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第一部
8/53

告白 ~悪魔は神に喧嘩を売る~

「で、ほの、何とかって森には何があふんでふか?」


 私は頂いたお握りを汽車の中でもぐもぐ食べながら、目の前に座っている連れに尋ねる。


「ミーミルの森。まさか知らないのかよ、どんだけ知識不足なんだ?」


 馬鹿にされているのは分かるが知らないものは知らない、ここは堂々とすべきである、と私は次のお握りを手に取ってから口の中の物を飲み込んで返答した。


「南の地理くらいしか知らないですね、北はさっぱりです」


 はぁ、と溜め息をつくエリオットさんは、それから渋々と私の問いに答え始める。


「ハイエルフの住む森だよ」


「エルひゅ! ルフィーナひゃんが……んぐ、そちらに居るかも知れないって事ですか?」


 食べながらは流石に喋りにくかったので途中で飲み込んで私はそれを聞いた。すると、


「もう! 今はお握り禁止!」


 若干オネエ言葉でエリオットさんは私から紙袋を取り上げてまた話を続ける。


「ツィバルドでルフィーナとレクチェらしき人物の目撃情報が挙がったんだ。そこから行くなら故郷である森かな、と。予測し易い行き先過ぎるが他に行く場所があるとも思えない」


 車窓の外は星ひとつ見えない曇り空、だんだん白くなる景色は車内からの明かりのみで薄らと輝いていた。

 エリオットさんは私から取り上げた紙袋からお握りを取り出して食べ始める。私に禁止しておいて、なかなかどうして酷い行いである。

 指についたご飯粒まできちんと食べ終えてから、彼は話をまた切り出した。


「ルフィーナを他のエルフ達が庇うかも知れない、その時は多少の荒事を覚悟しておいてくれ」


 エルフ同士の結束力は他の種族ではなかなか見られないほどの固いものだ。それは確かに考えられる範囲での悪い事態だと、私にも分かる。

 しっかりと彼に視線をあわせ、頷きながら


「分かりました……とりあえず残りのお握りをください」


 私が現時点でそれよりも大事な要求を伝えると、


「食い意地ばっかり張っててこの子はっ!!」


 オネエ言葉というよりはもはやオカン言葉で、エリオットさんは私に突っ込んだのだった。




 ツィバルドからは雪道用の大きな馬を借りて森まで進んだ。

 耳まで隠れる毛糸の帽子と何重にも編まれた分厚い上着も一緒に購入し、簡単だが防寒対策もしておく……が、やはりマスクも買っておくべきだっただろうか、頬が凍るように冷たい。

 周囲の木々の間隔が少しずつ狭まっていき、だんだん森に入って行っているという事を実感させられる。更に北方の森はまだ昼間だというのに薄暗く、あまり生命の息吹を感じられない。


「迷ったらスマン」


 馬を走らせながらエリオットさんがぼそりと呟いた。

 そう呟きたくもなるくらい、周囲はまるで迷いの森。私にはもはやどちらから来たのか方角すらも定かではなく彼は空の太陽の位置だけで方角を見ながらひた進む。

 しかし心配は杞憂だったようだ。やがて木々の間から凍った泉が見え、その先には集落があった。

 それを見て安堵の表情を浮かべるエリオットさん。

 泉の上で氷上釣りをしているエルフの男性がこちらにふと視線を投げかけたが、特に何をするわけでもなくまた釣り糸に視線を戻す。


「警戒はされていないようですね……」


 気張っていた私はやや拍子抜けして言った。


「まぁ、もうここにあいつらが居ないから、という可能性もあるな。とりあえず村を訪ねよう」


 馬の手綱を湖畔の木に括りつけて、もそもそと雪を踏みしめ村の方角へ歩く。

 村には特に宿のような建物も無く、全てが住居のような外観だった。こんな遠い北方の地では余所者は滅多に来ないからだろう。

 エリオットさんはその中でも一番大きめの家に向かい、扉にノックをした。

 ギィ、と開いた丸太を繋いだ扉から出てきたのは、ヒトで言う六十代半ばくらいの外見のエルフの女性だった。


「…………」


 どなたですかと問う事も無くエリオットさんを正面から黙ってじっと見据えるエルフに、エリオットさんはこちらから先に帽子を脱いで挨拶を切り出した。


「ルフィーナ・ディオメデス先生の弟子の、エリオットと申します。先生が今この村に在住されているかどうかお伺いし……」


 そこまでエリオットさんが話したところで、扉が私達を迎えるように大きく開く。


「入りなさい」


「! ……どうも」


 呆気なく招かれた家の中はまず大きな暖炉を境にキッチンや居間のスペースが仕切り無く分かれている程度の大きな一室構造になっていて、暖炉の手前に置かれた大きいテーブルを囲んだセピアのソファには……見覚えのある顔ぶれが並んでいた。


