2人きりの密室である。
現在午後四時四十六分、私和泉葵は一年生の男の子、茜ちゃんと暗い掃除用具入れの中で密着して息を潜めています。
この建て付けの悪い扉を開けると、そこには私の悪口を言いながら来た怖いクラスの女子グループがいて、私たちの入っている掃除用具入れの近くにある更衣室の中に梓も隠れています。
体はくっつき、私の顔の下には茜の顔。
でもこの掃除用具入れはミニサイズなので、私は顔を下に向けるしかありません。
どうしたら……良いのでしょうか。
お互いどうして良いかわからずぎくしゃくする。
私は息をすると彼の頭にかかってしまう気がするし、茜は茜で顔を前に向けると私の胸に当たってしまう気がするのか顔を上に向けている。
下に向ければ良いのに、そう思ったが下を向くと酸素が足りなくなってしまうことに気が付いてなにも言えなくなってしまった。
「ねぇ、どうする? 今日ドーナツ食べに行かない?」
一人がドーナツに行こうと誘う。
このまま全員が食べに行ってくれれば……そんな願いも届かず、
「今あたしダイエット中だから無理ー」
「あたしもあたしもー」
即却下され、ここに留まってしまった。
「和泉さぁ、最近梓は私が取ったみたいに自慢して来てうざくなーい?」
「それあたしも思ったぁ」
「もうさ、今日の如月とか言うちっちゃいイケメンも一緒にさぁ……天罰下そっか?」
「さんせーい! 思い知らせなきゃだめだよねぇ」
あたしもあたしもと次々に賛成意見が増えてついに全員一致で私たちに天罰を下すということが決まった。
内容は彼女らの会話から推測する限り、暴力が主なようだ。
物を隠すなんて甘いものではないらしい……。
どんな風に暴力を振るわれるのか考えてしまうと恐ろしく、つい全身が震えてしまう。
私の震えに気が付いたのか、茜は驚いた顔で私を見たあと、ぎゅっと抱きしめられた。
背中に回った手は、優しくゆっくりとぽんぽんとしてくれる。
抱きしめられてはっきりと感じる、茜は男の子なんだって。
がっしりした腕とごつごつした手は昔良く感じたお父さんのそれに似ている。
「……葵先輩?」
茜の手の強さに驚きつつも身を委ねていたら、小声で名前を呼ばれてふと気が付いた。
私の頬に一筋の涙の道が出来ていた。
顎まで伝い、名残惜しそうに私から離れて行く。
その涙は茜の服に落ちてしまい、ジェスチャーでごめんというこの気持ちを伝えると、彼は首を振ってより一層抱きしめられている腕に力が込められた。
なぜかわからないがとめどなく溢れ出る涙を流す顔を見られたくなくて両手で隠すと、頭も押さえて茜の胸に顔を押し付けられる形になった。
ふわっと香る優しい香りは、ラベンダーのようで落ち着く。
「あ、あたし明日カレとデートだから服買いに行くんだけど、みんなで行く?」
「あたしもだわ、行く行く!」
私たちへの天罰の話題はどこへ行ったのか、すぐにバッグにメイク道具のようないろいろな物を入れてこの部屋から出て行った。
私が落ち着くまで抱きしめ、さすってくれていた茜。
ちらりと見ると私の瞳の端で輝く涙を親指で拭き取ってくれた。
もう一度優しく抱きしめられてから様子をうかがいつつ出る。
久々に感じるこの酸素のかんじ。
深呼吸してから二人のほうを振り向くと、なにやらひそひそと話していた。
「先ぱ……涙……思い当た……いですか?」
「知ら……おま……抱き合……か!?」
「……いえ……離れ……安心して……さい」
話し終えたとき、梓はへなへなと座り込んでしまった。
だがすぐに立ち上がり、きりっとした表情になった。
「あいつらに嫌われたのは俺のせいもあるんだし、あの天罰とかいう計画ぶっつぶそうぜ!
俺だけ幸せに暮らすなんて出来ないからね」
「そうですね、でも先輩、なにか策があるんですか?」
「……あるわけないだろ」
このかっこ良い顔と力強いガッツポーズ、これはなんなのか。
なにも考えず発言してまった感が満載である。
しばし悩んでから、微妙な顔でこう提案された。
「あいつらの後でも追って弱みを握ろう」
「たしかになにかしら事情がありそうですね、行く価値はあると思います……」
「じゃあ明日からでも行きましょう」
今日はしないのか問うと、今日は家族の分の食事まで作らなければならないということで明日かららしい。
明日どこに集まるか明日校門前集合で決めることになった。
この絶妙なリーダーシップがない三人が集まると集合場所さえ決められず1番もやもやした。
気付けば明日も校門前で会う時間が楽しみになっていて。
人生がちょっとずつ変わって行っているのを感じた。




