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第三部
33/53

負の連鎖 ~打ち砕くもの~

「フィクサー様、早急にお伝えしたい事がございます」


 ルフィーナに虐げられていたフィクサーの元へ、顔に焦りの色を浮かべながらやってきたのはクラッサ。

 彼女は黒い髪をやや振り乱して、部屋のドアを開けるなり口早にそう言ったかと思うと、


「って如何なさいましたかその髪は!?」


 自分の上司の髪の色に驚いていた。

 けれどそこは普段ふざけていてもしっかり仕事をこなす彼女。首をふるふる振って気を取り直し、優先順位を自分の中で確かめた上で言葉を続ける。


「……それどころではありません。こちらに来て頂いてよろしいでしょうか?」


「分かった」


 部下の様子がいつもと違う事に気がついたフィクサーは、少し軋んだ金髪を掻き揚げて彼女と共に部屋の外へ出た。

 ルフィーナに聞き耳を立てられたりしないようにある程度の距離を歩いてから、二人は立ち止まって会話を再会させる。


「で、どうしたんだ?」


「第一施設の様子が一切見られなくなっています。例の二箇所を重点的に監視していた為、一体何が起こったのか分からない状況です。申し訳ございません」


 状況を丁寧に、かつ綺麗にまとめて報告をするクラッサに、フィクサーは至って冷静に答えた。


「分からないなら確認を急げ。エルヴァン側の奇襲の線が濃いと思うが……状況によっては自身の判断で動いてくれて構わない」


「ハッ」


「セオリーはもう大丈夫そうか? 大丈夫そうならアイツも連れていけば行き帰りが楽だろう」


「……かしこまりました」


 一瞬の間を置いて、気の乗らない命令を承諾するクラッサ。その微妙な心境はフィクサーには伝わる事無く、彼女はその場を後にしてセオリーの部屋へ向かった。

 息を飲み、コンコン、とノックをするとすぐに返って来る返事。


「どうぞ」


 この一言では機嫌が良いのか悪いのか分からない。機嫌が良い事を祈りつつ、クラッサはドアを押し開ける。


「何か用ですか?」


 セオリーは普段のスーツや鎧では無い、赤いワイシャツの上に、一見簡素なようで細部に刺繍が施された黒の上着を着てロッキングチェアーに腰掛けていた。

 そして手には……多分コミック。表紙が真面目な書籍などとは全く違うコミカルなイラストで描かれており、そんな本を読んでいると言う事は比較的機嫌が良いのだろう、とクラッサは安心する。


「第一施設にて異常が発生した模様で、フィクサー様から私達二人で現状の確認に向かえと指示が出ました」


「おや……休暇は終了、と言う事ですかね」


 よっこいしょ、と椅子から立ち上がって彼は本をテーブルの上に置いた。表紙のタイトルがようやく読めるようになり、クラッサは意識はしなかったがついそれを読んでしまう。

 『失意の果てに~真夏の夜の調教編~』……読まなければ良かった、と彼女は苦悩した。

 そんなクラッサの視線をどこをどう勘違いしたのか、セオリーは薄く笑って喋りかける。


「読みたいのでしたらお貸ししますが」


「……遠慮しておきます」


「そうですか、気が向いたらいつでもどうぞ」


 向くわけが無いだろう、と心の中で毒づきながらクラッサは黙って頷いておいた。


「では後でそちらの部屋に向かいますのでそれまでに準備をしておいてくださいね」


「かしこまりました」


 上着をするりと脱ぎながら目も合わせずに指示をするセオリーに、一応会釈だけしてクラッサは自分の部屋に向かった。

 今精霊武器の取り扱いは彼女に任されており、彼女の部屋には以前セオリーが精霊武器を回収する為に使った特殊な装飾の大きな箱が置かれている。何本もの武器が入るほどの大きさの為、部屋に入ればまず目に入るそれ。

