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第三部
42/53

不和の侯爵 ~その害意を貫く希望~

【ここで丁度元々の連載サイトにて400P達成したので記念にキャラ対談があったので、そのコピペです↓】


ルフィーナ(以下、嬢)「というわけで何故か進行役はあたしらしいわ。よろしくね」


エリオット(以下、襟)「略称も進行役も絶対おかしいだろコレ……」


嬢「作者が出てくる気無いのよ。普段あれだけ掲示板で独り言垂れ流してるから今更言う事無いんでしょ」


クリス(以下、栗)「なるほど……それにしても略称が酷いですね、ちょっと作者に蹴り入れてきていいですか?」


嬢「一応作者、今は体調どん底まで崩してるからやめときなさい。クリスより身長高いのに体重がリアファルちゃんくらいまで激減しているそうだから」


栗「小説書き過ぎですよ……」


襟「その前にリアファルの体重っていくつだ!?」



~~~



嬢「本当は作者としては友人Yさんに何か質問あるかって聞きたかったそうなんだけど、友人Yさんは質問するも何もキャラの事ほとんど把握済みだから聞くに聞けなかったらしいわ」


栗「有り難い事ですね」


嬢「と言うわけで、作者自身が書いていて疑問に思った事や、皆が疑問に思いそうだなって所を突っ込んでいく事になったから」

(ここでカンペ開く)


襟「作者自身が疑問を抱いてどうするんだ……」




嬢「まずは一応クリスね。『成長ペースがさっぱり分かりません。一体どうなってるの』」


栗「私が聞きたいです!! しかも一応ってその扱い何です!?」


嬢「まぁアレよね、十二歳の段階で身長結構伸びてて、かと思えばそこからなかなか伸びなくて、ようやく胸が数ミリ大きくなったかと思えばまだ実は初潮がきていないんでしょ?」


栗「そ、そうです……」


嬢「多分この設定は作者の実体験を元にした設定だから、ドンマイとしか言い様が無いわ」


栗「何ですかそれ!!」


嬢「胸……大きくなるといいわねぇ」


襟「おい、全然回答になってねぇぞ?」




嬢「じゃあ今度はエリ君。『もし今ローズが戻ってきたら姉妹のどちらを選ぶ?』」


襟「答えて誰が得するんだよこの質問」


嬢「って言うかエリ君、この質問どういう事?」


襟「どういう事って……」


嬢「選択肢の片方がクリスじゃないの。何コレ」


襟「…………」

(脂汗をかきながら猛ダッシュで逃走)


嬢「何!? 何なの!?」




嬢「コホン、何だかぐだぐだになってるけど次行くわ。『ライトのロリ許容範囲はどこまでなのさ』」


ライト(以下、右)「年齢は問わん。見た目は十から十四歳くらいまでだな」


嬢「狭い上に、下がとんでもないわね。そしてこんな質問に何でそんな堂々と答えるのかしらこの人」


右「ペドまでいくのはちょっと無理だ」


嬢「無理じゃなかったら嫌よ!」


右「実を言うとクリスの身長はあまりよろしくないな。あと胸はつるぺた以外用は無い」


栗「何なんでしょう、凄く蹴りたくなってきました……」


右「あくまで見た目の話だ、お前と暮らすのは楽しいからどう育っても歓迎するぞ」


嬢「普通なら笑って誤魔化しがちな照れ臭い台詞を真面目な顔で言える男って強いわよね」

(赤面するクリスを見ながら)




嬢「えーと次は『レイアはエリオットのどこがいいの?』……最大の謎がきたわね」


レイア(以下、礼)「……幼い頃は本当に素晴らしかったんだ」


嬢「じゃあもう愛想尽かしてもいいじゃないの」


礼「そうなんだが、何故だろうね。最低だこの男、と思う時は腐るほどあるのに、たまの優しさやさり気ない気遣いを見る度に昔を思い出して……やはり、その」


嬢「乙女ねぇ」


礼「自己中心的な所は確かにまだ直っていないが、それでもまた関わるようになった政治に関しては戻ってきて以来きちんとやってくれていると思うよ」


嬢「…………」


礼「いや、それでも自己中心的ではあるが聞けば筋が通っている事も多いし、立ち振る舞いだってやれば綺麗に出来るんだ。女癖さえ無ければ本当に良い人だと」


嬢「恋は盲目。好きな人の事は正確に判断が出来なくなる、いい例ね」




襟「ふぅ……」


嬢「お帰りなさい。さっきのちゃんと答えて頂戴よ」


襟「いや、それだが、ローズ以外無いだろう多分」


嬢「何で多分なのよ、この質問の選択肢じゃ絶対でしょ」


襟「テメェのその疑問を解消する気は無ぇよ! とにかく、状況考えたら多分選ぶのはそっちって事だ!」


嬢「じゃあ状況考えなかったらクリスを選ぶの?」


襟「わーーーだーーー!!」


嬢「何で顔真っ赤なのよ……その反応じゃまるでクリスを好きみたいじゃない」


襟「そそそそんなわけが」


嬢「分かってるわよ。有り得ないもの、そんな事」


襟「……うう」




嬢「どんどんいくわね。『フォウはもう女性なら誰でもいいでFA?』」


フォウ(以下、四)「ええ!?」


嬢「取り敢えず読者的には、クリスが好きなのかと思いきや、大きな胸も好きみたいだし、と混乱していると作者が判断しているみたいね」


四「そこって男の性じゃないのかな……」


嬢「クリスの事は結局どうなの?」


四「え? 前に言った通り可愛いと思うよ。最近ちょっと色濁っててあーあって思ってるけど、あれが大人になるって事なんだろうね」


嬢「冷めた見方してるわねぇ貴方……じゃあ他の女の人達は?」


四「この作品、作者の画力はさておき設定上は美人が多いからね! 皆素敵だよ! それだけに彼女達の扱いが荒い王子様はどうかと思うのさ」


嬢「若干フェミニストの気があるわねこの子」




嬢「次……やだ、この質問は飛ばしましょ」


フィクサー(以下、不憫の不)「略称も酷いけど、君の扱いも相当酷くないかい?」


嬢「呼んでないのに湧くなG!!」


不「黒いけど断じてGでは無い!!」


嬢「もうGでいいわよ……はい質問するからさっさと答えて帰って。『あれだけ拒否られてるのにどうして諦めないの?』」


不「元々の性格自体が不屈の精神を持っているのさ。だからこそ目的の為に何百年とこうして頑張って来れたんじゃないか」


嬢「風呂場のタイルの隙間につくカビ並にしつこいわね」


不「せめて食器の油汚れくらいに言ってくれないかな」


嬢「分かったわ」

(食器用洗剤をフィクサーに発射)




嬢「ふう、これでピカピカね。で、次は……あーこれもパス」


セオリー(以下、瀬)「ほう、私の女性遍歴が知りたいと」


嬢「上から覗かないでよ! しかもそんな事書いてない!! 結局ぼかした年齢をきっと知りたいだろうって作者が!!」


瀬「そうですね、ではお嬢の八十ほど上で、フィクサーの三十ほど上、とだけ」


嬢「その流れだとあたしの年齢もバレるじゃない!」


瀬「貴女がカミングアウトするかしないかは自由ですよ」


不「……君が言い難いのなら代わりに俺が自分の年齢を言ってやろう」


瀬「どうぞ」

(によによ)


嬢「アンタが答えてもあたしの年齢バレるのよ!!」

(食器用洗剤をフィクサーに発射)




嬢「次は『クラッサの火傷の理由を知りたい』だそうよ」


クラッサ(以下、倉)「そのあたりここで言ってもよろしいのでしょうか」


嬢「どういう事?」


倉「いえ、一応作者的には読者の想像にお任せするつもりだと」


嬢「じゃああたしにだけ教えて」


倉「では」

(ここで耳打ち)


嬢「激重ッッ!! 作品中で詳細描写しないワケだわ!!」


瀬「それはさぞかし、連れ出してくれた彼が白馬の王子様に見えた事でしょうね」


嬢「何でアンタに聞こえてんのよ!!」




嬢「最後に神様サイドね。『レクチェがヒロインの場合どうなってたんですか』」


レクチェ(以下、梨)「……えっと、まずこの略称に突っ込んでもいい?」


嬢「レで漢字が無かったからその名前の元の果物をあてたそうよ」


梨「うう、ひどいよぅ。私がヒロインだと第一部終盤からもう完全にストーリーが違います。エリオットさんはお城に戻らずにクリスさんと食い倒れの旅をしてて、その途中でリャーマの私と出会う感じでした。そしてそもそもクリスさんは男性です」


