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おまけ
52/53

番外編 ~一年の九割九分が休日な医者の視点~

 いつからか、と言われたなら父が死んだ時からだろう。あるがままを受け入れるようになったのは。

 悔やんでも仕方ない、そんな暇があるなら別のことをしたほうが余程有意義である。他の誰が何をしていようがそれに対して強く否定する気など無いが、少なくとも俺は何に対してもそうやって生きていた。


 だから。


 妹には悪いが、その胸の大きさだけはどうしても品無く見えてしまい、もうちょっと控えめに出来ないのかと思ってしまうのはどうしようも無いのだ。俺にはそう見えてしまうのだ。その脂肪の塊に一切の興味を示せないことを、悔やんだところで直しようが無いのだ。


「分かったら帰れ」


「……っ!」


 蝋色の長い髪に浅黒い肌、加えて俺と同じ獣耳。いわゆる同族の幼馴染である彼女は、瞳を潤ませて帰って行った。

 言い合いも終わった頃合を見計らって、レフトが恐る恐る俺の様子を伺いに部屋へやって来て言う。


「また酷い物言いで帰したのですか~?」


「遠まわしに言って通じるタイプじゃないんだ、直球を投げるしか無いだろう」


「それはそうですけど~、そもそもお兄様は変化球なんて投げられるのですか~?」


「無理だな」


 妹の的確な指摘に対して素直に肯定し、俺は望まぬ来客を相手にして疲れた体を解す様に肩を回した。

 一応言っておくが俺の幼馴染はエリオットやレイアだけでは無い。当然ながら、アイツらと会う前にもそれなりの付き合いはあって、その中でもさっきの女は今でもたまにやってくる。

 正直に言うと昔は可愛いと思ったこともあったが、何しろ性格が物凄く好みでは無い。女のうざったい部分だけを切り取ったような奴で、しかもそれが出るとこ出て成長してしまえば、もはや何も思えなかった。

 こんなことを言っているとむしろお前は男が好きなんじゃないか、と指摘されてしまいそうだが、それとはまた違う。内面で言うなら同性のほうが好きなタイプが多いけれど、男の見た目を可愛いと思えるわけでもなくて。

 局地的な趣味だと理解はしているが放っておいて欲しい、これに尽きる。

 しかし、幼馴染が急くように年も年。そういう話は否が応にも舞い込んでくるのだった。


「あの~」


 レフトがおずおずと手に持っていた封筒をこちらに渡してくる。受け取りながら封を開けていると、説明が付け加えられた。


「ご本人は来られませんでしたが~、エリオット様からだそうです~」


 最近はと言うと、アイツがいつも使っていたらしい抜け道は埋められてしまい、新しく作ろうにも監視の目が厳しくて、とめっきりエリオットはここに来なくなってしまっている。

 俺から会いに行ってやれば話題も何かしらあるのだろうが、わざわざ出向くほど何かあるわけでも無いので、多分半年近く会っていない。

 寂しくなって手紙でも寄越したのか、と目を通してみるとそこには全くそんなことは無い文面があった。


「……何がしたいんだ、アイツは」


「見せて貰ってもいいですか~?」


 レフトの手が伸び、俺は無言でその一枚っきりの手紙を渡す。


「え~と~……『リアファルの侍女にお前好みそうなのが居たので声かけておいたぜ。近いうちに遊びに来て俺に感謝しろ』……ですか~」


「どう思う」


「八割方遊んでいると思われますわ~。ストレスでも溜まっておられるのでしょうか~、心配ですわね~」


 以前の暴露でエリオットには確かに俺の嗜好を教えてしまったようなものだが、それでもアイツが見繕ったとなると不安で仕方ない。

 何をどこまでその女に伝えたのかも定かでは無いし、更にエリオットは決して他人の幸せを素直に願えるタイプでは無く、どちらかと言えば、独り身を堪能している友人を引き摺り下ろしてやろうと言った印象を俺は受けた。

