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第一部
5/53

対峙 ~最後に笑うのは誰か~

 私達はエルヴァンまで向かった後、そこから汽車に乗って移動していた。本当は目的地である北方の大きな街ツィバルドまで直通の路線があったのだが、そこへ行く最中の小さな村や町が壊滅しているので、その直前である北山を過ぎた麓の無人駅までしか乗れない。それ以上を汽車で進む事が出来るのは現場復旧及び調査に携わる軍関係者の人達だけだ。

 ルフィーナさんの口利きでそこへ加わるという事も出来たようなのだが、軍関係者がいる中にエリオットさんを連れて行くというのは目立つ、というか見つかったら色々問題らしく、却下となった。


 初めて見た汽車は真っ黒で、その上でのペンキの剥がれ具合が情緒があって見ていて本当に飽きず、しかもとっても大きい! これがたった数人の運転手の魔力で動いているなどとても想像がつかない。

 中も意外としっかりしており、主に四人一組で座れるように各スペースそれぞれ二人座りの長椅子が対面式に組まれていた。私とレクチェさんは隣同士で座りながら、エリオットさんとルフィーナさんと向かい合う形になっている。


 私の正面のルフィーナさんは例の黒いマント一枚を羽織っていて、その中の服装は既に分からない。これだけ見ると、練れば練るほど色が変わると喜んで謎の物体を練り続ける魔女みたいな格好だ。やっぱり薄そうに見えるが何か特殊な生地なのだろうか……今は何やら本を読んでいて、汽車に乗る前に着けていた黒い手袋は外している。

 こちらから見て彼女の右隣にいるエリオットさんはというと、あの後結局出かけて買って来たとても厚そうなカーキベージュの毛皮の長いコートを着ていた。前立てと裾回りや袖口には金の糸で模様の装飾がされており、どう見ても高い。絶対高い。顔が安っぽいんだから安物にしておけばいいのに。


「しかしお前ら、何でお揃いなんだ?」


 車内で買った焼き菓子を食べ終えたエリオットさんは、眉を寄せ半眼で問いただす。

 そう、私とレクチェさんはお揃いで、ピンクに染められたファーコートを着ているのだ。首元からはポンポンも付いている。とっても可愛い。

 レクチェさんは以前買った服の上に着ているが、私はファーコートの下に流石にいつもの法衣は着れないので、今日は覗色のタートルネックに裾だけだぶっとした白いパンツと短いクリーム色のブーツを履いている。薄い色が基調なのは、私が着ている普段の法衣が白いからそれに合うものしか持っていないのだ。


「似合いませんか?」


 そう言って私は自分の服装を見下ろす。こんなに可愛いのに。


「いや、似合う似合わないは置いといて、お揃いな理由を聞いているんだ俺は」


 焼き菓子の屑が微妙に付いた手をその高そうなコートで払うと、彼はため息まじりにそう言った。何か問題でもあるだろうか。


「可愛かったからお揃いなんだよ! これより可愛いのが無かったんだもん、仕方ないよ、ねー」


 レクチェさんが回答してくれた。事実だ。


「そうですよ、これが一番可愛かったんです」


「そうか……」


 それなら何も言うまい、とそれっきり黙ってしまったエリオットさんの反応に、私は少し不安になってくる。もしかしてこれ、似合ってないんですかね?


「に、似合ってないなら脱ぎます……」


 泣いちゃだめだ。少し涙ぐんでうるうるしてしまったのを誤魔化す事は出来ず、それに気付いたレクチェさんが、脱ごうとした私の手を握って止める。


「そんな事無いよ! すっごく似合ってるから!! 普段あんなかしこまった法衣着てるんだからたまには好きなの着てもいいんだよ!!」


 まぁその好きなのは、目の前で微妙な反応を示している男の財布で買った物なのだが。

 私達の友情に根負けした費用元は、投げやりな言い草で


「あーもう! 似合ってる!! でもお前にピンクはどうなんだって思っただけだ!!」


 と、とどめを刺してくれた。


「そうですよね、私なんかがピンクは似合わないですよね」


 コートを脱いで、タートルネックでひとつ上野男になる。顔全部被ってしまいたいくらい切ないが、そこまでの長さはこのタートルネックには無い。


「エリ君もうちょい優しくしてあげられないのかしら? 今のは酷いわ」


 本からは目を離さずに嗜めたのはルフィーナさん。


「俺が悪いのかコレ!?」


 ピンクを着るのを否定されるという、幼い心に消えない傷を負った私は、きっとこれから汽車に乗るたびにこの辛い思い出に苦しむ事になるだろう。

 乗客の少ない汽車は、現在の一般運行の終点である無人駅まで何事もなく到着した。途中途中で降りる人はいたものの、終点まで乗っていた乗客はほんのわずか。私達が降りた後、汽車は軍関係者だけを乗せたまま、その先へ走り去った。彼らはこれから壊滅した村や町の状況把握や復興に追われるのだろう。

 私達が降りた無人駅は、エルヴァンの北の山を越えたところの麓になる。錆びた小さな駅の周囲には僅かに雪が積もっており、これから歩くのかと思うと正直しんどい。今はとりあえず雪は降っていないので、それだけでも幸運か。


「……寒い」


 ピンクの手袋を着けた両手で露出した頬を温めながらレクチェさんが呟く。私達は皆吐く息白く、なかなか駅から出る始めの一歩が出ない。


「私寒いの苦手なんですよ。南で育ったもので」


「お姉さんが暖めてあげようか?」


 一人薄くて寒そうな黒いマントを羽織ったエルフが、私ににっこりと笑いかける。


「いえ、いいです……」


 後ずさって拒否すると彼女は残念そうな表情を見せながらもそれを気に留める様子は無く、駅から一歩出てまっさらな白い地に足跡をつける。歩きやすそうな低めのヒールの黒いブーツがマントの裾からちらりと見えた。さくさく、と彼女が進むのを見て他も諦めてそれに続く。

 進む先は針葉樹がぽつりぽつりと立っているだけの真っ白な平原。うっすらとはいえ積もった雪のせいであるはずの道も消え、どちらに次の村や町があるのか土地勘の無い私には検討もつかない。


「ルフィーナはこのあたり、知ってるのか?」


 あまりの寒さに毛皮のコートの襟を立てて首元を覆った後、エリオットさんが問いかける。


「ぶっちゃけて言うと、汽車で通り過ぎちゃうから大まかな方角しか分からないわ」


「じゃ、俺が先頭を歩く。着いてこいよ」


 その長いコートをなびかせて、彼はルフィーナさんを追い越す。


「ツィバルドまでの道のりで他の町村は二つある。何もなければ二時間くらいで一つ目の村に着くだろうよ」


 そう言って足取りを早めた。寒いので私は首を窄め俯き、その足跡を辿るように着いて行く。歩幅に差があるのでどう頑張っても新しい雪を踏んでしまいパンツの裾に雪がこびり付いてしまう。裾に付いた雪は体温で水に変わり私の足を濡らした。要するに、とても冷たい。

 風除けになる木々も少ない為、平原に薄く積もった雪を強風が舞い上げては守りようのない顔に容赦なくぶつけてくる。頬の感覚がなくなり寒さを感じなくなってきた頃、先頭のエリオットさんがその歩みを止めた。