嬢「仲いいんだか悪いんだか分からないわよね、あの二人」


梨「多分仲がいいんだと思うなぁ」




嬢「はい最後に『未だにミスラがよく分かりません』」


ミスラ(以下、実)「多分私が諸悪の根源だね」


嬢「自分で言った!!」


実「一応この作品での悪役諸君が悪役となった原因は、ぜーーんぶ私だからそういう事だろう。まぁ彼らが存在している理由もぜーーんぶ私なんだが」


嬢「やっぱり神じゃなくて悪魔ね」


実「作者としては他の悪役の罪を被せる所が欲しかったんだろうね。ほら、この作品元々ギャグだから」


嬢「た、確かに……何でこの作品ギャグで押し通さなかったのかしらね」


実「作者の脳味噌はお花畑だけど、設定自体はドス黒いからじゃない?」




嬢「と言うわけで主要キャラに一通り、疑問に思われそうな事を聞いてみました。一部答えなかった奴も居るけど……」


瀬「私の年齢ですか?」


嬢「もういいから出てこないで!!」


栗「塩撒いておきます」


瀬「気のせいですかね、石を投げられている気がするのですが」


栗「気のせいですよ」


嬢「どうしても具体的なそれぞれの結末が見えてくると誰かしらの理想や希望とかけ離れる部分が出ちゃうけど、なるべくハッピーエンドを目指してるからよろしくね、っと作者の言葉をシメとさせて貰うわ」


栗「ここまで読んでくださりありがとうございました!!」

 ふっと意識が戻る。

 何も考えずに瞼を開くとそこには冷たい床に深く彫られた魔術紋様とその上に舞う自分の髪、そして少し離れた位置に砂時計のような物が見えた。

 何だここは、と考えて俺は最後に見た物を思い出す。何かに取り憑かれたように光の無い漆黒の瞳。

 あぁそうか、俺はあのまま意識を失って、多分神を降ろす為に何かしらの術を掛けられている最中なのだろう。

 両腕は後ろに回され、手首は丁寧に固定されており縄を触る事すらも出来そうに無い。足首もご丁寧にしっかり縛られている。だが……うまくやれば外せそうだ。


 なるべく首や体を動かさないようにして、視線だけでまずは周囲を観察する。薄暗い部屋はたった一つの光源だけで照らされていて、その光源は魔術紋様の陣に重ならないように少し離して置かれたテーブルの上にあった。

 そして……光源をぼんやりと見つめている黒髪の男。

 あれから何時間経ったのかは知らないが、放置しておいて進む類の魔術なのだろうか。あの砂時計が怪しいな、そう考えた俺はフィクサーに気づかれないように少しずつ体を動かして砂時計を倒そうと試みた。

 だが、


「それ倒したらお前元に戻らなくなるぞ」


「!!」


 視線を光源宝石に向けたまま呟く黒髪の男。


「それはお前だからな」


 戦慄が走るような事を軽く言ってくれる。術式がよく分からない以上、下手に手を出すのはまずいと言う事か。陣を壊して止める事も出来ると思うのだが、止めた際に何がどうなるか分からなくては実行するに出来ない。

 だが、このまま好きにされても結局はおしまいなのだ。最終手段としてそれは残しておこう。

 俺は静かに息を吸い、すぐ傍で力無い瞳をしている男に声を掛けた。


「随分、余裕そうだな」


 最初の取っ掛かりのつもりで思った事をまず述べる。するとフィクサーはやはり光源に目を向けたままで口を開いた。


「正直、拍子抜けしている」


「事がうまく運び過ぎて、か?」


「あぁ。お陰でもうすぐ達成出来るって言う実感が湧かなくてさ」


 実に人間臭い事を言うものだ。手首の縄に触る事は出来ないが会話の最中にうまく体を曲げて足の縄に触れる事が出来た俺は、それをそのまま壊すように解いてまず両足を自由にする。

 転がっていた体を少し捩じらせながらも起こし、どうにか床に腰をつけるような体勢まで直した俺は、未だに俺と目を合わせようとしないソイツに言ってやった。


「達成出来るってのは……体を元に戻せるって言う意味なんだろ」


「やっぱり聞いていたのか」


「あぁ。ついでに頼まれたよあの女に」


 ここでようやく俺に生気の無いツラを向けるフィクサー。やはりルフィーナが絡むと気力が無くとも多少の反応は見せてくれるらしい。


「何を?」


 言葉の続きを急かすように相槌を打つ男に、俺は聞き間違えたりさせないようにしっかりとその答えを置く。


「お前を殺せ、とな」


 俺を散々コケにしてくれた男がこれでどんな反応を見せるのか少し楽しみだったのだが、聞こえているはずのフィクサーは無反応のまままた視線を光源宝石へと戻した。

 そして、


「そうか」


 一言だけ発したかと思うとゆらりと椅子から立ち上がって、懐から取り出されたのは……あの樽型の柄のダーク。

 な、何でここで短剣を出す?

 その意図を想像してごくりと唾を飲む俺に、フィクサーの体が向いてゆっくりと近付いて来る。こ、これじゃあまるで俺を刺そうとしているような感じなんだが、術はどうした。神降ろしはどうした。

 壊れた人形みたいな動きをしている目の前の男に、別の意味で恐怖を感じた俺は、近付いて来るフィクサーから逃げるように足と尻を使ってずりずりと後ずさる。

 俯いたまま近づいてきていたフィクサーはようやくその顔を上げて俺と目を合わせたかと思うと、急にその瞳に力を宿らせ口を開いた。


「お前を殺して俺も死ぬっ!!!!」


「何言っちゃってんの!!!!」


 ケツ歩きしている場合じゃねえ!!

 死に物狂いで体の反動だけで立ち上がり、逃げようとはするが部屋のドアも開けられない状態ではひたすら室内を逃げ回るのみ。つい魔術陣の外に出てしまったが特に異常が出るわけでもなかったので一旦陣の外に出たなら魔術は中断されるだけで済むのかも知れない。

 思わぬ情報の収穫を体を張って得た俺だが、まずは目の前の危機を回避しなくてはいけなかった。


「一人で死ねよ!!」


「お前の存在を抹消せずに死ねるか!!」


 そう、俺は知らなかったのだ。

 箍が外れている者の感情の危うさと言うものを。

 しばらく逃げる俺と追いかけるフィクサーとで収集のつかない事態に陥っていた室内だったが、追いかけ疲れたのかフィクサーの足がふっと止まる。


「っ?」


 体力は無い方では無いが俺も流石に息を切らしているので、気を払いつつも足を止める事で休んだ。

 見ているとフィクサーは俺よりも息が上がっているようで、な、何故か靴を脱ぎ始め、その足を思いっきり振り被り……

 壁を蹴る。


「~~~~ッッ!?!?」


 リンクさせられている俺は足の指がひん曲がるような感覚に思わず転げ回った。痛い! どうしようも無いほど痛い!! 大した怪我じゃないのに悶絶するほど痛い!!!

 涙目でただ悶え続ける俺にフィクサーがゆっくり近づいてきて言う。


「逃げそうになったらやってみろってクラッサに言われたんだが、本当に効くんだなコレ」


 据わった目で見下ろしてくるフィクサーの口元が薄く笑うように横に伸びていた。

 スーツ姿で片足だけ靴下状態の男に短剣を構えて見下ろされると言う大変シュールな状況。

 とりあえずクラッサには、何て事を吹き込んでくれたんだと責めずには居られないだろう。


「だっ、ばっ、当たり前だ! 足の指をぶつける痛みは尋常じゃ……!」


 痛みを他人事のように言うフィクサーに思わず叫んだ俺だったが、ここまで言ってようやく気付く。

 ハッとした俺の顔で、フィクサーも俺が何に気付いたのか分かったのだと思う。


「そういう事だ」


 俺が何か言う前に、肯定だけしてきた。

 ずっと分からなかったコイツの身体異常。痛みを感じないのならば無茶苦茶な戦闘方法も納得がいくと言うもの。

 しかしただ痛覚が無いだけでここまで必死に元に戻ろうとなどするだろうか。となると痛覚ではなく……


「触覚が、無い……?」


 俺の問いかけるような確認ににっこりと笑ったフィクサー。


「覚悟はいいか?」


「良くないっ!!」


 振り下ろされたダークをすれすれで避けて、勢いよく床に刺さったその短剣。ももも目的は元に戻る事じゃなかったのか。何でどうして俺と心中しようとする!?

