表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(非公開)  作者: 非公開
第三部
45/53

Finale ~その手で世界を~

   ◇◇◇   ◇◇◇


 男には二つの誤算があった。

 一つは、セオリーが居ないこと。もう一つは、ルフィーナが居ること。

 なるべくならこうなって欲しい筋書きと、こうなるかも知れない筋書きと、そうなった時の対処法と。起こり得る様々な事態に対していくつか組み立ててはいたが一つ目の誤算のせいで、二つ目の誤算の対処まで自分でやるはめになると言う事態に随分苦労した。

 二つ目は……まぁ有り得なくは無いと思っていたものの、その場合はセオリーがどうにかすると思っていただけに自分にそれが回ってきたことにかなり手を取られる。

 何しろフィクサーは……ルフィーナにとても弱いから。


 本来ならば降りた神にこちらの願いを叶えさせた後、どうにか拘束してまた引き剥がしてやるのも有りだと男は考えていた。自分の願いが叶うだけでなく積年の恨みをも果たせる、一番最高の流れだ。

 しかし創造主のやろうとしていたことは価値観どころか次元が違い過ぎていて、それを止めるには気後れしてしまうようなもの……ならば、手伝う振りをしてやり方だけでもどうにか知り得、後に器を元の持ち主に返してやってから、その次元が違う目的だけをあの王子に押し付けてやればいい。

 そこまですればルフィーナからもビフレストの女からも文句など出ない、と男は思っていたのである。


 けれど先程の誤算の一つ目がまず一気に計画を崩してくれた。

 例えこの世界の行く末を救うやり方を知り得ようが、創造主が降りて本来の力を完全に引き出せるようになってしまったあの器を、仲間無しでどう拘束するのか。殺すだけならばサラの末裔に任せて済むが、拘束すると言うのは殺すよりも余程至難の業なのだから。

 この時点で男はまず一番最善であろう道を独りひっそりと捨てる。ビフレストの女にはどう言って諦めさせようか悩みつつ、取り敢えずは様々な機を伺う為に創造主の希望通り、収集していた精霊武器を見せようと上階に上がった。


 そこで二つ目の誤算が目の前に現れる。

 随分荒れた廊下で力無く肩を落とし、途方に暮れているのは間違いなくルフィーナだ。こんなところで何をしている!?

 彼女はフィクサーの姿を見て、次に金髪に変わっている例の器を確認し、一気に表情を変えた。死んでもおかしくないような虚ろな顔に、怒りによって生気が灯される。

 フィクサーの立場としては『そこまで彼女を怒らせることが出来ること』にある意味喜んでもいい事実なのだが、完全に脳味噌沸騰状態の彼女の剣幕は彼にそんな部分に喜ぶ余裕を与えてくれなかった。


 お願いです、状況を考えてください、俺に掴み掛かっている場合じゃありません。


 そうは思うが言葉には出せずにごめんなさいを連呼する男を呆れ顔で見つめるのは創造主。怒ってはいるようだが何だかんだで仲が良さそうに見えたらしく、創造主は先に一番問題の精霊武器を奪っておいたほうが得策と考えて一旦痴話喧嘩を放置し、再度下の階に下りて行く。

 創造主が去ってくれたことで、フィクサーは何度かロッドで殴られながらもルフィーナに状況説明をすることは出来た。久々に感じる痛みは半端じゃなくて、元に戻して貰ったことを少しだけ後悔しつつ彼女の考えに耳を傾けると、まぁ予想通り彼女はビフレストの女と大方同じことを求めてくる。何とまぁ仲のよろしいことで。

 無理だろうとは言ったが聞く耳持たず、彼の体を脅しの材料に交渉しに行く始末だ。いざと言う時は容赦なく彼女に命を絶たれるのかと思うともう涙も出てこない。


 半分くらい好きにしてくれと投げやりで連れて行かれた先では案の定、何にも分かっちゃいないガキと創造主が言い合っているところだった。

 羨ましいものだ。

 フィクサーは、無知は罪であると考える。知らないからやりました、では済まされないことが世の中には沢山あり、だから常に知ろうとすること、その姿勢が大事だと思う。

 けれど、それらに縛られないことは……とても幸せだ。知らないからその結果を背負わない。何も知らないからその重さを知らずに動ける。

 友人は、その先にあるものを知らず背負うことの無い少女を不快に思っていたが、フィクサーは素直にそれが羨ましかった。

 少なくとも一歩を踏み出せることが、先に背負うこととはまた違った意味の強さを生む。背負うことでその分の強さを身に纏えども、それを躊躇ってしまえば無意味なのだから。


 自分はどうしたいのだろうか。

 歳月を重ねれば重ねるほど、本当の自分の気持ちなど分からなくなる。周囲のことを考慮してしまい、動こうとしても、動けない。

 一番後悔をしたあの日もそれと変わらない。友人の気持ちを思うと足が動かず、好きだった女性を護れなかった。友人のそれ以上の凶行を強く止めて、しっかり傷を治してやることだってあの時の自分には出来たはずなのに……出来なかった。

 この少女が同じ立場なら多分出来ただろう。四年前、スプリガンの時の決断も知っている。自分ならば手を止める状況で、この少女は止めなかった。

 だから今回の予想の中にもそれを考慮した筋書きはある。


 もし救うのが無理だと判断した場合、このサラの末裔はきっと殺すのを躊躇わない。


 気付いたらフィクサーはその筋書きを選んでいた。

 クリスを煽り、友人を手にかけたのであろうこの少女に、好きな相手をも殺させるという筋書きを。

 これを意図してやったのだと気付かれたら、間違いなくルフィーナには嫌われるだろう。いや元々嫌われているような気はするけれど。

 でもこの時の彼は、愛ではなく憎悪を優先したのだ。意識した部分ではなく、つい、咄嗟に。何の人間関係にも囚われない、ただ自分の中の純粋な感情は……どこまでも醜かったのである。


 自分の人生を散々掻き回してくれた存在が、

 自分の半生を共にした友人を亡き者にした存在が、

 単純に憎い。


 どうしたい? 決まっている。そいつらも不幸にしてやりたい。自分の幸せよりも、他人の不幸を欲する。

 創造主は彼のそんな心情を汲み取ることは出来なかった。

 『これをしてはいけない』『まずい』理屈を分かっていながらも感情が先に立つ、心というものを真に理解出来ていなかったのが徒となる。うまく動けなかった彼が最後に動こうと思った方向は……復讐だったのだ。


 腕の拘束は先に少し解いた。視界が悪くなったことに乗じ、真っ先にルフィーナを空間転移で王都へ飛ばす。手が完全にあいている彼女の場合、空間転移の魔術を打ち消してしまいかねないのだが、幸いにも彼女は創造主によって拘束されていたから楽に事が運んだ。

 転移する直前の彼女の表情は、怖かった。もし次に会うことが出来ても口も聞いてくれないのだろうな、と。

 少しでもこの場から離して危険を回避させてやりたかったフィクサーの行いは、ルフィーナからすれば余計なお世話で迷惑極まりない自己中心的なものだった。

 決して報われることのない下手な優しさは今も昔も何ら変わっておらず、飛ばされた先の王都で彼女が泣いたことを、彼は知らない。


 様子を伺いながらようやく空に見えた二つの影。何で斬り合いじゃなくて取っ組み合いに発展しているのだ、と一瞬思考が追いつかなくなるがすぐに展開は動く。

 負けそうになったサラの末裔を視認し、フィクサーは自分の右腕の腱を切ってそれを止めた。今の今まで痛覚も無かった為何の躊躇いもなく切ったのは良いが、元に戻った今それをするととてつもなく痛い。その部分だけ無くなってしまえばいいのにと思うほど、その部分のことしか頭に入らなくなる。気が狂いそうなくらい全神経がその部分へ集中し、魔術で治すどころじゃない。

 ……なのに、生きている、と実感が湧く。


 次の瞬間、周囲は全て赤く染まっていた。血の色よりも明るい、朱に近い赤。思っていたよりも広い範囲にあの精霊武器の力が舞い上がる。

 思いのままに全てを焼失させる、滅びの剣。

 炎に巻かれてフィクサーは死を覚悟した。あの器とのリンクはこちらからの一方的なものだから、あの器がどうなろうともこちらに被害は及ばない。そのつもりで戦わせたのに、結局巻き込まれて終わりのようだ。

 まるで炎が内側で燃えているような、体内が焼け付く熱さに気が遠くなり、膝をつく。けれど目を閉じて全てを諦めたその時……ふっと急に熱さを感じなくなり、彼は何事かとその目を見開いた。

 しかし彼の漆黒の瞳には、先程まで埋め尽くされていたはずの赤が映らない。数秒の間に何が起こったのか把握するべく、彼が腕の痛みに耐えながら周囲を見渡すと、




 そこには、全てが残っていた。




 あの少女は一体何を焼失させた?

 炎に巻かれたはずの自分の体は、確かに熱を感じていたはずなのに何も焼失していない。少し先では、ビフレストの女がぐったりしたサラの末裔を抱き抱えてぺたんと地面に腰を下ろしており、もう少し先には創造主も居て、そちらも意識が無いのか倒れ伏せていた。

 地も、空も、確かに一度あの精霊の炎に包まれていたのに……


「おい」


 空気が焼け付くようなにおいが微かに漂い、確かにこの場が一度焼けたのだと思わされるのに、現状はちっともそれを示さない。手品か幻でも見せられていたのか、フィクサーはこの場で唯一意識があると思われるビフレストの女に声をかける。


「そいつは生きてるのか?」


「はい」


「……そうか」


 自分で剣を振るっておきながらその炎に自身が巻き込まれるというのも考え難い。そもそもその身は焼けてもいない。多分意識が無いのは、後先考えずにありったけの力を込めてしまったからだろうと、レクチェの返答一つで彼は推測する。精霊武器の力の源はあくまで持ち主のもの。注ぎすぎて気を失っただけ、と考えるのが妥当だった。

 じゃあ……もう片方はどうなっているのか。急に起き上がられたら、という恐怖に堪えて倒れたままの創造主に近づく。そっと触れ、確認すべき事項を確認した時点でフィクサーの顔は引きつった。

 それもそのはず。

 フィクサーはこの器に創造主の魂と呼ぶに近い精神を入れたが、その時勿論勝手に抜け出したりなどしないようにきっちりと精神と器を繋いでいる。創造主ですら自分ではすぐに解けない女神の理の術式で。

 それが完全に解かれているのだ。つまり、今この時点でこの器の中に創造主は居ない。


「っ!」


 まずい。そう思ったフィクサーは右腕の袖をまくってなるべく平らな地面を探してその腕の血で円形の陣を描き始めた。それは数刻前まで、あの封じられた地下の暗室にあったものとほぼ同じ物。今度は抜く必要は無いからその分は省かれた、入れるだけの陣。

 もし寸でのところで創造主に逃げられたのだとしたら状況は大きく変わってくる。またコレに入られたら堪ったものじゃないし、セオリーの居ない今、頼りたくはないが頼れるのは『自分と同じものを見てきた』この男なのだ。

 感情だけ優先させるならば仇である少女の喜ぶことなどしてやりたくはないが、今きちんと再度物事を落ち着いて考えられる状況でそれを選ぶような彼ではない。

 全てがあのガキの思いのままじゃないか、と少しだけ心の中で悪態を吐きながら、完成させた魔術陣にエリオットを運んであの砂時計をひっくり返して傍に置き、術を発動させる。


「フィクサーさん……」


 素直にそれを好意でしていると受け止めたレクチェは、優しい声色で彼を呼ぶ。だが、


「もうその名で呼ばないでくれ」


 それは決別だった。自身の目的自体は達成された。共に過去と名前を捨てた奴も居なくなった。

 もうその名前で呼ばれる必要も無いし、呼ばれたくもない。

 そんな彼の心情をレクチェはどう受け止めたのか。返事はせずに黙って自分の胸に顔を埋める少女の頭を撫でていた。

 あれだけのことがあったのに何も変わらない空。何が変わったのかもよく分からない状況。全く色褪せることないこの景色が、いつかは滅びゆくという現実味の無い未来。

 基本、準備さえすれば後は待つだけの魔術の完了まで、男はまたぼうっと見上げていた。今度見ているのは光源宝石ではなく、太陽。あれも自分とは次元の違う『生き物』なのかと思うとどれだけ自分が小さな存在かと思い知らされる。