「……何か居ないか?」


 その言葉にレクチェさん以外が瞬時に警戒を強める。周囲は視界も広く、隠れられる障害物は限られている。少ない木々に、ところどころでぎりぎり隠れられる程度の岩。見渡したが誰も居ない。

 だが、誰もそれを気のせいだとは言わない。お互いにその実力を認めているからだ。


「あっ、あそこにうさぎさん」


 レクチェさんが嬉しそうに、木陰からひょっこり顔を出した真っ白の野うさぎを差す。警戒は解かない。


「……他に何か居るの?」


 強張ったままの私達の表情からそれを読み取った彼女は、改めて周囲を見渡した。確かに誰も何も見当たらない。雪は止んでいるにも関わらず、風が積もった粉雪を舞い上げるおかげで視界は白く霞む。

 そんな風に瞬きをさせられた次の瞬間、エリオットさんの目の前には見覚えのある人物が立っていた。若草色の短く下ろした髪に、切れ長の赤い瞳。それは以前セオリーと名乗っていた長身の青年だった。違うところといえば、何故か今日は上下とも黒いスーツだ。とても寒そうである。

 今日の彼は何故か眉間に皺を寄せて、険しい表情でこちらを見据えていた。


「何を……しているのですか」


 誰に、何に対して言ったかは分からないがご立腹の様子。彼の呟きに誰が答える事もなく、そのノイジーな声だけが続く。


「折角助かった命を、粗末にしないでください」


 言葉の本来の意味だけであれば私達を心配しているかのようだ。勿論そんなわけが無いと誰もが分かっている事だが。

 この寒い雪原では異物のように見える黒いスーツの青年は、私の方向にその腕を伸ばし、空中で円を描こうとする。が……


「させないわよ!」


 セオリーが円を描ききる前にルフィーナさんが横一線に腕を振り、彼の術が掻き消された。

 以前私達が不意打ちにあったあの空間移動の魔術を容易に打ち消すとは流石は『師匠』なだけある。エリオットさんは少しずつセオリーから距離を取るように後ずさって、ルフィーナさんと位置関係が交代していた。


「……俺はやり合いたくないぞ」


 彼女とすれ違い様に、エリオットさんが呟く。


「情けない事言わないの」


 そう答えてルフィーナさんはマントの中から折りたたみ式のロッドを取り出した。一振りで組み立てられたその銀の棒の紋様は仰々しく、先端にだけ握りこぶし大のクロムイエローの石がはめ込まれている。

 ロッドをセオリーに突きつけて、彼女は切り出した。


「どうしてほしいのか言ってみなさいよ」


 堂々と、凛々しく。


「いえ、こんな危険なところまで来て欲しくはないだけです」


「言いたい事は分かるけどね、成り行きなんだから仕方ないじゃない」


 そういえば最初に鉱山跡に行った時、私達が行く事を彼に伝えたのはルフィーナさんしかいないはずだ。となるとこの二人は知り合いという事になる。

 だが、危険を冒して欲しくないと言いつつその顔は相手の身を案じるようなものではない。


「見れば分かるでしょう? 会議中だったのに慌ててこちらに来たのですよ。大人しく帰って頂きたいのです」


「か、会議……?」


 スーツで会議をするような仕事に就いているのか、とてもじゃないが想像が出来ない。私もエリオットさんも思わず顔を見合わせる。


「この先は危険だ、という事はこの辺りにローズって子が居るって事よねぇ」


「!!」


 ルフィーナさんは不敵な笑みでセオリーに言葉を投げかけた。それを聞いてエリオットさんの目の色が変わる。


「邪魔……すんなよッッ!!!!」


 もうすぐ会えるという想いからか、堰を切ったように叫んでエリオットさんは素手のままセオリーに飛び掛った。固く握られた右拳が思いっきりセオリーの頬を打つ。

 いや、素手って何て無謀な!!

 私も援護しようと慌てて背中の槍に手を掛けて布を振りほどく。

 一発目は命中し、セオリーの頬に痕を作っているようだ。が、


「エリオットさん!」


 レクチェさんが小さく悲鳴をあげた。

 二撃目を繰り出そうとしたエリオットさんの左拳には、反撃する彼から突き立てられた小さなナイフの刃。

 しかしナイフは拳に傷すらつけられずどろりと刃が溶け、そのままエリオットさんの拳はナイフごとセオリーの右手をひしゃげさせた。理屈は知らないがそういえば私も以前彼に素手で武器を壊された記憶がある。


「この……っ」


 右手を押さえて、セオリーが短く呻いた。エリオットさんの不意打ちによる素手での攻撃は彼に効いているようである。もう少しでエリオットさんに馬乗りにされそうだったところを素早く転がり逃げて立ち上がり、後ろに大きく飛び退いた。


「以前の銃同様に、興味深い戦い方ですね」


 じり、と距離を詰めるエリオットさんから離れるようにセオリーは一歩ずつ下がる。もう寒さなど誰も感じていないように、互いに視線を正面の敵に投げかけていた。


「あの剣も回収したいんじゃないのか? 何故行く手を阻むんだ」


 据わった目で、そう問いただすエリオットさん。

 セオリーは外観は傷ついているが、以前と同じようにその怪我を気にする様子もなく答えた。


「貴方達にわざわざ死に逝ってほしくはない、それだけです」


 そして続ける。


「だからその足を砕いてでも止めます」


 左腕をかざして即座に宙に何やら文字を書いたかと思うと、彼の人差し指の先が軌跡を描いて光りだす。術式に詳しくは無い私には特定出来ないが、その光はそのまま周囲の雪を地面から蹴散らし、私達の足元は一気に割れ崩れ始めた。


「きゃあ!」


 その揺れに立っていられずにレクチェさんが膝をつく。


「させないって言ってるでしょ!!」


 前で暴れていたエリオットさんの後方で待機していたルフィーナさんがそう言ってロッドを地に突くと、地響きはピタリと止まって、それ以上は地面は崩れなかった。このまま崩れ続けていたらこの場に立つ事も敵わず亀裂に落ちていたかも知れない。


「相変わらず人の邪魔だけは得意ですね」


「お前も邪魔ばっかりするじゃねーか!」


 その隙をついてエリオットさんがセオリーに掴みかかる。取っ組み合い寸前のように彼の両手がセオリーの両手首を掴んで動きを封じた。そして睨み合う。 


「クリス、今よ!」


「はい!!」


 私はすぐに不安定になった大地を蹴って、動けなくなったセオリーに思いっきり襲い掛かった。エリオットさんの事なんて考えずに槍の刃を横になぎ払い、


 彼の首を容赦なく落としたのだった。


 ごろりと転がるその首と、頭を失った胴体からは……血でも噴き出すかと思ったら何も出ない。私の槍を間一髪でしゃがんで避けたエリオットさんの顔は蒼白だ。


「お、お前……」


 彼は死体を掴んだ手を離して、ギギギと首をこちらに回して何かを目で訴えている。


「エリオットさんなら避けてくれるって思っていましたから!」


「嘘だッッッ!!!!」


 悲鳴にも似た叫びで怒りを訴える彼を無視して、私は自分が斬ったソレに目をやる。それはまるで機能を停止した人形のようになって転がっていた。そして程なくしてソレは粉となり、風に舞い雪に混じる。

 ……やっぱり


「随分高性能な人形ですね」


「普通に首切ったくらいじゃ動くわよ」


「本当ですか!?」


 ルフィーナさんの言葉に驚きを隠せない。じゃあ何故今回は倒せたのだろうか?