 念の為、きちんと自分が例のネックレスを身につけているかどうか確認した上で、その箱の中の武器に手を伸ばした。


 それは禍々しい気を放つものの、デザイン自体は一見変哲の無いショートソード。金の唾に、銀の刃。魔術紋様が刃に彫られている部分は他の精霊武器同様。

 彼女がこの剣を好んで使うのには理由がある。クラッサは精霊の力を引き出す事が出来ないからだ。


 だから、それをせずとも特殊能力を使えるこの剣を選んでいる。


 刃に填め込まれた青い宝石をクラッサは撫で、そして鞘に仕舞う。

 黙って見据えた先は……意識してはいなかったが、王都の方角であった。

 それから準備を整えたセオリーと合流し、クラッサ達は空間転移によって即座にモルガナの外れ、第一施設の場所へ飛ぶ。

 しかしそこには、


「な、何があったと言うのですか……!」


 何も無い。

 少し焦げた大地が風にさらされ、その場所にあったはずの建物ごと無くなっていたのだ。

 軍隊も無ければ、それらが通ったと思われるような跡も無い。この場所には最初から何も無かったのではと錯覚させるくらいの現状に、クラッサは両脇に下ろされた手を震わせる。


「これは……エルヴァンと言うよりはビフレストの仕業、でしょうね」


「あの少年ですか」


「えぇ。ただあのビフレストがここまで力を使えるとは思いません。それにビフレストにしては介入が目立ちすぎる気もします」


 風を遮るものは何も無く、強い埃風に淡緑の髪を好きに舞わせてセオリーが呟いた。鎧姿で腕を組んだまま、丸眼鏡の奥の瞳は周囲を見渡す。

 そして見つける、二人を遠巻きに観察している影を。

 第一施設があった場所から街の方角にぽつぽつと立っている木の後ろへサッとそれは隠れたが、見逃すわけが無い。

 踵を返してそちらへゆっくり近づくセオリー。その後にクラッサも剣を構えて着いて行った。


「姿を見せなさい」


 木の後ろに隠れたところでもう見つかってしまった以上、森でも無いこの場所で逃げ果せるのは不可能。

 隠れていた影は諦めたように木の後ろから左足を出し、そして全身を現す。

 儀式用礼服がまず目についた。次に手に持つ特殊な形状の短剣。フードの下に隠れていた顔がようやく上げられ、セオリーとクラッサはその顔を見て少し驚いた反応を見せる。


「あー、そういう反応……大ッ嫌いなんだよ」


 そう言って出てきた男の顔には、異様なまでに目立つ黒い目隠し。

 二人の顔は見えていないはず、声に出して驚いたわけでもない。なのに男は二人が驚いた事を把握しているのだ。


「噂に聞く、第一王子ですか」


 驚きはしたものの、その特徴からセオリーは男の正体を言い当てる。すると先程以上に表情を強張らせ、相手の顔を凝視するクラッサ。


「知ってるのかい」


「拝見させて頂くのは初めてですがね」


「そうだろうなぁ」


 エルヴァンの第一王子であるエマヌエルとセオリーが会話を続ける中、クラッサだけは一人、剣を持つ手の力を強くしていた。

 二人の会話などまるで聞こえていないように、彼女は一歩エマヌエルに近づく。


「お前が……あの第一王子なのか……」


 微かに声を震わせて、クラッサは城内で四年過ごしていたにも関わらず一度も会う事の無かった男に鋭い眼差しを向けた。

 ゆっくりとまた一歩、彼女とエマヌエルの距離は短くなる。


「如何にも。凄い殺気だねお嬢さん」


 逆らえぬ城内の者ならまだしも、エマヌエルはもし今彼女に襲われれば為す術もなく殺されるだろう。

 にも関わらず彼は心から動じていない。殺されないだろうと高を括っているわけでは無く、死の恐怖など彼には存在しないのだ。生きている今既に、見えないという恐怖と共に過ごすエマヌエルにとって、死んだからと言って今まで通り『何も見えない』の延長、ただそれだけなのだった。死んだら五感が尽きる、ただそれだけだろう、と彼は思っている。そしてその価値観が更に彼を容易く人を殺めさせていた。


「クラッサ、始末するのは構いませんが先に情報を引き出すのが先決でしょう」


「……ッ、喋るとお思いですか? 機を逃す前に始末した方が良いと思われますが」


 今にも斬ってかかりそうなクラッサを言葉だけで引き止めるセオリー。半分くらいは始末してしまっても良いと思っているのか、手までは出す気は無いらしく腕は動く素振りを見せない。

