスーツを着ているところを見ると、彼の父のお葬式を途中で抜けて茜の方に急いで駆けつけ、私のところにも迎えに来てくれたのだろう。


スーツに包まれた、ほのかに熱を感じる細い腰に手を回し、ぎゅっとしがみ付く。

今日は風をほとんど感じないくらい無風の日だったが、彼は危ないのではないかと思うほどに飛ばしたので強い風を感じた。


晶子さんの病室に入るとき、私は全身が震え始めた。

室内から聞こえる哀しみの声……それがいくつも重なって私に向かい押し寄せて来る。

どれだけ悲惨な光景が私を待っているのか。

それを想像しただけで怖くなってしまったのだ。


そんな私の弱さに気が付いてくれた梓は、自然な動きで手を繋いだ。

繋いだというより、彼の大きな手に私の手が包み込まれたというほうが正しいかもしれない。


「……じゃあ、行ける?」

「はい、大丈夫です……」


梓がからからとドアを開いた瞬間、中から1人の女性が飛び出してきた。

それは柚葉だった。

目が合ったときの彼女の顔はぐちゃぐちゃに濡れていて、鼻は真っ赤だった。


「すみませ……っ」


それだけ言って、私たちの横を走って行ってしまった。

そのときの柚葉の顔は、しばらくの間私の脳裏に焼きついて離れなかった。


病室に足を踏み入れると、重い空気を感じた気がした。

重く、辛く、苦しく、真っ暗な空気……それはとても気持ち良いと言える空気ではなかった。

中にはベッドに顔を埋めて泣き声をあげる茜がいた。

どうにか声を押し殺しているその姿は、とても苦しそうに見えた。

茜は私たちに気が付くと、一瞬だけこちらを向いて、すぐに顔を逸らした。


しーんとしたこの病室には私と梓と茜の3人だけ。

ベッドに横たわったままの晶子さんの顔を覗き込むと、それはそれは穏やかで、ただ眠っているだけのようだった。

だが周りにあったはずの機械はどこかへ消え去り、ぐるぐる巻き付いていたチューブも外されて寂しそうにぶらんと垂れ下がっていた。

布団をめくって手を出し、その細い骨のような手に恐る恐る触れてみた。

力を入れたらすぐに折れてしまいそうな手は、冷たくて生気をまったく感じなくなっていた。


「……連絡があって学校からすぐここに来たら、細いながらもおばあちゃんの息はまだ残っていました。

最後に絞り出した言葉は『茜、今日も楽しくお友達と過ごせたかい?』というお決まりの言葉でした。

おばあちゃんは死ぬ間際にだけ思い出したんです、僕のことを……」


なんて寂しい物語だろう。

息を引き取る何分か前に、おばあちゃんは孫のことをすべて思い出した。

そして最期さいごのこした言葉は思い出のある言葉だった。

なんて忘れられない別れ方なのだろう……。


「……葵先輩?」


茜に顔を覗き込まれ、驚いたような声で名前を呼ばれ、はっと我に帰る。


私自身はまた、泣いてしまっていたのだ。

最近は涙を流す日が増えていっているように感じる。


涙を一生懸命袖で拭うも、止めどなく溢れて来てしまって涙の量は変わらなかった。

ついにうーうーという声が漏れ始めると、私は過呼吸状態に陥った。

苦しい、息が出来ない……。


1人でパニックになり始めたのに気付いたのか、梓が私の肩に手を回す。

優しくぽんぽんと叩かれ、私は足の力が抜けてしまった。


私は棒のように動かなくなった足を引きずりながら、梓とともに病室を出た。

もっと死というものに向き合わなければいけないのに……私はなんて意気地なしなんだろう……。

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