「ソール、だっけか?」


「……何の話だ」


「太陽」


「合ってるけど、やっぱり何の話だか分からん」


 だんだん落ちゆくその日差しに顔を照らさせて、魔術の終わりと同時に男は、気がついたであろうエリオットに聞いてみた。問いかけられたエリオットはまず何も考えず普通に返答をしたが、起き上がろうとして右腕の痛みに気がついて自分が気を失う前の状況を思い出し慌てる。


「説明しろよ」


 無論、そうなる。だが説明しろと言われても半分くらいはこちらとしてもよく分かっていない。黒髪の男は少し悩んだ後、簡潔に言い放った。


「そこのガキが創造主をどこかにやった」


「もっと分からんわ!!」


   ◇◇◇   ◇◇◇


 目が覚めた時、直前に見ていた景色とは全く違う光景が広がっていた。その光景を思考に入れて考える暇もなく問いかけられたのは狼に追われる太陽の名。正直ついていけない。

 問いの返答だけして一先ず地べたにつけていた顔を起こそうと右腕をついた途端に、一体何が起きたのかと思うほどの痛みがそこに走る。

 何故か放心状態に近いフィクサーに状況を問うと、返って来た言葉は理解が追いつかないもの。


「そこのガキが創造主をどこかにやった」


「もっと分からんわ!!」


 そこのガキ、と呼ばれたクリスはレクチェの胸に抱かれて突っ伏しており、どうも意識は無いように見える。

 少なくとも随分長いこと俺は気を失っていたのだろう。周囲はあの頑丈なはずの建物が随分と崩れていて、天井に大穴まで開いている始末だ。どれだけ暴れたのだと呆れるくらいに。

 と、そこで俺は自分の視界にさっきから入る金髪に気がついてある程度を察する。何もせずに髪の色が変わるだなんて有り得ない。しかも色が色だ、神が乗り移ると自動的に金髪にでもなるのか? そのあたりの流れはさっぱりだが、多分俺には少なくとも一度神が降りていたに違いなかった。

 勿論、それをやったのはフィクサーだろう。敵意を剥き出しにして無言で睨みつけてやるが当の相手は俺の視線などお構いなしに地面に魔術紋様を血で描いている。紋様を見たならそれが傷を癒すものであることが分かり、予想通りフィクサーは自身の腕の傷を癒してほぅ、と溜め息を吐いた。


「怪我って痛いなぁ」


 何を当たり前のことを。

 突っ込みも入れてやる気にならずそのぼやきを聞き流し、コイツの怪我が治ったということは俺の怪我ももう治せるか、とこっちはこっちで怪我を治す。

 更に脳内で整理される状況。神は一度俺に降りている、次にフィクサーはどうやら自身の身体異常が治っている、そして……肝心の神はクリスによってどこかに消えた。

 まとめてみたはいいが、一体何をどうしてそんな状況になる。フィクサーがやったわけでは無い、クリスに聞くのが妥当か? と、そこでずっと黙っているレクチェの存在に俺は改めて目を向けた。

 怪我も治せたことだしきちんと立ち上がり、レクチェの傍に近寄って二人を見つめる。レクチェも結構な怪我をしているらしく服と呼んでいいのか悩む布っきれが赤く染まっており、クリスはクリスで何か半分くらい服が生乾きだ。


「お前も何も分からないのか?」


 俺の問いに彼女はようやく顔を上げ、俺と目を合わせる。その表情は……決して喜ばしいものではない。状況は良くない、とレクチェの瞳が俺に告げていた。

 数秒、想いを口にするのを躊躇うように彼女は唇をぎゅっと噤んで、それでも、と開かれた口から紡がれたのは、


「私に言えるのは、貴方と引き換えにこの世界の未来は閉ざされた、ということだけです」


「さ、」


 更に分からんわ、と突っ込みたかったがそんな風に突っ込めるような雰囲気ではないレクチェの憂い様。そこで俺を差し置きフィクサーが怪訝な表情でレクチェに詰め寄る。


「方法を探せばどうにかなったりは、しないのか?」


「……肝心の材料が、さっきから見当たらないのです」


 材料? 何の話だ、と俺は訝しげに二人を見ることしか出来ない。フィクサーはレクチェに言われるがまま周囲を見渡し、その顔色をどんどん青褪めさせてゆく。そして、


「何をやりたかったんだ、このガキは……っ!!」


 怒りに震えて、それでもクリスに掴みかかったりしようとしないのはコイツの性格か。と、思ったらその怒りの矛先は何故か俺に向く。

 急にフィクサーの拳がこちらに振りかかり、どうにかかわした俺は勿論キレた。


「っ、何すん……」


「予想の斜め上を行き過ぎだ! 一体どんな育て方してるんだよ!!」


「はぁ!?」


 説明も無しに責められても困るのだが……というかここでまさか子育て指南を受けるとは思わなんだ。俺の子どもじゃないし、大体もう成人したというのに何なのこの状況。

 そこでフィクサーはやっと俺に詳細を話し始める。神がやろうとしていたこと、その為の材料にクリスや精霊武器といった『元・女神』が必要だったこと。

 なのにその術を知る神も居なければ、材料の一つである精霊武器も何故か無いこと。つまりはさっきレクチェが言っていたように、俺と引き換えに他の希望が全て失われているということ。


「…………」


 無茶苦茶だ。

 反論しようもなく開いた口は塞がらず、ただ黙って俺はレクチェの胸で熟睡状態のクリスを見ていた。

 いや、ぶっちゃけて言うと俺ならやりかねないことだ。そんな遠い未来のことなど知るか。俺には関係無いし、だからどうした、と切り捨てるだろう。

 誰かがとても素晴らしいことをしようとしていた。自分のやりたいことがそれとぶつかった。それで自分のやりたいことを諦めるほど俺はイイ人じゃないからな、俺一人での決断ならば結局はそれに対して食って掛かっているに違いない。

 でも、それがクリスの手によって行われてしまった。どう考えてクリスが行動したかは分からないが、結果として俺は世界と引き換えに救われている。

 その事実は、笑えるほど俺の肩に重く圧し掛かってきた。自分でもそれを選ぶと思う、思うけれど……俺は決して『選んでいない』。寝耳に水状態でそれが目の前に降って来たのだ。


 正直に言おう、これは凄くキツイ。どんな酷いことを言われようが、どんな目で見られようが、自分で選び行動してきた結果ならば俺は甘んじて受け入れる。受け入れられる。

 だがこれは、違う。

 けれどクリスを責めることも出来やしない。俺は結局この場にこうして立っていて、それは礼を言い尽くせないほど有り難いこと。

 つまり、やり場の無い心苦しさだけが残って、意図せずクリスに『させてしまった』罪の意識が面白いくらいに目の前をぐるぐる回っていた。

 どうしたらコレから逃れられる?

 俺にしては珍しいことだった。何故なら償いの方法を必死に考えているのだから。この過ちをどう正せばいいのか……それは結局、一つしか無い。


「やるよ」


 頭を抱えながらふっと俺の口から出た言葉に、フィクサーもレクチェも疑問符を浮かべている。


「でもお前等も手伝え、絶対……俺だけの責任じゃねぇ」


 そう、こうなるに至るまでに、色々な人物が関わってきていた。自分の体を治す為に動いていたフィクサーも、神の手足となっていたレクチェも、それら無くしてこの結末にはならないのだから。


「セオリーや、クラッサはどうしたんだ?」


 となるとあの連中も一蓮托生だろう、そう思って名前をあげたのだがそれに対して渋い顔をするのはフィクサー。


「セオリーは……死んだ。そこのガキがやったらしい」


「な……」


 アレを一人でやれるほど強かったかクリスは? いや、誰かと一緒にやったのかも知れない。そのあたりは深く掘り下げず、ただ俺は……結果としてローズの仇を討ったクリスに半分だけ感謝して、半分だけ悲しく思っていた。


「クラッサさんなら、私が武器を奪った時はちゃんと生きていました」


 次にレクチェがクラッサの詳細を伝えると、フィクサーはそこでほんのり顔を緩める。多分部下の無事を知って安心したのだろう。そしてその緩んだ顔をすぐに引き締めて俺に黒い瞳を細く見据えてきて問う。


「で、それが何だって言うんだ」


 コイツら本当に馬鹿だな。と言いたいのは我慢しつつ、負けないくらい強く見返してやった。

 こんな事態になってしまいました、とへこんで悔やんで悩んで落ち込んで怒って、何て残念な奴らなんだ。わーわー言ってばかりで何にも前に進まない辺りが軍のジジイどもを思い出して苛々する。老いてもいないくせに老害かよ……と思ったが考えてみれば二人とも多分結構な年数生きてそうだし、間違いでも無いのか。いやだね、年を取るってのは。


「なってしまったものは仕方ないだろ。じゃあやるしかないって言ってんだよ」


「何を……」


「お前が言ったんだろーが、放っておいたら大樹が朽ちるんだろ? そうならないようにしなきゃ未来が無いんだろ?」


 呆気に取られたままのレクチェからクリスをぐいっと引っ張り上げて、未だにぐーすか寝ている状態のその顔をピピピと軽く往復ビンタ。

 くしゃっと嫌そうな表情になって、クリスの小さい唇はもぞもぞと動く。


「生きが良すぎます……」


「そうかい」


 完全に寝惚けているようなので引き続き今度はもう少し強めに往復ビンタをかましてやり、ちょっと赤くなってきたクリスの頬。

 にも関わらず起きないクリスは、今度は何を言うかと思えば、


「む、無理です……エリオットさんが捌いてください」


「起きろ!!!!」


 俺に何を捌いて欲しいんだコイツは。どんな夢を見ているのか想像はつくが、こんな奴が全てをめちゃくちゃに終結させたのかと思うと色んな意味で情けなくて、八つ当たりするように俺は叫ぶ。

 するとやっと世界一の問題児がその頭上に澄み渡る空と同じ色の瞳を薄らと開いた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 体は前後に細長い紡錘形であまり側扁していない、背は暗青色、腹は銀白色でその境の体側には黄色の縦帯があり、体表には細かい鱗がある生物が……目の前のまな板でびちびちとはねている。

 結局のところ私には何と言う名前なのかよく分からない、とにかくちょっと大きめの魚が私に言う。


「早く捌きなさい」


「は、はい……」


 今までそんなに大きくない魚を丸焼きにして食べる程度だった私は、こんなものをどうやって捌いたら良いのかと戸惑って包丁を握る手が自然と汗ばんできていた。

 取り敢えず真っ二つにするべきか、とその紡錘形の長い体の線に対して平行ではなく垂直になるような向きで包丁をそっと当ててみる。すると、


「ちがぁう!!」


 魚は怒って私の頬をその尾鰭でビビビと叩いてくるではないか。衝撃だった。

 というか、こんなに元気で喋る魚を私に捌けと? 無茶だ。


「生きが良すぎます……」


 しかし傍で監修しているエリオットさんは無言で私を見つめたまま、胸で組んだ腕を解く様子は無い。つまり私にやれ、と言っている。

 私は涙目になりながらまた包丁を魚のつんつるてんとした体に当てた。今度はその体に対して平行に胸鰭のあたりから。でもまたしても魚は言う。


「違うと言っておろうが!!」


 で、やっぱり尾鰭でビビビと今度はさっきよりも強く叩いてきた。


「む、無理です……エリオットさんが捌いてください」


 喋る魚に刃物を入れるのも躊躇われるし、大体においてやり方が分からない。私の泣き言にようやく組んだ腕を下ろしたエリオットさんは、真顔でこう叫ぶ。


「起きろ!!!!」


 あぁ、そうか、これ夢ですよね。

 気付いた途端にその夢の光景は不安定になってゆき、これから目覚めるという意識だけははっきりした中で、私の瞼は開かれた。

 そして、多分現実の世界に戻ってきたのであろう私が最初に目にしたのは、


「っわあああああ!!」


 偽エリオットさんだったのである。しかも超間近に。

 眠る前の私は何をしていた!? 気が動転して記憶を辿ろうとするが辿ることが出来ない。とにかくこの場から逃げなくてはという気持ちだけが先立って右拳が彼の顎にクリーンヒットした。