「遅かったわねー」


 他の誰でもないルフィーナさんと、


「無事だったんですねお二人とも!!」


 元気そうなレクチェさんだ。


「てんめぇ……」


 何喰わぬ顔で声を掛けてくる自分の師であるエルフに、こめかみと口元を引きつらせながら呻くエリオットさん。

 エルフ達と戦闘になる、という想像していた悪い事態は免れたがこれはこれで訝しいものがある。

 何しろ、レクチェさんを連れ去って逃げておきながら、悪びれる様子もなく私達の到着を受け入れているのだから。


「まぁ座りなさいよ。お祖母ちゃん、お茶入れてあげてー」


 ルフィーナさんが声を掛けた先をちらりと見ると、顔色も変えずにハイハイとキッチンでお湯を沸かし始める先程の初老のエルフの女性。実の祖母なのかそれとも愛称なのかは私には判別出来なかったが、ルフィーナさん同様に彼女の髪の色は東雲色、瞳は紅い。

 ルフィーナさん達の正面のソファに二人で腰を下ろすと、エリオットさんの恨み言が始まった。


「あれだけの事しておいて、よくまぁそんな態度で俺達の前に居られるな……」


 それを聞いてレクチェさんがピクリと反応する。


「やっぱり! あんな風に私達だけ逃げてきたら拙かったんじゃないですかルフィーナさん!」


 けれどレクチェさんのその言葉に、エルフ独特の身軽そうな民族衣装を纏ったルフィーナさんが至って冷静に反論した。


「あれが最善の策だったんだから仕方ないじゃない?」


 二人だけで逃げる事が最善だった、と彼女は言う。いつも通りの笑顔の仮面で、言葉の裏を読ませないように。

 だがエリオットさんはいつもと違い、諦めずにそこに食い下がった。


「テメェが最初から知ってる事話していればもっとマシな結果が出てたはずなんだよ」


「今回ばかりは、エリオットさんに賛同します……」


 私もそれに続く。

 彼女はあの後起こった出来事を知らない、エリオットさんが自分の身を犠牲にしてでも私の姉を助けようとした事を。

 そこでふと、テーブルの上に木製の器に入れられたお茶が脇から差し出されて会話は中断した。

 手元に残ったお盆を胸に抱えて初老のエルフが一歩下がる。

 特に話題に口を挟む事もせずに彼女はお盆をキッチンへ戻すと『ごゆっくり』と家の外へ出て行ってしまった。空気を読んでくれたのかも知れない。

 ルフィーナさんは少し間をおいた後に、ようやく重い口を開いた。


「エリ君とレクチェは席を外して貰っていいかしら?」


「何だと?」


 彼女の提案に不満の色を隠せないエリオットさん。私としても何故私だけ残されるのか全く分からず腑に落ちない。

 動こうとしない彼らにルフィーナさんは再度促す。


「ちょっと釣りでもしてきなさいよ。レクチェ、道具の場所は分かるわね?」


 少し困った顔をしていたレクチェさんだったが、静かに頷いて玄関の壁際に掛かっているピンクのファーコートを手に取った。

 そして仏頂面の彼に促す。


「家の裏に釣竿とかあるんで、行きましょうエリオットさん」


「分かった……」


 ここにいても彼女が自分に聞かせる事は無いのだろうと判断したのか渋々引き下がり、二人は先程のお婆さんと同じように外へ出て行ってしまった。

 それを見届けてから、ルフィーナさんが話を切り出してくる。


「エリ君は賢いからねぇ、あんまり喋ると教えたくない事まで勘付いちゃいそうだったから」


「それって酷いです!」


 私の悲鳴にも似た叫びに、彼女は大きな口を開けてアハハと笑い出した。だがそれもすぐにピタリと止み、


「で、クリスはどう考えているの?」


 ルフィーナさんはまず問いかけから入ってきた。まるでお勉強みたいな気分になる。


「どうって……」


 言葉に詰まってしまう。何から話したらいいのかよく分からないからだ。しばらく考えて、とりあえず今までの中で『私が』引っかかった事を伝えようと思った。


「ルフィーナさんって、保護者みたいですよね」


 彼女の細い目が、丸くなる。


「えっと、それは言葉のまま受け取っていいのかしら?」


「はい、特に他意はありません」


 私の言葉に毒気が抜かれたように、彼女の纏う空気が和らいだ。


「それと正直な話、私とこの槍の精霊は何故かレクチェさんに敵意を抱いています。ですがそれをルフィーナさんには伝えていないのに、知っているような立ち回りをされていると感じました。まるで彼女を護るように……」


 先程和らいだばかりの空気が、すぐに張り詰めたものに変わる。彼女の表情も少し鋭くなった。が、私は構わずに続ける。


「だから、私のこの理由の無い敵意の正体を、ルフィーナさんは知っているのだと思っています」


 私はそこで話を切らずにそのまま最後にもう一言だけ付け加えた。


「……そして、それが根源のようにも感じるのです」


 ここまで言い終えて、私は区切りをつけたようにすっかり冷めたお茶に手を伸ばす。目の前のエルフは黙ったままでその答えを語らない。私もお茶を飲み終えるまで待ってみたが、埒が明かないのでまた自分で話す事にした。