 すると、二人の会話にエマヌエルが口を挟んでくる。


「何だ情報が欲しいのか? うまくいって機嫌がいいから教えてやってもいいぞ」


「!」


「何から聞きたい? この俺がお前等下民に教えてやろう」


 明らかに分が悪いのは彼にも関わらず、その高圧的な態度。不愉快な気分を抑えるようにクラッサは左手で自分の右腕を握り締めた。

 その挑発とも取れる発言に一切乱される事無く、セオリーは質問する。


「では遠慮なく……私達の様子を伺っていたと言う事はこの惨状の原因を少なからず知っていると思うのですが、どこまで知っているか教えて頂けますか」


「つまらない事を聞いてくるんだな。そもそも、これは俺がやった」


 その言葉を聞いた途端にセオリーとクラッサが即座に背後へ飛び退き、一気に彼と距離を取った。


「な……」


 今まで敵視していなかった存在がこれほどの被害を与えてきた。その信じ難い事実に二人はまず戦力把握をすべく目の前の男を観察する。

 持っているのは短剣一つ。儀式用礼服を着ているからして何らかの魔術でこの結果を生み出したのだとは思うが、一体どんな魔術を使ったのか二人には想像出来なかった。

 ただ燃やし尽くした、にしてはあまりに綺麗過ぎる焼け跡。そして規模。若干の焦げ跡が無ければ、消滅したようにも見える。

 実力差が把握出来ていない現状では迂闊に手を出せない。


「どんな方法を、使ったのでしょう?」


 途切れ途切れながらもセオリーが問いかける。だがそれには首を横に振るエマヌエル。


「それは企業秘密だ。次もやるからな」


「なるほど。ではやはりここで貴方を始末する必要があると言う事ですね」


「そうだな、お前等にとってはそれが最善だろう……出来るならば、な」


 余裕たっぷりの表情で彼は答えた。そんなエマヌエルの態度にやはり何かがある、とセオリーとクラッサの二人はまだ手を出せずに戦闘態勢だけは整えているもののそこから踏み出せずにいる。

 そこへ、彼等の頭上からふわりと何かが舞い散ってきた。


「……?」


 エマヌエルに注意を払いつつも、上から落ちてきた何かを見るクラッサ。それは……小さな花びら。

 何故花びらが、とつい上を見てしまう。するとそこには彼女達が今までずっと見てきていた女性が浮いていた。

 胸元くらいまでの長さの柔らかな金色の髪に、憂いを帯びた金の瞳。二重のマントを羽織っているその背には光の翼。細く白い手の左薬指には金色の指輪。


「無事挨拶は済んだか」


 その声掛けにコクンと頷き、まるで御伽噺に出てくる天使や妖精のように、彼女は光と花に包まれてふわりとエマヌエルの横に降り立つ。

 クリス達がレクチェと名付けて連れていたビフレストが今またここに現れたのだ。

 サラの末裔の力を借りないとフィクサー達でも捕縛出来なかった彼女が力を取り戻し、敵として対峙している状況。クラッサは勿論、セオリーも流石に心臓の音が早くなるのを感じる。

 けれど、この女のビフレストには一つだけ弱点があるのだ。


「お願いです、ここは退いて頂けませんか?」


 そう、彼女は一切攻撃をしてこない。

 小さく綺麗な鈴を鳴らしたような、澄んだ声で彼女は願う。


「彼を護るおつもりでしょうが、こちらには精霊武器があるのですよ」


 例えるならば三すくみ。

 ビフレストは『この世のものである』魔法や魔術を打ち消すが、『この世のものではない』精霊武器の攻撃を無効化は出来ない。

 しかし精霊武器を扱える者が一番強いかと言えばそうでは無い。サラの末裔はフィクサー達には太刀打ちが困難である。それは単純な話、精霊武器は近距離攻撃。魔法や魔術による遠距離攻撃には弱いのだ。

 それを逆手にフィクサーとセオリーは二人揃う事でサラの末裔に打ち勝ってきた。


 これらの力の構図がある以上、レクチェがエマヌエルについたとしても普通ならばセオリー達が勝つであろう。

 普通ならば。

 普通では無い部分は、クラッサが精霊武器の特殊能力を引き出せないと言うところ。勿論引き出せなくとも斬り付ければビフレストにダメージは与えられる。だが、どうやって光を纏い空を飛ぶ彼女に近づくか。