 悲鳴もあげずに後ろに倒れた偽エリオットさんから急いで離れ、腰の剣を抜こうとするが鞘は空。私は一体剣をどこにやってしまったのか。

 そこでだんだん記憶が蘇ってきた。レヴァを全力で振り切って、辺りが火の海と化したあの景色。あれも夢だった? 少なくとも斬ったはずの偽エリオットさんは健在で、周囲を見渡すとレクチェさんとフィクサーも居て目を丸くして私を見ている。ルフィーナさんは居ない。

 どこまでが夢で、どこまでが現実なのだろう。もしかしてさっきまでのお魚シーンが実は現実で、頬を叩かれ過ぎて気を失いこんな夢を見ているのか。

 でも偽エリオットさんを殴った拳は確かに痛い。ということはこれが現実に違いなかった。


「こ、これはどういう状況ですか……」


 偽エリオットさんはもうニールを持っていないし、奪い争っていた武器達が辺りに転がっている様子も見当たらず、当の彼も私に殴られて随分痛がってはいるがこちらに対して攻撃態勢をとってくる様子も無い。

 その長くてレモンな髪を肩と地面に乱しながら、端を引きつらせた偽エリオットさんの口がくわっと開く。


「俺が聞きたくて起こしたんだ!!」


「え、っは!?」


「お前一体最後に何をしてこうなったのか、って聞いてんだよ!!」


「何って……」


 勢いよく聞かれるので思わず素直に私はあの時のことを思い返していた。だが、直後にすぐその違和感に気がついて結局思考が止まってしまう。

 あれ、やたら普通に話しかけられているけれど、このノリはどう考えても本物のエリオットさんではなかろうか。偽エリオットさんは何だかもっとややこしい喋り方でエリオットさん以上に偉そうでウザイ感じで、そもそも一人称が『俺』では無かった気がする。そう、例えるならば気持ち悪さが少し減ったセオリーみたいな感じだった。性格なのかも知れないがあの喋り方や態度は、私は多分凄く嫌いだ。合わない。

 でも右手を顎にあてて撫でながら表情を顰めている彼は、それではなくて……とても見慣れた、内面のだらしなさが隠しきれていない表情と仕草。


「え……」


「え?」


 わなわなと震えながら立ち尽くす私に、周囲の三人の視線が降り注がれる。彼らの視線を受けつつ、私は恐る恐るその事実を口にした。


「エリオットさんですよね? 何で熟していないレモンのままなんです?」


「誰か質問の意訳を頼む」


 あぁエリオットさんだ。髪の毛が金髪なので敵かと思ったが中身は間違いなくいつもの彼だと思う……のだが、となるとますます意味が分からなくなってくる。


「ええと……クリスは髪の色が違うのが気になっているんだと」


 私が未だに戸惑っている間にレクチェさんが代弁してくれて、それに対してエリオットさんは随分不満そうに、


「俺だって気になってたけど、そこは最初に指摘する部分じゃねーだろう……」


「そ、それもそう、ですね。じゃあ本題聞きますけど、何で生きてるんです?」


 確かにこの人目掛けて剣を振るったはずなのだ、私は。でも動いているし、元気そうだし、


「まるで死んで欲しかったような言い草だな!!」


 その突っ込みも大変健在だった。髪の色と瞳の色を除けばさっきまで中の人が違いましただなんて信じられないくらい、健康に異常無しと診断を貰えそうな様子。

 しかし喜びたいのに喜べないのは、この状況が全く腑に落ちないからだろう。


「そ、そういうわけじゃないんです……でも、私、確かにあの剣を」


 と、自分でそこまで言ってもう一つの疑問が再度浮上してきて、私は先にそちらを皆に問いかけた。


「……あの、私の剣と槍、知りませんか?」


『知るか!!』


 その突っ込みがステレオで聞こえてくるのは、エリオットさんだけでなくフィクサーまでもが怒鳴ってきたからだ。

 黒いのはスーツの右袖だけ無理やり捲くった両腕を肩まで上げて、一緒に上がったその指先を微妙に動かしながらこちらに詰め寄ってくる。その剣幕に押されて後ずさる私だが、彼の歩みは止まらなかった。


「あの剣を振るったのまでは俺も見た。だが、お前の炎は周囲にあった物をほぼ焼失させていない。ならばお前しか知り得ないんだよ、お前が焼失させようとしたものってのは」


「私が、ですか?」


 こくん、と静かに頷くフィクサーは、真剣な表情で答えを求めてくる。


「私は、エリオットさんもろともあの神様を焼失させようとしましたけど……」


「少なくとも、出来ていないように見えるが?」


「た、確かに」


 エリオットさん、無事だし。


「上っ面で使いこなせるような代物じゃないんだ精霊武器ってのは。そんな簡単な物ならばお前達は苦労していないはずだろう」


 フィクサーの言う通りだ。ニールですらも暴走に近いほどの威力を発揮させてしまったり、かと思えば全く特殊能力が発動しなかったり、精霊達は何て気分屋なんだと毎回思っていたが……

 彼はどこか遠くを見るような目で空を見上げ、でもすぐにかぶりを振って溜め息まじりに呟いた。


「今、この場に見当たらないものは二種類ある。一つは直前までソイツの中に居た創造主の精神体。もう一つは……精霊武器だ」


「わ、私ニール達を焼失させようだなんて!」


「じゃあ何で無いんだ? 俺にはお前の気持ちは分からないが、少なくとも深層心理ではあれらをどこか疎ましく思っていたからこうなったんじゃないかと俺は思っている」


 真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳は、そのまま吸い込まれてしまいそうな深い闇。その言葉で、視線で、フィクサーは私の中の闇を抉るように掘り出し、探ってくる。

 私は、ニールは大好きだった。レヴァもまぁ、嫌いじゃなかった。でもそんな彼らを私は疎ましく思っていて、それがそのまま出てしまったと? どうしてそんなことになってしまうのか。本心? 深層心理? 何だかちょっと違う、でも……

 ニールやレヴァが居なくなればいいだなんて思った覚えは無いものの、精霊武器という存在、そして神や女神といったよく分からない存在のお陰でこんな事態になっているのだと思ったことはあった。いや、多分いつも思っていた。

 だってそんなものの存在を知らないだけで皆普通に生活出来ていて、あんなものと関わらなければ姉さんも死なずに済んだかも知れない、エリオットさんもこんな目に遭わなかったかも知れないのだから。私にだって……もっと違う生き方が出来ていたかも知れないのだ。


「私は……」


 なるほど、結局うまく扱えてなどいなかったらしい。全く意図していないものまで焼失させてしまうのだから。自分が本当は心の奥底で何を考えているのか、自分でも勘違いしている時もある。

 本心では結局エリオットさんを死なせたくなかったこと、それをせずに済んだことを喜びたいのに、また失ってしまったものもあった。

 彼らの存在を実はどこかで疎ましく思っていたのかと思うと、それ以上言葉が出なくて俯くしかなくて……私は唇を強く噤んだ。

 落ち込んだ私から視線を外したフィクサーはふい、と顔をエリオットさんに向けて言う。


「この様子だと予想は悪い意味で当たっているってことだな」


「方法も材料も、焼失したってことか」


「あぁ」


 ふぅむ、と考える仕草をしたのも束の間、金髪のままのエリオットさんはフィクサーのように深く悩んだりせずにその後の言葉を軽く置いた。


「じゃ、頑張ろうぜ」


「さっきから思ってたんだが、何をだよ……」


 眉を顰めて問いかける黒髪の男にそこで答えたのはエリオットさんではなくレクチェさんだった。彼女は苦笑しながら立ち上がって膝についた砂を払ってエリオットさんの意図することを述べる。


「他の方法を探そうってことだよね。頑張るね」


「っ!?」


 レクチェさんの言葉を聞くなり目を見開いて驚くフィクサー。私にはそもそも彼がどうして驚いているのかもさっぱりで、そんなやり取りをする三人を眺めていた。するとエリオットさんが今度は私に向かって言い放つ。


「他人事な顔してるんじゃねえ。お前もだよ、お前も」


「え、ええと……何の方法を探すんです?」


 私の問いに彼はやや渋い顔をしていたが、諦めたように息を深く吐いて少し長くなる説明をしてくれた。ここでようやくフィクサーやルフィーナさん、レクチェさん達がごにゃごにゃと困っていた理由を私はしっかり把握する。そして、思っていた以上に私のやったことがまずかったということも。

 簡単に信じられるようなスケールの話ではないが、そんな嘘をエリオットさんが吐く必要など無い。


「分かりました、頑張ります」


「何でそんな無茶振りをあっさり受け入れるんだお前ら!?」


 最終的に快い返答をした私に、フィクサーの大声が降りかかった。この人ガタガタとうるさいな。エリオットさんも同じことを思ったらしく、


「うるせぇよ」


 まず一言制してから今度は少し控えめに彼に言う。


「じゃあ何でお前は受け入れられないんだ?」


「そりゃあ……創造主が既に長い間方法を考え続けていたんだぞ? 今更俺達が探したところで見つかるはずが無いだろう」


「ネガティヴだなぁ。見つかったら儲けもんくらいでやりゃいいじゃねーか。ここで行動しなかったらルフィーナに嫌われるぜ」


 ぐっ、と耐えるように黙るフィクサーの顔が徐々に赤くなってゆき、何か言いたそうに唇は動くが肝心の声は発せられない。

 そんなフィクサーの反応を見ながら頬を掻いて、エリオットさんは続きを話した。


「別にこの先どうなるとかどうでもいいけどよ、黙って見てみぬふりして過ごすにはちょっと重くね? 俺は自分が少しでも軽くなりたいから動こうと思うだけだ。てめぇが気にならんなら好きにしろ」


 あっけらかんと言い放たれた言葉はちっとも他人のことを考えちゃいない自分勝手な思想で、でも……私はこれが好きなのだ。単純明快で、時にムカつくこともあるけれど、いや時にっていうかむしろ沢山あるけれど、こんな生き方したら多分いつだってちゃんと前に進めるような気がするから。

 言うだけ言ってスッキリしたのだろう、両腕を高く空に上げて背伸びをし、そのまま彼の視線は高いところに向けられている。もう喋っていないからエリオットさんがどんなことを考えながらその空をしばらく見つめていたのかは分からない。けれど、あまり悩んでいなさそうだ。鈍感な私にそう感じさせるほど、今見えている空と同じくらいその顔は曇っていなかった。


「じゃあ、私は取り敢えず状況の確認に向かいます。クリスの力が実際どこまでどういう風に及んだのか分からないから」


「おー」


 レクチェさんはそう言ってやんわりと風に乗るように浮いて、ちょっと高いところまで飛んだかと思うと上空の強い風に髪を靡かせながらそのまま太陽が落ちかけている方向へ進み、その姿は見えなくなる。

 彼女をぼんやりと見送ってからフィクサーはまだ少し納得のいかないような表情をしていたが何も言わずに歩き始め、壊れて危なっかしい階段を一人上がっていった。

 エリオットさんはそんな彼の背中に向かって声をかける。


「どうするんだお前。ちなみに協力しないと全力で追いかけてぶち殺すが」


「選択肢が無いじゃないか!!」


「当たり前だ!!」


 まぁ普通に考えてこの二人は一応限りなく敵に近い間柄なのだから、積もった怨み、かかった迷惑、お互いの立場、様々なことを考えたなら協力関係にならないのならばそういう結論にも至るだろう。

 もはやただの瓦礫と化している階段の上からエリオットさんを半眼で見下ろすフィクサーの声が廃墟に響いた。


「協力しないだなんて言ってない。他の精霊武器とクラッサの様子を見に行くだけだ」


「あぁ、なるほど」


 フィクサーも去って私達は結果として二人取り残される。

 折角本物のエリオットさんが戻ってきたのに色々な問題が山積みでちっとも嬉しさとかそういうものの実感が湧いて来ない。どちらかと言えば沈黙が重苦しく、決して綺麗な解決をしたのではないこの結果を責められているような気分だ。

 謝るか、謝ろう。まずはごめんなさいをしよう。

 

「あの……」


「っっし!」


「えっ?」


 ずっとエリオットさんは何か黙って考え込んでいたのに、彼は急に胸で握り拳を作って喜び始めた。

 え、ええと、無事だったことがそんなに嬉しかったのだろうか。そうか、確かにまずはそれを喜ぶべきか。流石はエリオットさんだ、無駄にポジティヴである。ごめんなさいよりも言うべきことがあったことに気がついて、超笑顔になっている彼に私も笑顔を作ってそれを伝えた。


「遅くなっちゃいましたけど、おかえりなさい!」


「おう!!」


 何だか尋常じゃない喜び方をし始めているエリオットさんは元気よく短く返答し、未だにその顔のにまにまを戻すことが出来ずに居る。

 やってしまった私としてはそりゃあそうやって受け止めて貰えたらとても楽になるけれど、何なのだろうかこの違和感は。あれ、この人本当に助かったことだけでこんな喜び方をしているのか?