「先日レクチェさんの様子がおかしかった時、あの光景は普通じゃありませんでした。だからこそ何かの価値があって研究施設に彼女が居たのだと思いますが、何故彼女が捨て置かれていたのかは全く見当がつきませんね……」


「私もそれは分からないわ」


 そこでルフィーナさんが口を挟む。

 彼女は何か悩んでいるかのように俯いていたが、すぐに私に視線を移して決心したように言葉を続けた。


「私はあの研究施設がまだ別の場所にあった遠い遠い昔、研究員として在籍していたのよ」


 そう、告白する。

 ここからは彼女の昔語り。私は静かにその次の言葉を待った。




「私達は遺跡や遺物による情報から、馬鹿げた話だけど神のような存在を確たる物として受けとめ始めていた。でないと説明が出来ない事ばかりだったからよ。


「やがて神の意思は、例えるなら天使、神の使いによってこの世界に伝達されていると確信した。この件での首謀者は、それを逆手に取って神に手を伸ばそうとしたの。


「その神の使いがレクチェ。当時はその存在をビフレストと呼んでいたわ。彼女の捕縛は、神との敵対種族として女神から生み出された者達とその武器の協力で行われた……それがクリス達の種族の事ね。


「その後、彼女を通じて神にアプローチする為に様々な実験を行ったの。百年以上に及ぶその体への負担は、神の使いとしての彼女の羽を捥ぐのに充分足るものだった。


「やがて、使い物にならなくなったレクチェを保管している間に様々な争いが身内で起こったわ。協力してくれていたサラの末裔との間にレクチェの扱いについて相違が生まれ、彼らを殲滅した代償として精霊武器は利用できなくなった。代わりのサラの末裔を探そうにも、この研究に反対し敵対していた他のサラの末裔はほとんど亡き者にしていたしね。


「私はその頃研究から離れた。元々主導者が知り合いだから参加していただけだし、特に私に思想があったわけじゃないから。ただ、ね……


「私は基本的にレクチェのお世話もしていたから、情が移っちゃったっていうのかな、あの子の事だけが凄く心配だったのね。だからと言って彼らから彼女を奪う術は私には無い……そこへエリ君が現れた。大剣の精霊武器で受けたであろう特異な傷を負って、しかもサラの末裔を連れて。


「クリス、貴方があの子にどう影響するか私には分からなかった。勝手にレクチェを殺されても困ると思ったから、少なくともそれだけは阻止するであろう連中に連絡をして様子を見たのよ」


 ……確かに最初の時、セオリーに止められていなければ私は精霊に飲まれかかっていたから何が起こってもおかしくは無かった。

 二度目だってニールと仲が悪くなっていたからこそエリオットさんが無茶をしてくれてどうにかセーブ出来たようなものだ。


「何となく分かりました……」


 それ以上は言葉にならなかった。神様がいて、その渡し舟的役割なのがレクチェさんで、普通ならすぐには信じられない。だが辛うじてそれを受け入れられるのは、あの光景を見てしまったからだろう。彼女がそれほどの存在であるというのなら、あの光景も頷けるというものだ。


「元々レクチェの役割は神の意をこの地に伝えるものの他に、サラの末裔というこの世界の招かれざる客の排除も兼ねているようなの。だからあの時レクチェは少しだけど貴方のお姉さんによって本来の目的を遂行するために動いていたのだと思うわ」


「元々レクチェさんはあんな感じだったのですか?」


 神々しい光を帯びながらもその表情はただ無機質で、美しさと怖さを兼ねていた……あれが元々の状態だというのなら、今のレクチェさんは何なのか。


「そうね、サラの末裔にはあんな感じよ。でも普段はまるで聖女。捕縛された後も、私達には一切手を出す事は無かったの。敵はあくまで、女神が生み出したものだけ」


 どこまでも私は神の敵なのだな、と実感する。

 司祭を志していながら、変化すれば悪魔のような容姿、最初に生んだのが神か女神か、というだけでここまで違わなければいけないのか。

 彼女の話はもはや私の小さな心で受け止めきれるものではなくなっていた。

 私の心中を察してか、ルフィーナさんは少しだけそのフォローに話題を逸らす。


「神と女神の存在や対立が事実かどうかは、まだ証明はされていないわ。あくまで仮定として研究を進めていただけなの。他の人と同じように生きてきた貴方が自分の存在に疑問を持つ必要など、無いわ」


「そう、ですね……」


 それでも気持ちが落ち着かない私の重苦しい返事に、彼女はその苦悩をも包み込むような優しげな笑みでこう言った。


「貴方が自分の中に感じている敵意とやらも、獣人と鳥人が仲悪いみたいな、そんな程度かもよ。種族間での仲違いは別に他にも沢山あるでしょう」


「そ、そうですね!」


 私はルフィーナさんの二つ目の言葉にようやく心を溶かして元気な返事をする事が出来た。

 そうだ、括りが大きかったから戸惑ったけれど、世の中には喧嘩ばかりしている種族が沢山あるのだ。


「どんなに仲が悪い種族同士だったとしても、それに自分が当てはまらなければいいだけですよね!」


「そうそう、だからレクチェに手を出しちゃダメよー」


 何かさり気なく釘を刺されたけれど、深く考えるのはよしておこう。

 ルフィーナさんは笑顔でそう言ったが、一つ間を置いてからその眼差しはガラリと真剣なものに変わる。


「で、あの時あれが何故最善だったか、ね」


「!」


 すっかりさっぱり忘れていたので話題を戻されてビクッとしてしまった。エリオットさんは随分怒っていたが、この流れでいくとルフィーナさんにもちゃんと考えがあったのかも知れない。

