とろける時間である。
今日は冷蔵庫に食材がないということで、近くの如月家行きつけだというハンバーグ店に食べに行った。
柚葉はあると思っていた食材が冷蔵庫に入っていなくて慌て、私に何度も何度も謝って来たが、私の方が逆に慌ててしまった。
私と茜はいつも通り眼鏡をかけて出かけた。
ハンバーグ店は古い民家を改造して出来ているので、家で食べている気分になる。
小さなこの店には10人くらいしか入れない。
少し混んではいたものの、隠れ家的な雰囲気があるのでそこまで人気というわけでもなさそうだった。
私と柚葉はチーズハンバーグ、茜はハンバーグの上にもやしやなすやかぼちゃなどの野菜がたくさん乗ったヘルシーハンバーグを頼んだ。
「お待たせいたしました〜」
可愛らしい店員が可愛らしい声でハンバーグを届けてくれた。
営業スマイルがあんなに出来る人はさすがに尊敬してしまう。
「皆さんお手を合わせて。いただきます!」
「いただきますっ!」
この家特有の習慣だといういただきますを一緒にして、食べ始める。
ハンバーグをナイフで半分に切ると、湯気の立つとろとろの濃厚チーズが溢れ出る。
ソースがないことにうっすらがっかりしたものの、鼻をくすぐるいかにも美味しそうな匂いを嗅いだ瞬間にそんな気持ちはどこかへ吹っ飛んだ。
一口入れた途端広がるジューシーな肉汁とチーズの風味につい笑顔がこぼれる。
隣で同時に口に入れた柚葉も同じような表情をし、頬に手を当てた。
「どう、葵ちゃん。美味しいでしょう? 私たちのおすすめ店なの」
「美味ひいでふ……ほんなに美味ひいハンバーグははひめて……」
「ふふふ、そんなに夢中になって食べてくれるなんて、ここのお店を紹介して良かったわ」
「今日はもちろん僕たちがおごりますよ、どうぞたくさん召し上がってください」
シャキシャキパキパキモグモグ……。
いろいろな野菜や肉の音が聞こえる茜がそう言う。
おごっていただくのは申し訳ないので、お会計の時にしっかりと断ろう、そう決めてまた自分の目の前にあるハンバーグに取り掛かった。
「ふぅ〜……」
ひとまず手を休めた茜のヘルシーハンバーグを、私はどれだけ凝視してしまっていたのか、茜に一口入りますか? と問われてしまった。
初めは遠慮していたが、目の前にハンバーグの乗ったフォークを差し出されてつい口を開けてしまう。
フォークに口が触れないように気を遣いつつも食べると、こちらはデミグラスソースの染み込んだ野菜たちが私の口の中を走り回る。
その様子をじっと見て微笑していた柚葉にはまったく気が付かなかった。
全員ががつがつと口にハンバーグを運んだため、あっという間に食べ終わってしまった。
お会計のとき断ったが、柚葉に、
「今日だけは私たちにおごらせないとだめだよ」
と言われ、素直にお礼を言った。
帰るとすぐに柚葉がお風呂に入り、私と茜は明日の用意をした。
制服のまま、スクールバッグもすべて持ってきていたのは幸いだった。
持って来ていない教科書たちは、明日どうにかしよう、そう諦めた。
茜が分からないと言っている問題を教えてあげているうちに柚葉もお風呂から上がり、私が入ることになった。
服は柚葉のパジャマを貸してもらえた。
私がお風呂から上がると、入れ違いで茜が入った。
リビングには温めた麦茶を飲みながらゆっくり丁寧に髪を乾かす柚葉がいた。
私が柚葉さん、と声をかけようとしたとき、ちょうど髪を乾かし終えた柚葉が、
「髪、乾かしてあげようか?」
と言ってくれて、髪を乾かしてもらった。
その手は優しく、お母さんに髪を乾かしてもらっていたあの頃の思い出が蘇って来た。
私と柚葉は同時に寝る準備を終え、長風呂をしている茜におやすみなさい、そう言ってから一緒に柚葉の部屋へ行った。
柚葉のベッドの隣に折りたたみ式のベッドを出し、隣で寝転がる。
初めは私から恋愛の話をするのは気が引けて無言の気まずい時間が過ぎたものの、その空気を察した柚葉から永澤先生の話を始めてくれた。
「永澤先生のこととか、嬉しかったこととか……にやけながらになっちゃうけど付き合ってくれる?」
そうして始まった夜。
長い長い楽しい夜の始まりである……!
こんな風に夜友達とコイバナをすることが夢だった私は、わくわくが止まらなかった。




