絶望である。
朝、少し早めに校門に行くとそこにはまだ二人はいなかった。
早く来ないと見つかるでしょう……そう思ったら、校舎の陰で誰かが呼んでいるのを見つけた。
それは口に人差し指を当ててしーっという仕草をする梓だった。
その後ろには小さくて見えづらいが茜もいるのがうっすら見える。
周りを見渡してから小走りでそこへ行く。
今は早すぎて先生でさえ誰も来ていなかった。
「やっぱり早く来るんだな」
「当たり前でしょう、見つかってしまいますし……」
「本当は僕はいつも通りの時間に行こうとしていたんですけど、早く来るか心配だった梓先輩が家まで迎えに来てくれたんです」
「茜ちゃんいつもぽけーっとしてるからな!」
えへへ、舌を出してそう言う茜。
二人で話しているのを見ていると、梓は良い先輩に見えた。
そこでお互いの番号とメアド、そして今梓に登録してもらったLINE IDを交換していると、茜のスマホが鳴った。
メールかと思ったが、電話だったらしい。
「もしもし?」
本人もクエスチョンマークが頭の上に浮かんでいるところを見ると、名前は登録されていない人からの電話なのだろう。
だが少し不安気なのは気のせいだろうか。
「え……い、今どこにいるの!?」
いきなり茜にしては大きな声を出したかと思うと、メモを制服のポケットから取り出してなにやら書き留めた。
手の震えと焦りは尋常ではなかった。
「すぐ行くから待ってて! 僕が……安心させるから」
そう言って通話を終了し、私たちのほうに向き直ってこう言った。
もうすでにそのとき、茜の足は校門へ向かっていた。
「僕の祖母が危篤に……! 病院に走って行きます、すみません!」
「ちょっと待て! 茜ちゃん今日歩きできたでしょ? 俺の後ろに乗ってけ!」
自転車を持ってきた梓の後ろに茜が乗る。
そしてしっかりと腰に掴まり走り出した。
後ろから見送ったが、なんだか彼氏と彼女のようだ……。
茜のおばあちゃん、大丈夫なのかなぁ。
そう考えつつも見送っていたら、
「葵ちゃん! 葵ちゃんも一緒に来て!」
「……え」
私も呼ばれ、ダッシュで自転車を取って来て追いかける。
梓は当たり前だが全力で漕いでいるので速く、追いつけそうになかった。
だが私も本気を出してみたらすぐに追いつくことが出来た。
忘れていた……この自転車、電動自転車だった。
病院に着くと、名前を告げて私たちも病室に入らせていただく。
508号室に入ると、ベッドの上には横になったおばあちゃん。
背は低く、茜の低身長は遺伝なんだと確信する。
おばあちゃんは茜の話によると癌を患っているという。
そのことは本人にも伝えてあるらしい。
口元に耳を近付けてみると、はっきりと息が聞こえた。
だがそれは苦しそうで、ぜえぜえとした雑音が聞こえる。
頰や手を触ったが、あまり温かさを感じなかった。
なんというかまるで……生きている、という生気を感じないよう。
病室に白衣を着た医者が入室する。
なにやら書類を見ながら険しい顔をしている。
きっと茜のおばあちゃんの主治医だろう。
「如月くん、お母さんたちは?」
「また仕事だ仕事だと言って帰って行きました」
「そうか……では君にとても大きなことを伝えておきたい。
それは重くて辛いものだが……お友達も入るかい?」
茜はなんと不安そうな顔をしているのだろう。
つい可哀想に見えてしまい、茜の隣に行って肩を支えて撫でる。
ちらりとこちらを見て、
「はい、ではこの二人も一緒にお願いします。
……先輩たち、一緒に聞いていただいても良いですか?」
「もちろん」
私たちは先生に連れられ、会議室のようなところへ行った。
そこで資料をたくさん見せられる。
「これが今の晶子さんの……」
茜のおばあちゃん、晶子さんの腫瘍はかなり大きく、もう手の施しようがない。
そして今朝さらに状態が悪化し、今まで余命半年だったが今はもう……余命一週間だというのだ。
「一週……間……?」
「はい、長くなったとしても……二週間は持ちません」
「わかりました、では失礼……します」
茜はすぐにこの部屋を出て行ってしまった。
その表情は絶望的で、目はどこか一点を見つめたまま動かなかった。
私たちも茜を追いかけようと席を立ったが、主治医の永澤先生に呼び止められた。
「この後の茜くんの心のケアは君たちに任せたいと思う。
昨日も放課後ここに来て、楽しそうに話していたよ、君たちのことを……」
気付けば私たちは手を繋いで泣いていた。