 私は息を飲んでその次の言葉に耳を傾ける。


「確かに私はあの時貴方のお姉さんを救えないだろうと予想はしていたわ。あの大剣を持ってから時間が掛かりすぎてる、いつもそうだったの」


「いつも、ですか?」


「あの大剣は、希少なサラの末裔の、更に少ない研究の賛同者をよく食い潰していたから……」


 研究の間にも同じような事が何度か繰り返されていた、という事か。随分物騒な剣だ、はた迷惑にも程がある。


「困ったさんなんですね」


 率直にコメントしてみた。

 その私の言葉にルフィーナさんは苦笑だけして、続きを話す。


「それでもね、救えなくとも大剣とお姉さんを離してしまえば今の惨状は打破出来るはずだったのよ。所詮は手に持たない限り大きな力は出せないからね」


「確かに……」


「けれどあの時、再度お姉さんの手に渡ってしまった。私がしっかり止めていればよかったんでしょうけど、私も全てを知っているわけじゃないから、お姉さんが本当に無事に解放されたのかも、と少しは思っちゃったのよ」


 聞きながら私はあの時の姉の様子を思い出す。

 まさかあのダインという精霊が姉の素振りの真似をするなどと思いもしなかった……柔軟で狡猾な、今の私の最大の敵。僅かだが憎しみで眉が寄る。


「で、槍を持っていない貴方と、大剣を持ったお姉さんとの対決結果は火を見るより明らかよね? だからあの大剣の精霊の気を引こうと思ったの」


 逃げることで気を引く……? よく分からない顔をする私に気付き、ルフィーナさんはそのまま説明をする。


「結局貴方のその槍もあの大剣も、神との敵対が根幹にインプットされているわけ。つまりあの剣の一番の狙いは、他でも無いレクチェなのよ」


「……!!」


 ルフィーナさんはダインの狙いであるレクチェさんを逃がす事で気を引いた、と言う。それは逃げたというよりはもはや囮になった、という言い方のほうが適切だった。

 申し訳なさで私の表情がやや曇る。


「そんな気にしないでいいのよ。あの場に居たら居たでやっぱり危ないし、貴方達の為だけでなくこちらとしても逃げるのが最善だったんだから」


「はい……」


 私の弱い返事で、この話題は終了した。飄々と私達が来るのを待っていたのもこれで納得出来る。

 でも私達がここに来なかったら彼女達はどうしていたのだろう? いや、私には分からないだけでルフィーナさんは弟子の考えを見越して、来るであろうと確信していたのかも知れない。その弟子が、誤解をすることまで予測した上で……


「エリ君には話さないでね。あんまり過去を詮索されたくないの」


「えっ? あぁ、分かりました。言いませんよ」


 素直に承諾する。

 というのも、これらを話してしまうと私としても都合が悪いからだ。


「ルフィーナさんも言わないでくださいね、特に姉さんが助からないかも知れない事を」


 私の快諾っぷりに少し疑問を浮かべたような表情だったが、後に続いた私の発言で彼女は全てを把握したようだ。


「……そう、貴方だけで背負うつもりなのね」


 静かに優しく、語りかけているのにまるで独白のような彼女の呟きに感情を止めて答える。


「少し前に、覚悟は出来ていますから」


   ◇◇◇   ◇◇◇


 エルフの集落は、今が雪深い季節というのもあるが村中が静寂に包まれていた。先程ルフィーナに家を追い出された俺は、レクチェが釣竿を用意するのを待っている。

 このクソ寒い中、家の外に用事も無しにわざわざ出てくることは無いのだろう、俺達の他には外には誰も立っていなかった。

 さっきのエルフの婆さんも居ないところを見ると、ご近所さんちにでも遊びに行ったのかも知れない。

 寒くてツィバルドで買った上着のポケットに手を突っ込みながらしばらく待つ事二、三分。木のバケツ一つと、竹の釣竿と小さな折り畳み椅子二つを手にレクチェが家の裏から歩いてきた。


「お待たせしましたー」


 ほわほわとした表情でファーコートを揺らしながらのご登場。俺と同じような耳まで覆える毛糸帽子も被っている。あぁ、これはデートだ。そういう事にしておこう。

 彼女の可愛らしさを前に、俺はとりあえずそう思うことで追い出された怒りを静めた。


「ん」


 レクチェの手からバケツと椅子二個、釣竿一本を受け取って、俺達は湖のほうへ歩き出す。


「……無事で、よかったです」


 ほっとした様子で、その思いを述べるレクチェ。

 大方、詳しい説明は何もされずにルフィーナに連れ回されていたのだろう。長い付き合いではないがこちらの身を案じる程度の関係ではあったはずだ。さぞかし心配だったに違いない。


