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甘えてしまう温もりである。

その日は私はずっと三十七.五℃くらいの微熱のまま下がらず、結局お互いを見ると言いつつ梓の部屋で私だけ寝込んでいた。

別の部屋にいないでという楓の言いつけを守ってのことでもある。


ゲームや漫画に勤しむ梓も頻繁に彼のベッドで寝る私を気遣って、良くこちらを見て大丈夫、つらくない? と言ってくれた。

寒いと言うと毛布を、喉が渇いたと言うとスポーツドリンクを……という調子ですぐにゲームをやめて持ってきてくれた。


「私は大丈夫なので気にしないでください」

「勝手に俺が気にしてるだけだから、そっちこそ気にしないで?

んでどーう? 体調治ってきてる?」

「いえ……朝起きたときと変わらず、です」

「じゃあ風邪薬買ってくるわ。すぐ帰るから待ってて」


変わらないと聞くと悩んで勢い良く部屋を出て行こうとした。

だが私の手は無意識のうちに梓の服の裾を掴んでいた。

戸惑ったように、


「どうした? どっか痛いの?」


と尋ねられてもどうしたは私が聞きたい。

なぜ服なんて掴んで引き止めたんだろうか……わからないながらも今の思っていることを素直に言ってみる。

熱のせいか今日は恥ずかしさなんてなく無駄に素直になってしまう。


「今一人にされるの……寂しいなぁ……」

「え……」


部屋から出て行こうとしていた足が止まり、ベッドのそばに座る。

裾を掴んでいた手を外すと、その手を彼が取ってもう片方の手で撫でる。

そして手だけでなく、熱くなっている頭まで撫でてくれた。

その手の温もりは小さい頃感じたお母さんの温もりと似ていて、


「えへへ、だいすき……」


そうつぶやいてその手に頬ずりした。

ほにょっと力なく笑ったあと、私はすぐに眠りについた。

その間も頭や頬を大切そうに撫でる温もりを感じた。

嬉しい、なぁ……。


体にわずかな重みを感じて目を覚ました。

今日この重たい瞼を開いたのは2度目だったはず。

重みの正体を探るため体の右側を見ると、ベッドにゲーム機を持ったまま突っ伏す梓がいた。

きっとゲームしながら私の様子を見ていたのだろうが、彼もこの静かな部屋の中で睡魔に襲われたのだろう。

それもそうだ、梓も昨日は熱で体力を奪われていたのだから。

ゆっくり体を起こすと、ずいぶんとこの体が自分のものになってきた気分だ。

近くにあった体温計を使うと、三十七℃になっていた。


「ふあぁぁぁ……んあ、葵ちゃん元気になったぁ?」


寝ぼけ眼でぼーっとしたまま梓が問う。


「あなたのおかげでずいぶんと良くなりました」

「さっきの葵ちゃん、すごく可愛かったよ。幼い子供みたいで。

今の一匹狼……みたいな雰囲気がぜんぜんなくなってたし」


さっきの葵ちゃん?

どうしよう、私にはその『さっき』なにかを梓に言ったという記憶がない。

熱で浮かされているときに言ってしまったのだろうか。

たしかに良く考えるとお母さんに撫でられていた気がするが……あれはあず、さ?


「え、覚えてないの!?」

「まったく……たしかにお母さんと間違えて言っちゃった気も……?」

「なんだよ〜ついにこの恋も実ったかって思ったのにぃ」


頭を抱えてへなへなと座り込まれる。

そんながっかりされても実際なにを言ったのだろうとは忘れた。


「なんか……すみません……」

「あーいやまーね、熱で弱った女の子に付け込むのもね、かっこ悪いけどね……」


さらに落ち込む梓にどう声をかければ良いかとあたふたしていたとき、この家のドアをがちゃがちゃと解錠する音がした。

ただーいまー! 元気ー!?

……元気そうに心配するこの声は、楓さん。


「おー俺は元気ー」

「お前じゃないよ、私が心配してんのは! 葵ちゃんは?」

「ひっで……!」

「私はずいぶん元気になりました。

梓さんも付きっきりで看病してくださったので……」

「ほーあの梓がねぇ」


部屋に入ってきた楓はじろりと自分の弟を見る。


「べっ別に変なことしてねーし! なー?」


こくんとうなずくと、なら良かったけど、と言ってベッドの私の隣に座る。

額を触った楓は安心したように笑った。


「たしかに治ってるね。じゃあお風呂入れるかな?」

「大丈夫ですけど……そちらこそ大丈夫ですか?」

「うんぜんっぜんよ! 今日はうちの親も夜まで帰ってこないし。じゃあついてきて」


楓に渡されたバスタオルや着替えを持ってお風呂に入った。


久々のお風呂は、体に湯が染み渡るように温かかった。

その温かさと同時に、眠る前に感じた手の温もりも思い出していた。

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