 神を降ろされても困るが、今すぐ殺されるのも困る。時間を貰えないと言う意味では今すぐ殺される方が困る。


「俺を殺してどうするんだよ! 元に戻りたかったんじゃないのか!?」


 何か色々見失っている気がする目の前の男をどうにか説得しようと、本来の目的と再度向き合わせてみた。だが情け無い顔をしてコイツは言う。


「戻ってもそこまで嫌われてたら意味が無い!!!!」


「ぶっ!!」


 初めて出会った時と変わらない間抜けさを披露してくれるフィクサーに俺は突っ込まずには居られない。


「か、監禁までしておいて……」


 昔の事は知らないがこの四年間拘束していたのだから、普通に考えて良い関係だとは思えない。さっきからザックザックと振り下ろされるダークの刃を必死に避けながら言い放たれた俺の突っ込みに、フィクサーはそこで俺の予想とは違う表情を見せてきた。

 それは、きょとんとした顔。


「監禁? 彼女の部屋に鍵なんて掛けてないぞ」


「へ? じゃあ何でルフィーナは逃げなかったんだよ」


「彼女が居させろって言ってきたのに逃げるも何も」


「!?」


 さっぱり分からん!

 状況が全くつかめなくなってきた俺だったが、だからと言ってハイソウデスカと殺されるわけにもいかない。

 目の前の暴走男をどうにか宥めようと焦りながらもフォローになりそうな事実を口にする。


「と、とにかくだな! アイツは単にお前が神降ろしだなんてバカな事をするのを止めたくて俺に殺せって言ってきたんだ! お前の身体異常の話を聞いた時とか、な、泣いてたし、嫌われてるわけじゃ無いんじゃないか!?」


 そこでピタリと止まるフィクサーの腕。ようやく振り下ろされなくなった短剣の脅威から逃れた俺は少しだけホッとした。


「……何で彼女は神降ろしを止めたいんだ?」


「降りたら何するか分からない、とかそんな事言ってたぜ」


「あー……なるほど」


 納得がいった、と言うようにフィクサーはダークを懐に収める。その表情も柔らかいものになっており、ルフィーナ効果はどんだけだ、と正直げんなりさせられた。

 しかし、その後フィクサーは俺の頭を掴み上げてにっこりと笑ってくる。何で笑顔を向けられたのか分からなくて、取り敢えず苦々しくも笑い返すと暴走男はこう言い放つ。


「その辺りは考えてあるから大丈夫だ」


 直後に首の後ろに衝撃が走り、茶番はここで終了。

 茶番の間に何か出来る事があったかも知れないのに、そこでまたしても俺の意識は途絶えてしまった。


   ◇◇◇   ◇◇◇


「俺は姉が居ない件等でまだ城に用事があるッス。もうしばらくしたらルフィーナ様が飛行竜を連れてここに来るんで……王子と姉を、よろしく頼みたいッス」


 ガイアさんはそう言ったところで、それまではあまり崩す事の無かった表情を歪み曇らせて口唇を噤んだ。

 フォウさんも居ない今、ガイアさんが城に呼ばれていては東の地までの案内が居ない状態。私の方向音痴っぷりを先日の旅で把握していたガイアさんがルフィーナさんに頼んでくれたらしい。

 のだが、


「まぁ呼ばれてなくても着いて行くつもりだったんだけど」


 竜の手綱を握りながら赤瞳のエルフが飄々と言う。


「そうだったんですか?」


「えぇそうよ。あたしはクリスやエリ君よりよっぽど関わりがあるからねぇ」


 私は彼女の背中にしがみついている状態なのでルフィーナさんがどういう気持ちを込めてそれを言ったのかは分からない。ただ、その言葉は以前の彼女と変わらない淡々としたもので、心の内を悟らせてくれないような印象を受けた。

 やがて曇っていた空は晴れ、太陽も完全に顔を出した頃……この風を切るのももうすぐ終わりだ、と目の前に広がる緑の無い山肌が私達に告げる。太陽に染まって濃度を淡めた茜染のような蘇比に輝くその山は、近づくにつれて本当に視界を蘇比一色に埋めていった。


「あら」


 例のグレーの建物を見下ろしながらルフィーナさんが何かを見つけて反応を示す。釣られるように私も下を覗き込むと、そこには見覚えのある二つの人影。

 立ち位置や血の跡からはどうやらレイアさんがクラッサを斬り伏せたような、そんな感じに見えた。


「あのお嬢さん、戦闘要員だったのね。てっきり秘書みたいなものだとばかり思ってたわ」


 ルフィーナさんはそう呟きながら飛行竜をゆっくりと地に下ろしてゆく。しかし私達がその背を降りて地面に足をつけたところで、飛行竜はいきなり様子がおかしくなった。


「わっ」


 竜が暴れるので驚いて私は飛び退き、ルフィーナさんも手綱を手放しそうになるが、そこにレイアさんが手綱を奪ってすぐ様飛行竜の背に跨がりうまく竜を落ち着かせる。


「私も来た時にやってしまったんだがね、大型竜がそこに居るから主が離れると怯えるようなのだよ」


 彼女がそう言って視線を向ける先は、以前は綻び一つ無かった施設にぽっかり空いた入り口のような穴。よく見ると大型竜の顔が覗き見えて思わず私は慌ててしまう。寝ているようだが、あそこを潜り抜けるのはかなりの勇気が必要な気が……いやいやこれからまたあの大型竜と最低でも一匹やり合わないといけないのだから、そんな弱気じゃいけないのだけれども。


「それと実はビフレストに武器を壊されてしまって、私はこれ以上進みようが無くて立ち往生していたところなんだ」


「あー、だからクラッサを縛ってあるのにレイアさんここから動いてなかったんですね」


 先を急ぎたいはずなのに進まない理由はそこにあったのか。レイアさんの武器まで奪ってしまうとは、レクチェさんは本気で『皆』を止めようとしているんだな、と何となく思う。

 クラッサは私達の会話を黙ってじっと聞いていた。だがその目はまだ生きている。腕を縛られていてそのスーツは結構ボロボロになっているように見えるものの、まだ何かやりそうな雰囲気がある彼女。


「縛ってあるみたいですけど、武器が無いからとどめをささないんですか?」


 疑問に思った事をレイアさんに問いかけると、先に口を開いたのはルフィーナさんだった。


「昔から思ってたけど、クリスって躊躇いなくとどめをさす方よね」


「躊躇ったら負けですから、悪即斬です」


 ちょっとヒイているルフィーナさんに私の信条を答えると、レイアさんは何故かそこで押し黙ったまま先程の私の問いに答えようとしない。不思議に思ってレイアさんに完全に視線を移してしまい、クラッサから目を離した時だった。

 その隙を突いて彼女は勢い良く跳ねるように立ち上がり、私達の間を駆けて地面にあった何かを思いっきり蹴る。


「な、」


 彼女が蹴って飛ばしたのはあの例のショートソード。低く宙を飛び、ショートソードは傍の川にぽちゃんと音と飛沫を立てて沈んでしまった。


「何を……」


 私もレイアさんも、その突然の行動の意味が分からず唖然とする。自分の武器を自ら処分したクラッサは後ろで縛られたその手を強く握りながら言い放った。


「セオリー様がお前を嫌うのも頷ける! お前にみすみすあの剣を渡しては申し訳が立たん!!」


「何か良く分からないですけど、私も貴女の事は嫌いですよ?」


 動くなり喧嘩を吹っ掛けてくるクラッサへ、売り言葉に買い言葉を投げつける私。武器も持たない相手に、などという考えは私には無く、すらりと腰の剣を抜いて切っ先を向け彼女の動きを牽制する。

 クラッサの立ち位置は、私から見て左手に川がある状態だ。両手が塞がっている彼女だ、ちょっと川に突き落としてやればそれで終わり。だが、まずは彼女が持っているはずのネックレスを奪わなくてはならない。


「覚悟してくださいね」