「この通り、何とかな」


 俺は死ぬほどの大怪我をしていた事は言わずに、それだけ答えた。が、彼女の歩き方を見てこちらからも話し掛けなければいけない話題に気が付き、それに触れる。


「レクチェ、足は大丈夫か?」


 他の誰でもない、この俺が撃った足。


「大丈夫です、魔術できちんと手当てもして貰ったので今は随分良くなりました」


「ならいいんだけどさ……」


 村は狭く、すぐに分厚い氷の張った湖に着いた。先程までいた釣り人はもう居ないようで、穴がいくつか点々と開いたままなのでそのままそこで釣らせて貰うとしよう。

 椅子を立てて、穴の傍にどかりと座る。レクチェも何度か氷上釣りをしたのだろう、慣れた手つきで釣り糸を垂らす。

 けれど彼女は釣りにはどうも集中出来ないらしい。


「あの……」


 彼女はおどおどとした様子で何かを話したそうにしていた。


「どうした?」


 あの、の後が続いてこないので優しい俺は、俯いたレクチェの顔を少しだけ覗き込むような素振りをして彼女に問いかける。


「その、エリオットさんって私が意識がなくなっていた時の事、全部見ていたんですよね……」


 そういう事か。


「いや、全部は見ていないな。いつからレクチェの意識が無いのかも俺は知らない」


「そうですか……」


 俺の答えが悩みを解決するものでは無かったのだと思われ、竿が引かれている事にも気付かずに彼女はまた俯く。俺は黙ったままレクチェの竿に手を添えてクイッと引き上げた。


「あっ、すいません!」


 氷上に魚がびちびちと横たわる。レクチェは上手に魚を糸から外してバケツに入れると、また穴に釣り糸を垂らした。ちなみに当の俺のほうにはアタリは来ない。

 やはりあの時、レクチェには意識が無かったのか。雰囲気も表情もいつものものとは違ったからそうだろうとは思っていたが……今更俺に聞いて来るくらいだ、ルフィーナは例によって説明もしてやってない、と言ったところか。


「綺麗だったぜー」


 へらっと笑って、俺はそう言ってやる。


「ええっ?」


 俺の言葉にレクチェは驚いてこちらを見た。


「何かよく分からないけど、花がいっぱい咲いて、レクチェが光ってた。俺が見たのはそれだけだよ。綺麗だった」


「そ、そうなんだ……そっか……」


 それを聞いて何やら安堵の色を浮かべる彼女。

 クリスがあの光に飲まれそうになった時、何故だかヤバイ気がしてこの子を撃ってしまったが、事実上俺が見たのはとにかく光って花が咲いていた、これだけだ。


「早く自分の事が分かるといいな」


 多分知っても良いことなど無いだろう、俺はそう思っていながらも逆を口にした。


「どんな力か知らねーけど、花屋にでもなれば元手無しで稼げるんじゃねーの」


 そして軽く冗談を言って、レクチェに笑いかける。

 レクチェは俺に釣られたように少し笑って、


「花屋さん、いいな」


 と、きっと心から出たのであろう……願いのような一言を呟いたのだった。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか、日がどっぷりと沈んだ頃エリオットさんとレクチェさんはバケツ一杯の魚を持って戻ってきた。


「結構釣れるもんだから、ついつい長居しちまった」


 ドン、とバケツをキッチンのほうに置くとエリオットさんはこちらに振り返り尋ねる。


「おいルフィーナ、さっきの婆さんが飯でも作ってくれるのか?」


「一応長老なんだから婆さん呼ばわりするのは失礼よー。ベッドも足りなくなるし多分今晩は戻ってこないんじゃないかしら」


「じゃあ俺が作るか」


 と言って、上着とマントを脱いで腕捲くり。キッチンの脇に掛けられたエプロンを勝手に取って着用すると、彼は調理器具や調味料の位置を探りながらも手際良く調理を始めた。

 戻ってきたレクチェさんは、冷えたのだろう、暖炉の前でぬくぬくしている。その表情はまさに至福そのもの。それと、どこか憑き物が落ちたようにすっきりとした様子だった。

 ルフィーナさんはというと、鼻歌を歌いながら読書を再開している。

 聞いた事の無いメロディだったが、釣られたのだろうかレクチェさんも暖を取りながらそのメロディに合わせて歌う。私はそんな二人を見ながら物思いに耽っていた。


 ルフィーナさんの話の通りならば、姉は放っておいてもレクチェさんを狙いにこちらへやってくる気がする。

 彼女を護りつつ姉を解放すればいいだけなのだが、先日の感じだとまたレクチェさんが半覚醒をしてしまうとどう転ぶか分からない。何しろ少なくとも先日は話すら通じていないようだった……

