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手料理である。

帰りの電車の中で私はうとうとしていた。

かくっとなってははっと起き、かくっとなってははっと起き……を繰り返していた。

だがここが私の女子として最悪なところ。

普通だったら隣の彼にこてんと頭を預けてしまってきゃっ! というのが鉄板。

でも私は反対方向にいるおじさんにそれをしてしまったのだ。

ロマンチックな場面が台無し。


「ばかだな……可愛いけど」


夢の中で梓の甘い声が聞こえた気がした。

そして、私の肩を抱えて自分の方に引き寄せてくれた彼。

梓の肩で寝る私……そんな夢を見た気がした。

どうせ夢だし、そう思って夢の中で深い眠りの中に落ちていった。


ぱちっと目を開くと、不安そうに見つめる梓と楓の顔がそこにはあった。

額には冷たい感触があるが、体は寒い。


「私……どうしたのですか……どこ……」

「梓と東京行ってたのは覚えてる? そこで葵ちゃん倒れて、ここは私ん家。

今熱三十八℃あって、たぶん風邪だって」

「葵ちゃんに熱あるって気付かずに東京になんて連れ出しちゃってごめん」


風邪なんていつぶりに引いたのだろうか。

そう考えてしまうほど最近は風邪引いていなかったのでびっくり。

まさか東京になんて出掛けているときになるなんて。


私の体調に気付けなかったことを謝ったとき、 楓がよし、とつぶやいて頷いていたのを見ると、梓は楓になんで気付かなかったんだとしっかり叱られたことがうかがえる。

ウチの弟がごめんねと言われたが、慌てて首を振った。


「いえ今日はとても楽しかったです。

私こそせっかく連れて行っていただいたのにすみませんでした」

「楽しかった、んだ?」

「はい、とても。ありがとうございました」


久々に笑ってお礼を伝えた。

そのとき、楓が梓をちらっと見てにやりとしたのは気のせいだろうか。


「もう帰りますね、元気になりましたので」

「待って。ちょっと熱測ってみ?」


楓に従って素直に測ってみると、そこには『三九.一』という恐ろしい数字。

確かにぜんぜん体調は戻っていない。


「見せて。ってすごい熱じゃない!

今日はうち泊まりな!どうせ明日学校休むんだし、1人にしとくのも心配だからさ」

「でもそんなの悪いので……」

「ううん、実を言うとね、梓も同じくらい熱あんの。

だから学校の間もなんかあったら2人でどうにかできるでしょ。

逆に梓心配だし、お願いできないかな?」


梓も熱! 確実に私のせいだ。

二人とも一人で寝込むくらいなら、楓の言う通り2人でいて助け合った方がお互いのためになるかもしれない。

そう考えて、


「わかりました。お言葉に甘えて泊まらせていただきます」

「うん、ありがとね!」


そのままその日は風呂に入ることもなくぐっすり眠ってしまった。

途中目を覚ますこともなく翌朝の十時まで寝ていたことを考えると、やっぱり私は今までの疲れがどっと襲ったのだと思う。


チュンチュン……カーカー……


小鳥とカラスの鳴き声で目を覚ます。

時計の十という数字を見て、熱を出して猪瀬家に泊まっていることを思い出す。

パジャマではなく昨日楓に借りたままの服だったかと慌てて見たが、きっと楓が着替えさせてくれたのだろう、ゆるいTシャツとジャージを着ていた。

重い体を起こして朝食をどうするかとリビングに降りる。

そうか、思えば梓も熱があったんだ。

なにか体に良いものでも作ろう。


「やっぱりこういうときはおかゆだよね……」


勝手に食材を拝借してたまごがゆを作る。

湯気の立つおかゆを盆に載せて梓の部屋にノックしてから入る。


てっきりベッドに横になる具合の悪そうな梓を想像して入ったのだが、彼はけろっとした顔でゲームに興じていた。


「どうしたの、体調はもう大丈夫?」

「はい、昨日よりはだるさがなくなりました、ありがとうございます。

それより梓さんも熱なのでは……?」

「あーまあ昨日は三十九℃あったけど、今日になったらすっかり治っててさっき測ったら三十六℃に戻ってたよ」


なんだ、心配していたのに!

でも治ったのならなによりだ。

このおかゆ、健康な人にはつらいかな、と思い、なんでもないですと言って部屋を出ようとした。


「待ってよ、そのおかゆ、俺に作ってくれた?」


私の手に持っているお盆だけでなく、中身まで気付かれていた。

背中から覗き込まれているものだから距離が近い。


「ま、まあそうでしたけど、治ったのなら私が食べますので」

「だめだだめだ、体がかったるいよー、おかゆ食べたいなぁ」


梓はいきなりベッドに横たわった。

顔をしかめているので心配になり、


「おかゆ食べるより今は休んだほうが良いのではないですか?」


と言うと、なぜか慌てて、


「いやこれは葵ちゃんのおかゆ食べないと元気になれない感じ!」


と謎の答えを返してきた。

頭の上にクエスチョンマークが浮かんだままだったが、少しでも彼がすぐに良くなればと思ってたまごがゆを渡した。

さっさとリビングに戻って私もおかゆを食べようと思ったら、ここで一緒に食べて欲しいから持って来て。

そう頼まれて私のぶんのおかゆまで持ち込んで並んでベッドに座って食べた。


「これ葵ちゃんが作ってくれたんだ……おいしい!」


笑顔で親指を立てて褒められて、嬉しさがこみ上げた。

今まで家で一人でご飯作ってきて良かった、そう思える日がくるなんて。

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