 ルフィーナさんは特に表情を変えずにただこちらを見ているだけ。レイアさんはと言うと……やっぱり様子がおかしい気がする。飛行竜に乗ったまま、不安げに顔を歪めていた。


「くっ……」


 ただ逃げるしか選択肢が残されていないクラッサの左足が地面を擦る。逃がすものか、と私はその仕草を見た瞬間に踏み出して彼女の服を斬ろうと剣を肌すれすれの位置に振った。

 先に言い訳しておこう。私はまず彼女がネックレスを身に付けているかどうか確認しようと胸元だけ斬るつもりだったのだ。もし無かった場合は在処を彼女から聞き出さなくてはいけない為、まだ殺してしまうわけにはいけないとそう考えていた。

 しかし……服が邪魔だ、と言う私の考えが変に作用したらしい。クラッサに向けてレヴァを振るったら、その瞬間に目映い光が彼女を包む。


『!?』


 まさかここでも武器の力が発動してしまうだなんて思っておらず、焦って剣を引いたがもう遅い。


「あ、熱……」


 炎によく似た光は彼女にまとわりつくように揺らめいたかと思うとやがてそれは消え、後に残されたのは、


『…………』


 以前私も似たような経験があったが、今度は私ではなくクラッサが一糸纏わぬ状態で立ち尽くしていた。いや、訂正しておこう。あの琥珀のネックレスは無事なようで、すっぽんぽんの彼女の胸元で全く以て何を隠すのにも役立っていない状態で輝いている。

 拘束していた紐も一緒に燃やしてしまったようだが、どこに武器があるわけでも無いからか彼女はそれ以上抵抗する様子は見られなかった。

 スタイルは良いのだが、裸になった事で嫌でも目につく沢山の火傷。顔だけではなかったらしく、大体顔にあるものと同サイズの火傷が全身のあちこちに残っている。

 普通に考えたら有り得ないその痕に、私の視線がささるのを感じたのだろう。


「……これはわざとですか?」


 裸のまま、特に腕でどこかを隠したりする仕草も見せずにクラッサが私に問いかけてきた。


「いえ、手違いですゴメンナサイ」


 この場に男性が居なくて本当に良かったと思う。飛行竜から離れられないレイアさんがマントを彼女に放り投げ、少し不服そうではあったがそれを体に巻くクラッサ。

 この剣本当に不便だ……萎える気持ちを奮い立て、私は目的だったネックレスを奪う為にクラッサに手を伸ばした。

 少し身構えていた彼女は、私が取ろうとしている物がネックレスだと気付くや否や慌てて逃げ出そうとするが、そこにルフィーナさんが助けに入ってくれて二人がかりで抑えてそれを取り返す事に成功する。


「くそ……っ!」


「これでニールを元に戻せますね」


「良かったわねぇ」


 ルフィーナさんにはここに来る間にネックレスの件を伝えていた為すんなり会話が運ぶが、レイアさんは飛行竜の上で不思議そうにこちらを見ていた。多分何故ネックレスを奪ったのかが分からないのだろう。


「これでもうこの人用済みですけど、どうしましょう」


「クリス、すんごい悪役みたいよ」


 むむむ、確かにルフィーナさんの言う通り、そんな気がしなくもない。


「でも……放っておいたら何するか分かりませんし」


「私が見張っておくからもう一度拘束してくれないかい?」


 そこへレイアさんが会話に入ってくる。


「見張るだけ手間な気がするんですけど」


「……頼む」


 私は多分正論を言ったはずだ。なのに何故か頼まれてしまった。

 腑に落ちなかったがそんな私より先に動いたのはルフィーナさん。スカートをたくしあげて太股から折り畳みのロッドを取り出し一振りで組み立てて彼女は魔法を使う。

 地面の土が蛇のように盛り上がったかと思うとそれがクラッサに巻き付いて見事に拘束は完了した。


「これでいいかしら?」


「ありがとう。私は少し離れた位置に飛行竜を置いてくるからそれまで見ていて欲しい」


 そう言って私達の返事を待たずにレイアさんは飛行竜で飛び立ち、残された私達は未だに敵意を放ち続けるクラッサの視線をしばらく浴び続けていた。

 しかしやはり鳥人と言ったところか。あっと言う間に戻ってくる、と言うか姿が見えてからの動きがもう半端じゃない速度で障害物も物ともせずにレイアさんが跳んで来る。


「先を急ぐと言うのに、待たせて済まない」


 どこか影を背負うように暗く感じる彼女が少し心配だったが、後で聞けばいいだけの話だ。私は今は敢えてそれらをスルーしてポーチからニールを出してやる。

 そう、これからはまず大型竜を最低一匹仕留めて、ニールを元に戻すと言う大作業が待っているのだ。幸いレクチェさんが先に行っているのならばそれくらい寄り道しても大丈夫だろう。

 ……まぁ、この寄り道をしなくては正直レヴァでぶつかってもいまいち勝てる要素が無いと言うのもある。悲しい事に。

 私の肩に登った白いねずみを見てレイアさんがちょっぴり暗かった表情を綻ばせ、最後の忠告を私達にしてきた。


「あぁ、それと……出来る事なら竜に手は出さないでくれないか」


「えっ!?」


「襲われてしまった以上は仕方ないが、なるべく。ダーナは竜崇拝をしているからね。出来る限りここの竜達を殺さず、かつ解放をすると言う条件でこちらに協力をしてくれているのだよ」


「あ、は、はい……」


 な、なるほど。これから最低一匹からその血と肉を頂こうとしている私だったが、そうなると最低一匹と言うか、最大で一匹、しかもなるべく他の竜を巻き添えにしないように頑張らなくてはいけなさそうである。

 それって普通に倒すよりも結構大変なんじゃ、と不安が過ぎるが、


「まぁ行きましょ」


 さくさくと歩いて行ってしまうルフィーナさんに呼ばれて、一旦その不安を留めてレイアさん達を後にした。

 さっき取り返したネックレスを首に掛けて服の中に仕舞いながら、すたすたと歩いていく目の前のエルフに着いていく。中に入る穴が開いている状態とはいえ、そこに入ってすぐの位置に大型竜が居ると言うのは本来警戒しなくてはいけない状況のはずだ。

 だがルフィーナさんはそんな素振りを一切見せずに平気に中に足を踏み入れる。


「だ、大丈夫なんですか」


 なるべく小声で問いかけると、全くトーンを下げる気の無い返事が返ってきた。


「えぇ大丈夫よ、ここの竜は基本眠らされているから」


「ほええ」


「食事の時は術を解いて起こしてるみたいだけどね、でなきゃいくら広いとはいえこんな建物の中で飼育なんて出来ないわよ」


 そういう事か。

 確かに言われてみれば納得出来る話に、私の頭は誰に見せ示すわけでもなくこくこく頷く。


「それはここに居た時に聞いた情報ですか?」


「ん? そうね、フィクサーが話してたのを聞いたの」


「やっぱり口が軽いんですねあの男」


 フォウさんとお喋りしていた時に抱いた印象そのままの内容をルフィーナさんから聞いて、その印象を確信に変える私。ふふっと小さく笑う彼女は、自分を拘束していた相手の事だと言うのに何だか心から笑っているような自然な笑みを浮かべていた。ルフィーナさんは正直、セオリーと同じで何を考えているのか読み取り辛い笑みやその他の表情が多いだけに、その笑顔が少しだけ気になる。

 と、そこで彼女の表情はまた真面目なものに変わり、それまで通り過ぎて来ていた大型竜の寝床に振り返って言う。


「この奥の通路から基本的に色んな部屋があるんだけど、竜を一匹使わないといけないのよね。どうする?」


「取り敢えず他の竜を刺激しちゃまずいですし、一番この通路に近いそこの大型竜にしましょうか」


「分かったわ」


 と、言ったものの、他を刺激せずにこの一匹だけを仕留めるだなんて出来るのだろうか?