 ちょっと姉さん止めるまで待っててください、って言っても聞かずに何かしらやりかねない。そう、エリオットさんが足を撃って止めようとするくらいの事を……


 あの時のことは私は正直覚えていないのである、何故ならニールの時とは違ってやはり意識が完全に飛んでいたからだ。僅かであろうが『喰われていた』のだろう。でも意識が戻った時の構図を思い出せば、一時乗っ取られていた私とレクチェさんが対峙していたのは明白だ。もし姉との戦闘の最中に割り込まれたとしたら……正直、対応出来る気がしない。

 一つ目の問題は、まずコレ。


 次に、ルフィーナさんが昔所属していたという研究機関。

 セオリーという人物の撃退以後、特に接触は無いけれどこちらの意図も掴みかねる。何故レクチェさんをあの場に残していったのか? あと先日の出現の仕方を考えるとこちらの動きは多少なり洩れているようにも思える。

 あまり考えたくないが、ルフィーナさんが実はスパイだという可能性も無くは無い。いやしかしあのセオリーとの戦闘終了後のルフィーナさんの『ざまあみろ』な顔は凄いモノだった。その線は薄い、と個人的には思う。あれが演技だったのならルフィーナさん怖過ぎますよ。


 うーん……

 しばらく私は時間が経つのも忘れて同じ事を考えて考えて考え続けていた。しかし私の頭では結局事実確認にしかならず、何をどうしたらいいのかサッパリ思いつかない。


「何難しい顔してやがんだ」


 コト、と木のテーブルに置かれたのは柑橘類の輪切りの添えられたムニエルに、香草とのロールフライ、粒マスタードのマリネ。全てメインの食材は先程釣った魚。

 器用にいくつもの皿を片手で持ちながら、エリオットさんは綺麗にそれを並べていく。


「料理、上手なんですね」


 まず、見た感想を述べる私。


「不味い飯なんぞ食いたくないだろ?」


 まぁ舌が肥える環境にいたのだから、そうならざるをえないのも分かる。

 彼は最後にキノコのパスタの大皿を持ってきてテーブルの中央に置いた。ちなみにこちらは魚は使われていないようだった。見た目だけでは私には何で味付けされているのか分からなかったので、あくまでパスタ。


「わぁー、わぁー、わぁー!」


 レクチェさんが目を輝かせながらササッと着席。気付けばルフィーナさんがナイフとフォークを用意して、座ったままお客さん状態の私達の前に並べてくれた。


「どうもありがとうございます」


 私がお礼を言っている時には既にナイフとフォークを手にして、食べる体勢に入ったレクチェさん。なかなかどうして、早い。

 ルフィーナさんとエプロンを外したエリオットさんが着席すると同時に思いっきり彼女は魚にフォークを刺して食べ始める。食器の使い方はかなり乱暴だが、私もマナーが良い方ではないのでそこはスルー。

 各々が目の前の手料理を食べ進めて、その味を堪能していた。見た目も良いが味も……悔しいが苦手なキノコですら、とても美味しい。


「料理の腕は性格からじゃ分かりませんねぇ」


「分かるわけねーだろ!!」


 食事を済ませた後は、お風呂まで使わせて貰える事になった。何故かエリオットさんが一番風呂にルフィーナさんから指定される。


「だって私達の後に入ったらお湯を飲んじゃいそうだし」


 との言い分。いくらなんでもそこまではしないと思ったが、別にフォローする義理も無いので黙っていた。

 お風呂は家の中には無く、家の裏に大人の背丈くらいの囲いがあってその内側に横から焚き木をくべる事の出来る釜戸と石の風呂釜があった。

 少し長く入っていると冷えてしまうようなので、適温に調節するにはもう一人が横にいたほうがいい、という造りだ。聞いた事はあるが、私はこのタイプのお風呂は初めて。

 しかも、長風呂したいエリオットさんの我侭で私が火の番をする事になる。そもそも一番手なんだから他を待たせずにすぐに出ればいいものを……


「めんどくさ」


「黙って俺のために働け! ハハハハハ!」


 湯船に浸かりながら高笑いするエリオットさん。寒いこの地域は相当芯から温まらないと外に出た時点ですぐ冷えて風邪を引いてしまいそうで、確かに誰かに居て貰ってゆっくり入ったほうがイイ気はしないでもない。

 私が寒さに震えながらも渋々と火の番を続けていると、


「……ルフィーナに何を聞いたんだ?」


 高笑いを終えたエリオットさんが急に話を切り出してきた。


「言いませんよ、秘密です」


「何だよ言えよ」


「約束ですから」


 とにかく突っぱねる私に、不満そうに口を尖らせる彼。


「お堅いねぇ」


「……確かにルフィーナさんの行動は悪くはなかった、とだけ言っておきます」


 これなら当たり障り無いはずだ。

 ルフィーナさんへの彼の誤解を少しだけでも解ければいいと思い、内容ではなく私の感想を口にした。でもそれだけでは解けなかったようである。


「オイオイ、もう懐柔されてんのか? 信じるなよあの女を」


 これだけ弟子に信用されていない師もなかなか無いのではないか。二人の関係はやはりよく分からない。


「私だって全部信じているわけではありません、今は様子見ですよ」


「それならいいけど、っと」


 話を終えると彼が上半身を湯船から出す。

 入る時にもちらりと視界には入ったが、やはり腹の傷跡は生々しい。他にもニールを持った時に出来たのだと思われる小さい切り傷が沢山あるが、こちらは時間が経てば消えるだろうと思う。


