いただくのである。
梓について猪瀬家に入ると、スマホを片手でいじりながらクッキーをかじる楓がソファにだらりと座っていた。
すっかりリラックスモードである。
「お邪魔します……」
小さな声で挨拶したとき、やっと楓は私に気が付いたらしい。
「あ、いらっしゃい! ありがと、来てくれて」
「いえこちらこそありがとうございます。試したいこと、とは?」
「梓に聞いたのか、なら話が早い! ちょっと来て」
残りのクッキーを口に押し込み、スマホを自分の着ているもこもこパーカーのポケットに滑らせた楓は彼女自身の部屋に向かった。
そこには前よりも増えたメイク道具と、たくさんのハンガーが並んだ銀色のハンガーかけ。
その数のあまりの多さに、絶句したまま立ち尽くす。
「私の観賞用コレクション! どれでも良いから着たいの選んで良いよ。
じっっっっくり、悩んでね!」
どれでも良いとはこういう場合一番困る言葉だ。
だが目で救いを求めてみても、ゆっくり選んで、としか言ってくれないので自分で選ぶしかないと諦める。
私は緑が好きでつい緑色の服に目がいってしまっていたが、一つどうしても目に止まって離せない服があった。
カシャン……。
ハンガーを取って自分に合わせて鏡でご対面。
やっぱりこの服に一目惚れしちゃったみたいだ。
「これ、良いですか?」
そう見せたのは、藍色のシフォンワンピースでうっすら透けた柔らかい生地の下には黒いひらひらした生地。
生地の二枚重ねは流行に疎い私でも透けるのを防ぐ為だとわかる。
それは金色で月、星、土星などの惑星などのきらきらしたラメ? が散りばめられた宇宙をモチーフにしたワンピース。
襟元には黒いレース、きゅっと金色のリボンで縛ってある袖は腕を細く見せ、右胸には月と小さな丸のチャームが揺れていた。
藍色と金で見事にまとまったデザインは、大人っぽい上品さと可愛らしさを兼ね備えていた。
「すごく良いじゃない!
こういう幻想的なのは暗いオーディション会場で映えるから打ってつけだと思う」
まるで私の感性を肯定されたようで嬉しく、つい頬の筋肉が緩む。
「今日はこのコーディネートに合ったメイクを考えたくて呼んだの。
小物は後で選ぶから、とりあえず着替えて待ってて」
自分で選んだワンピースに着替えて待っていると、程なくして戻ってきた。
なにをしていたのか疑問だったが聞かないでおいたはずなのに心を見透かされたように楓は笑った。
「今ローズピーチティーの用意しといてって梓に頼んできた。
そういうのって乙女には必要なんだよ、今からケアしてもらわないとね!」
ウインクするその顔は梓そっくりだった。
……なんて言っても褒め言葉にはならないだろうが梓と同じく『美形』というわけ。
楓さんの夢を背負ってオーディションに参加させていただくのだから、生半可な気持ちでは楓さんにも主催している方々にも失礼だ。
そう思って十分に責任を感じている私なのであった。