 かなり広い部屋なのだがそこに数匹並んで仲良く眠っている状況で、その一匹が暴れたらもう収拾がつかない事になりそうだ。


「一発で仕留めないとって事ですよね……」


 幸い魔術で眠っている状態だと言うのなら、動かないものを斬るだけ。ちょっと不便ではあるが切れ味だけは保障されているレヴァなのだから、頭を狙えばいけると思う。


「大丈夫?」


 私の不安げな表情を見てルフィーナさんが尋ねてきた。


「多分、いけます」


 脳内で手順を確認してやはり不安を隠せない私だったが、肩に居たニールが気付けば人型に変わっていてそっとこの耳に告げる。


「私の事は気にしないでいい。竜を仕留めた後にその傷口へ短槍を刺し込んでくれたら後はどうにかやってみよう」


 私はそれにしっかり頷き、命を一方的に奪うと言う躊躇いを捨てて剣を構えた。

 この刃渡りでは大型竜の首を一刀で両断出来るとも思えない。更に、焼失させてしまってはその血肉を残す事が出来ないから……

 多少暴れるだろうが頭を突くしか無いだろうか。どうにか武器の力を発動させないように。


「また勝手に燃えたりしないでくださいね~……」


 願うように私の口から出た呟きに、レヴァを含めて誰も返事をする事は無かった。背中から白い翼を生やすと同時に背後の廊下を突風が伝う耳障りな音が響き、飛んで舞い上がった私は大型竜の眉間目掛けて赤い刃を勢いよく突き刺す。

 無論、想定していた事ではあるがその瞬間魔術で眠っていようとも流石に目を覚ましてしまった竜の咆哮が建物全体を揺らすように響いた。


「ま、まずいわよ……っ!」


「と、とりあえず先にニールを……」


 ルフィーナさんの焦る声が下から聞こえるが、一先ず眉間に突き刺したままのレヴァを暴れ出した大型竜から引き抜く。

 本当はすぐにそこへ短槍を出したかったのに、致命傷を受けた竜は思いっきり暴れてくれた為それは叶わなかった。私は竜のその動きに一旦離れざるを得ず、更に竜の尾は鞭のようにしなったかと思うと隣に寝ていた別の竜に当たって連鎖の如く次々と大型竜が目を覚ましてゆく。


「もー!! だから聞いたのにっ」


 私のお手並みに文句ありありの声を発するルフィーナさんのロッドの先が何やら自身の足元に紋様を描き、最後に彼女がロッドをその紋様に突く事で他の竜達の周囲が光って動きがぴたりと止まった。

 いつだったか見覚えのある効果の魔術。

 多分私を巻き込まないようにだろう。今私が対峙している一匹だけは術の対象外らしくまだ動いているが、それでもとても有り難い。

 暴れている竜に再度飛んで近づいて私は腰の短槍を眉間の傷口に埋めるように刺し、そこでようやくニールが動き出した。

 肩に乗っていた小さな獣人は急に私の肩で倒れ、そのまま下に落ちてしまう。


「え、えっ」


 焦る私を置いて事態は動く。辺りには黒いもやが立ち込め始め、手元の短槍がそのもやを打ち消すようにだんだん光と力を帯びてくるのが分かった。

 ここで手を離すわけにはいかない、と私は右手に持っていたレヴァを鞘に納めて両手でしっかり槍の柄を握る。

 そこからはモルガナの屋敷の時とほぼ同じだった。目映い光を発しながら私の手元で別の槍が姿を現す。短かったその槍の柄が伸び、矛が深々と竜の頭に埋まっていく事で耳を裂く断末魔の咆哮の後には大型竜一匹の死体が出来上がり。

 手元まで深く刺さっている槍を引き抜き槍の形状を見ると、血にまみれてはいるが間違いなくニールだった。鋭い先端に鎌のような横刃、そして赤い宝玉。ただ、そこに足りないものが一つある。紋様だ。

 しかし心配は要らなかったらしい。残っていた黒いもやはやがて形を成す。そう、一本角が目立つ銀髪の青年へと。

 私は彼が紋様を彫りやすいように、と宙に浮いていたところを一旦竜の頭に足を下ろして銀髪の青年へ槍の先を向けた。

 レヴァは刃を溶かすように紋様を彫っていたが、ニールはさっと爪の先で削る。これで宿る準備は終わったのだと思う。

 銀髪つり目のヘソ出しノッポさんは最後にふっと微笑んでから、その姿を槍へと重ねるように沈ませ、消えていった。そういえば精霊って皆ヘソ出しルックな気がする。


「終わり、ましたかね」


『あぁ。だがクリス様、一つ頼みが』


 何だろう? 黙ってニールの言葉を待つと彼はその後とんでもない事を言ってくれた。


『落ちてしまった私の容れ物を拾っておいてくれないか。あの医者が使うらしい』


「はいぃ!?」


 ニールの声が聞こえていないルフィーナさんが驚いてこっちを見ているが、それを説明出来るほどまだ私の頭は追い付いていない。


『あの体から出る為に貰った薬を使ったのだが、それの具合を調べたいらしい』


 だ、だから急にあのねずみの体は倒れてしまったのか。納得したところで私は転がり落ちてしまったニールの仮の体を探して拾う。下の床に落ちてしまっていたので流石に色々アレな事になっているが……解剖するなら関係無いのかも知れない。凄く気が引けるがその小さな体をポーチに仕舞ったところでルフィーナさんが問いかけてきた。


「な、何やってるのクリス」


「私も不本意なのですが……ライトさんの要望らしいので」


 やはり病院を開けさせて仕事をさせないとあの人ちょっと危ない。

 ……何となく、そんな気がした。

 私は槍を携えてルフィーナさんに近寄り、取り敢えず今やるべき事を問いかける。


「残りの竜、どうしましょう?」


 そう、ルフィーナさんは未だに残りの大型竜を拘束したままなのだ。

 彼女は私の問いに少し口唇を尖らせて考えた後に述べる。


「もう用が無いならこの拘束解いちゃいましょうか」


「いいんです?」


「建物が壊れようが知ったこっちゃないわ」


「……それもそうですね」


 竜が暴れ建物を壊して逃げたとしてもダーナの意に背く結果にはならない。ならばルフィーナさんの提案を受け入れても別に問題無いだろう。竜が暴れてくれる事でフィクサーの邪魔だって出来るかも知れないのだ。

 私はなるべく大型竜の居る空間から離れて通路の奥へ進み、逃げ進む体勢を整えてから合図する。


「私はいつでも大丈夫なんでルフィーナさんのタイミングでやっちゃってください!」


「分かったわ」


 彼女もすぐに逃げられるように走る体勢を作ったその時だった。

 私の背後にいきなり人の気配が現れ、それは出てくるなり私の首に冷たい物を当ててくる。


「もうしばらくその術は解かないで頂けますかね、ルフィーナ嬢」


 背後の存在の顔は見えないが、低く掠れたムカつく声は間違い無くあの男のものだろう。


「セオリー……っ!」


 それまで全く気配を感じなかった。と言う事は空間転移をして私の後ろに現れたのだと思う。

 セオリーは私に短剣の刃を当てた状態でもう片方の腕を前に出してきた。何かを促すような合図だったのか、その腕の動きの後に後ろから数人の人間が小走りで駆けてきて大型竜の居る広い空間へ向かう。


「彼らが寝かしつけてくれるまでそのままでお願いしますよ」


「まぁ、いいけど」


 険しい顔で私の頭より上の辺りを睨み付けるルフィーナさん。その眠そうな目はいつもより何だかつり上がっていて、彼女を見ながら自分を見ているような錯覚に陥りそうだった。


「ところで、この子どもはさておき何故貴女までここに来ているのですか?」


 ルフィーナさんに睨み付けられている事などお構い無しにセオリーは抑揚無く問いかけてくる。


「? 聞くまでも無いでしょ」


 怪訝な表情で具体的な回答をしなかった彼女に、今度はセオリーの口から私にはよく分からない単語が連発された。


「おや、ではそんなに○○○を××して欲しかったと」


「○○○を××?」


「ちょ、ちょっと……」


 よく分からない単語に思わず私は復唱して問いかけ、顔を少し上げてみるといつもの苛々させる歪んだ笑顔がそこにあり、向けた事を後悔しながら結局顔を正面に戻す。ちなみに正面のルフィーナさんは何やら困惑しているようだった。


「私はきちんと忠告をしたと思うのですが、それでも逃げずに来ると言う事はむしろされたいのでしょう?」


「そんな訳あるかっ!!」


「あの、さっきの○○○と××って何です?」


「クリスはそれを口に出しちゃダメっっ!!」


 ルフィーナさんが凄く焦るほどなのだ、何かとんでもなく恐ろしいものなのではと私は推測する。