「熱い、上がる!」


「はいどうぞ」


 子供みたいな事を言うエリオットさんに、かごに持ってきていた大き目のタオルを差し出してあげた。


「じゃ、先に家に行ってますね」


 私はそれより下のモノなど間違っても見たく無いのでさっさと戻ろうと囲いから出ようとする。

 が、


「ん? お前入らねーの?」


 と、止められてしまった。


「最後に頂くつもりですが」


「ここまで来てるんだから入ればいいだろーが」


 そう言って彼が完全にこの寒空にその身を出してしまうので、私はとりあえず顔だけ背けて視線を宙にやる。

 まぁ言わんとしている事は分かるので私は足を止めたまま、このままお風呂を頂く事にした。


「それも、そうですかね」


 私の返答に満足したようで、彼は体を拭き終え服を着ると無造作に置かれていた薪を釜戸に放り投げる。


「アツアツにしてやんよ!」


「勘弁してくださいよ、もう……」


 私はとりあえず下着だけになるまで一枚ずつ脱いでいく。正直寒い。

 震えながらも残りの二枚をさっさと脱いで、若干の羞恥心により前だけは小さめのタオルで隠してから、不穏なまでに次々と薪をくべていくエリオットさんの後ろを通ってお風呂に入るための小さな階段を登った。

 そしておそるおそる湯船に足をつけると、


「あっつ! ……さっむ……」


 つけた足は熱く、驚いてすぐにお湯から離す。だが勿論お湯に入れない私の顔はただその寒さに歪んだ。


「うわははははは!!!」


 エリオットさんは私の反応を見て、指を差し腹を抱えながら大爆笑。


「最低です! ほんと最低です!!」


 私は怒りに任せてその手の熱さを我慢しながら湯をバシャバシャとエリオットさんにかけてやる。

 タオルを持ったまま胸元で冷えている左手とは対照的に、湯をかけるために犠牲にした右手は裂けるように痛くて。


「だっ、ちょ、やめっ」


 熱湯をかけられ、悲鳴を上げるエリオットさん。 


「やめるわけないですよねぇぇぇぇ!!!」


 お湯が冷めるまで、私達はコレを続けたのだった。


 何やら色々騒がしかったとは思うが、無事に? お風呂を済ませて家に戻ってくるとルフィーナさんがこちらを見て怪訝な顔をする。


「……エリ君は服着たままお風呂入ったの?」


 ですよねー。


「いや、違うけど……」


 コートをぐっしょり濡らして室内に水を滴らせる彼は、どう説明したものかと言葉を詰まらせた。

 絞ると形が悪くなってしまうからか、仕方なくそれをそのままハンガーにかけて暖炉の傍で乾かし始める。流石にコートの下までは濡れていないようで、あとは髪の毛だけ乾かせばよさそうだった。

 彼の言葉の濁し具合に何やら察した様子のルフィーナさんは、コートと髪の毛を乾かし始める彼を見ながら溜め息一つ。


「自分から言わないって事は原因はエリ君で、それに怒ったクリスにお湯かけられたってところかしらね」


「正解です」


 私は一言返事をして、使い終わったタオルを一まとめにしてカゴに入れておいた。

 私の髪も濡れてはいるがきちんと拭いているので、少し待てば乾くだろう。エリオットさんの場合は、拭いた後に濡らされたからあの状態なのである。自業自得だ。

 ルフィーナさんは髪を乾かすエリオットさんを何故かじーっと見たままお風呂に行こうとしなくて、レクチェさんがいそいそと準備を始めながらそんなルフィーナさんに声を掛けた。


