受け止める、である。
私たちに出来るケアはたった二つだけ。
変に『元気出して!』などと無理に明るく声をかけたりはせず、かと言って過剰に『可哀想に……』と同情しない、憐れまない。
そして、落ち込んでいる茜に『頑張れ!』と声をかけない。
頑張れ、は言ってはいけないらしい。
それはすでに自分の中で祖母の死という大きすぎる事態をどうにか片付けようとして頑張る茜に無理をさせてしまうからだという。
たしかに頑張っているのにさらに頑張れとは酷である。
「この二つをしっかり守っていただければ茜くんの精神的なものは何もしないよりもすぐに回復すると思います。
これから茜くんは強敵と一人で戦うことになりますが、その戦いは茜くんの成長なのでお二人は見守っていてください。
もし一人で抱え込みすぎてしまってパンクしてしまう、そう感じたら先ほど話した二つのポイントをおさえて手を差し伸べてあげて欲しいのです」
「はい、俺らが出来るだけ彼の心のケアをしたいと思います。
では失礼致します、茜の様子を見てきます」
この部屋を出たところに一人の綺麗な看護師が立っていた。
持っているボードに『永澤』と書いてあったので、きっと永澤先生に書類を渡したくて待っていたのだろう。
私たちを見て、彼女は驚いたような顔でこう言った。
「あの……私、如月茜の姉です。
いつも茜はこんな私のことを慕ってくれていました。
弟のことを……どうかよろしくお願いします」
いきなり頭を下げられ、私たちは慌ててしまう。
慌てながらも、
「俺らも全力で茜ちゃんのケアをします、待っていてください」
「私たちも茜ちゃんを大切に想っています。
またいつも通りの茜ちゃんに戻るように出来る限りサポートしていきます」
私たちの強い言葉にうっすら涙を浮かべ、
「茜もこんなに良いお友達を持てて幸せ者ですね……!
あなたたちも辛くなってしまったら、一応看護師の私に相談してください」
あの人がオーディションに合格したという茜のお姉さん。
にこっと微笑んで名刺のような紙をもらった。
それは可愛らしい熊やうさぎのキャラクターが描かれていたので彼女が自分で作った名刺なのかもしれない。
『看護師兼心理カウンセラー 如月 柚葉』。
「心理カウンセラー? あの人、本物のケアする人だったんだ……」
ノックして永澤先生のいた部屋に入っていく柚葉の後ろ姿を見ながらつぶやく。
彼女でなく私たちがケアをする理由は良くわからないが、永澤先生も柚葉も私たちを信じてケアを任せてくれたのでしっかりやり遂げよう、そう決心した。
病室に戻ると、さっきよりも顔色が悪くなった晶子さんの細くなった手を取って泣く茜の姿がそこにはあった。
私たちがいることに気が付いても涙は拭おうとしなかった。
だが無理矢理溢れ出る涙を止めようとしていた。
たまに出る『ひっく』という息の音は彼が我慢していることを表している。
「梓先輩、葵先輩……どうしたんですか、そんな暗い顔して」
「茜ちゃん……」
「僕はこーんなに元気ですよ、ほら」
また無理矢理口の端を指で上にぎゅっと上げる。
声はいつもの茜だし、話し方も茜そのまま。
だが目が濡れている……。
私は勝手に体が動いてしまっていた。
茜の前に立つとつい彼の頬を手のひらで思い切り殴る。
パチンという音がして、茜は頬に手を当てて呆然としていた。
「そんな無理した笑顔なんて見ててなにも嬉しくないです!
私たちが茜ちゃんの涙を受け止めますから。
ほら、我慢してる茜ちゃんなんて見たくありません!」
私が腕を広げる。
すると茜は顔をぐしゃっと歪めた後すぐに私の胸に飛び込んできた。
ぎゅっと力強く抱きしめられながら私は茜の頭を撫で続けてあげる。
ちょっとだけ梓の視線が厳しい気がしたが、茜はどんどん胸の中のつかえがなくなっていって堂々と泣くようになっていった。