 よく分からないがまたしてもセオリーは人を脅して状況を自分の思うように進めようとしているらしい。やり口が……相変わらず姑息だった。

 悔しさに下唇を噛みつつも、私は会話の隙間から反撃のチャンスを探す事にする。


「全く、隠さずとも貴女が△△で□□□な事など見た目で分かるのですよ。どうせ◎◎だと言うのに……」


「ちょっと本気で黙りなさい」


 また新しい単語が出て、困惑気味だったルフィーナさんの表情に怒りが混じってきた。となると、今度は怒るような勘に障るものなのだろうか。


「△△で□□□……」


「クリスも意味を考えなくていいから!! この男と会話する事がもう無駄なのよ!!」


「それもそうでした!」


 そうだ、いつもセオリーの言葉に耳を傾けていてロクな事があった試しが無い。不信感や憎しみを煽られたり、今だってよく分からなかったがルフィーナさんを見る限りではロクな話ではなかったのだろう。


「何だか失礼な事を言われている気がしますが、まぁいいでしょう。そろそろあちらの作業も終わったようですし術を解いて構いません」


 だがそれでも金属と言うよりは石のような硬く冷たい感触は私の首筋に残ったまま。

 黒く光る短剣の先が、私にその存在を誇示していた。

 ルフィーナさんはこちらを、と言うよりは私の斜め後ろにいるセオリーを睨んだまま、そっとロッドを床から外す。薄らと光っていた魔術紋様は消えて術は止まったようだが特に向こうで竜が動くような物音はせず、あの人達が『寝かしつける』事に成功したのだろう。

 セオリーはそれらを確認した後に、私の首に当てていた短剣の刃を意外にもあっさりと外して私の背中を押してきた。


「えっ」


 これではまるで私を見逃すようなもの。背中を押されて自然と一歩出てしまった右足はルフィーナさんの居る方向へ向いている。彼女も彼の行動の意図が掴めなかったのだろう、やや驚いた様子でこちらを見ていた。


「あまり無茶をしないのであれば、どうぞお好きに」


 振り返ると、黒紅のマントを翻して私に無防備な背中を晒すセオリーが通路の奥へ戻って行く。今までならば何も考えずにその背中に斬りかかっていたと思うが、私はそれをグッと堪えてロッドをスカートの下に仕舞っているルフィーナさんに駆け寄った。


「何であの男はあっさり私達を見逃したんでしょう?」


 その背中が小さくなりゆく様を見つめながら私達は小声で話す。


「……見逃す事がアイツにとって一番最善の選択だからだと思うわ」


「この状況で、見逃す事が……?」


 フィクサーの目的がどうなっても構わないからなのか、それとも他に何か理由があるのか。見当もつかない。

 しかし理由はどうあれ今あの男が私達を放っておいてくれるのならばこれほど有り難い事は無かった。一体神降ろしとやらにどれだけの時間が掛かり、いつまでをタイムリミットとするのか分からないのだから、出来る事ならばあんな奴の相手などしていたくないのである。

 何か罠がある可能性は残したまま、私達はこの広すぎる施設を急いで駆け回った。

 でも、


「どこにも居ないわね」


「……っ」


 居ないから勝手にしろと放っておかれたのか? ならば外でレイアさんを迎え討っていたクラッサや、ここをわざわざ護っているセオリーの存在に理由がつかない。

 それに先に来たはずのレクチェさんとこの施設の中で遭遇しないのは何故なのだ。

 焦りや苛立ちが収まらず、元々無い余裕が更に無くなって、目つきが悪くなってくるのが自分でも感じ取れる。さっきから自分の眉間の皺が取れやしない。

 そんな私に気付いたルフィーナさんが、落ち着かせるようにその右手を私の頭に置いて言った。


「一応もう一箇所あるから、そこで最後。逆に言えばそこで見つからなかったらあの男から問い質す事になるわ」


「はい……」


 綺麗でありながら身軽そうなショートドレスのスカートを振って彼女が走ったその先は、何だか随分ユニークな部屋。こんな建物だと言うのに随分と生活感の溢れると言うか……女性的な小物もいっぱい置いてあるのに、男性的な小物も結構置かれている。あと怪しい魔術的なアイテムもいっぱいで統一感が全く無い。

 ちょっと謎だ、と思いながらその部屋を見渡していると、ルフィーナさんはその部屋の戸棚を開いてその中にある一冊の本を抜いて別の棚に入れた。

 するとギギ、と音を立てながら現れる隠し扉。


「ちなみにここ、フィクサーの部屋の一つね。ここから地下に行けるのよ」


「あ、あの黒い男の部屋なんですか……」


 どんな趣味をしているんだ。

 しかも一つって事は部屋が複数あるのか。確かにこの部屋は生活感が溢れてはいるがベッドやらは無いから寝室は別なのだろう。


「とは言っても地下なんて私の部屋と牢屋くらいなんだけど」


 扉を開いて地下に続く階段を下りながらルフィーナさんの声が響く。

 やがて一番下へ辿り着き、ルフィーナさんの部屋とやらを見たがこちらには変わった部分は何も無し。言うなれば、豪華な家具や小物がいっぱいで随分と居心地の良さそうな部屋だなとは思った。てっきり牢屋に拘束されていたのだと思っていた私としては何だか微妙な気分である。いや、良い待遇だったのは決して悪い事では無いのだけれど。


「こっちが牢のはずよ」


 彼女の案内に着いていくと、やがて床にびっしりの魔術紋様がぼんやり光って見えてきた。何だろうこれは、と足元を見ながら歩いていたら、ルフィーナさんの背中に頭がぶつかって一旦立ち止まってしまう。


「いたっ」


 足を止めたルフィーナさんの進む様子が無い。何故だろう、と彼女の背中を避けてその先を見ると、檻の開いた地下牢は床どころか壁、天井、一面に魔術紋様がびっしりと描かれて光り、発動していた。


「やられたわ……」


 下から見上げた彼女は笑っている。だがその笑顔はどちらかと言えば、引きつっている、そんな気がした。


「どういう事です?」


「きちんと全部……手は打ってあったのよ……」


 額に右手を当て、ゆらりとルフィーナさんは壁に持たれかかりながら呟く。


「あたしの心配なんか無用だったのかしら、これなら別に止める必要なんて……」


「ちょ、ちょっと待ってください、何を言っているんです!?」


 止める必要が無いだなんていきなりどうしてそんな事をルフィーナさんが言い出すのだろう。この一面の魔術紋様に一体何の意味があるのか。

 分からない私は彼女のワインレッドに染まったドレスを掴んで揺すって叫んだ。微かにルフィーナさんの体が震えているのが伝わってくる。

 しばらく茫然自失としていた彼女はようやく落ち着きを取り戻したところで私に説明をしてくれた。この魔術紋様の意味を。


「多分エリ君達が居る場所は、空間ごとこの魔術紋様で封印されているわ。封印したのは、セオリーでしょうね」


「そ、それだとどうなるんです?」


「アイツがこれを解かない限り、エリ君を助ける事も出来ないし……もしエリ君に神降ろしが成功したとしてもそもそもその体は自由にここから出て来られない」


 な、何となく分かるんだけれど、何となく分からない。


「え、ええと……つまり」


 もごもごしている私にルフィーナさんが更に補足する。


「この魔術紋様によって、あたし達の邪魔を防ぐのと同時に、神がもし言う事を聞かずに何かしでかそうとした場合に封印する準備も兼ねているのよ」


「それじゃあ、最悪の場合はフィクサーは神様と心中ですか?」


「状況に応じて、もし体を元に戻せないなら道連れにしてやる、と思ったのかも知れないわね」


 はは、と乾いた笑いが私の口から擦れるように漏れた。そんな事にエリオットさんを巻き込まないで欲しい。自分一人でやってくれ。


「セオリーに、封印を解除させればいいんです、ね?」


 ニールを持つ手に力を入れてやるべき事を確認する私に、ルフィーナさんからストップがかかる。


「待って。下手にそれをしたら最悪の場合の封印も一緒に壊す事になるのよ」


「だったらどうすればいいんです!?」


「どうしようも無いわよ!!」


 ルフィーナさんの目的は厳密に言えばエリオットさんを救う事では無い。フィクサー達や、きっと他の人達にも今までずっと横暴な行いを繰り返してきたであろう存在が降りるのを止める事だ。

 だから彼女からすれば助けるのが間に合わなかった場合、この封印を壊してしまっては更に酷い事になる。もう間に合わないかも知れないのならば、現時点では封印は解かずにそっとしておくのが最善の対応だと思う。