 綺麗な笑顔とは程遠いにやけ顔を見ていたら逆にだんだん不安になってくる。


「あの……そこまで喜んでいい状況なんですかコレ?」


 さっきの説明を考えたらそうは思えないのに。

 するとエリオットさんは流石にそのだらしない顔はまずいと思ったのか、口元を手で隠しながらその喜びようの理由を話し始めた。


「よく考えてみたら、俺的に願ってもない展開になってることに気がついてなぁ」


「そ、そうなんです? それなら良かったですけど……」


 結果オーライというわけか。自身をこんな目に遭わせた神様も居なくなったし、体は無事戻ってきたし、まぁ先のことなど考えない気にしない彼にとっては喜ぶ点も多いのだろう。

 私はここまで喜べないけれど、喜んでくれる人が居るのなら救われる。それがエリオットさんなら尚更だ。

 だが彼はその後の発言で上っ面の幻想を見事に打ち砕いてくれる。


「あぁ喜べ! 王都に一生居る理由が出来たじゃないか!」


「……はい?」


「だってそうだろ、いつ解決するか分からない、そもそも解決しなさそうな問題を運命共同体として抱えていくんだからな!」


 結局腕を組んでふんぞり返って高笑いをし始めるレモン男の発言の意味をよーーく考え、まずそのあまりの不謹慎さに呆れ、次に私はそのことでここまで喜ぶ彼の態度に何だか恥ずかしくなり、かける言葉が見つからなくなってただ黙った。

 確かに以前、理由も無しに王都に留まれないとは考えていたし、その時エリオットさんには随分と引き止められた記憶がある。でもそんな風に楽しく過ごしちゃっていいのだろうか。ちっとも罪を背負っている気にはならない、むしろエリオットさんにとって好都合なら何の罰にもならない。

 無理して自分自身を責め立てる必要は無いのかも知れないが、私としてはやや心苦しい気がする。

 ……と言うか、何故私までもがそんなに喜ばなくてはいけないのか!!

 いきなり何を言い出す、このレモン。

 ここは否定しておかないとまずい、と私は既に随分と熱くなっている顔を上げて叫ぶ。


「あ、あのですね! 確かに同じやることが出来ましたけど、一生王都に居る理由にはなりませんし、大体何でそれを私が喜ばないと……」


「嬉しくないのか?」


 なのに彼は私の発言を遮って答え辛い質問を切り返してきた。嬉しくない、と嘘を吐いてしまえばそれで済むのに、出来ない。だからと言って素直に嬉しいとも伝えられないのは、彼と私の嬉しさの意味合いが異なっているのかと思うと何だか悲しくて。

 同じ単語で括れないであろうこの差に一人で勝手に傷ついて返事が出来なくなってしまった私に、さっきまで凄く喜んでいたエリオットさんもその顔の緩みを引き締める。

 そして、


「あー……すまん」


 耳に響いてきた軽い謝罪の言葉は、私を怒らせるに足るものだった。


「何で、謝るんですか……」


 どう考えても言葉のやり取りだけ鑑みたなら謝るシーンでは無い。私が何で落ち込んでいるかその理由も知らないくせに、取り敢えず落ち込ませたみたいだから謝っておこうみたいな彼の精神が私の狭い心に引っかかる。

 しかしそこで彼は、全く私の予想と異なる返答をしてきた。


「順番が違うと思ったからだ」


「へ」


 何の順番?

 突拍子もないことを言い出したエリオットさんはその場にしゃがみ込んで指で床に何かを掘り始める。床は指で掘れるような材質ではないので、多分その特殊な魔力でごりごりやっているのだろう。

 何を掘っているのだろう、と少し近づき一緒に屈んでそれを見ると、見てもよく分からない記号みたいな文字。


「何ですかこれ?」


「古い言語の一つで、多分お前の種族のものだ。大抵女神の遺産関係の書物はこの言語で書かれていて俺は凄く大変だったんだぞ」


「へー」


 私の種族のもの、と言われても私には全く読めないが。

 一文を掘り終えて彼は言う。


「で、この文はハーギュールアカムオシュトって読む。聞き覚え、無いか?」


「はーぎゅーる……」


 何故かお勉強会が始まった状況に文句を言いたいところだったが、復唱しながら徐々に私は思い出していた。


「ぎゅるぎゅる!!」


「あーそうそう、それそれ」


 それは汽車の中で散々聞いたのに答えてくれなかった言葉。今このタイミングでその講義を受ける必要があるのか分からないが、それよりもこの呪文に対しての疑問のほうが大きい。

 折角教えてくれるのなら教えて欲しい、あれだけもったいぶっていたのだから。


「どんな意味なんです!?」


 怒っていた気持ちはどこへやら、自分の種族の言葉かと思うとそれも相俟ってわくわくしながら私は聞く。

 そしてエリオットさんはほんのちょっとの溜めの後に、ぼそっと呟いた。耳に届いたのはいわゆる愛の言葉。

 確か私は古い言語について習っていた真っ最中だったと思う。けれどエリオットさんはいきなり状況と全く繋がらない言葉を発して、そのまま黙っていた。いや、多分私の反応待ちなのであろうが。

 突っ込みどころを探そう。きっとここはエリオットさんがボケたのだ。でもどこから突っ込んでいいのか私にはうまく察することが出来なくて、だんだん頭の中が真っ白になってきて、呼吸をするのも一旦止まる。

 ずっと自分で書いた文字に視線を向けたままだったエリオットさんがちらりと私を横目で見てきて、こちらの反応を窺っているが分かった。悪趣味にも程がある。


「な……」


 何を言っているんですか、と返そうとしたが動揺し過ぎて息も言葉も詰まっている私に、彼の次の台詞が追い討ちをかけてきた。


「俺の物になれとは言わんし、そんな立場でもねーから求めない。それに俺がお前に与えられるものは多分少ないだろう。だからやっぱりちょっと勝手かなーとは思うんだけどよ」


「ええと、この単語の意味が、そそそソレなんですよね」


 エリオットさん、その言い方だと何だか違う受け取り方が出来ちゃうんですけどどういうことでしょう。

 勉強会がまるで告白みたいになっている状況に声も震えるし目も泳ぐし手の平も何だか汗をかいてくる。


「でも傍に居られるなら出来る限りのことをしていきたいっつーか……って、何してんだお前」


「し、深呼吸をちょっと」


「このタイミングで!?」


 驚きつつも素晴らしい突っ込みを入れた彼は肺の中の空気を全部出すくらい深く息を吐き、半眼でその金の瞳を流して言った。


「本当にこれっぽっちも気付いてなかったのかお前は」


「何がですか!」


「俺がお前を好きだってことだよ。ちなみにお前が俺をだーい好きなことは、俺知ってるからな!」


「ぎゃーーーー!!!!」


 叫ぶと同時に隣に居たエリオットさんを突き飛ばし、彼がどうなったかも確認せずに猛ダッシュでその場を五メートルは離れた部分の瓦礫に身を隠す。

 何を言っているのだあの人は。挨拶もせずに去った不届きムッツリスケベがエリオットさんに暴露でもした!? いやもしかするとあの時ほっぺにしてしまった不埒な行為が実は気付かれていた可能性も否めない。今更ながら何て馬鹿なことをしてしまったのだろう。


「っつ……そこはせめていやーとかじゃないのか、何だよぎゃーって……」


 ひっそりとあちらの様子を窺ってみると、どこかにぶつけたのか腰をさすりながらぶつぶつ言っているエリオットさん。

 何であんなことを普段通りのテンションを保って言えるのかさっぱりだ。私にはとてもじゃないが恥ずかしくて正気で居られない。過呼吸に陥りそうである。

 落ち着け、私。

 きき気持ちがバレたから何だと言う。以前から知られていたのならばもう今更恥ずかしがる必要など無いではないか。全部分かった上で彼は今まで素知らぬふりで行動してきていたのだ、レイアさんにもしていたように……

 そう思った瞬間ぶわっと溢れてくる涙。この人を斬る覚悟をした時だってぎりぎりで耐えたのに、どうして今更こんなことで泣いてしまう。


「おい! 泣かなくてもいいだろ」


「だって、酷いじゃないですか……」


「うぐ」


 何で今ここでそれを言うのか。少なくとも私はレイアさんみたいに気付いてはいなかったのだから、黙っていて欲しかった。そうすれば無駄に傷つかずに……


「ん?」


 気持ちがバレていたことに動転してすっぽ抜けていたが、その前に彼は何と言っていただろう。

 何か告白でもしているようなお勉強会の後に、エリオットさんは……


「嘘つかないでください!!」


「何だよ急に!?」


「からかわないで貰えます!? 私エリオットさんの女性の理想像とはかけ離れている自信がありますよ!!」


 特に最重要事項であると思われる胸が無い、小さいとか言う問題じゃないほど無い。


「んなこたぁ知ってるわ!! 俺もどうしてこんなのがいいのか聞きたいくらいだっつの!!」


「わっ、私だって貴方のドコが良いのかさっぱりですよ! 毎度毎度無茶ばかりして!」


「それはお前もだろ!?」


 若干離れた位置からでの為、自然と声が張り上がる。泣いていたはずが気付けば涙そっちのけで言い争いに発展していた。

 それからお互いの悪いところを挙げ続け、ようやくそれも途切れてきたところで肩を落としながら彼は言う。


「話を……戻させてくれ」


 私の涙はもう引いたが、今度はエリオットさんが泣きそうだ。


「どうぞ」


「ありがとう……だからだな、その、一緒に居られて嬉しいことだけ先に言っちまったけど、何でかっつーと好きだからで」


「つい十数秒前、数々の暴言を吐き合った後に言う台詞ですかそれ」


「違うと思う」


 何だかもう雰囲気もへったくれもありゃあしない。こんな距離で、障害物も挟んでいたりして、しかもエリオットさんなんて地べたに寝転がり始めてしまった。

 私は恋愛に疎いのであまり一般的な価値観はしていないのかも知れないが、それでもコレはちょっとあんまりじゃないかと思われる。少なくともライトさんのほうが百倍マシなのでは無いだろうか?