 私が問う前にその疑問の答えを彼女は話す。


「貴方が今持っている武器はね、この世界の全てを否定しているの。分かる?」


 先程の衝撃映像で震えているレクチェさんを優しく撫でながら、とんでもない事を。


「あの人形に掛かっていた魔術ごと切断したから動かなくなったのよ。今頃本物は人形の受けた痛みをそのまま味わって悶えているんじゃないかしらね」


 可哀想に、と全然同情しているとは思えない恐ろしい笑みを浮かべながら赤い瞳の魔女は小さく呟いた。レクチェさんは俯いていて彼女の表情は見ていないが、きっとそれを見ていたら更に震えたことだろう。

 一面はセオリーの魔術で地盤が不安定になっており、またいつ崩れるか分からない状態である。私達の周囲は雪も無くなり土が露になっていて、強い風が止んだかわりに先程の戦闘で露になった土をまた隠す為かのように雪が深々と降り始めた。


「さ、早く行こうぜ」


 そう言ってエリオットさんはルフィーナさんの前で蹲ったままのレクチェさんに手を差し伸べる。彼女は唇を真っ直ぐ結んで、その手を借りて立ち上がった。


「取り乱して……ごめんなさい……」


 両手を胸の前で握って、申し訳無さそうに謝る。


「仕方ないさ、か弱い女の子の見るもんじゃない」


 苦笑しながらそう答えたエリオットさんは、その後私に振り向きこう毒づく。


「流石に俺もビビったからな! 誰かのせいで!!」


「助けてあげたんですよ、感謝してくださいね~」


 何やら恨みつらみがあるようだがそんなの知った事ではない。軽く流して私は服を正した。

 雪が降っているのだから急がないと大変だ。ひょい、と割れた地面を飛び越えて私は歩き出す。




 その先はエリオットさんが案内してくれて無事に一つ目の村跡まで辿り着いた。

 ドラゴンが通ったような、という表現は聞いていたが確かにそう言われたら信じるくらいの凄惨な状態であった。大きな爪で切り裂かれたような家屋は、もはや人が住めるようなものではない。

 雪が降りしきり、その中を軍人達が黙々と作業にあたっている。大半の遺体は既に回収した後なのだろう、表にそれは見当たらない。多分今は崩れた家屋の中を探していると言ったところか。生存者がいなくては何が起こったのか把握すら出来ないのだから。


「俺は外で待ってる、特に情報がなければここに長居は無用だ」


 そう言ってエリオットさんは近くの針葉樹に寄りかかる。


「エリオットさんは来ないの?」


「面倒臭い」


 レクチェさんの質問にぶっきらぼうに返答して懐から取り出したのは一枚の緑色の、おそらく茶葉。眠気覚ましに使われるその葉を美味しくも無さそうに咥えて噛んで、右手をひらひらとさせた。さっさと行け、という事か。

 無論、エリオットさんは本当は面倒臭いのではなく入りたくても入れないのだろう。


「じゃ行きましょうか」


 ルフィーナさんが促すと私とレクチェさんはそれにゆっくり着いて行く。

 私達が村跡に入ってきた事に気付いた軍人の一人がこちらに駆け足で近づいてきた。下に軍服を着ているとは思うが、茶色い防寒着が着込まれていてその詳細は分からない。硬そうな黒いブーツだけは、一般人のものと見比べて違和感を放つ質感だ。

 黒い帽子の下に短い赤髪が見えるその男性は、太い眉の尻を釣り上げて声を掛けてきた。


「ここでは旅人に渡せる物資は無いぞ!」


 どうやら色々と勘違いされているようで、ルフィーナさんが丁寧に会話をすすめる。後ろで聞いているとこの村が壊滅したのは二週間以上前で、私達が知りたい姉の行方など知るはずもなく、彼らは原因も分からぬこの大災害を竜巻か竜の仕業として断定する直前なようだった。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 クリス達が村に入って行った直後の事だった。


