どストライクである。
クラスで、いや学年でもたぶん一位の人気、女の子なんてよりどりみどりのはずの猪瀬梓という男に私は告白されました。
……と文章にするのは簡単だが、実際にその文章の登場人物になってしまうとなにも言えないまま固まってしまう。
彼は嘘でした、ということもなければ、こういう理由で好きなんだとはっきり好きだと言い直してくれるわけでもなくただ見つめてくる。
「……意味がわかりませんけど。早くうそだって言ってくださいよ」
「ん? なに言ってるの、そのままの意味でしょ?
俺は葵ちゃんが好きになったの、だから付き合って欲しいの。
別に俺のことぜんぜん好きになれないなら好きにさせてやるけど」
平気な顔をして言うが、いやいやおかしいだろう。
ばかなんですか? と言いたいが決してばかではないので言わないでおく。
「いや、梓さんみたいな人が私なんかを好きになる理由が見つかりません」
「特別理由なきゃだめなんだ?
強いて言うならね、葵ちゃんの素顔が俺のタイプどストライクで、その孤独感? っていうか鉄壁みたいなのを壊してみたいっていう好奇心かな」
「タイプどストライク……好奇心……!?」
「ちょっと失礼しますよー」
さっと私に近付いた梓は私の眼鏡を素早く掴んで外す。
だて眼鏡なので別に視界はいつも通りだが、レンズを挟まずに梓の綺麗な輝く二重の瞳と出会うと心臓が跳ね上がる。
さらに私の髪についたゴムを取って手ぐしで解く。
おさげのせいで軽くウェーブした髪と眼鏡を外された私の顔を見て予想以上に梓の顔は紅潮し、照れくさそうに笑った。
「やば、めっちゃかわいい。
俺のタイプどストライクって言ったけど、たぶんほとんどの男子が好きになるよ?
なんでこんな素材が良いのに隠してるんだ?」
そんなの出逢って間もない梓に言う義理はない。
無視すると、言いにくいか、と言って諦めてくれた。
「どう、俺と付き合ってみても良いかなってまったく思わない?」
「まっっっっったく、思いません」
はっきり断ると、困ったように頭をかいた。
「俺告白したの初めてなんだけどなぁ、傷付くなぁ。
葵ちゃん、彼氏いるの? それとも興味ないとか?」
「興味がないんです。別に恋愛なんてしなくても良いし。
さらに……成績、梓さんに負けたのが悔しいんです、プライドが許しません」
「あ、なに、もしかして俺ライバル視されちゃってんの?」
「……そうですよ、どーせ私なんてばかですよ」
ついいらいらして子供のように頬を膨らませてうつむくと、頭の上に温かい人の体温が触れた。
見るとそれは梓の腕で、ぐしゃぐしゃするわけでもなくぽんぽんされる。
なんかこれって、恋人みたいじゃんか。
恥ずかしいのでその手を振り払ってしまった。
すると梓は私の顔を間近でじーっと見てふふっと笑った。
「ちっちゃい子みたいでかわいー。
いつも表情変わらない葵ちゃんがぷーってした……かわいい、ほんと」
「はい!? もう私はっきり断りましたよね」
「うん、でもどんなに断られても嫌がられても諦めないよ。
俺のこと好きになってくれるまで好きって毎日言い続けるから」
「好きになるまで?」
「あ、好きになってくれてからも言って欲しいの? なら良いけど」
「そういうことじゃありません!」
私は教室に戻ろうと反対方向に歩き出した。
だが後ろからどうせ隣の席だし一緒に戻ろうとついて来る。
大きなため息をついてその日は諦めた。
いつかそんな好奇心や興味はまったくなくなるだろう。
そう彼の気持ちを軽く見られたのはこのうちだけだった。