 ただまぁ彼の言いたいことは伝わった。エリオットさんが実は私が自分の気持ちに気付く前から好いていてくれたこととか、近くに居る理由が出来ただけであんなに喜んでくれること、と、か……


「あの」


「ん? どうした?」


 身を隠していた瓦礫から手を離し、私は改めてゆっくりと彼に近付きその距離を縮める。勿論甘い理由などではなく、返答次第でいつでも行動を起こせるようにだ。

 彼は腕をつき上半身だけ上げて私を見上げている。何にも考えていない顔だった。


「エリオットさん……婚約解消するんですか?」


「えっ!?」


 あぁやっぱりこれはそんなこと考えてもいない反応だ。もうその態度だけで十分判断が下せると思った私の足は、ゴールにシュートを決めるような勢いをつけて彼のわき腹に直撃する。

 ごふっと体内で何かが上がってきたと思われる呻き声の後、痛みに腹部を押さえようとしたエリオットさんの腕ごともう一撃蹴りを食らわせてから彼の頭上で私の罵声が響き渡った。


「生まれる前からやり直して来てください!!」


 エリオットさんの返事は無い。否、返事が出来ないだけである。


「質問が無ければ一先ず出ますけど、何かあります?」


 蒼白な顔をふるふる横に振り、彼はお腹ではなく、への字に強く結ばれた口元を押さえて必死に何かに耐えていた。多分中身が出ないように頑張っているのだろう。

 何て腹立たしい男なのだ。つまりこういうこと、私を恋人という括りで隣に置けないことを分かっているから、別の理由にせよ傍に居ることになったのが嬉しいに違いない。

 そんなの……私だって分かっている。立場が立場なのだから考えようによってはお互いが良いのならそれも一つの幸せの形かも知れない。傍に居られること自体は彼が言う通り嬉しい……のだが、逆に言えば私にはもう無理だった。


「もし全部嫌になって逃げたくなっちゃったら、その時はもう一度さっきの台詞を聞いてあげます。でもその時が来ないことを……祈ってますね」


 誰も相手の居ない私が勝手に想って、時に傷つきながらも傍に居ることを選ぶ、レイアさんみたいな選択肢も無くは無い。しかし彼までもが私を想っていて、それが本気なら本気なほど、私は傍に居てはまずい。

 そういうものが許されるのは表向きの話だけで、そんなことをしてしまえば実際には様々なものが一気に崩れていくだろう。普通の護衛として居た時でさえ贔屓目に見られて変な噂がたっていたくらいなのに、その噂が現実になってしまったらもう目も当てられないではないか。

 その時が来ないことを心から願えるかと言ったら大嘘だ。でもこれが、私が選べる精一杯の道だと思う。

 どちらかと言うのならばお断りしたようなものなのだが、エリオットさんはあまり落ち込んでいる様子も無く、


「あー、スッキリした」


 だなんて呟いていた。


「……まぁ、確かに」


 今まで悩んでいたのは一体何だったのか。いや、違うか。今までの気持ちでは悩むしかなかった。今はある意味一つの結末を迎えて、だからこのことも一歩を踏み出せたのだ。


「ごめんなさい、言わせてしまったことだけは謝りますね」


 私の気持ちを知っていたなら、随分素直じゃないとその目に映ったことだろう。ついさっきだって嬉しいと返答出来ずに固まって、だから彼に言わせることになってしまった。言わなければ、もうちょっと違った関係で続けることも出来たのに。


「振られ慣れてるから安心しろ」


「謝ってるのはそこじゃないんですけど……もういいです」


 本当にこの人は周囲を呆れさせるのが得意である。凄く脱力させられて、申し訳ない気持ちがどこかへ吹っ飛んでしまった。私に後ろめたく思わせない為の態度なのか、と一瞬だけ思ったがこれは多分素だ。決してそんな優しい配慮から出た言葉では無いはず。

 フィクサーは戻ってくる様子が無いし、あちらでまだ何かしているのかも知れない。外にはクラッサだけでなくレイアさんも居るのだから考えてみるとややこしいことになっていそうな……


「レイアさんが心配なので、ちょっと見てきます」


「居るの!?」


「外に居ますよ」


「おま、早く言えよ馬鹿!!」


 慌てて起き上がったエリオットさんは体を起こした一瞬だけ顔を顰めたが、きっちり二本の足で立った時にはもうそんな素振りは見せずに私に問う。


「どっちだ?」


「え、ええと……大型竜が寝ていた辺りを出てすぐです」


「分かった」


 急ぐエリオットさんの後を追って向かった先では、私の予想とは違って三人が落ち着いて会話しているところだった。お、大人だ。

 私達が近付いてきたことに気がついたフィクサーは、


「お前ら何をやっていたんだ、こっちは大方状況説明も終わって……いや、やっぱり答えなくていい」


 エリオットさんを見て直前の問いを棄てる。

 何故だろう、とエリオットさんをまじまじと見てみると、お腹のあたりとかに靴底の跡がついていて色々暴力的な想像が出来ることになっていた。

 それと、フィクサーの話だと周辺にあった精霊武器は全部消えているらしく、やはり焼失させてしまったというのが濃厚になる。


「あぁ、ちなみにクラッサは別に何でもいいそうだ」


「な、何でもいいんですか……」


 今はフィクサーの黒い上着を羽織ってレイアさんのマントは腰巻になっている彼女に目をやると、鋭い視線が突き刺さってきたがそれも一瞬。あれ程気の立っていたクラッサがどうして私達と同じようにあっさり受け入れたのか、私には分からなかった。

 

 

 

 あれから私達は各々の戻るべきところへ一旦戻っていた。四年前のスプリガンの時と何ら変わりない、あんなに大きな出来事があろうとも世間は正常に動き出す。そんなことがあったことすら大半の人々は知らなかった。

 エリオットさんとレイアさんは、表沙汰にはなってないとはいえ戻った当初は随分大忙しだったらしい。無理も無い。

 フィクサー達は……勿論表立って協力するわけにもいかないので裏でエリオットさんと連絡を取っていたりするようだが、たまに話は聞くものの難しいことを言うので話半分でいつもスルーしている。

 難しいことは私の担当では無いのだ。

 で、私はと言うと、


「いやもう色々笑えるわねぇ」


「あんまり笑い事じゃないと思うの、ルフィーナ……」


 相変わらずいつものライトさんの病院で居候を続けているのだが、今日違うことと言えば昨晩から来ている来客だろう。院内が騒がしくて、表情は変わっていないが間違いなく不機嫌な白髪の獣人は妹の淹れたコーヒーを黙って飲んで、新聞が返って来るのを待っていた。

 で、その新聞はというと今はルフィーナさんの手の中で、読みながらによによしている彼女の隣でレクチェさんが困り顔。


「ますます自由がきかなくなるってことじゃないかなって……ね、お兄様さん」


「……そうだな」


 呼称について突っ込みを入れる気力も無いらしいライトさんは生返事。レフトさんがお兄様お兄様と呼ぶせいか、レクチェさんはライトさんのことを何故かお兄様と呼んでいて、それがもはや名前であるかのようにそこにさん付けされている。

 キッチン側の窓から入る朝の日差しがこんなにも皆を優しく染めているのに、私を浮かない顔にさせるのはその新聞が原因だった。それが理由でルフィーナさんも前日から王都に来ているのだ。


「あの小さいのが身長だけ大きくなって婚約よ? 中身は成長してないのに。あたしからしたら笑えて仕方無いんだってば」


 彼女はエリオットさんの婚約式典に招待されており、そのついでにレクチェさんを診せるべくこの病院に立ち寄って今ここに居る。ルフィーナさんとしては式典に呼ばれたのは建前、多分エリオットさんが話があるだけだろうなどと予想していて、私としてもそんな気がしなくもない。

 赤瞳のエルフは口元にほのかな笑みを浮かべて新聞を閉じ、ようやくそれはライトさんの手へと渡った。

 ちなみにこの式典、私は呼ばれていない。しかしライトさん達は呼ばれている為、実のところを言うと物凄く複雑なのだった。呼ばれても困るし、それを察して呼ばないのだとは思うが……結構落ち込む。

 まず昼から列席がある為ルフィーナさん達は準備をして、三人とも普段とは違う整った身なりで玄関口に立っていた。


「行ってらっしゃいっ」


 私同様にお留守番なレクチェさんが元気に見送り、私も一応手を振る。ドアは開かれた途端に外の綺麗な空気を室内に舞い込んで、その先の憎いくらいに清々しい青空を覗かせた。式典には相応しい、晴れの日。

 トン、と革靴のつま先を床で鳴らし、最後に残ったライトさんはぼそりと一言だけ残して去って行く。


「気をつけて行くんだな」


「はい」


 相変わらず尻尾が気になる後ろ姿が見えなくなるまで開けたままのドアを、閉めたところでレクチェさんは先程の彼の言葉の意味を聞いてきた。


「クリス、どこか行くの?」


「そうですよ、ここに居ても役に立ちませんから」


「えっ、ええ!?」


 大きな金の瞳を更に大きく丸くして、そこに映すのは私。基本的にルフィーナさんと過ごしながらエリオットさんに協力することになったレクチェさんはエルフに見られる軽装の上に宍色のマントを羽織っており、驚きのあまりかその裾から伸びた手は私の二の腕を掴んでくる。


「クリス、一人で行ったらもっと役に立たなくないかな!?」


「凄く失礼ですよレクチェさん」


 まぁ、自覚はしているけれど。

 こほん、と咳払いをして私は彼女のその指摘にきちんと答えた。


「大丈夫です、一人じゃないんで」


「あ、そ、そうなんだ……」


 私に出来ること、それを探した結果がこれ。エリオットさんの指示を受けて動く人間など山ほど居るのだから、私にしか出来ないやり方でこの世界の未来を探そうと思ったのである。

 私の二の腕を掴んできた彼女の手をそっと離させ、握り、慣れることの出来ない不安感を受け止めながら、目の前の優しい人に笑いかけて私は言った。


「私も何かを、したいんです」


 その言葉に、レクチェさんもにっこり笑ってくれる。


「そうだね」


 それ以上の会話は必要無かった。


「私もまずはお兄様さんにお礼をするべく今のうちに掃除でもしようっ」


「それきっと喜びますよ」


 自身で力の生成や補給が難しくなっているレクチェさんは定期的にライトさんのところに通うことで能力を維持している状態だ。

 いそいそと掃除を始めたレクチェさんに背中を向けて、私は私で自分の旅の準備を始めなくてはいけない。基本野宿思考で野生児な私は最低限の荷しか必要とはしないのでコンパクトな包みに荷造りして終了。

 多分ちょこちょこと戻ってくると思うので、その他の大して量も無い私の物はこのままこの部屋に置かせて貰うことになった。ライトさん達の優しさに感謝せねばなるまい。


「っと」


 いつもの法衣は露出が気になるので旅をするならマントは必須。壁に立て掛けてあった私の身長と変わらぬくらいの大きな剣を背負い、次にずっと棚に飾ってあるだけだった装飾の多い短剣を腰に携える。

 こんなものか。


「あー……重い」


 でも短剣だけでは心許無いから仕方あるまい。力があった頃は楽だったなぁ、なんて昔を懐かしんでしまいそうだ。

 比較的早く終わってしまった準備にどうしようかなと思いつつ、でもまぁ明るいうちに出たほうが色々と都合が良いだろう。そう考えた結果私はレクチェさんにお留守番を頼んで住み慣れたこの病院を後にした。

 別に婚約自体はどうでもいいだろうに住民は単純にお祭りとして騒ぎ立てているよう。普段よりも出店の数が多い大通りの先の広間は、一般が見物出来る催しはもう終わったらしく賑やかであったのだろう跡だけが残っていて逆に少し寂しい。

 ぽつぽつと後片付けの作業をしている人達が歩いている以外は見当たらない広間の道の向こうに見えるお城を未練がましく見つめるのは私。

 出す足が鈍るなぁだなんて思いながらずるずると時間だけが過ぎ、太陽の高さからしてそろそろライトさんから聞いている最後の『チャンス』の時間が巡ってきた。


 実を言うとエリオットさんには出発の日取りを伝えていないのである。ライトさん達はああいう性格だから、私から言うべきだと黙っていてくれて……有り難いのだが気付けば結局今日まで言えずにきてしまったのだ。

 どうしようどうしよう。面倒臭くなってきたな、別に言わなくてもよくないか? なんて考えまで過ぎる。

 しかしいっぱいお世話になっておいて黙って去るとかそれも失礼な話だ。ややこしい間柄とはいえ、その辺りのけじめはきちんと、とも思うのでこうしてその場で足踏み状態なのだった。


 広間も通り過ぎ、城門付近でうろうろしていると、流石に門兵が私の存在に気がついてちらちらとこちらを見始めてくる。

 このまま夕方まで時間を潰してしまえば『チャンス』もなくなり、仕方ないと自分に言い聞かせることが出来てしまう。なかなか勇気の出ない私は本当はそれを選びたくてこうして悩むふりをしているのかも知れない。

 改めて自分の弱さ、駄目さ加減に気がつかされてしょんぼりしていたところで背後からふっと、背中を押すように声を掛けられた。


「何してるのさ、早く行きなよ」


 聞き覚えのある、ほんのちょっぴりだけ懐かしいヘルデンテノールは、至極あっさりとそう言ってくれる。その声に振り返り、その姿を確認し、その突然の再会に私の声は裏返った。


「ふぉ、フォウさん!?」


「久しぶり。相変わらずちょっと見ないうちに凄いことになってるねクリスって」


「えっ、ええ?」


 立ち襟が目立つ、ベルトや紐で細部を調整されている端整な白い服を着ているが、中身はアレ。ムッツリスケベ。

 この人物の発言も相変わらず、何が見えていてどう凄いことになっているのかさっぱり分からない。

 と、言う、か!