「いるんだろ?」


 緑の髪と毛皮のコートにほんのりと牡丹雪を積もらせ、エリオットは咥えていた葉を吐き捨て呟く。

 その言葉に応える声は、彼の頭上から聞こえた。


「見つかっちゃいましたか、いつ気付きました?」


「駅からずっと」


 音もなく木の上から降りてきたのは、腰まで届く長い茶髪をうなじで結わえた青年。全身を軽そうな白い装束で包み、耳のあたりには小さく名残羽が生えている。

 名残羽は空を飛べない鳥人の特徴。だがその身のこなしは飛べずとも羽のように軽い。

 愛嬌のある三白眼で色白の肌。体格は同じくらいの身長のエリオットと比べてがっしりしていて屈強そうに見えるものの、その声は背丈の割には明るく甲高い。


「大丈夫ッスよ。見かけたから着いてきただけで、自分の目的は貴方では無いッスから!」


「相変わらず適当だな……今回は何を?」


 のほほんと話す鳥人の青年に、今度はエリオットから問いかける。


「いやー、この大規模な壊滅事件の最初の被害での検死結果がちょっと変ってことで、詳しく調べる事になったんスよー」


「どう、変なんだ?」


 エリオットは顔色を変えずに質問を続けた。なるべく、動揺を悟られないように。


「んー、死亡推定時刻が狂ってるとか何とか? よくわかんないッスけどね! とにかく各地の隊長サン達に手紙渡さないと……って!!」


 それを聞くなりエリオットは陽気に話す鳥人の服に手を突っ込んで掻き回した。


「手紙をよこせ!!」


 そしてこの寒空の中、彼の身ぐるみを剥がそうとする。慣れた強姦さながらの手さばきで、脱がせるのが難しそうな着衣をあっさりと解き、その下の生肌を露にさせた。


「ななな何を!?」


「どこに手紙を隠してやがるんだ!」


「教えたら取られちゃうんっしょ!? 教えるわけないッスよ!!」


 恥ずかしさというよりは寒さの為、両手で頑張って露出した肌を隠そうとするが無駄というもの。半泣きの鳥人は予想外の出来事にうろたえる。


「上半身に無いって事は、下か……気は進まないが……」


 彼の下半身にまで手を伸ばすエリオット。


「やっ、やめてください王子……」


 木の幹を背に押し寄られてその三白眼は潤み、エリオットが最後の砦を破ろうとしたその時、


   ◇◇◇   ◇◇◇


「もう誰でもいいんですね、貴方って人は」


 私とルフィーナさんとレクチェさんは、先程の『姉がここを襲ったのは二週間も前』という小さな情報だけ仕入れてガッカリしながら村の入り口に戻ってきたところだった。

 だけど、そこで待っていたのはエリオットさんが男の人を脱がしてその下半身に手を伸ばしている、という見るに耐えない構図。

 私のげんなりとした呟きに、エリオットさんはまたしてもお決まりの台詞を吐く。


「ちょ、これにはワケがっ!」


「どんなワケがあったら……」


 勿論怒ろうとした私だったが、今回はそれを遮る手があった。ルフィーナさんだ。

 彼女は私を制し、目を凝らしてそちらを見る。


「色は白いけど造りは……隠密部隊の服ね?」


「ううっ」


 半裸にされていた男の人が、泣きそうな声で呻く。


「情報を持ってそうだから取り調べてた、ってところかしら」


 ルフィーナさんの助け舟にエリオットさんがすばやく答えた。


「こいつ手紙持ってるみたいなんだ、一緒に探してくれ」


「あら、あたしがソコ脱がしちゃっていいの?」


 彼女は何だか嬉しそうな顔でエリオットさんに近づいて行く。降り積もる雪も何のその、その三人の周囲だけは異質な空気を放っていた。私が近づけない、何かR18的な。


「いいなぁ、何だか楽しそう」


 レクチェさんが耳を疑うような言葉を口にして、じーっとその様子を羨ましそうな目で眺めている。


「手紙とやらはあちらのお二方に任せて、私達はご飯でも食べましょうか」


 屋根を借りたいところだが村の家屋は全壊しているので、エリオットさん達が何やかんやしている木の裏側へ行き、ほとんど雪避けにはならない木の下で食事を取り出した。

 徒歩による旅では食事はこれで精一杯。少しのビスケットを二人で分け合って、その喧騒が止むのを待ったのだった。

 結局手紙は、靴の中に入っていた。


「ふぅん、流石にきちんと調べればドラゴンなんかの仕業じゃないって分かっちゃってるみたいね」


 泣きながら服を着直す青年をスルーして、ルフィーナさんは手紙を引き続き黙読する。軍隊長達にあてられた手紙の一つはビリビリと開封されてしまい、もはや渡すに渡せない事になっていた。


「機密文書を開封なんてされて……俺一体どんな処分を受けるんスか……」


 括られていた長い茶髪は脱がされた時に揉み合ったせいで随分と乱れている。服を着終えると彼はその乱れた髪を縛り直し、キッとエリオットさんを睨んだ。


「何て事してくれたんスか! まさか王子は敵ッスか!?」


「いや違うけど、まぁなんだ、すまなかった」


 彼はエリオットさんを王子と呼んでいる。軍の遠征部隊に手紙を届けようとしていたくらいだしお城での繋がりか、更に交わす言葉の雰囲気からしてきっと顔馴染みなのだろう。


「王子様?」


 レクチェさんが少し前の私と同じような反応を示している。まぁ無理も無い。


「そうッスよお嬢さん、この御方は一応エルヴァン大皇国の正統な第三王子にあたります」


 丁寧に説明する鳥人の青年は何故か誇らしそうだった。あんな目に遭っていても敬う対象なのか、軍部の人間というものは大変そうだ。

 レクチェさんはそれを聞いて少し驚いた素振りを見せたが、それでおしまい。エリオットさんの顔をもう一度見てからこう言う。


「三番目くらいだとこんなに育ちが悪くなっちゃうんだねー」


「レクチェに言われると傷つくなぁ……」


 心から素直に出た言葉に聞こえただけに、少しではあるがエリオットさんに同情した。

 しかしそこへ思いがけない言葉が、被害者である青年から発せられる。


「とんでもない!! こちらの王子は素晴らしい方なんッスからね、第一王子や第二王子なんてもう比べ物になりません」


「はははもっと褒めろ」


 上の王子は更に酷いというのか。この国の将来が心配だ……


「ねぇ」


 と、手紙を読み終えたルフィーナさんがその会話に急に口を挟んでくる。その表情は、険しい。


「最後のほうに、一旦撤収して王都の守りを固める方に専念しろ、って指示があるわよ?」


「えっ」


 それを聞いた鳥人の瞳孔が更に小さくなる。ルフィーナさんは首を少し傾げながら話し続けた。


「多分……死体の状況から生存者が見込めないものと判断されたんでしょうねぇ。急いで届けないと不味くないかしら」


「あわわわわわ」


「破ってしまった手紙は私がこの村の隊長に渡しておくから、さっさと次のところ行きなさいな」


 返事をする事もなく、彼はすぐ様この場を跳び立った。羽でぱたぱた飛んだのではない。羽のようにふわりとジャンプして跳んだのだ。

 一瞬で見えなくなった彼に呆気に取られていると、エリオットさんが少しだけ彼の事を教えてくれた。


「あいつの姉ちゃんも美人なんだぜ」


「どうでもいい情報をありがとうございます」


 それを聞いて私にどうしろというのか。大体姉さんというものがありながら他の女性にすぐに目を奪われて……絶対姉さんが帰ってきたらこの人と関わらないようにきつく言わなければいけない。

 私はこの怒りが表情に出ないように、必死に両手で頬を伸ばして顔面体操を行った。


「いきなり何してんだ!?」


「顔面体操です」


「ローズもそういえばよくやってたなぁ」


 きっと姉さんも、怒りを悟られないように頑張っていたのだろう……

 何故か顔面体操をきっかけに昔を懐かしむエリオットさんをよそに、私はそんな事を考えていた。気付けばレクチェさんが私の真似をして楽しそうに顔面体操を始めている。やめるにやめられない。


「ほっぺがちょっと暖かくなるねー、これ」


「そうですねぇ」


 怒っていた気持ちもどこかへ消えたところへ、手紙を渡しに行っていたらしいルフィーナさんが村の中から出てきた。


「さ、いくわよー」


 収集のつかない事になっていた私達をサッと促してくれて、正直助かる。


「はーい」


 あまり休めていないにも関わらず呼び声のほうへ元気よく駆けていくレクチェさん。それを見て苦笑しながら、私とエリオットさんも駆け寄った。

 ……だがその瞬間、ルフィーナさんの背後から爆音が鳴り響く。


「何!?」


 背後の音に驚いて振り向く彼女と私達が見たものは、白い雪を掻き消すような黒煙。その下で何があったかはここから見えないが、とにかく何かが村の中で起きているのだ。

 私は背にあった槍を右手に構えて、村の中に急いで向かった。

 この村は特に大きいわけではない。爆煙が見える方角へ走るとすぐに村の中央が見えてきた。


「何をしている!! 早く撃ち落とせ!!」


 慌てふためく兵達の中、一際大きな声での指示が聞こえる。その声の方へ目を向けるとエリオットさんが普段使っているようなハンディタイプではない大型の銃器を肩に構えた数人の兵士達と、指揮官らしき風貌の男。


「撃っています! し、しかし……っ!」


 その指示に異論を投げかけようとするのは銃器を構えた一人の兵。


「効果ありません!!」


「そんなはずが……」


 部下の言葉を否定しようとした指揮官らしき男は、その言葉を最後まで発する事は無く絶命する。

 シュッ!! と空気を斬るような音と共に、彼の体と地面は縦に一刀両断されたのだ。


「な、何が……」


「うわああああああああ!!??」


 何が起こったかも分からない。二本の足で立つ事も出来ず上司が倒れたと同時に、糸が切れたように兵達が悲鳴をあげて逃げ出す。

 が、


『……逃がすわけないよね……』


 今のこの騒動では誰が言ったかも分からない、ただ女性の声であるとだけは判別できた。その声がしたと思った途端、私達のほうへ逃げてきた兵達の体とが、上半身と下半身に分割される。これも何が起こったか分からない。まるで彼らは壊れた人形のように崩れ落ち、動かない。

