正義の味方である。
確かにノートの内容は、私が最近の数学の授業で曖昧なまま目をそらしてしまったところ中心に書かれている。
梓は男子とは思えないほど繊細で綺麗な字を書くことは先ほど知ったのだが、改めて見てもやっぱり私なんかより綺麗だ。
「ありがとう、ございます……」
「あんまり喜んでくれてない? 苦手なところそっちじゃなかった?」
私の微妙な表情を見てか不安げな梓。
ノートを私の手から奪い去って彼自身で自分の字を凝視している。
不安にさせてしまった……まあ梓が勝手に不安になったと言っても良いのだが、罪悪感を強く感じてしまい、
「ううん、すごく嬉しいよ、ありがと!」
と彼の手から勢いでノートを奪い返してそれを抱きしめた。
私をぽかんとして見ていたが、やっと口を開いて、
「今ため口使ってくれたでしょ? 嬉しい……。
あと、俺の書いたノートが嬉しいって、やばい、顔が赤くなる」
急いで顔を手で覆うも、隠しきれない肌や耳の赤さが見える。
ついついため口を使ってしまってなぜか悔しさが込み上げてきたが、それよりもしたいことがあった。
「……!?」
「ちょっとだけ梓さんのこと見直しましたよ」
顔を隠す両手を力づくで剥がして驚く梓の顔を下から見上げる。
見直した、なんて上から目線の言葉をチョイスしたものの、元から男女関わらず友達に囲まれ、頭も良く、運動も一番という完璧な彼のことはすごいと思っていた。
でも私の素直じゃない、可愛くないところが顔を覗かせてしまった。
そんな私の言葉に気を悪くすることもなく、再び顔を隠して、
「やっぱ好きだわ」
と小さな告白をされた。
「とっ、とりあえずありがとうございましたっ」
この動揺が彼に伝わっていないことを祈って急いで図書室から小走りで出る。
ちょっとだけふふっと笑ってしまったのは、秘密。
参考書も世界に一つしかない素晴らしいものをゲットしたので、やっと家に帰ろうとリュックを背負ったとき、うっすらと視線を感じて振り返った。
だが誰もいないこの教室にも廊下にも人影はなく、不審に思いつつも校門を出る。
今日もいつものケーキ屋、つまり猪瀬家に寄ろうと、店のドアのノブを掴んだとき、後ろに強い力で引っ張られて倒された。
そのまま今度は上に引っ張られ、むりやり立たされる。
尻についた砂を払おうとしたが、両手をがっしり押さえつけられてしまった。
その人物の顔を見るも、まったく見覚えのない女子が。
見た目的には先輩……高校三年生っぽい。
その人物の鋭く細い目で睨まれてわかったが、決してメイクしているわけでも、染髪しているわけでもない普通の女子高生。
いかにも意地の悪そうな顔のパーツは怖いけれど不良ではないだろう。
「……どなたですか?」
私も精一杯彼女を睨みつけながら丁寧に尋ねる。
「三年のアイコだけど、うちらの梓くんに手出さないでくれる?
今も梓くんの家に行こうとしてたし、付きまとうのはやめて」
「いやつきまとうなんてそんな……私好きじゃないですし。
あのお店のケーキが好きで行ってるだけですし。
ええと、アイコさん、大きな勘違いしすぎです」
誤解は解いたほうが良いかと思って事情を説明するも、逆効果だったらしい。
わざわざうちに恥かかせなくても良いじゃん! とかわけのわからないことを言ったかと思うと、私の方をじろっと見て拳を振り上げた。
もう仕方がない、その固く握られた拳を顔面にくらうしかないと覚悟を決め、目をぎゅっとつぶってその瞬間を待った。
しかし痛みは感じず、
「あっ……!」
という小さな声だけが聞こえた。
恐る恐る目をゆっくり開けてみると、振り上げた拳を押さえる梓がいた。
「正義の味方……参上! ってとこ?」