「いや、そんなことどうでもいいですよね!? 何なんですか挨拶も無しに去ったかと思えば突然現れて!!」


 何事も無かったかのように話しかけられているが、私はあの時のショックを未だに覚えている。居るものだと思って話したらもう旅立ったと聞かされた、何と例えようも無いもやもやした気持ちを。

 まずそれを思い出し、積もった不満をぶつけるように叫ぶと、三つの瞳をへにゃっと緩ませ彼は言う。


「そうだよね、ちゃんと挨拶はしなきゃね」


「……!」


 私はされて嫌だったことを、しようとしていた。気付かされると同時に何だか冷水を頭からぶっかけられた気分になって、失っていた冷静さを取り戻した私はまず礼を伝える。


「ありがとうございます! 実はこの展開全部予測していて、この私に直接分からせるために挨拶無しであの時旅立ったんですか!?」


「うぅ、そうだと言いたいところだけど、そこまで具体的に見えたりしないから俺……だからほんとその件はごめん」


「ま、まぁいいですよ! 結果オーライです!」


 ずっと踏ん切りがつかなかったけれど、あの時の自分の受けた気持ちを考えたら弱音を吐いていてはいけない。やることはやっぱり……しっかりやってから行かないと。

 両手をぎゅっと握って根性振り絞り、もう迷いは無かった。さっぱりきっぱり挨拶して、いつまでも子どものままだった、お守りされっぱなしの私と別れを告げてくるのだ。


「しかし、よくまぁこんな日を選んだよね」


「うっ、いや……きりが良いところでって思ってたんです。事前に言えたら良かったんですけど、ずるずるしちゃって」


 ってこの人、どこまで見えて分かっているのか。この日を選んだ理由までは知らないようだが、私がこれから旅立とうとしていることは分かっているらしくそれ前提で話してきて、


「ま、行ってらっしゃい。待っててあげるから」


「はいっ」


 さらりと普通に促す。

 のほほんと手を振って見送ってくれたフォウさんに軽く右手で挨拶だけしてから、いつも通りの受付を済ませた私は何故かいつも以上に早く応接間の一つに案内されてその部屋で待機した。

 日が日だけに他の来客も多い中、随分手際が良いなぁと思って待っているとまず来たのはやはりというか、タキシード姿のレイアさん。


「……来るんじゃないかと予想はしていたんだが、相変わらず自由だねクリスは」


「あー、いや、あは……」


 つまりこんな日に遠慮なく尋ねてくる私に呆れ顔で溜め息吐いて、でもそんな反応も当然だと思うので返す言葉も出ない。困っているとレイアさんから先に私に切り出してくる。


「一応聞くが、その格好を見る限り……そういうことでいいのかい?」


 む、なるほど。見た目ですぐ旅に出るのだろうってことが分かるのか。黙って頷くと、ほんのちょっぴりだけ彼女が安心したような表情を見せ、でもそれがすぐに難しそうなものに変わる。

 レイアさんは数秒固まっていたが自己処理が出来たのか、スッと私の背中の剣に目を向けて話題はそちらに向けられた。


「その剣で、良かったのかな?」


「正直扱い辛いですけどまぁこれが一番らしいんで。ので、普段使いはこっちにしようかなって」


 背中の剣は実はまたレイアさんから頂いた物だったりする。いざ背負ってみると私の身長と同じくらいの為、見れば見るほど扱えるのか心配になるのだろう。

 普段使い用である短剣を腰から抜いて見せると、レイアさんは目を丸くして私の手元に注目した。何か驚くことでもあっただろうかと首を傾げて見上げるとその理由を彼女が述べる。


「クリスがそういう剣に興味があるとは思わなかったよ。もしかして名前に惹かれたとかだろうか」


 くすっと笑って言うレイアさんだが、言っている意味はまだよく分からない。


「ど、どういうことです?」


 昔にエリオットさんから姉さんの形見だと言って貰った装飾剣をまじまじと見つめ直して、私はその刃とレイアさんとを交互に視線を移した。

 柄も鞘も装飾が綺麗で抜いてみれば剣身の手元は幅が広い、一般的なサイズの短剣。少しうにょっとしてるなぁと思うけれど……何か素敵な名称なのか。


「その剣はどちらかと言えば美術品としての価値が高い物でね、勿論使い勝手も良いんだが……ほら、ここには竜が掘ってあるだろう? この剣の中でもこの装飾がある物は最高級品なんだ」


「いや全然竜に見えません!!」


 へぇ、これ竜なのか。見えない見えない。ぐんにゃり掘ってあるとは思うけれど、言われてもやはり見えないってどういうことだろう。作り手のセンスを疑う……

 じぃっとその部分を見ながら、でもそんな高い物ならばなるほどある意味姉さんには似合う、と思ってしまったり。

 そこで頭上から続けてレイアさんの説明が降ってきた。


「クリスって言うんだよ」


 勿論、何のことかと顔を上げると彼女は、


「その顔だと名称を知らないのに持っていたのかい。それはそれで珍しいね、高い物なのに。その装飾だとクリスナーガって呼ばれる一品さ。竜殺しの際にでも誰かから貰っ」


「姉さん、です」


「え?」


 精霊武器を失ってしまったし、だからと言って新しい武器を買うのも、と持ち出した飾りっぱなしだったこの短剣。姉さんの形見の品。

 でもそれがまさかそんな名前の物だっただなんて、今ここで言われなければ私はこれからもずっと知らずに過ごしていたかも知れない。


「これ、姉さんの形見なんです」


「そ、そうか……」


 私と同じ名前の短剣を持って、私の為に手を汚して遺物を集めていた姉さんは、どれだけ私を想っていてくれたのか。私が姉さんを想う以上に、ずっとずっと想われていたような気がする。そしてそれに気付くのが……あまりに遅すぎた。

 私がぼろぼろと泣き出してしまったのでレイアさんは喋ることなく、ただ頭を撫でてくれる。

 死ななくていいはずだった姉さんを殺したのはあの男だと、私はルフィーナさんから後日聞いていた。多分それを聞かなければ今日の旅立ちも立案されなかったかも知れない。

 姉さんを思い出すと同時に思い出されるもう一人の存在が憎くて……自分の右頬を手で覆う。

 この傷は私の醜い心と過ちをいつまでも私に示すように消えてくれやしない。鏡を見る度、傷が疼く度、そして姉さんを思い出す度に、一番嫌いな男を思い出させられるこの苦痛。正直言って堪ったものではなかった。

 死んでからも続くこの嫌がらせをなるべく考えないように、無意識のうちに隠していたその傷から手を離して涙を拭う。


「教えてくださり、ありがとうございます。知る事が出来て……良かったです」


 短剣を鞘に仕舞い、レイアさんの黒い靴がぼやけずに見えるようになったことを確認し、しっかりと顔を上げた。

 私と目が合うと彼女は改めて連絡事項を告げ始める。


「クリスが訪ねて来るかも知れないことは予想していたし、先刻前にライトからも聞いていたんだ。スムーズに時間を作って間もなくこの部屋に来ると思う。ただまぁ……ほんの数分だよ」


「全く問題ないです、いつも迷惑かけちゃってすいません」


「まぁ慣れたさ。あと、一つお願いがあるんだ」


 と、そこでレイアさんの声色が低く小さくなるのでその雰囲気に呑まれるように私も小さく返事をした。


「……何ですか?」


「馬鹿なことを言い出したら……止めて欲しい」


「あ、了解です」


 具体的にレイアさんは言って来なかったが、逆に言えばエリオットさんの言い出しそうな馬鹿なことは、具体的な例を出すのも疲れるくらい複数の予想がつくのでそれくらい曖昧なお願いのほうが良い。

 うん、取り敢えず口を開く度に蹴るくらいでいいだろう。

 私はここで一旦あの人から距離を置くけれど、レイアさんはこれからもずっと近くで見守り、諌めるのだ。他人事として見ると改めて大変な選択だと思うので、私みたいな器の小さな人間はこれで……いい。きっと。

 と、そこで応接間の白いドアが大きな音を立てて勢いよく開かれ、


「ほんっとすまんかった!!!!」


 入るなりスライディング土下座をするその人影。


「何が!?」


 ずさーっと私とレイアさんの間に割って滑ってきたソレは、多分この国の王子様である。

 間違いないのに自信が無くなるくらいの情けない行動に出たその人は装飾品のごっちゃりついたヘアバンドで括られた緑の髪を床に垂らしたまま、顔も上げずに続けた。


「呼ばなかったの怒ってんだろ!? いや俺も悩んだんだ! でも呼んだら呼んだでやっぱり気まずいかなとかそういう配慮のつもりだったんだけど、呼ばれなくても傷つくよなぁとか思ってっ!!」


「あ、あぁ……」


 この部屋は確かに綺麗だけれど、いくらなんでも床にその白い布が多い衣装を擦り付けてしまうのはまずくなかろうか。これからソレでまた人の前に出るのではないのか、この人。

 平伏状態のエリオットさんを呆れ顔で見下ろしつつ、レイアさんはゆっくりと音を立てずに私に視線だけで挨拶して部屋を出て行く。


「それはもういいですから、その服汚したらレイアさんが怒りますよ」


「うおお、そうだ」


 と言いつつがばっと上体を起こして立ち上がったエリオットさんだったが既に遅し。膝のあたりの掛け布が見事に擦れ過ぎてつやつやしていた。どれだけ勢いよくスライディングしたのかお察しだ。

 髪の毛は染め直して緑になっているが、実は瞳は金のまま。それも視覚的な魔術で傍から見たならいつもの緑なので問題無いと言えば問題無いがフォウさんが見たなら本物じゃないと分かるのだろう。

 何でも髪はさておき、瞳の色を戻す作業というのが自分で自分に施すのは怖いらしい。基本的にエリオットさんの力は創ったり創り直したりなもので、つまり色を変えるということはその部分を創り直すということ。瞳だなんて大事な部分……失敗したら怖くて無理だとか。

 そんな感じで、力自体は持っていて知識があろうとも、まだフィクサーみたいに空間転移の理解にまでは行き着いていなかったり、神様のように自らの力を便利に使えるまでは彼は至っていない。

 そこはこれから少しずつ出来ることの幅を広げていくようだった。

 無駄とも言えるが服の埃だけ大雑把に払ったエリオットさんは、やっと私を改めて視認しその瞳をまぁるくする。


「……えーと」


 フォウさんもレイアさんも私の服装で旅立つと分かったのならば、彼が気付かないはずが無い。


「そういうことです、お世話になりま」


「いや、ちょっと待て。色々落ち着け、お前も俺も」


 私は落ち着いているはずなのだが、まぁ落ち着いていないエリオットさん的にはもはや何も見えていないのだと思う。

 理解が追いついてきたらしい彼は、いい大人とは思えないほど顔色を変え始めて、それでもどうにか落ち着いて言葉を出そうとしているのか、続く限りの息を吐き続けた後に、


「何がしたいんだお前は」


 私の行動の真の意図を尋ねて来た。


「ここに居てもすることが無かったんですよ」


「おおお俺の手伝いとかあるだろ!?」


「それ、レイアさんでいいですよね」


 勿論その点に関しては反論出来るわけもなくそこれ彼は黙ってしまう。


「別に逃げ出そうってわけじゃないんです。自分に出来ることを探しに行くだけなんで、たまには戻ってきますし」


 これは半分嘘だと思う。本当はちょっとだけ、この場から逃げ出したい気持ちもある。だから旅立ちにこの日を選んでしまった……色々なものと気持ちの整理をつけたくて。

 でも気付いているであろう彼はその点を嘘だ、と指摘はしてこなかった。代わりに、


「お前に出来ることを、どうやって探す気なんだ?」


 もっと現実的な部分を突っ込んでくる。だが甘い、その程度で揺らぐような私の旅立ちでは無い。


「今残ってる手がかりを使おうかと」


「手がかり……?」


 そこでもぞもぞと私のマントの中から現れたのは白くて小さなねずみ。呼んでもいないのに自分の出番をここぞとばかりに飛び出してきてくるりと変化。

 白い髪に白い肌、赤い瞳の小さな獣人は小さな顔を最大に引き伸ばすように笑って、私の頭の天辺でエリオットさんに言い放つ。


「天下を取るのはボクってことだよ!」


「違います」


 そう、現時点で残っているのは皮肉なことにこの精霊だけだった。

 相変わらず暴走しそうな、でもその器ゆえにちっとも暴走が怖くないダインにきっぱり言ってやって、私はエリオットさんに説明する。


「ダインって何だかんだで色々知ってるみたいなんで、連れ回して破壊以外の救いを一緒に探そうかなって」


「ま、見つからなかったらボクを元に戻してぜーんぶぶっ壊せばいいわけだしー!」


 どちらかと言えば後者を強く願っていそうなこの精霊、これ以上喋らせるとまたうるさくなりそうなのでポケットから取り出したチーズの欠片で一先ず黙らせた。

 目の前の緑な王子はかなり困り果てているようで、何を考えているのは知らないが恨めしそうに私の頭上を眺めている。


「そんなに長くなりませんよ。数年でしょうか? まぁ終わったからと言って勿論王都に腰を据えるかと言うと別ですけど」


「うだうだ悩まずに俺の妾になっちまえば」


「私にこの城ぶっ壊して欲しいんです?」


「ごめんなさい、だから足踏まないでください」


 気付けば出ていた右足がエリオットさんのつま先をぐりぐりと踏んでいた。折角光沢の出ていた靴のつま先が一気に薄汚れて、膝のあたりの取り返しのつかない擦れ跡といい、どう考えてもこの後着替えが入るのは間違い無い。