 辺りは自然のものではない暴風が吹き荒れ、建物はただ次々に壊れていく。悪夢でも見ているかのような惨劇に気をとられていると、エリオットさんがその土煙の先へ進んでいくのが見えて我に返った。


「え、エリオットさん……これは!?」


「ボーっとしていないで、レクチェをお願い」


 ルフィーナさんが私に、放心状態になっているレクチェさんを引っ張って渡してくる。セオリーと戦った時とは違い、多数の死体はどれも肉が爛れ始めていてとてもじゃないが彼女に見せられるようなものではかった。私でも目を背けたくなるような酷い有様だ。

 レクチェさんは肩と手が小刻みに震えていて、これでは連れて歩く事も儘ならない。


「大丈夫ですか、動けますか?」


 焦りを抑えてその手を握りしめ、レクチェさんに問いかける。返答次第ではエリオットさん達を追いかける事も出来ない。

 そう思ったのだが、その返答は予測していたどれとも違うものだった。


「私……止めないと……」


「えっ?」


 彼女の視点は既に私と合っていない。

 その途端、今までにないくらいの彼女への嫌悪感のようなものが私の中で急に増長したかと思うと、握っていた手が熱くなり思わず振りほどいてしまう。


「……っ!!」


 いますぐ、そのほそいくびを、しめてやりたい。


 今私は何を思った? 自分が分からなくなる。そんな事を考えるものでもないし、そもそもそんな場合でもない。先程まで彼女の手を握っていた自分の手の不快感がたまらなく、ふとその手を見ると少し手のひらが赤くなっているような気がした。

 火傷? 不思議に思って再度レクチェさんに視線を移すと彼女の足元がぼんやり金色に光っていた。その光は彼女を中心に少しずつ地面を伝うように広がっていく。

 この光は、嫌だ。

 何となくそう感じて、広がる光を避けるように私は後ずさる。その私にとって不快な光は私の目の前で奇跡のような光景を描き出していた。


「嘘でしょう……」


 光り始めた地面からは、目に見える速さで草花が芽生え始めているのだ。御伽噺のように、彼女を中心に花が咲き乱れ始める。この寒い地で、雪も風も無いかのように場違いな花が。

 その光は無残に取り残された遺体にも帯び、その遺体をも草花で飾ってゆく。腐り爛れた死肉の面影は無くなり、遺体には柔らかい苔が生え揃う。

 村の中央広場はもはや全て草花で埋め尽くされた。瓦礫にまでも蔦が捲かれ、数十年経った廃墟のようになる。

 ……長い年月をかけて行われる自然による再生が、今の一瞬でこの地に成されたのだ。そしてその光景は、彼女が只ならぬ存在である事を証明している。

 彼女は自分の周囲を綺麗な草原へと変えると、まだ虚ろな目でこちらに振り返った。その視線に不安を感じながらも私は彼女に声をかける。


「れ、レクチェさん……?」


 私は名前を呼び、彼女は私と目が合っている。にも関わらず通じている気がしない。

 この時私は彼女にいつもの悪意だけではないものを感じていた。そう、この感情は恐怖だ。目を合わせているだけなのに少しずつ彼女から距離を取ってしまう。何の武器も持たぬ彼女を、私は本能的に恐れている。


「……、……」


「え?」


 レクチェさんが何かを呟き、こちらへ足を向けたその時だった。

 こちらに歩いてくるレクチェさんの背後、つまりエリオットさんとルフィーナさんが走っていった方角から目映い光が走った。

 それを見て私は我に返る。

 そうだ。


「こ、こんな事している場合じゃないですね……!!」


 正気には見えないレクチェさんだったが、今はそれどころではない。勇気を振り絞ってレクチェさんの放つ光の地面に足を踏み入れると、その瞬間自分の体の中に異物のようなものが走り抜ける感触がして先に進むのを躊躇させられた。でも私は気合でそれを堪えて次の一歩を踏み出し、走ってレクチェさんまで駆け寄る。


「とりあえず皆さんの元まで急ぎましょう!」


 彼女の手を取って私は走った。いつもは普通に握っていたその手が今は焼けるように熱くてすぐにでも離したい……それも堪える。

 レクチェさんはまだどこか遠いところを見ているような目だったが、私に引かれて素直についてきてくれていた。


「私も貴女も、一体何なのでしょうね……」


 聞いているかいないか分からない彼女に、私は独白にも似た言葉を投げかける。


「…………」


 返答は無かった。

 ただ彼女が走れば走るほど、周囲の家屋の崩壊跡はみるみるうちに自然へと還っていく。彼女を中心に草は茂り花は咲き乱れ、その彼女を引いている自分がコレを創り出しているような錯覚に陥った。

 先に進んで行った二人に合流するのは走って一分もせず、私は二人の後ろ姿を確認してほっとする。


「よかった……」


 しかし安堵と共に右手の痛みに気がついた。レクチェさんの手を繋ぎ引いていた手を慌てて離すと、手の平は火傷のように真っ赤になり皮がめくれているではないか。


「本当にもう、何が何だか……」


 湧く疑問はそこまで。それよりも状況把握だ。

 ルフィーナさんはロッドを地に突いたまま、微動だにしていない。彼女の視線の先には光の柱。そしてその中央には、


「……姉さん」


 予想していたとはいえ、実際に姉の姿をこの目で見ると息が詰まりそうになる。

 姉はその光の柱の中央で、ただ佇んでいた。黒く短いワンピースとタイツに白いエプロンを着け、襟には赤くて短いタイ。エアリーなショートボブの水色の髪には、白いフリルのカチューシャが飾られている。そして右手にはその衣装に似つかわしくない、大きくゴツゴツとした大剣。姉の胸の高さくらいまである長さの刃は、一見すると女性が扱えるような代物ではない。

 というか、


「えーと、何で姉さんはメイド服を着ているんですかね?」


「趣味なんだとよ……」


 光の柱の中で姉と向かい合っているエリオットさんが答えた。


「そうなんだよ、色々服を見たんだけどね、コレが一番可愛いと思わないかい!?」


 その言葉に意気揚々と満面の笑みで続いたのは、姉。久しぶりに聞く姉の声は別れた時と何ら変わりない。だけど、言葉遣いとその表情が……私の知っている姉の物ではなかった。


「エリオットさん、これは本当に姉さんなのですか?」


 思わず聞いてしまう、それくらいに違和感があるのだ。

 するとエリオットさんはこちらに振り返らないまま動かずに答える。


「何か、中身は精霊らしいぞ」


「やっぱりですか」


 自分にも覚えがある、精霊に体を奪われるその感覚。だがしかし、私は奪われたというよりは精霊に感情を誘導されるような感じだった。『こうしなくてはいけない』と湧き上がるその感情に従い、元々の意識とは別に動いてしまう。

