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同時の『死』である。

私はこの家のリビングを改めて良く見て回った。

壁にかかったカレンダーにふと目が止まり、凝視した。

そのカレンダーのある1日に、赤、青、緑、黄色の4色でぐるぐると丸が記入されていて、そこには『オーディション本選!』とあった。

その日はもうすぐに迫っているような気がして日にちを数えてみると、なんと……


「え? あと5日で本選!?」

「そうだけど……葵ちゃんもしかして今さら知ったとか言わないよね!?」


帰ってきた楓が驚いたように言った。

そのやり取りを聞いていた梓も、


「え? 日曜日本選なの?」

「あんたもかっ! 私最近そろそろだねって騒いだじゃない!」

「あー言われてみればなんか騒いでたね。

俺あのときぜんぜん聞いてなくて、動画見てたわ」

「どうしたの、2人ともぽけーっとしちゃって。

じゃあ今日私が当日のパフォーマンスとかプレゼンするから見てくれる?」

「はい……わかりました……!」


梓はそのとき無言のままで、楓の視線に気が付いてから慌てて、


「りょーかい!」


とオッケーサインを手で作った。

探るような眼差しで楓を見つめている。

たぶん茜とのことを聞きたいのだが聞きづらいのだろう……。


この日の夕食は、私がキッチンに立って焼きうどんを作った。

3人で食卓を囲んでいると、店の方からおばさんがやって来た。

私が頭を下げてお邪魔しています、と言うと、会釈を返してくれたものの、うわの空でその笑顔は引きつっていた。

慌てて梓と楓に言った。


「……お父さんがね、亡くなったって」


それだけ言って、いつも通りのおばさんの豪快な笑いを浮かべた。

不自然なほどに笑っていたが、いきなりうつむいて静かになった。


「お父さんが……お父さんがねぇ……っ」


パタパタと落ち、止まることを知らない涙たちがカーペットを濡らした。

梓たちは魂が抜けたようにおばさんに駆け寄り、3人が抱き合って声を上げて泣いていた。

その地獄のような光景をただの『いち傍観者』として見ていた私は、いつの間にか泣いていて、凄まじい吐き気を催していた。


彼らは急いで店を閉め、猪瀬家の大黒柱の元へと向かった。

たった1人で吐き気を催したままの私は他人の家に残されて、ただただ呆然と突っ立っていた。

カーペットに残った3人分の涙の跡が私の心にさらに鋭い刃物を突き刺した。


3人は、この家を出てから3時間後くらいに帰って来た。

全員が乾いた笑いをその顔に湛えていて、目は虚ろだった。

この日はもちろんプレゼンなんて予定は消え去り、それぞれが一生懸命に強い心を保とうと気を張っていたように思える。

私もすぐに寝床に入ったが、違う部屋から聞こえてくる3人分の呻くような泣き声には、私の心も痛んだ。


翌日から店は一時閉店され、すぐに葬式が執り行われた。

『私があの世へ旅へ出たら、その翌日に葬式をしてください。私は元気です、なので梓、楓、そして朋子、みんなお元気で』。

という遺書によるものらしい。

私1人だけがこの家を出て学校へ行った。


隣の席である梓は忌引だと担任が言うと、クラスのほぼ全員がざわついた。

噂によると梓の父はずっと心臓の病を患っていたそうだ。

本当は40歳までの命だと言われていたが、4年延びて44歳までその生涯を全うした……ということらしい。

今頃梓は、お父さんのお葬式でまた涙を浮かべているのかな?

そんなことばかり考えてしまって、なんだか私まで泣きたい気持ちになった。


こんな日でも私は帰る場所がなく、猪瀬家に泊まるのだろうか。

そんなことを考えながら校門前でうろうろしていると、電話で話す茜が目に止まった。

話しかけようか迷っていると、彼はバッグが開いたままなのにも気付かない様子で猛ダッシュして行ってしまった。

不思議だ、そう思いつつも私にはやっぱり話しかける勇気なんてないままだった。


今日は全員が家にいないため、私は1人で近くの『びじねすほてる』というものに泊まることにしてみた。

猪瀬家には、ここに泊まることをしっかりと書き置きしておいたので大丈夫だろう。

『びじねすほてる』は初めて入ったが、簡易宿泊施設という感じだった。


久しぶりに1人で過ごすことになったが、1人でゆっくり……なんてことはまったくなかった。

夜9時、梓からLINEが来ていたのでふと見てみる。

そこに書いてあった文字を見た途端、私の思考は停止した。


『茜ちゃんから聞いた?

……晶子さん、今日亡くなったらしい……』

びじねすほてるがひらがななのは、

葵の初体験感を表すためです。

私も泊まったことは何度かありますが、

いまいち覚えていません……。


今回は少しだけ重い話になってしまいました。

死は私たちにもっとも遠く、もっとも身近なもの。

しっかり向き合うことも必要なので、

あえて物語の中にも死を取り入れてみました。

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