「すいません悪気はなかったんです、多分すぐに足が出ちゃうんですね私」


「今更過ぎる!!」


 着替えもさせることになるのなら、更に時間は無さそうだ。

 あまり話がまとまっている気はしないが、大体において挨拶して去るだけだったのだからいいだろう。彼が納得しようがしまいが関係無いのだ。

 まだまだ言いたいことは山程ありそうなエリオットさんの様子を確認した上で私は敢えて再度、最初に中断させられたその言葉を紡ぐ。


「今まで、お世話になりました」


 顔は見ないように、深々と頭を下げて。

 しかし、落ちそうになったダインがそのまま私の首を伝って肩に移動し、一切空気を読まずに耳元で高い声をあげた。


「ひっどい顔だねキミ! 来たらいいじゃないか、一緒に」


「あ、じゃあ俺も行……」


「無理言わないでください」


「分かってらい!」


 見たくなかったのにダインのお陰で結局顔を上げ、見ることになってしまったエリオットさんの顔。

 窮地に立たされたように追い詰められた彼の表情を見ていると流石に申し訳ない気もしてきた。多分、後ろめたさを私が感じる必要は一切無いはずなのに。

 私のそんな苦悩が伝わったのか、彼は直後にその辛そうだった顔をいつものようにだらしなく緩ませて悪態を吐く。


「ただでさえ気が重い日なのに更に被せてくるとは……どんだけ俺の胃をいじめたいんだお前は」


「そのキリキリがそのうち恋しくなりますよ」


「ならんわ!! 俺の胃に穴があいたらお前のせいだ!!」


 私の胃にも穴があきそうです……とは言わなかったけれど、言いたいくらいこちらも胃が痛い。

 自分の選択自体に迷いは無い。けれどここに来て、最後まで気を遣わせているのが今の私には分かるから。優しくされているはずなのに勝手に傷ついてゆく心。

 するとそこで私の意を察するようにエリオットさんは言った。


「自分で決めて行くならそこは誰がどう言おうが不敵にでも笑って行けよ。そんな顔してると縄で縛ってでも引き止めるぞ」


「ええっ」


「ほら、お前と違って俺は時間がねーんだ」


 そして背中を押してきて、私に無理やり一歩を踏み出させる。一歩、また一歩、押されて不自然に前に出る足は明らかにそれを拒んでいて。

 ああもうエリオットさんの言う通りだ。引き止めたくなるような顔をしているのは私で、きっとそれは引き止めて欲しい気持ちがまだどこかにあるからで、誰のせいでもなく……私のせい。

 やっぱり会うんじゃなかった。まさかここまで気持ちが揺らぐだなんて思っていなかったのである。


「こーれだからガキは! 泣きたいのは本来俺だぞ!?」


 足を一歩出させられる度ぼろっぼろと私の頬を伝う涙にエリオットさんは声をあげ、


「何だ? 抱き締めてキスでもして欲しいのか? それならそうと」


「っっ言うわけないでしょう!!!!」


 私の右肘が腹部にクリーンヒットし、いつもの様に彼の体は折れ曲がった。

 黙ってそれをされていれば受け入れたかも知れないと思うと恥ずかしくて真っ赤になった顔のまま、直前までの引きずっていた気持ちなど綺麗さっぱりどこかへ行ってしまった私の口が開く。


「行っ、て、き、ます!!」


「おー……」


 蹲りつつも一応手を振っている彼にふいっと背を向け、応接間のドアを乱暴に開け閉めしてその場を去った。


「面倒臭いなぁ人間は」


 廊下に出た途端流れる空気は相変わらず、吹き抜け構造が多いこの城ともしばらくお別れ。


「私もそう思いますよ」


 小さい頃はそんなこと全く思ったことが無かった。姉さん以外とはまともに関わって来なかったという理由がほとんどだけれど、それとは別に完全な子どもとして周囲に接されていた頃より今は随分と違う。

 大人としての選択を求められたり、かと思えば今はまだ子ども扱いされることも多々あったり、そして自分自身、周囲の言葉一つ一つ受け止め方が変わってきている。

 同じ言葉を言われても感じ方が昔と違うのは、少しは相手のその言葉の中にある気持ちをちょっとずつでも把握出来るようになってきているからか。それとも単に私の性格が変わってきているだけなのか。

 何にしても年をとればとるほど面倒臭いもので、だからこそ皆それぞれその経験に応じて、あんなややこしい歩き方をするのだろう。


「ま、ボクはボクのやることをやるだけだけどね。どうせ滅びの道しか無いと思うけれど、それまでは付き合ってあげるよ」


 肩で呟く白い小さな獣人の言うことには返事をせず、ダインも待たずにねずみに戻って定位置であるマントの中の内ポケットに潜り込んだ。

 もし何も救いの道が見つからなかった時、私はまた選択を余儀なくされる。いまいち仕組みは理解していないけれど、大樹を護る為にこの世界を滅ぼすか、諦めて大樹も世界も一緒に滅びるまで放っておくか。

 少なくともそれを子孫に託すことなど出来ない私は、自分で『するか』『しないか』選ぶ時がやってくるのだった。

 背負いたくない物を背負い込んで生きることになるかと思うと今から憂鬱だけれど……


「そうしない為に、頑張るんですよ、皆」


 例えどんなことになろうとも、その差し迫る現実から目を背けないように。

 今から出発すれば夜には一つ隣の街くらいまでは行けるか。

 活況を呈している城内から足早に抜け去って、その音が聞こえなくなってくる。代わりに目を射るような光が周囲で輝く様はムカつくくらい賑やかだ。

 さっきまで涙が零れ伝っていたその跡も乾いて張り、頬の違和感に顔を擦りながら門を過ぎたところで見えたのはいつもと違う景色。

 この街、こんなに寂しかっただろうか。城門前の広間が一旦落ち着いているとはいえ、どうしてこんなにも哀愁漂うのかと首を傾げつつも歩く。するとその先にある盛り場の方角から歩いてくるのは、


「あ、フォウさん」


 彼は私の姿を確認すると小走りに駆けて来て、その手にある紙袋からもそもそと何かを取り出し手渡してきた。


「危ない危ない、入れ違いになるところだったね」


 まだほんのり温かいパンにはたっぷりのミューズリー。ざっくりとした無骨な手触りのそれを早速千切りながら、中からとろけてくるバターをこぼさないようにしつつ遅めの昼食に礼を伝える。


「おおお、ありがとうございます。でも、まだ居たんですね」


「待ってるって言ったよ俺!?」


「そうでしたっけ」


 もはや目の前の雑穀パンに夢中で空返事をしていると、隣で溜め息が聞こえてきた。王都を抜ける為に歩きながら食べる状態になっている私達は何となく人通りの少ない道を自然と選んでいる。

 食べていると会話にならない事を察しているのか、フォウさんも紙袋からドライピールのクロスバンズを取り出して更に無言が続いた。

 わざわざ待っていてくれたと言うことは何か用事があるのだろうが……思い当たる節が無いので、取り敢えず隣から切り出されるまで食べ続ける。

 しばらく歩いて街も半ば過ぎ、お互いに食べ終わったところを見計らったようで、フォウさんの口がようやく重くも開き出す。


「先生のところに居るって選択肢もあったんじゃないかと思うんだけど」


「ん……」


「ほんとに一人……と一匹で行くの?」


 待っていたのはそれを聞きたかったから? 何だか腑に落ちない流れの会話に少し引っかかりつつもまずはその質問に答えた。


「何も無ければ病院でお世話になっていたかも知れません。でも色々あって、取り敢えずは旅に出ます」


「そっかぁぁ……」


 それだけ聞いて困り顔。顰めた青褐の瞳とそこにかかる同色の前髪はどちらも明るい日差しの下ではいつもよりも輝いているのに、表情はそれと不調和に曇っている。

 何故そんな顔を、と聞こうかと思ったがそれよりももっと気になることがあったので私は先にそちらを問う。


「あの、もう一つパンあったりしませんか?」


「ありますとも、ぬかりありませんとも……」


 そこで蜂蜜っぽい香りの漂う大きめのカンパーニュの半切れを渡され、何となくフォウさんのパンの嗜好が分かった気がした。


「……まぁいいでしょう」


「全然隠せて無いから正直にどうぞ」


「ぶっちゃけ、もっと味の濃い物が食べたかったです」


「外で手をべたべたさせてどうするのさ」


 さっきからシンプルなハードブレッドばかりだったのはそういう理由だったのか。半分はなるほどと納得しつつ、でもそこで私は食い下がる。


「拭けばいいだけじゃないですか」


「俺の服見ながら言うのやめて!?」


 まぁ貰い物にこれ以上不満を言うのもどうかと思うので、大人しくもっちもっち食べることにした。あ、普通なら勿論私だって言わない。言うのはあくまで彼が思ったことが通じてしまうと分かっているからなだけで、ライトさんやらにこういうことはしていない……はずである。エリオットさんには最初が最初なだけに遠慮をする気が無かったのでこういう扱いをしていた感は否めないが、まぁそれはそれ。

 確かに食後は少し手を払うだけで乾いた粉が落ち、彼の言い分は尤も。疲れた表情をしているフォウさんを見ていて妙に気分が良いのは秘密だ。と言ってもバレていそうだけれど。

 お腹も程好く満たされた私は、ついさっき盛大に置き去りにした本題をこちらから戻してあげることにする。


「私が旅に出ると何か不都合でもあるんですか?」


 さっきから何故か旅に行かせるのが心苦しいような素振りの彼。見上げた先ではやっぱり困り顔が浮かんでいて、少なくとも私の門出を祝うようなものでは無い。


「いやだって、不安要素の塊だし」


「失礼ですね!」


「クリスに言われたくないなぁそれ」


 食って掛かった私の言葉をあっさりと落として、その心中を彼は言い澱みつつも吐露していく。


「地理もいまいちなくせに、最低限の資金しか無い状態でどうするのかなって。逆に皆が心配しないのが不思議で仕方ないよ」


「大丈夫ですよ、お金が無くたって適当に何でも捕まえます」


「今のクリスって、それ出来るの?」


「むっ」


 最近は確かに野宿と食材現地調達からは無縁な生活をしているが、昔はこれでも一人で旅していた時期もあったわけで、そこまで考え無しじゃあ……

 と、脳内で当時の捕食シミュレートをして、あることに私は気がついた。


「あ……」


「蛇すらも難しいんじゃない?」


 か、蛙はイケると思うけれど。

 そう言えば当時の私はと言うと、その突飛した身体能力故に大抵の生き物は何も考えずに追って素手で掴み取りだった。


「俺も経験あるから分かるけど、普通は知恵も技術も要するんだよ、生き物を捕まえるってのは」


「お、おおお、おお……」


 流石は一人旅をしてきて長いだけある。説得力があり過ぎるその心配理由に反論の余地が無い。

 よ、よりによって旅に出る直前にそんな現実を突きつけられても困るのだが、い、今からエリオットさんに一年分の旅費くださいとお願いしようか……いや、そんなことを言えば大人しく王都に居ろ馬鹿! と突っ込まれるだろう。