 だが姉の様子を見る限り、本当に乗っ取られているようだ。

 姉に乗り移っている精霊は、姉の姿でおかしそうに顔を歪める。


「ボクはね、可愛いものが大好きなんだよ! これだけはこの世界で唯一価値のある物に見えるね!」


 無邪気なようで本質のドス黒さがちらりと見える、そんな笑顔。


「君もメイド服、着ればいいのに☆」


「お、お断りします……」


 言葉遣いは違えど、姉にメイド服を勧められるという状況に若干の目眩がする。

 そこへ黙っていたルフィーナさんが口を開いた。


「クリス、いいから槍でその剣を折りなさい」


「おお、そうだ。早くやってくれよ! 」


 エリオットさんにも急かされる。やはりこちらを向かず、動きもせず。

 先程から感じている違和感を私は取り敢えず突っ込む事にした。


「あー……もしかしてコレ今動き止めてる最中で、しかもその魔術にエリオットさんも掛かっちゃってるみたいなアレですか……」


「仕方ないだろ! 俺はローズの相手してたんだから! 動きを止めるには一緒に掛かるしか無いの!!」


 何とまぁ、期待を裏切らない。


「へぇ、お前ごときがボクを折るのかい」


 先程までの明るい声色とは打って変わって、ドスの効いた声が姉の口から発せられる。

 私は返答せずに槍を構えて変化した。ピンクのコートには全く以って似合わない黒い翼が私の背に現れ、耳の上あたりから角が音を立てて生えてくる感覚には未だ慣れない。


「君の姿は随分ボクらと似ているんだね! お姉さんは普通なのに!」


 変身した私の姿を見て、姉の姿をした精霊が感想を明るく述べた。


「私が、似ている……?」


「おいニール、お前の持ち主はイイ感じかい!」


 私に話しかけているようで、そうではない。引っかかる言葉を後にして話を先に進める大剣の精霊。ニールというのはこの槍の事だろうか。


「こちらの精霊さんは貴方のようにでしゃばらないんですよ」


 答えない槍の精霊の代わりに、私が答えてやる。


「そっか、相変わらずマジメだなぁ」


 聞いたくせに興味は無さそうな、そんな反応。精霊はルフィーナさんによって動きを封じられている姉の体で、品の無い高笑いをしながらこう言った。


「ははは! 使いこなせもしない持ち主に黙って尽くすとか、ボクなら有り得ないね!!」


 その高笑いは姉の端整な顔立ちを醜く歪ませていて、私にとって我慢できるようなものではない。


「もう、黙ってください!!」


 私は槍の切っ先を姉の持つ剣に向けて突っ込み、思いっきりその刃に突き立てる。

 ガキィンッ!! と金属のぶつかり合う高くて鈍い音が鳴り響いた。これで剣が折れれば事態は収束するはずだった。

 が、それで終わるほど甘くは無かったのだ。


「ほら、使いこなせてないよね☆」


 剣はかすり傷ひとつつかない、だが槍先も刃こぼれしていない。折るつもりで全力でぶつかって行った私は、その反動で床に崩れ落ちてしまう。

 その瞬間姉は、立ち尽くしたまま私を見下ろして、薄らと笑う。


「この体の動きを止められてもね、『ボク』は動けるんだよ?」


 姉からずるりと抜け出るように現れたのは、黒髪の鬼。槍の精霊は青年だったが、こちらは少年。肩まで伸びたさらりとした柔らかい髪に、天に向かう二本の角が生えている。大きく見開いた目で見つめて、私に覆いかぶさるように姉の体から出てくる。

 一瞬の出来事に、体勢を崩していた私には防ぐ手立てもない。


「エリ君!!」


「だあああああああ!!!」


 もうダメかと思ったその時だった、機転をきかせて動きを止める術を解いていたルフィーナさん。そしてその合図と同時に思いっきり姉さんに抱きついたエリオットさん。

 姉の体から出てきていた最中だった大剣の精霊は、エリオットさんに勢い良く抱きつかれて私から離れてしまった姉の体に引っ張られ、私から離れる。


「……ふはっ」


 あまりの事に息が止まってしまっていた。


「あー! オイシイ役目だぜー!!」


「ちょ、何すんのコイツ!! 離れてよ!!」


 見るとエリオットさんはまだ姉さんに抱きついたまま、転がっていた。精霊は姉の体の中に戻ったようでその姿は見えず、代わりにエリオットさんを押しのけようと必死な姉さんの様子が見えた。

 今なら姉さんから剣を折らずとも奪えるかも知れない。


「エリオットさん、そのままでお願いしますよっ!」


 私は槍を持ったまま二人に駆け寄り、姉の剣を取り上げようとした。


「あ、だめ!!」


「え?」


 ルフィーナさんの制止は間に合わず、私は姉の手から剣を取る。

 勿論、代わりに私が剣を手にしているわけだ。


「……あっ」


 制止された理由が分かったが、それと同時に私の意識は途絶えた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 意識を失ったクリスは右手に大剣を、左手には槍を携え、今までに無い淀んだオーラを発していた。廃鉱で起きたもの以上の風圧で、周囲に咲いていた花を薙ぎ払う。

 俺は急いでローズを抱きかかえてその場から離れた。だが剣から離れたにも関わらず彼女の意識は戻らないので、とりあえず少し離れて安全確保したところで声を荒げて叫ぶ。


「おいルフィーナ! この場合どうなるんだ!!」


「大剣の精霊が自己主張始めると思うんだけど……ッ!」


 それに答える彼女もあまりの風圧に立っていられず地に手を付く。

 この中で立っているのはクリスともう一人……ずっと虚ろな表情で立ち尽くしていたレクチェだけだった。


「……、……」


「れ、レクチェ……」


 周囲には聞き取れないが彼女は何やら喋っていて、それに気付いたルフィーナが彼女を何故か心配そうに見つめる。

 しばらくしてクリスは静かに振り返った。見つめる先は、この風にビクともしない金髪の少女。ただ黙って二人は対峙する。

 少しの間をおいて、先に切り出したのはレクチェだった。


「……、止めます」


 相変わらず何やら呟いて、辛うじて俺に聞こえたのは『止める』という単語。虚ろな目のまま彼女は歩いてクリスに接近していく。

 荒らされた草花は再度彼女の周りから芽生え始めた。


「何だこりゃあ?」


 膝を突いてローズを抱えたまま、俺はその光景にただ呆然とした。どうして花が急に咲く? 彼女の能力なのだろうか。一方ルフィーナは今にも泣きそうな顔でそれを見ていた。


「こんな時に……っ」


 クリスとレクチェを挟んで対面側にいる俺に聞こえるのはそれくらいの単語だけだった。ルフィーナは何か知っているのかも知れない。微かに彼女の肩と指は震えていて、そしてその震えを止めようとするかのように唇を噤んだ。

 レクチェは静かにクリスに近寄って行き、それを見つめながらクリスは眉間に皺を寄せつつ口元だけ歪ませ笑う。その笑い方は先程までのローズのよう。


「こういうのを鴨が葱背負ってきた、って言うんだっけ?」


 そう言ってクリスは左手の槍を思いっきり振り被って彼女目掛けて投擲した。しかし槍はレクチェを避けるように逸れ、ガランと音を立てて地に落ちる。


「ボクに使われるのは嫌だってのかい、ニール」


 落ちた物言わぬ槍に自嘲にも似た皮肉を投げかけてクリスが剣を振り回すと、その剣圧はまるで大きな爪のように地面と瓦礫にざっくりと傷跡をつけた。


「さっさと食べちゃおうかな☆」


 そして縦にもう一振り。

 轟く鈍く空気が裂かれるような音と共に、クリスの目の前の地が真っ二つに割れる。レクチェはというと、その剣撃を空に浮いて避けていた。背には翼のような光。宙を舞う雪がその翼に触れて花びらへと変わる神秘的とも言える光景を、俺もルフィーナもただ見ている事しか出来なかった。

