デートのお誘いである。
「はあぁー……」
今のように背中を丸めて幽霊のまねのようなことを続けると腰が曲がる?
そんなこと言われなくてもわかっている。
けれどまんまと梓の口車に乗せられて猪瀬家に行こうとしてしまっている私に背中を丸めるなと言うのも酷ではないか。
「そんなに嫌だった?」
梓は心配そうな顔で言った。
その瞳はきらきら輝いていて、私は呻く。
絶対わざと可愛くしている……のだが、強く言えなくさせる魔力を持つ顔だった。
猪瀬家に招き入れられたものの、中には誰かがいる気配がない。
「楓ー? おーい、葵ちゃん連れてきたよー?」
そう呼びかける声にも応答はない。
首をかしげたとき、梓のスマホが鳴った。
「もしもし? 楓、今どこにいんの?」
「ごめーん、ほんっとに! 葵ちゃんにも言っといて!
学校で赤点とって補習になっちゃって……今日帰れんわ!」
「いやちょっ、待っ……」
ここでも聞こえるほどの大きな声。
もう少し詳しい話を聞こうと思っていたようだが、先生の『いーのーせぇー』という恐ろしい声とともにダッシュで切れた。
しばしスマホを見つめ、立ち尽くす梓。
ちらりと私の方を向き、
「……やっぱ、さ、もう帰っちゃう?
どっか遊びに行ったりとか、その、あの……うん」
しどろもどろになりつつなにか言っている。
どういうことか理解できず、
「……どういうことでしょうか?」
「え、言わせんの? 意地悪? それとも本気で意味わかってない?」
「わかんない、です」
「はあぁー……」
顔を手で覆っているが、指の間から赤く染まった顔が見える。
素直にわからないと伝えたのだが、私と同じようなため息をつく。
「そんなに葵ちゃんが鈍感だとは思わなかったわ……。
はっきり言うよ! じゃあ!」
「なんでムキになってるんですか……」
「デート! 俺と二人で行こうって誘ってるんです!
んもーさりげなく誘ったつもりだったのにさぁ」
で、でーと……? ひ、日付、ではないよね。
あの恋人同士がするという『デート』?
デートの意味をしっかり理解したとき、私はいきなり恥ずかしくなって来た。
つい梓と同じように顔を手で覆ってしまう。
どう答えて良いかわからず、パニックになる。
じっと私を見つめ、微笑む彼。
「なぜ笑っているのですか」
「あ、ごめん、笑っちゃってた?
んー、いつも表情が変わらない葵ちゃんがこんなに悩んでるんだなーって思ったら可愛いって思えて来ちゃって」
なんて照れる言葉を普通に言うんだ。
「はい」
「え?」
「デートのお誘いに対する回答です。はい」
「本当に行ってくれるん? ありがとう! やったー」
この人と二人ってちょっとだけ気が引けたが、どうしてかそこまで嫌だという拒否の感情が生まれなかった。
はい、とだけ言うと、彼は嬉しそうに踊る。
そんなに私の言葉一つで喜んでくれるんだ……そう思うと胸が苦しい。
「じゃあ、俺私服に着替えるから、葵ちゃんは楓の服着ちゃって?
ええと、ここに着て良い服あるからさ」
「悪いですそんなの。家に帰って着替えます」
「いやだめ。そしたら気が変わってデート行ってくれなそうだもん」
心、読まれた。
家に帰って落ち着いてから結論を出そうと思っていたが、そんな考えも潰された。
以前も見たクローゼットを再び見ても、やはりすごい量の服がある。
そこにはオーディションで着たあのワンピースもあった。
梓が服を着替えている音がする中、私は真面目に可愛い服を探していた。