 けれどそれでは、どう足掻いてもエリオットさんは助からない。

 ルフィーナさんは壁にもたれていた体をずるりと下げて、床に腰をつけてしまった。


「ごめんなさいクリス、あたしには選ぶ事が出来ない」


 何を、だなんて聞かない。分かっているから。


「一応確認しますけど、この魔術紋様をただ破壊しても封印の解除は出来ないんですよね」


「そうね……貴女の武器なら高度な魔術の切断も可能でしょう。でもそれをしたらきっと空間が元に繋がらなくなるだけでおしまい。無理やり解くのはオススメしないわ」


「分かりました。私はセオリーを探します」


 足元で今も光り続けるその紋様が苛立たしい。意味も分からないその形が織り成す効果が、今は不安定でありながらも皆を護る唯一のものとなっている。けれど、その皆の中にエリオットさんは入っていない。

 ルフィーナさんがフォローしてくれない状況ではセオリー相手に勝ち目がある気がしなかった。だからこそルフィーナさんはセオリーを探そうとする私を止めようとしないのだろう。勝てるわけが無い、と。

 レクチェさんはどこだろうか。いや、他人に頼っていても仕方ない。まずはこの足を動かさなくては。

 蹲ってしまったルフィーナさんに背中を向け、通路を抜けて階段を駆け上がり、もう一度建物の中を走り回る。同じような通路でいっぱいで迷いそうになりながらも辿り着いた、何の部屋かは分からないがとある一つの小部屋で、セオリーはゆったりと椅子に腰掛けてくつろいでいた。


「ルフィーナ嬢はやはり来ませんでしたね」


 その鋭い瞳が私を射抜くように赤く輝く。


「先程のように腑抜けた顔をして来たならば相手にする気もありませんでしたが、まぁぎりぎり合格にしてあげましょう」


「馬鹿にするのも、大概にしてください」


 やはりこの男の顔を正面から見ると腹が立つらしい。怒りのあまりにぞわりと全身の毛が逆立つ感覚がして、何だかとても気持ち悪かった。

 多分マントの下はクラッサ達と同様に黒いスーツなのだろう。隙間から覗く服と、座って組まれた足も黒一色のそれで、すかした革靴がまたムカつく。

 多分自分はもうこの男の全てが気に入らないんだろうなと思うと笑ってしまい、そんな私を見て彼も笑ってきた。


「調子は戻ってきましたか」


「何のです」


「いいえ、別に」


 自分から聞いたくせに『別に』とはまたこの男は……

 いつまでも椅子から立ち上がろうとしないセオリーに私は穂先を向けて準備だけ整える。取り敢えず今やる事はコイツに術を解除させる事なのだから、怒りに任せて向かって行っても仕方ない。

 かなり気分にムラがあるように感じるので、状況次第では『いいでしょう』なんて言って解除してくれたら、なんて言う淡い期待を私は思い描いていた。

 私が向けた槍を見てセオリーは、含み笑い気味だったそのうざったるい顔を少しだけ顰めて言う。


「武器を槍に戻したのですね」


「えぇ、おかげさまで」


「……そういえば貴女がここに居ると言う事はクラッサはやられたと思うのですが、彼女の剣は?」


「? 何か自分で蹴って川に捨ててましたけど」


「なるほど」


 ふっと私から視線を逸らしてその瞳を細めながら、目元だけはやや険しいにも関わらず口元はどこか嬉しそうで。何を考えてどうなるほどなのかさっぱり分からない私に、彼はその事情を説明する。


「知識が足りないと言うのは時に致命的ですね。あれはヴィーティングです。精霊に聞いてみたらどうですか?」


「ヴィ……」


 そこでセオリーの言葉に反応してニールが私の頭に直接話しかけてきた。


『その川に捨てられた剣と言うのは青い宝石が填まっている物では無かっただろうか』


 確かに一見普通の剣なのだけれども、その宝石だけはやたら目立つと討ち合って思った記憶がある。


『攻撃力はさほどあるわけでも無く、精霊としての力は決して強くないのだが……代わりに別に授けられた魔石の力により、持ち主が即死でもしない限り永久に傷を癒し続ける精霊武器だ』


 ぬ。

 それってどういう事だろう。

 永久に傷を癒し続けるって事は……

 考え込んでしまった私に、同調しているニールがご丁寧にそこをきちんと掘り下げてくれる。


『相変わらずだなご主人……つまり、持っているだけで無敵となる剣なのだ。精霊としての力ではなく魔石によるもの故に、他の精霊武器に力を注いでいても問題なくその恩恵を受ける部類のな」


「な、何ですって……」


 心で会話していたのに、あまりの事に思わず声が出てしまった。


「教えて貰いましたか?」


「……う、うう」


 じゃあもしあの時あの剣をクラッサに蹴られる前に拾っておけば、私はもしかするとこの男に楽勝! だなんて言う素敵な結果になっていたのではないか。

 そう考えた途端にあの時私に怒りを向けて叫んでいた彼女の顔が脳裏に蘇る。

 そこでセオリーは急にその顔を天井に向けて高笑いをして言い放った。


「実に愉快ですね! 決して光無き状況では無いにも関わらず、その無知によりみすみす逃す! もし私が貴女の立場ならば川に飛び込んででも手に入れますよ!!」


 そしてその体をようやく椅子から離して立ち上がり、私を散々馬鹿にして上機嫌になった目の前の男が体の正面をこちらに向ける。


「ビフレストが来た時は何をしているのかと思いましたが……少なくとも貴女がたの足止めはきちんとこなしていたようですし、武器の処分も万全。ただのヒトである彼女にしてはよくやった方でしょうね」


 セオリーはどうやらレイアさんが来ている事は知らないようで、クラッサの功績を彼なりに褒めているようだった。確かに彼女は私にも以前、自分はただのヒトだと言っていたと思う。それでありながらコイツらに加担している……ヒト。

 本来負けるような相手ではないにも関わらず、彼女にしてやられた事は少なくない。もしそれが知識の差だと言うのなら情けなくなってくる。

 以前ライトさんに言われたように、借り物の身体能力に胡坐を掻いて判断力も技術もおざなりにしてきた自分が。

 悔しさでまた槍の柄を握る手に力が入り我を忘れてしまいそうな状況だが、それでも私は必死にこの男の言葉の一つをスルーせずに拾った。


「レクチェさんはやはり、貴方と遭遇していたんですね……っ!」


 この建物の中に入ったらしい彼女が、何故か建物内のどこを探しても居ない事。

 ならば、何かが起こったと言う事に他ならない。

 私の口から絞り出された言葉にセオリーはそこまで興味を示さなかったらしく、いつもならここぞとばかりにザマアミロと馬鹿にしてくるのに冷たい視線を投げかけてくるだけで反応が薄かった。


「一体彼女をどうしたんです!」


 話して来ないのでこちらから問うと、溜め息交じりに返ってきた言葉は、


「どうでもいいでしょう、あんなもの」


 私の気分を逆撫でする内容ならば、この男がこんな扱いをするわけが無い。と言う事は、セオリーにとって不都合な内容? 言ってしまっては都合が悪い、または面白くないような状況……そう推測して出た答えは一つだった。


「もしかして」


 よく分からなくてとにかく気持ち悪さ全開のこの男だが、一つだけ把握出来るほど実感している事と言えば『人の嫌がる事が好き』だと思う。もし彼女を傷つけたりすれば私は嫌がるから、それを黙っておくだなんて有り得ない。

 ではむしろ、彼女は私にとって良い方に動いているのでは無いか。だからセオリーは話さない。だとすれば……


「レクチェさんは実は既にエリオットさんを助け終わってるからこの場には居ないんですね!!」


「……随分展開が飛びましたね」


「あの地下の封印は私を騙して遊ぶ為の物で!!」


「本気でその方向で話を進めるのですか?」


「むぅ」


 違ったらしい。アホの子を見るような悲しい目で私を見下ろすセオリーに、私は一歩後ずさった。


「そんなポジティヴな勘違いをされては腹が立ちますので教えますよ。あのビフレストは私があの魔術を施している最中に来たのです」


「と言う事は?」


「少しは頭を使いなさい」


 折角会話をしてやっていると言うのに問いをばっさり切り捨てられてしまって正直困る。

 レクチェさんがここに着いた時はまだあの封印する魔術は完成していなかったと……で?