 ヒトでは介入できない領域が、そこにはあるのだ。

 レクチェの光の翼は、羽ばたいたと思ったらそのまま大きく広がり、布のようにクリスを包み込もうとする。


「させないよねッ!」


 咄嗟にクリスも翼を広げて後方へ飛ぶと、また大きな剣を薙ぎ払う。今度は縦ではなく横一線の剣圧を、レクチェは光の布でやんわり受け止めた。虚ろな彼女の表情が、少しだけ苦悶を浮かべる。

 対する少女とは全くの異質な、形のある黒い翼をバサバサと動かして、クリスは相手のその表情に満足げにしていた。


「この世の物でもないのに飲み込もうとするからだよ」


 口端をにんまりと広げ、蔑んだ目で彼女を見るその表情は子供が造るものではない。幼い外観とのあまりのギャップに恐怖さえ抱かせるようなその笑顔は、まさに悪魔に相応しいものとなっていた。


「う……」


 光を放って浮いていたレクチェはよろめいて、地に降りた。右手で頭を少し抱えながらもクリスへの視線は外さない。と言っても虚ろなので本当にクリスを見ているのかは分かりにくいが。


「一旦異物を、排除します……」


 レクチェは光で自分を包み始めたが、そうはさせぬとクリスが彼女に真っ直ぐ向かって、剣をまた振るおうとしてきた。


「これでおしまいだよ!」


 剣を両手に持ち替えて、剣圧ではなく剣そのもので彼女を光のヴェールごと切り裂こうとする。

 しかしその振り上げられた剣は下りる事無く、そのまま止まる。ルフィーナがまた動きを封じる魔術を使ったのだ。


「させない……ッ」


 いつになく険しい表情でクリスを睨みつける彼女。レクチェも魔術が掛かる範囲にいるはずなのだが、彼女の体は特に術に掛かった様子も無く再度光を広げてクリスを包み込もうとする。

 まずい。光に飲まれそうになるクリスを見て、俺は無意識に腰元の銃を抜いていた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 パンッ! パンッ! と響く二発の発砲音で私は目が覚める。


「これは……」


 目の前の状況が全く把握出来ずにいた。とにかく手が痛いのと、足元には足から血を流して倒れているレクチェさん。そして大剣が落ちている。


「おい、大丈夫か!!」


 エリオットさんが銃を持ったままこちらに駆け寄ってくる。何か予想が出来てきた。この痛みはきっと彼にまた撃たれたのだろう。

 だがレクチェさんに関してはどういう事か今ひとつ分からない。彼女は私が意識を失う前までの不思議な光を既に纏ってはおらず、虚ろだった目には光がきちんと宿っていた。ここまでは良い事なのだが、足の怪我の理由が想像出来ない。

 先程までは彼女の力で雪すらも『春』に変化していたが、今は雪はただ深々と積もって、咲いてしまった草花を白く塗り替えていた。


「痛いよぅ……」


 彼女は涙ぐんでこちらを見ているが、もしかして私がレクチェさんの足を攻撃してしまったのだろうか?

 ルフィーナさんも駆け寄ってくるとレクチェさんの足をすぐに看て、マントを無理に破ってレクチェさんの足に捲いた。


「エリ君、後でじっくりお仕置きね」


「えぇー!?」


 どうやら私の手と同様にレクチェさんの傷もエリオットさんがやったようだ。じと目で彼を睨むルフィーナさんの様子が、それを物語っている。


「相変わらず荒療治で助けてくれますねぇ……」


 痛む手を撫でながら、私も彼を見た。すると渋い表情で、


「今度は手加減してないんだけどな」


「え」


 かなり酷い話ではあるが、私の手は少なくとも骨は折れたりしていないようだ。変化すると確かに身体能力は跳ね上がるが、ここまで頑丈になっているとは……


「でも痛かったけど、私相手だからこそ無茶も出来て剣を折らずに手放す事が出来たんですものね」


 そう、結果としてはオーライだ。不満よりも今は姉さんを救えた事を喜ぼう。


「……そういえば姉さんはどこです?」


 私は周囲を見渡す。すると、メイド姿の姉が少し離れた物陰から歩いてきているところだった。


「お、気がついたみたいだな!」


 エリオットさんもそれを見て表情がパァッと明るくなる。だけどその声を聞いたルフィーナさんの反応は少し変だった。


「え!?」


 まるで信じられない、と言った風の驚き方。あやつられていたのにそんなにすぐに目を覚ますはずがない、と言ったところだろうか?

 私は彼女のその反応に深く疑問を持たずに姉に駆け寄り、その胸に顔をうずめる。


「姉さん……っ!」


 恥ずかしい事に、皆の前なのに泣いてしまいそうになる。


「ちっ、さっさと終わらせろよな。次は俺の番だぞー」


 エリオットさんが茶々を入れてくるが、もうそんなの気にならない。今ならいくらだってバカにされてもいい。

 堪えきれなくなった涙腺は、私の頬にいくつもの滴を落としていた。


「心配かけてごめんね」


 頭の少し上のほうで、姉さんの語りかける声が聞こえる。ずっと聞きたかった、優しい声。

 姉は私の頭をくしゃくしゃと撫でると、抱きついていた私をゆっくり体から離す。


「さて、と……」


「?」


 そう言って姉さんはエリオットさんのほうに歩いていく。


「おお、ローズ。ちゃんと俺の事も思い出してくれたんだなー!」


 満面の笑みで、ハグを要求するが如く両手をいっぱいに広げて待ち構えるエリオットさん。

 それを見てクスッと少し儚げに笑うと姉さんはそのままエリオットさんの腕のに包まれた。

 うわぁ、何だかもぞもぞする。


「……!」


 声にならない声で、彼は姉との抱擁を堪能していた。気分は良くないが、今それを引き剥がすというのは無粋というもの。私は苦笑いでそれを見つめる。

 謎はいくつか残ったままだけど、姉さんは戻ってきたのだ。以前エリオットさんが言っていたように、私達の目的はコレだけだ。達成されたのだから他に無理に立ち入る必要など無い。