 普通に考えたなら益々城への足が遠のくと言うものだが、短い文章の中に一つだけ気になるポイントがあったのも事実。そしてそれは俺の興味を惹くものでもある。


「婚約者の侍女、と言うことはティルナノーグ出身なのだろうか……」


「お、お兄様~!? 意外と乗り気なのですか~!?」


 と、妹との会話や突然の手紙に気を取られていたところだったが、部屋の外、ドアの隙間からもう一人の声が聞こえてきた。


「まんざらでも無い感じだね」


 呆れた風味で抑揚の無い喋り方だったが、聞けば分かるその耳障りの良い男声はフォウだろう。きちんと耳を澄ますと、喋ってはいないが更にもう一人誰かが居るのも分かる。


「この手紙はお前が持ってきたのか?」


「中身は知らされてなかったんだけどね、まぁ俺も持ってきた一人だよ」


 久しぶりにも関わらず、流れが流れだけに置き去りになる挨拶。フォウは若干痩せたように見える以外は特に変わっていない顔を、見慣れた困り顔に歪めて続けた。


「驚かせようと思って部屋の外で待機してたんだけど……」


「けど、何だ?」


 そこでようやくフォウは不安定に揺れていたドアをきちんと開く。フォウの後ろに居たのは、何故かじと目でこちらを睨んでいるクリスだった。クリスも半年くらいでは対して変わっていなくて色々な意味で安心してしまうが、服装だけは様変わりしていて以前よりも女の子らしく見える。

 だが、問題はそこでは無い。


「お前達、何で一緒なんだ」


 フォウが挨拶も無しにここを出て行ったのは、クリスが旅に出るよりも前の話だ。偶然にしては出来すぎた同時の帰還に思わず問いかけずには居られなかった。

 けれども問いかけに対しての返答は無い。フォウの影からこちらを覗きみる体勢のままでクリスは言う。


「ライトさんまで誰でもいいんですね……」


「ん?」


 一瞬何のことを言っているのかと思ったが、クリスの少しずれた潔癖さを思い出して俺は自己解決した。


「それは早とちりだ。誰でもいいから会ってみるんじゃなくて、会ってみて合う相手かどうか確認するだけなのだから、まだそれ以前の段階だろう?」


「ぬ」


「ダーナの民なら正直に言うと外見だけなら好みの可能性は高いからな。だが内面をお座成りにするつもりは無い」


「そ、そっか、そうですよね……」


 クリスの力が抜けると同時に、フォウがますます変な顔をして俺を見る。何を言いたいのかは分かるので、フォウに軽く告げてやった。


「真っ直ぐ話せば伝わるものだ」


「ふーん……」


 この反応からすると未だにムッツリだのと言われているのかも知れない。あまり納得してなさそうだったが、一先ずそれは置く。

 俺の部屋に四人入るのはやや手狭なので部屋を移し、主にフォウの説明でこれまでの経緯を聞いた。

 少なくとも半年一緒に旅をしていたことになるのだが、そちらの意味では全く打ち解けられていない気がする二人に別の疑問が湧いてしまう。どんな旅をしていたんだお前達は、と。

 比較的説明が上手いであろうフォウにばかり聞いていたので、クリスからも話を聞いてみることにする。

 するとクリスはテーブルの下で足をぱたぱたと動かし音を立てながらこう言うではないか。


「綺麗な場所がいっぱいありました!」


「……まさかそれをそのままエリオットに報告したんじゃないだろうな」


 もしそうならエリオットが旅をやめさせかねない酷く薄い内容だ。


「あー……王子様とマトモに話してたのはダインだけだよ。だからダインだけはまだお城に居るし、クリスはほとんど王子様に会ってないんだ」


「会ったら絶対『お前役に立ってないから俺の手伝いしたほうが有意義だ!』とか言われそうですもん」


「自覚はあるんだな」


「そうだよ、ほんとタチ悪い!」


 エリオットだけではなく、フォウはフォウでストレスが溜まっているらしい。

 クリスはクリスで、積もる話はあるだろうにほぼ会ってないと言うのは、まだ吹っ切れていないと言っているようなものだった。その話を聞いて少しだけレフトと視線を合わせると、同じことを考えていたのか目を伏せて首を振る妹。

 遊びに来いと言われていることだし会ったらその辺りも少しだけ触れておくか、と考えながら、後は見慣れない服装のクリスがケーキを食べる様を眺めることに専念した。

 相変わらず美味しそうに食べるので、見ていてこちらも気分が良くなるのだ。

 が、多分それに気がつくのは、ずっと一緒に居るレフトと、感情が視えているフォウくらいのものだろう。

 見られ続けている当の本人はと言うと、


「あっ、もしかしてこのケーキ、ライトさんの分だったりしました? ごめんなさい……」


 突然の来客でそのケーキは間違いなく俺の分だったとは思うが、俺の視線を盛大に勘違いして申し訳無さそうな顔をする。

 そしてクリスの発言を聞くなり乾いた笑いを発し始めたフォウのケーキは、その心境を代弁するかのようにぱたりと倒れた。

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