 やはりレクチェさんはセオリーと一戦交えてやられたのだろうか。でもそれならばどこかに傷ついた体があってもいいと思う。だがそれは無い。

 ううううう。

 ワケが分からなくて顔が変な歪み方をしてきているようだ。表情筋が疲れ始めてきた。

 と、そこへニールの助け舟が入る。


『クリス様、封印を施す前に彼女がこの男と接触したのならば、普通に考えて彼女はその先に進む事が出来た、のではないだろうか』


 その先……


『今は封印されていて進む事の出来ない空間に居る、と言うのが妥当な推測かと思われる』


 お、おおお。

 それなら体がどこにも無い事も、セオリーが言いたがらない事も納得がいく。

 大変スッキリしたところで私は気持ちを切り替えてもう一度槍を構え直した。


「よし、分かりました! つまり貴方はレクチェさんに出し抜かれたんですね!!」


「それは心外ですね。私は入っていく彼女を止めようともしませんでしたし、彼女は彼女で私に挨拶して先に進んだだけですよ」


「な、何故そんな間抜けな状況になるんですか……」


「私は一旦彼らを封印するのが仕事で、その解除の指示が来るまで待つだけですから。虫が入り込むのを防ぐのはクラッサの仕事です」


 平然と言い放つセオリーだったが、やはりどこかがおかしいと思う。あくまで命令には従うがそれ以外には手を貸さない、結果がどうなろうとも構わない。相変わらずのそんな行動。

 ルフィーナさんの話だと、セオリーとあの黒い男は二人で里を出るほど仲が良かったのではないか。

 情で手伝っているわけではないのなら、何か約束を取り交わしているのか。だとしても、行動が徹底していない。

 いつも私に『自分に目的など無い』と言うセオリーだが、いつもの不可解な行動の裏に潜む違和感の正体がさっぱり掴めなかった。

 私の心に蟠りを置いていくこの男の行動だが、一旦それは置いてまずは自身の目の前の目的を優先させる。


「あの魔術を、解いてください」


「貴女の指示で解除などしませんよ」


「じゃあ……取引をしましょう」


 私の提案に、彼の瞳が最大限まで薄く細められた。私が何を言うのか興味を惹いたらしく、黙って続きを待つセオリー。

 私はこれから言う言葉に自分で躊躇いながらもしっかりとそれを口にする。


「貴方の言う事を何でも聞きます。代わりにあの魔術を解いてください」


 今はこれしか無い、そう思って出た結論。

 だが何となく想像はついていたが、セオリーからはまずそれを拒否された。


「私には特にやりたい事が無いので、貴女に言う事を聞かせる必要性がありませんが」


 でも、


「それは、嘘です」


 完全否定してやった私に、取引相手は一瞬だけ酷く冷めた目を向けてくる。あんなに赤いのに氷のように冷たい、嫌な目を。

 頬が強張り、目を合わせていたくないと本能が告げていた。レクチェさんとはまた違った意味で生理的に受け付けないその視線に耐え、間違っても斬りかかったりしないようにと意志を強く持つ。それをしてしまってはエリオットさんを救う術が無くなってしまうのだから。

 私は心のどこかでこの男に怖れを抱いているのだろう。実力の差とかそういう部分では無い、別の部分で。


「やりたい事があるようにしては行動に一貫性が無い気が確かにします……でも、何も無いとも思えません。よく分からないけれど、私に何かをしようとしているでしょう?」


 具体的に言えたなら、気付けたならどんなに良いか。

 そうすればきっとこの男に感じている不安を少しは軽減出来るような気がするのに。分からないもの、理解できないものを排除しようとする感情を打ち消せるかも知れないのに。

 ……まぁ、気付いたところでやはり理解出来なくて尚更気持ち悪くなるのが目に見えているが。

 ただ、嫌いだとお互いに宣言しているにも関わらず私にいちいちちょっかいを出してくる内容は、単なる嫌がらせとして完結させるには度が過ぎている。

 何かを促すような、そんな意図が見え隠れするのだ。

 だからこそ私はそんなじれったいやり取りをすっ飛ばして聞いてやろうと思ったのだが……


「そうですね、何も無いと言っては嘘になりますね。ですが、」


 乾き掠れた声が、いつもよりも低く紡がれる。ずっと私を睨みつけていた瞳と顔を伏せてその右手が懐に差し込まれ、抜き出されたのは黒い短剣。

 そして小さく口唇が動くのが見えた。何かを呟いたのだろうが私の耳には届かず、


「役立たずは死んでしまいなさい!」


 殺意の篭もった台詞と共にその長身が勢い良くこちらに向かってくる。

 こちらとしてはセオリーを殺してしまうわけにはいかない、だからと言って素直に解除させる術はやはり無いのか。

 繰り出された短剣を槍で打ち返し、本当ならそこで攻め込みたいところなのに地下の魔術の事が気がかりで攻め手が鈍る。そんなこちらの事情など知った事では無いセオリーはそのまま間合いを狭めて、槍の持ち手を的確に靴底で思いっきり捻るように蹴ってきた。

 体が元に戻ってから未だに慣れる事の無い『痛み』に顔を歪めつつ、私は左手だけ槍の柄の中央にずらして回転させ、石突部分を使って迎撃してやる。

 穂先では無い為、短剣一つでは逸らし難いその槍撃に、精霊武器相手でまともに剣身で受けては短剣が壊れると思ったのだろう、後ろに飛び退く事で衝撃を軽減したがそれでも槍のリーチ相手に若干胸を突かれて小さく呻くセオリー。

 しかしそれ以上の攻めが私には出来ない。また回転させて穂先を白緑の髪の男に向けて体の重心を低くし体勢を整えるが、そこまでだった。

 私の追撃が来ない事で、セオリーは不満げに言う。


「本当に腑抜けてしまったのですね。槍を持たせれば悪くないと言うのに……何が貴女をそうさせているのです」


「私のどこが腑抜けていると」


「全部ですよ!」


 それだけ言って少し咳き込んだ後、振り上げられた左手から宙に生み出される氷の矢。数も数えられないくらいの量を一度にこちらに降り注がせ、私がそれらを撃ち弾いているうちにセオリーの左手は今度は部屋の床をそっと撫でた。

 横目で見ながら何の攻撃がくるのか、と警戒していたが次の瞬間に私の足元が崩れて土が下から刺すように鋭く盛り上がってくる。狭い室内で飛ばざるを得ない状況を作り出され、ふわりと体を浮かせた時に次の攻撃が間髪入れずに繰り出された。

 氷の矢は未だ止まらないと言うのにそれらを放ち続けたままセオリーがこちらに向かって走り、土の錐を駆け上って私の高さまで来ると、手の中の短剣を心臓目掛けて刺す。


 が、それは私の胸には刺さる事無く粉砕された。

 私の目の前には寸前で実体化したニールが立っていて、その体に勢い良く突き刺してしまったが為に短剣の方が負けたのである。

 嵐のような威圧の風を纏うニールはその一撃を体一つで難無く退けると大きく右腕を振り被って正拳突きを放つ。残念ながらその攻撃は辛うじて避けられてしまったが、まともに当たっていたら死んでもおかしくないような一撃だったので避けてくれて良かったのかも知れない。


「悪いが私が居る限りクリス様がお前の攻撃などで死ぬ事は有り得ない。今も、昔もだ」


 矛となり盾ともなる精霊がその銀髪を自身の放つ風に靡かせながら断言すると、一瞬だけセオリーが笑ったように見えた。


【第三部第十二章 不和の侯爵 ~その害意を貫く希望~ 完】

※伏字の部分は一切内容考えずに適当に突っ込んだので正解はありません。適当にお読みください。

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