 姉はぎゅーっと抱きしめられたままだったが、ふと少し彼の胸から顔を離し、


「これはオマケ」


 そう言ってエリオットさんの頬に軽くキスをした。


「ね、姉さん!?」


 驚く私と、不意打ちのキスににやけるエリオットさんに微笑して、姉さんはその腕からするりと抜ける。


 そして、


 その傍に落ちていた剣を持ち上げた。


 その瞬間の事は自分でも良く分からない。ただ、頭の中が真っ白になった。姉さんは一体何をしているのだ、と。


「甘いよ、救いようの無いくらいね」


 そう言って大きな剣をよいしょ、と肩まで上げて担ぐと姉はこちらを見た。その笑顔は先程までのものとは違う、厭らしい笑み。

 バサッとその背に真っ白な羽を具現化させると、姉は少しずつ地面から浮いて行く。まずい。

 私は思わず、飛ぼうとする姉の足を掴んだ。


「待っ……」


 待って、だなんて言う意味など無い。コレは姉ではない、とにかく離してはいけない。

 でも私はさっき頭を撫でてくれたばかりの姉さんが偽者だったなんて思いたくなくて、まるで駄々をこねる子供のように泣きそうな訴える目で姉を見上げた。


「嬉しかったでしょ? サービスしてあげたんだから離してくれないかなぁ?」


 だが私を見下ろす姉は、その時笑顔すら消えてただ酷く蔑んだ目つきをしていた。鬱陶しい、と。

 あまりの事にこれ以上言葉が出ない。剣を手放せば解放されるのでは無かったのか。そんなショックでも私が動けたのは、それ以上に『行ってほしくなかった』からなのだろうと思う。


「姉さんを、返して……」


 私は何を馬鹿な事を言っているのだ。そんな願いなど、叶えてくれるはずが無いのに。


「んー、無理だね」


 そして姉の姿をした精霊は私の手を斬り離そうと、大きく剣を振り被る。

 斬られる、でもこの手を離す事など出来るわけが無い。涙で滲んだ目を瞑って半ば諦めたその時、キィン! と私の目の前で金属と金属がぶつかり合う高く鈍い音がする。

 大剣によって斬られるはずだった私の手との間に割って入ったのは、一本の槍。意識が戻った後私にはどこに行っていたか分からなかったその槍が、今何故かここに飛んできたのだ。

 私は何を考えるでもなく、その槍を手に取って姉の持つ大剣に斬り当てる。姉に飛び立つ余裕を作らせないくらい、何度も、何度も。

 私の槍撃を剣で受けるしかない姉は、仕方なしに私との攻防を続け、少しずつ後ろに下がって行った。


「……死ぬ気でニールを投げてくるとか、有り得ない……っ」


 大剣の精霊が、姉の口で苦々しくそうに呟く。


「……?」


 槍を振るいながらも、思わず周囲に意識をやってしまう。本来攻防に集中しなければいけないのだが、その呟きが引っかかったからだ。

 そして……視界の端に、赤い血溜まりを見つけてしまう。


「!!!」


 私の意識は一瞬だが完全にその『赤』に向いてしまい、その隙を相手が見逃すはずもなく、大剣で槍を大きく捌かれた。

 そして即座に後ろに飛びのいたかと思うと、再度姉は羽ばたいた。


「獲物も逃げちゃったし、今日のところはソイツに免じて引いてあげるよ」


 そう言い残すと空で翻し、あっという間に飛び去る。だが追うわけがない、私はもう見てしまったのだから。


「え、エリオットさん……!!」


 血溜まりに沈んだ、姉の相方を。

 駆け寄ってその血溜まりにためらい無く足を踏み入れ膝をつき、彼の状態を確認する。全身に内側から破られたように捲れた裂傷、特に酷いのは右腕付近で、抱き上げたら腕が千切れてしまいそうだ。意識など勿論無い、生きているのかも私には分からない。


「どうしたら、どうしたら……」


 半ばパニックに陥った私は、彼の体の上にぽろぽろと涙を零しながら自分の服を破って止血を行う。だがその怪我の前では止血など無意味にも等しい。

 周囲を見渡したがルフィーナさんとレクチェさんは何故か居ない。こんな時ルフィーナさんなら何か出来たかも知れないのに、無能な自分をただ責め続ける事しか出来ない。

 そう、私がピンチの時はいつも彼が救ってくれていた気がする。さっきだって、きっと私の手が切り落とされる寸前のところで槍を投げて救ってくれたのだろう。けれど自らを引き換えにしてまでする事では無いのに、何を考えているんだこの人は。悲しいのに何だかだんだん腹が立ってきた。


「神様、助けて……」


 でないと私はこの人に怒る事も出来ません。




「衛生兵、生きてる者がいるぞ!!」


 神に願ったその時、凛とした、力強くも美しい声が背後から聞こえた。

 赤く腫らした目で振り向くと、そこには大きな馬に跨った一人の女性。茶色く、そしてとても長いポニーテールを揺らして、強い意志が感じられる形の良い眉と琥珀の瞳。身に纏った半甲冑は赤を基調としていて綺麗なものである。

 その時の私には、まるで彼女が女神のように見えた。

 彼女の指示で後ろから続いてきていた兵達の中から衛生兵が割り出てきて、あっという間にエリオットさんを囲むと、数人で結界のようなものを作り出す。


「まだ息はあるようですので、まずは止めたまま運びます」


「わかった、良い様にやってくれ」


 衛生兵の言葉に答えるポニーテールの女性。近くで見ると髪の毛に隠れて黒い名残羽があるのが分かった。どうやら鳥人らしい。

 彼女はエリオットさんが後ろの馬車らしき乗り物に運ばれていくのを見届けた後、私に振り返って話しかけてきた。


「王子の連れはあと二人居ると聞いていたのだが、そちらは無事なのだろうか?」


「えっ、あ……分かりません……」


「そうか、ならば引き続き捜索を続けさせよう。王子とは別の馬車になるが君も一緒においで」


 そう言って私を別の馬車に乗るよう促してくれた。私は馬から降りた彼女に案内されるがままに一頭立ての軽装馬車へ行き、乗ろうと足をかけたのだが、


「待った、先に着替えさせよう」


 びりびりに破いてしまった私の服は、残った布地もほとんどエリオットさんの血で赤く染まっていた。確かにこのまま馬車に乗ってしまっては酷い有様になるだろう。

 彼女は兵に代えの衣類を持ってこさせ、私にそっと手渡す。柔らかそうな生地だが、私には随分大きい白い長袖シャツと、綿のズボン。それと大きめのタオル。


「すまない、与えられる新品となると寝巻きくらいしか無かったようだ」


 申し訳無さそうに彼女は私に詫びた。


「いえ、ありがとうございます」


 それ以上の言葉も無い。文句など、出るわけが無い。


「後で色々詳しく話を聞く事になるだろうから、それまで馬車の中だけでもゆっくり休んでおきなさい」


 とても格好の良い女性だな、と思った。伝えるべき事を伝えてきつつも心遣いを感じられる。それでいて威厳を保ち、圧倒的なカリスマ性とでもいうのか……何だか憧れる。

 私はとりあえず着替える為に変化を解いてヒトの形に戻った。周囲が少しざわめいたが、鳥人の彼女が一瞥すると皆黙って元の作業に戻る。

 かなり寒いけれど私は着ていた服を全て脱いで、貰った衣服に着替えを済ませた。その際に血を拭いたタオルにもう白い部分はどこにも無い。

 馬車に乗って程なくして馬が走り出す。窓の外では雪と、倒壊した家屋と、寒そうに咲く花々と、それらが入り混じるとても歪な景色が流れ過ぎて行き、やがて真っ白な雪原へと変わった。

 今までの出来事が全て嘘のように。


【第五章 対峙 ~最後に笑うのは誰か~ 完】

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