「私達もお風呂行きましょうかっ」


 声を掛けられハッとした表情になるルフィーナさん。


「どうかしたんですか?」


 思わず聞いてしまう私に、彼女は笑いながら答える。


「いや、ね。エリ君って髪濡れてるとお兄さんにそっくりなのよー。おかしくておかしくて」


「濡れてるとそっくり、ですか。あー……」


 お兄さんは見たことが無いが、今のエリオットさんは普段の緩やかなクセッ毛が濡れて真っ直ぐになっている。

 宿屋ではよく見ていたし乾くとすぐ戻るので気にしていなかったが、確かに髪を濡らすと彼の雰囲気は変わっていた。


「下の兄貴は無駄に髪を矯正してたからな。無、駄、に」


「私濡れてる方が好きかもです」


「何だって!?」


 レクチェさんの反応からするとクセッ毛の矯正は無駄ではないのかも知れなくて、エリオットさんはその好反応に驚愕する。


「いつもより若く見えますよっ」


「……俺そこまで老けてないんだけど……」


 苦笑いをしながら彼は軽く髪を乾かし終えた。まだ芯まで乾いてはいないのか、いつも通りのクセッ毛にまでは戻っていない。ほんのり髪が伸びたような感じになっている。


「多分発言や態度が親父臭いから老けてみえるんでしょうね」


「俺のどこが親父臭いんだよ!!」


 エリオットさんが私の言葉に喰って掛かってくるので、その答えをきっちり提言してやることにした。


「セクハラ発言や視線が、恥を捨て始めた中年っぽいです」


「うぐぎぎぎぎ」


 反論も肯定の言葉も出ないが、そこはロクでも無い大人だ。自分の欠点を認められないだけだろう。


「さ、お風呂行こうかしらね。覗いたらブチ殺すわよー」


 悶えているエリオットさんにそれだけ言い残して、二人はお風呂へ向かった。

 私はお風呂で騒いだせいかやや眠いので、ベッドの方が気になって見てみる。

 食事などをしたテーブルがある位置より少し端にカーテンで仕切られていたスペースがあり、その内側は予想通り簡素なベッドが置いてあった。ベッドは丁度四つで、なるほどこれは確かに私達が増えてはお婆さんが出るしかない。

 追い出して良かったのかと心配にもなるが、ルフィーナさんが気に留めている様子が無いのでここは甘えておこう。

 私は端のベッドに腰を掛け、そのまま毛布を掛けずに枕に頭を乗せた。


「もう寝るのか?」


 カーテンを少し引いてこちらの様子を伺っているのはエリオットさん。


「少し、眠いです」


「何だよお前が先に寝たら誰が俺を見張るんだ」


「何の為に!?」


 眠い私は全身全霊でうざい気持ちを露にしたが、それを気にする様子などこれっぽっちもなく彼は続ける。


「風呂もそうだけど、この通り同じ部屋で寝るなんて滅多に無いからなぁ。ちょっと他のベッドに入りたくなるよな!」


「なりません」


「声を押し殺して他に気付かれないように、ってのもそそるものがあると思うんだよ!」


「思いません」


「っ、お前は男のロマンってヤツが分からんのか!」


「分かりません」


 私の即答に何やら悔しそうな顔をしつつ、それ以後は会話を続けなかった。

 チッ、とつまらなそうに舌打ちをして私の隣のベッドに寝転がり、私とは反対方向に顔を向けて横になる。


「……明日からどうするのか決まってるのか」


 こちらに背を向けたまま、彼はぼんやりと問いかけてきた。


「私に聞くんですか?」


「そりゃそうだろ、俺はルフィーナから説明を受けてないんだぜ」


 む、確かに。

 私は彼の問いかけに答えなくてはいけない。いつもは何となく流されるように歩んできた私だったが、これからは私自身が決めねばならないのか。

 しばらく私は黙って考えていた。

 姉を探すのは勿論だが、こちらにはレクチェさんというルアーのような存在もいる。探しながらも常になるべく周囲に被害が及ばないように旅をしなければいけない。人里から離れるのが難しくなる都会には寄り付かないほうがいいだろう、なるべくなら今現在のようにどこかの街や村で泊まるというのも避けたほうがいいかも知れない。


「とにかく当てもなく姉さんを探すだけですねぇ。あと、戦闘になった時に迷惑がかからないようになるべく野宿した方がいいかも知れません」


「ほとんど今まで通りじゃねーか」


 何も変わらない状況に、不満そうに彼は言う。


「ルフィーナさんから話を聞いても現状打破に繋がる有益な情報は無かった、って事ですよ。とにかく今度こそ、剣から姉さんを離したら縛っておくなりしないといけませんね」


「ま、あのミスさえなければどうにかなったもんな」


 それは違う。そんな事したって姉さんはもう元に戻せない。

 精霊の支配が無くなったら姉さんが具体的にどうなるかは分からないが、今の姉さんはただ精霊を滅するだけではどうにもならないのだ。

 エリオットさんにそれを話すに話せないもどかしさに耐えながら、私は天井を向いて小さく呟いた。


「もしも」


「ん?」


 エリオットさんがこちらへ振り返る。


「……もしも、神様に会えたら……一発殴らずには居られませんね」


 自分でもどういう顔をして言っていたかよく分からない、ただの恨み言。


「何だよ、信仰心はどうしたんだ。法衣を脱いだ途端に無宗教者か?」


 そう、横で鼻で笑われる。私はエリオットさんの方に顔を向けて彼としっかり目を合わせると、低く静かに告げた。


「都合が良い時は崇められ、悪い時は罵られる、そういうものですよ。それに私は存在はまだ信じています……憎悪の対象としてですがね」


 目は逸らさない。返事も無い。彼は私をじっと観察していたが、やがて諦めたように天井を仰いで大の字になった。


「俺は無宗教だから理解出来ねぇわ」


「それでいいですよ」


 神と女神を恨むなど、私だけで充分だ。

 その穢れた身に相応しい感情を胸に抱きながら、私は静かに目を閉じた。


【第八章 告白 ~悪魔は神に喧嘩を売る~ 完】

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