 悩み始めて、止まる足。


「フォウさん、何でもっと早く教えてくれなかったんですか!?」


「あーうんうん、式典に合わせて戻ってきた俺が悪かったね、ごめんね。もっと早く来たら良かったね」


「思ってないくせに!」


「思えるわけが無いよね!!」


 人通りが少ない道を選んでいるとはいえ周囲に誰も居ないわけではなくて、通りすがる人達の視線が叫ぶ私達に集中する。明るい道の真ん中で目立ち始めたことに気がついたフォウさんが先に落ち着きを取り戻し、こほん、と咳払いの後に私を静かに窘めた。


「もうちょっと考えたほうが良いって言いたかったんだ。でも決意は伝わってくるから今更行くなとも言えないし」


「それで困ったような顔をしていたんですね……」


 どちらからともなく路地脇に避けて、私の返事に黙って頷く彼。

 話をそれなりに聞いていたのだろう、そこでもぞもぞポケットの中からダインも出てきて会話に参入する。


「お腹が空くのは勘弁して欲しいなぁ」


「私だって嫌ですよ」


 旅に出て一ヶ月もしないうちに行き倒れだなんて展開はちょっとゴメンだ。どうしようと悩んだ時、私の目の前に居るのは、


「フォウさん……有り金全部置いていって貰えます?」


「もはや俺には何言ってもいいとか思ってない!?」


「冗談ですよ」


「半分本気のくせに!!」


 まぁ、ここで恵んでくれたらラッキーだなとはオモイマシタ。

 ダインはそのままフォウさんの肩に飛び移って薄く細めた赤い瞳を私と合わせる。私達の仲が仲なだけに、あちらのほうが居心地が良いと言わんばかりだ。


「計画無しの旅にはそりゃあ、着いていけないよね」


「そういうことさぁ」


 さっきから自分のことみたいに悩んだ表情を見せるフォウさんが代弁をしてくれるので、それに機嫌良く同意するダイン。

 旅立ちに相応しい空なのに、透き通るがあまりに遠ざかっていくようで、すぐ傍の建物の外壁に背中を預けて、その青に溺れないようにしっかりと地に足をつける。

 でも、逆にその場に沈むような気持ち。折角決めたのに出足を挫かれて……何かを始めることの難しさをひしひしと感じていた。

 そういえばあの時もそうだったな、とぎりぎりの水準の旅を余儀なくされていた、エリオットさんと出会う前の自分を思い出しては息苦しくなる。

 縛るのが下手なあの人は縄抜けされて困った挙句、私の目の前に大きな餌をぶら下げて釣ってきた。

 思い出とは何でこんなにも重いのだろう。どうしようもないほどくだらない過去までもが、私の気力を奪っていく。

 フォウさんは敢えてか、そんな私を置いてダインに語りかけていた。


「具体的にどんな旅なの?」


「基本的に街よりもその土地の自然や地形を重点的に見ることになると思うよぉ」


「うーん」


 すっかり意気消沈してしまっている私をほんの一間だけその目に捉え、彼は独り言のようなそれをぼやく。


「もうちょっと、先に延ばすかー……」


『?』


 二人のいぶかしげな視線を受けているにも関わらず、それを把握しているはずの青年は、小さな獣人を肩に乗せたまま私を置いて歩き始めたではないか。


「ちょ、どこへ行くんです?」


「その類の旅だと街で過ごす期間が短い分、必要な手荷物が増えるよ。その荷造りじゃ足りないからまずは買い物!」


「ほ、ほええ」


 旅のプロの助言に思わず唸る。

 前向き無鉄砲なエリオットさんと違って、フォウさんは結構慎重派だ。今までも幾度と無く私の色々なものをその正論でへし折ってきてくれていたが、きちんとその後のフォローをしてくれるのは正直有り難い。

 ダメ出しをしつつも、次の案を丁寧に教示しようとしてくれる彼の背中を見て、追いかけようとした時ふっと過ぎるその感情。

 ……自分の未熟さが露呈させられ、これってまたしても甘えすぎていやしないか、と。

 でも、追う私の足が止まったことに気付いた彼が振り返って、いつもの柔らかい笑顔でそれを吹き飛ばす。


「気に病まなくても大丈夫だよ、ちゃんと受講料は取るから」


「っぶ」


 抜け目無い発言に吹き出し、お陰で軽くなった足は自然と再度踏み出せていて、


「……金額聞くの怖いんですけど」


「少しは安くしておくさ」


「それでも絶対高いですよね!!」


 どうか払える程度であることを祈りつつ……私達の足はまず道具屋に向かった。






 -完-





~~舞台裏~~


栗「ファンタジーRPGの基本ですね!」

襟「まじかよ!!」

【本編完結 あとがき】


ここまで読んでくださった皆様、本当に有り難う御座います。

何だかんだでエリクリ二人の物語は一旦これで完結となります。処女作で激長編ファンタジーに手を出してしまったこともあり、見苦しい点も沢山あったのではないかと思います。

また流れや結末に対しての不満も、きちんと読んで感情移入してくださればくださる程、出てきたりもするんじゃないかな、なんて考えたり…

人それぞれの好みがある中でたった一つの結末を示し書き上げるということに対して未だ不安は尽きませんが、キャラクター達を最後までブレること無く、彼ららしく書いてあげられた。それだけは自信を持って言えるかな、と。


掲示板で少し触れましたが、私はとにかくキャラ愛をこじらせてこの作品を書いておりましたので、作品通して何か訴えたいとかそういうものはありませんでした。

ですが、キャラは各々で言いたいことがあったみたいで(爆)皆が盛大に様々な思想をお互いにぶつけていました。

作者としてはどのキャラが正しいとかは考えていない、むしろ答えなど存在しないと思っているので、結局何を主張したいのか分からない読者様の為に強いてここで言うならば、

「色々な人がいる」

ということでしょうか。話がファンタジーなだけに現実に置き換えて考えるには苦労を要すると思いますが、してみて頂けると作者的には喜びます(笑)


そう、挿し絵四コマでは書きましたが携帯閲覧の読者様の為に再度お伝えしますと、この後数本の番外編に突入します。

クリスを中心としていては描写出来ない、若干読者様に残ったであろう疑問を解消するような番外が三つ。その後は本当にオマケな完全コメディ番外編を書く予定です。どちらにしても途中から読んではさっぱりな内容の為、このままここで書いちゃいます。どうぞ引き続き読んで頂けたら幸いです。

と言っても先に各キャラ、神話設定絡みなどの解説に入りますけどね!

うはは、どんどんページ数増えて取っ付きにくい小説になっていく、どうにでもなれ(遠い目)


いやしかし予告通り「秋には本編完結」を出来て良かったです…本当なら十月中には終わりそうだったんですけど、九月から体調不良(切迫流産)により休職という事態に陥りましたからなぁ。当時はご心配をおかけしましたが、今は危機も去って後はすぽんと産むだけなんでご安心ください(何)


ところで、何か結局最後まで私の色が強く出てしまったと言いますか、ラストのふくみの持たせ方とか、そのくせしてさらっとした具合とか相変わらずですね…最後くらいマジメに書けよって感じですけど、ああなりました。

本当はきちんと書こうと思っていたのですが、書いていたらあの通り、あれおかしいな…

クリスにマジメなこと語らせて終わる文章も一度打ってみましたが、最後くらいは説教じみたことを言わずに、軽くいってみた。

これもまた賛否両論出そうなシメ方だよなぁ…




何はともあれ、読者の皆様にとにかく感謝の気持ちでいっぱいです。



各章の裏話


一章 introduzione:イントロはクリスがいようが語り部エリ雄のターン。冒頭に神話突っ込んでみました。クリスが謝っていたのは89Pでそんな描写があったからです。レイア絡みの心理描写がこの辺りから複雑化。


二章 女神の呪い:自主規制してあんな感じです。セオさんに関しては最後までかなり規制しています。逆に物足りなかったかな?「変装した真実」とは「嘘」の意。具体的に書いてはいませんが、レフトと会っていたのはフィクさんです。


三章 負の連鎖:「打ち砕くもの」とはクラッサの槌の元ネタの直訳です。この辺りからじわじわとセオさんとフィクさんの関係にメス突っ込んでます。この章でクラッサを見ながらセオさんは誰かに例の嫌がらせをしてやろうと考えており、最終的にクリスにしてやったった。


四章 葛藤:微ほのぼのさせつつももはや暗い描写ばかりになってきてます。フィクさんが普通の人過ぎてクリスが以前に見たことも覚えていません(金髪だったけど)


五章 虹の橋:「虹の橋」はビフレストの直訳です。この章の中ではクリスに黒い感情が芽生える度にフォウが敢えてそれを断ち切るように必ず声をかけています。見えているから。最後まで読めばこの時のセオさんの意図も分かると思いますが、歪んだ友情です。


六章 セミセリア:「セミセリア」はシリアスな内容と喜劇的な内容を持ち合わせたオペラのことで、ギャグりつつシリアスな章です。にも関わらず置かれているシリアス内容は結構重要。


七章 器:第三部の後半にもなれば「器」の本当の意味を理解出来たと思いますが、器はエリ雄に限らずレクチェやミスラも同じです。第二部後半からは特に人間関係のあり方に切り込むようなドス黒い描写を挟んでおりますがここでもそんなのが…あと最後で、十四章の結末を暗示する描写があります。フィクさん、セオさん大好きだね^^


八章 晴れた霧:エマ子はあくまで直接的にエリ雄に何かしているわけでは無いだけにむず痒いところですね。フォウの見た「見覚えの無い色」は「当人ではなく他人がそれを叶える」というもので、長期にわたって他人と接してきていないフォウにとっては見知らぬ色なのです。これは番外編でちょい触れます。頑張って書いたつもりなのですがやはりエリ雄の気遣いは二歩くらい先を読んでいるお陰で分かり難いらしいですね。上っ面の優しさよりこういうののほうが好きなんですけどねぇ、私は。


九章 同調:ルフィーナがようやく合流したので色々明らかになる中間地点。ようやく悪役らしくなってきたフィクさんです。


十章 涙:九章に引き続き解説的流れが多くなってしまいました。涙が出るのではなく、涙を耐えることが出来た、そんな章。ここからは勢い増しましたね><


十一章 癒しの石:戦闘よりも精神描写が強くなってしまいました。個人的にクラッサの思考は比較的ありがちだと思って書きました。全てを知れば知るほど、真面目に生きるのが馬鹿らしくなったり…しませんかね。政府とか犯罪とか見てるとほんとに(爆)


十二章 不和の侯爵:「不和の侯爵」とはアンドラスという悪魔の異名です。「悪意、害意、嫉妬」を司っており、この章題だけでセオさんの心理全てを語っていたり。


十三章 ライトモチーフ:「動機」という意味のオペラ用語です。深く掘り下げても語ってもやっぱりややこしいセオ心理。分かりやすく言うと彼の行為はストーカーに近い心理だそうです(マテ)欲しい感情を貰えないのならば、他の感情でもいいから欲しい、みたいな。憎まれることすらも心地よい。ちなみにお嬢は、昔はお兄ちゃんが好きだったみたいです。結論としてフィクさんが踏んだり蹴ったり。


十四章 黄昏:章題もサブタイも、両方ともラグナロクの直訳と意訳。章トップ絵でフィクさんが持っているのはヤドリギの枝槍のつもりで、コイツが戦いの引き金という神話暗示な感じ。どうでもいい。クリスの手を最後に握ったのはレクチェです。


十五章 Finale:サブタイが当作品のタイトル(の一部)です。戦いの結末は挿絵で語ったように半分神話をなぞってます。様々な思想が最後にぶち込まれました。敢えて突っ込まないでおこう。なのにまさかのオチ。


 第三部完成日 2011-11-17

 閲覧してくださった皆様方に心から感謝致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