恋への憧れである。
私はそれからもずっと梓と関わってはいけない、と言った理由を語っていた。
長く長く話されたが、結局はこうだ。
①梓は私の外見が好きなだけだから
②梓のように派手グループのリーダー的存在と関わっても馬鹿がうつるだけだから
③将来高い収入を得られる見込みがないから
自分の脳内でお兄ちゃんの話をまとめてから改めて思う。
なんでお兄ちゃんにここまで梓のことを悪く言われなければならないのか。
成績がダントツ1位で頭が良く、運動も出来ること。
楓に仕込まれてメイクやヘアアレンジが得意だということ。
そしてなによりも、私のような雑草にも優しく手を差し伸べてくれること。
その他にもたくさんある梓の良いところをまったく知らないくせに。
そんな思いが私の脳内を占領する。
もうだめ、これ以上お兄ちゃんの言いなりにはなれない。
私の中でなにかがぷつんと切れた気がした。
「うるさい、黙って。お兄ちゃんに梓さんの何がわかっているの?
まったく知らないくせに知った風に悪口言って、勝手に私の交友関係までお兄ちゃんに決められて。
私の人生は、私が決める。お兄ちゃんなんかに口出しされたくない!」
「おい、葵! お前どうしたんだ、もしかしてもうあいつの馬鹿がうつったのか?」
「黙ってって言ってるでしょう!」
お兄ちゃんの引き止める手を思い切り振り払う。
予想以上に私の力が入ってしまい、ついお兄ちゃんの頬を手の平で叩いてしまった。
痛そうに頬を押さえているのに無視するのは心苦しかったが、私はお兄ちゃんとは逆方向に向かって走り出した。
なんで私、あんなに苛立ってしまったのだろう。
なんで私、あんなにお兄ちゃんに歯向かってしまったのだろう。
なんで私、あんなに梓を悪く言われたくないと思ったのだろう。
この世界はいくら勉強してもわからないことだらけで付いていけない。
何も考えず走って向かっていた先は、以前茜を追いかけて来たときに辿り着いた公園。
そこで久しぶりにブランコに座って足を地に付けたまま揺れる。
下を向いていたら、私の影の上に他の影が重なって私が大きな怪物になったように見えた。
前を向くと見覚えのある顔がそこに。
「唯紅さん……?」
「どうしたの、こんなところに1人で。あの馬鹿碧は?」
「お兄ちゃんが……いえ、何でもないです、お気になさらず……」
正直にお兄ちゃんとの間にあったことを話そうかと言いかけたが、唯紅は現在喧嘩中と言えど彼女は彼女。
結局はどうせお兄ちゃんの味方なんだ。
その事実にはっと気付いて口をつぐんだ。
唯紅は不思議そうに首をかしげたが、私に気を遣ってくれたのかそれ以上何も追及して来なかった。
「唯紅さん、お兄ちゃんと仲直りしに来たんですか……?」
「んーまあ私がその日仕事で上司に怒られてイライラしてて、いつもなら怒らないようなことであいつに当たっちゃったから。
頭冷やしたらすっごく申し訳ないことしたなぁって気付いて来たの」
その言葉に私はかなり頭を悩ませた。
私も今日はたまたまイライラしていたからお兄ちゃんと喧嘩したの?
頭を抱えて悩んだが、たぶん私の場合は、違う。
なにか違う理由でイライラした気がする……。
結局その本当のイライラの原因は考え付かない。
唯紅は私の隣のブランコに座ってぽーっと空を見上げた。
「上司に理不尽な理由で怒られた日、私が会社の男友達と飲んでたわけ。
それで夜中2時に酔ってふらっふらになって帰ったら、リビングで碧が正座してた。
それで言われたの、『こんな時間まで誰と何してたの? 不安で眠れなかったから待ってた』って。
それ聞いてつい、別に関係ないでしょ、って冷たく言っちゃって……今思い返すとあれってただの私の八つ当たりなんだよね。
碧が家出てってから考えて、当たり前って思って甘えてた碧の私への愛情に気付いたのよ。私のことを心配してくれたのに八つ当たりなんて本当に大人気ないことしたなぁって反省して頭の中整理してから謝りにきたんだ」
お兄ちゃんの優しさについて話す唯紅の表情は明るく、お兄ちゃんの愛情を全身で感じてるから信じられるんだって思った。
なんて可愛らしい乙女の顔なのだろうか。
今までは恋にはまったく興味がなく、私に関係のない不必要なものだと思い込んでいた。
だがこの唯紅の充実しているような顔を見たときその考えは少しながらも変わった。
私も恋をして、唯紅さんのようになりたい。
そう初めて思った瞬間だった。




