姉弟である。
改めて三人が揃ったこの部屋に、楓がやって来た。
初対面の茜を見た瞬間にその表情はぱぁっと明るくなった。
「あなたが噂の『茜ちゃん』? 聞いた通り可愛い〜!」
「あ、ありがとうございます……?」
噂? そんな怪訝な顔をしつつも礼儀正しくお礼を言っている姿は、私たちの後輩とは思えぬほど立派だった。
明らかにぎこちない茜の言葉を気にすることなく楓はドアの外に首だけを出してなにやら手招きした。
「うん、来て来て……良いから良いから」
そう言われ遠慮がちに入って来たのは……茜の姉、柚葉だった。
赤い七分袖セーターにブラウンのロングスカート、それにレースの白いフットカバーを合わせ、髪は斜めに結んで前に流している。
かなりイメージ通り、という感じの清楚な格好で、なぜかほっとした。
「お姉ちゃん? どうしてこんなところに?」
「茜ちゃん、私と柚葉ちゃんが同い年で、たまたまカフェで会って話してみたらすごい気が合っちゃって!
オーディションの話もしたいよね、ってなって家にお招きしたの」
「楓は誰とでも結局仲良くなるよな……」
二人とも大学二年生だと私は最近知った。
確かにオーディションの話をしたがりそうな2人である。
「せっかくだから茜もメイクとかしてもらわない?
楓ちゃんは男女どっちも綺麗にする練習がしたいらしいんだけど……」
「楓はいつも誰でも練習台にしちゃうから茜ちゃん、良いよ断って」
「なにその言い方。私が無理矢理メイクとかしてるみたいでしょ!?」
「まあまあ、事実なんだしそう怒らず」
「事実じゃないしっ! 強制じゃないもんねー!」
かなりの日数この家に来てこの猪瀬家の姉弟コンビを見ているのでこんなやり取りは私にとって日常茶飯事というかんじだ。
だが誰かが『ぷっ……』と吹き出したかと思うと、もう一人もそれにつられたように『ふふふっ……』と笑い出した。
「楓ちゃんと弟さん、仲良いね、すごい!」
「先輩たち面白すぎです……あははっ」
はじめに吹き出した声の主は茜。
それにつられたのは柚葉だった。
二人はなにかがかなりツボにはまったようでずっとクスクス笑っていた。
声を全力で抑えているようだがほぼ漏れ出している。
こんなに笑われるとは。
そんな風にびっくりした様子の猪瀬姉弟も、つい笑ってしまっていた。
今日はとりあえず柚葉だけのメイクをすることになった。
茜はまだスキンケア出来ていない、というなんとも乙女な理由で嫌がっていたからかもしれない。
どうせなら万全の体制でメイクに臨みたいのだろう。
楓は柚葉と楽しそうに話しながらメイクを始めた。
いつもならヘアセットもするが、元から柚葉は髪型に気を遣っていたのでなにもいじらなかったようだ。
服は大きな花の柄のある真っ赤な浴衣。
まさに浴衣! という雰囲気の浴衣は、清楚な柚葉にはぴったりだった。
髪を結ぶゴムをピンク色の花が付いたものに変えて……
「出来たっ完成!
柚葉ちゃん大人しめーって感じだから、王道浴衣でその清楚さを引き出したんだ」
「楓ちゃんのメイクの腕……すごいんだね……」
「んんーまあそれほどでもー?」
ポーッとした顔で自分の写る鏡を見つめて楓を褒める柚葉。
その言葉にまんざらでもない様子でにやける楓。
明るくて前向きというイメージの楓と、大人しくて控えめな柚葉は一見正反対に見えるがそういう反対さが逆に合うのかもしれない。
私の隣では、茜が目を見開いたまま固まっていた。
まるで心の奥底から楓の腕前に感動しているようだった。
「僕実は、メイクアップアーティストになりたいんです。
女性がメイクで今よりも自信を持ったり可愛くなれたりするお手伝いが出来るなら、そう思ってメイクアップアーティストという道を考えています」
「茜……そうだったの?」
茜の大きな『メイクアップアーティスト』という夢は姉でさえ知らなかったらしい。
その時私は考えた。
私の夢って……一体なんなのだろうか……?




