自惚れである。
ふと気が付けばこのリビングには梓と二人きり。
彼は気付く様子もなく宿題である数学ワークを黙々と進めているが、私はと言えば英語ノートを開いているだけでシャーペンを手に取ってもいない。
それは、オーディションについて調べてしまったからだ。
検索で『ミステリアス』といれただけで私たちの出場する『ミステリアスアイドルコンテスト』が予測変換に出る。
予選は気が付けばもう二週間後。
北海道、東北、関東、中部、中国・四国、九州・沖縄の6ブロックの優勝者が東京で行われる本選に出場でき、合格者が発表される。
そこまではまあまあ知っていた情報だったが、驚いたのはこの先だった。
本選は全国放送で生中継される。
ブロック内で準優勝だった人も次の日のニュースや新聞に名前と顔写真が載る。
そして合格した一人はテレビ番組のレギュラー一本とゲスト出演五本が約束され、六ヶ月間は確実に雑誌に載る……。
とまあ未来の職まで決まってしまうようなご褒美付きで、全国の人に顔を見せるようになるというわけだ。
誘拐されてから本当の顔を見られるのが怖い私にとっては地獄のような『ご褒美』。
でもそんな不安を抱えていることは誰にも言えない。
どうせお前なんて優勝するわけないだろ、自分のこと可愛いとか思っちゃってんの。
そう軽蔑される気がして。
宿題を進めていない私を見た梓は、眉を下げて言った。
「いつもあんなに早く終わらせちゃうのにどうしたの?
なんか今日ずっとうわの空って感じだけど熱でもあるの?」
ずいっと体ごと近付いて私の前髪を上げ、額に手を当てる。
なにもできない私をよそに、首を傾げた彼は顔を近づけて来た。
びっくりするも驚きすぎて体が動かない。
どきどきしつつも目をぎゅっとつぶった時、こつんと額同士がぶつかった。
目を開けるとそこには目をそっと閉じて私の額に自分の額をくっ付ける梓。
熱を測ってくれるだけだったのに、なにかを期待していた自分が恥ずかしい。
「ん、ないね。なにか悩み事でもある? 聞けることなら聞くよ」
「いいえ大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
「今俺勝手に葵ちゃんのこと心配しただけだから。
……ずっと言いたかったけどさ、やっと今言わせてもらうね?」
額は離れ、彼の手で上げられていたので跳ね上がった前髪を軽く手でとかして元に戻してくれる。
こういう女子の気持ちをわかるような小さな気遣いが出来る男子はなかなかいない。
「今まで葵ちゃんは俺に対しても敬語だったでしょ?
なんかそれって距離があるって感じするから敬語やめない?」
「いきなり敬語やめるとか……むりです」
「まずやってみようよ、お願い」
そんなためて言うものだからどんなに厳しいことを言われるのかとびくびくしていたのだがそこまで怖いことではなかった。
普通なら簡単すぎる話だが、私にとっては難易度星5。
私の中では敬語をやめる……イコール、ため口を使うというのはただのクラスメートから特別な友達にグレードアップするということだ。
友達とも決まったわけではない梓とそんな親しくなって良いものだろうか。
「私たち友達になってないので……そんななれなれしいことはできません」
「葵ちゃんの中で俺ら友達じゃねーの? まじで?」
「はい、まあ……友達になろう! と言ったわけでもないですし」
「普通友達になろうっていってなるもんじゃないよ、友達ってもんはさ。
気付けば心開いて話せてる、っていうのが友達なんだよ」
そんな私が普通じゃないみたいなことを言われても困る。
小さい頃から一人で過ごすことが多く、親からそんなことを教わったこともない。
それも当たり前なの? でも友達ってなんだかわからない。
なお友達ってこういうものでしょ論を展開する梓にふと怒りが込み上げて、
「友達っていうものを私に押し付けないでください。
また長い間ここにいてすみません、ではさようなら」
「ちょ、葵ちゃん!」
机の上のワークを閉じてバッグに適当につっこみ、適当に掴んで猪瀬家を出る。
追いかけて来る気配も感じたが、後ろを振り返って睨むと困ったようにその場で止まって追いかけて来るその足を止めた。
なんでこんなにいらいらするのかぜんぜんわからない。
梓が無理矢理友達だと言ってきたから?
私の価値観が普通ではないと否定されたから?
ううん、違う。
自惚れちゃってる自分に嫌気がさして、八つ当たりしてるだけなんだ。




