いたずらである。
お風呂場では梓が浴室の中で待ちわびていた。
仁王立ちで突っ立っているシルエットが見える。
私は楓に言われた通り横にある棚の中からタオルとボディソープの詰め替えを探す。
タオルは見つかったが、ボディソープはいくら探しても出て来ず、がたがたと探っていると、
「なに? どっちか見つかんないのー?」
と梓が叫んで来た。
「いや……」
少し遠慮していたら、違う方の引き出しに入っているボディソープが見つかった。
よし見つかった! そう思って声をかけようとしたら、浴室から、
「うおぉっ!?」
という驚いたような声とともに、ドシンという痛々しい音がした。
仁王立ちのシルエットさんは、その瞬間横向きになった。
私は声をかけるよりも先に体が動き、勢い良く浴室の扉を開けた。
するとにやにやした顔のまま横になった梓がこっちを見ていた。
私の視線はいろいろとさまよいながらも1番見てはいけないところに辿り着く。
「ご、ごめんなさい……!」
呆気に取られた顔の梓を残し急いで出て行こうとしたら、
「ごめん、ちょっと待って」
私の足は梓の手にがっしりと掴まれた。
びっくりしながらも振り返ると、顔を真っ赤にした梓が、
「楓だと思って不安にさせようといたずらだったんだ。
……で、でも、腰曲げた瞬間にぎっくりやっちゃってう、動けねぇ……」
私が腰を押さえたまま私を見上げ、恥ずかしそうにしている梓を見ていると、ちょっとムッとした顔になり、
「だっさいなーとか思ったんでしょ!」
とさらに照れて顔を手で覆った。
そんな仕草をする人ではないと思っていたので、かわいいなと思う。
いたずらでぎっくり腰……まあださいけれどなにも言わないでおく。
ボディソープがなかったからか未だに体を洗っていない梓を風呂にある椅子に座らせてみようとしたが、かなり腰が痛いようで諦めた。
ずっとぐずぐずしている梓の手を掴んで上に思いきり引っ張ってみると、
「いってぇ! ……あれ、でも激痛体験したら痛くなくなった!」
とまさかの完治。
こんな荒い方法で治すのはいけないと思うが、まあ結果オーライだ。
すっかり治って元気になった梓は私にお礼を言った。
だがその時それまで気にしていられなかったので感じなかった恥ずかしさが蘇って来た。
「ご、ごめん! 本当に楓と間違えたんだ」
「いえこちらこそすみません……」
この気まずい雰囲気は一瞬しか漂わなかった。
私が再び浴室から出ようとすると、今度はにやっとしたいつもの顔で私の腕を掴んできた。
ついさっきも同じ光景を目の当たりにした気がするが気のせいだろうか。
「またぎっくり腰ですか?」
「うん……いってぇー!」
「だ、大丈夫ですか!?」
また腰を押さえて顔を歪める梓に近付いて腰をさすると、
「……う・そ!」
と唇に人差し指を当てた。語尾にハートマークが付いていたように聞こえたのは私の耳の問題だろうか。
きっとこれは静かにしろというポーズではないのだろう。
騙されたんだ、そう気付いた時には私はシャワーでお湯をかけられ、手には泡の立ったスポンジが握らされていた。
びっくりして梓を見ると、
「そんなびしゃびしゃじゃ出られないでしょ?
でさ、俺もまたさっきみたいに腰やっちゃったら大変だから背中洗って」
上手く使わされている……そうわかってはいても、出られないのは確かだ。
まあ彼がまた腰を痛めるといけないからというのは心配ないと思うが、素直にスポンジを握り直して背中を洗う。
少し力を入れて洗うと、それ良いねと言われたのでそのままの力で。
華奢に見えた梓だったが、こうして背中を見るとやっぱり男の子でその背中は大きくてなんだかゴツゴツしていた。
洗い終わってスポンジを手渡すと、今度は私が椅子に座らされた。
そのときの梓の顔は、これからいたずらしようという悪い笑みに満ち溢れていた。