 セオリーが言い放ったそれは、ハッタリに他ならない。本人もそれを分かってて喋っている。後には退けない状況が、彼にそれを言わせているのだ。

 それに対してレクチェは言う。


「主は貴方達の目的を妨げようとは思っていません。ですが、国や民を脅かす竜の施設だけは困るのだそうです」


 彼女の口から語られた神の意志に、分かるようで分からない、その意図。


「こちらの目的を、妨げる気が無い……?」


 そう呟いたクラッサはフィクサーの本当の目的を知っている。彼は神を殺す気など無い、けれど彼の目的の先には神を殺すに等しいほどの事が待っているはずだ。それを妨げないだなんてクラッサには気が狂ったとしか思えなかった。

 セオリーも不審に思ったのだろう。クラッサと顔を見合わせてから、再度ビフレストの顔を見る。


「いいのか、ソレ言って」


「事実ですから……」


 エマヌエルの問いに、伏目がちに答えるレクチェ。

 その反応からして真実ではあるようだ、とセオリーとクラッサは受け取った。

 今対峙したところで全く得が無い。そう考えたセオリーは戦闘態勢を解き、最後に一つだけ念を押しておく。


「分かりました、この場は退いて差し上げましょう。ですが施設をこれ以上破壊されるわけにもいきません。次は……戦闘は免れないものと思ってください」


「セオリー様……ッ」


 未だに戦闘態勢を解いていないクラッサが、彼の発言に異を唱えるように名前を呼んだ。

 セオリーは彼女が多分あの王子と戦いたいのだと感じていたが、分を考えるとそれは出来ない。黙って睨んでそれを制し、クラッサは唇を噛み締めながらもセオリーの言う通り、退くべく剣を下ろす。


「ありがとうございます」


 レクチェはほっとしたように表情を少し緩めて自分の願いを聞き入れて貰えた事に礼を言い、深く頭を下げた。そして撫でるように振られた彼女の右手から光の布のようなものが広がって、それはエマヌエルまで包み込んだかと思うと二人はふわりと宙に浮いて飛び去る。

 セオリーは何度も見ている光景だが、クラッサは仲間になって日が浅い為エリオットがやっていたのを見た事しか無い。

 こうやって改めて見るとその力の差を感じさせられる能力。そして取り逃がした敵。

 今の彼女はセオリーよりずっと悔しさを感じており、下ろしていた剣を振り上げ、何も無い地面を斬り払って八つ当たりする。

 その切れ味はここで無駄にも発揮され、底が見えないくらいの亀裂がモルガナの外れの地に刻まれたのだった。




 とにかく無くなってしまったものは仕方ない、とセオリーとクラッサは一旦フィクサーの元へ戻る。

 ルフィーナの部屋ではなくきちんと自分の仕事部屋に居た彼は、相変わらず座り心地の良さそうなプレジデントチェアーに腰掛けながら視線だけで彼らを迎えた。

 セオリーはフィクサーの髪の色に一瞬驚いたようだったが、もう今の彼の気分はそれを突っ込んで笑う気にもならないようで、敢えて触れずに報告を進め、それを受けて唸るように返事をするフィクサー。


「じゃあ少年のビフレストには王妃だけじゃなく第一王子までもが絡んでいるって事か」


「多分そうなるかと」


「どうなってるんだあの城」


 率直過ぎる感想を述べたフィクサーに、セオリーとクラッサの二人も半ば同意する。


「しかも、リャーマでは……リズって名前だったか? そっちも覚醒させられたとなると厄介だな。今まで放置だったものをどうしてこの時期にきて戻したのか。分からないが理由はあるだろうな、あのガキの事だから」


「でしょうね。ルフィーナ嬢など気にせずに始末しておけば良かったのですよ。精霊武器が使える今、記憶の無いアレなどすぐにとどめを刺せたはずです」


「うっ」


 セオリーの言い分は尤もだった。今のやり方でいくならば女のビフレストは必要無いのだから、万が一を考えて殺しておけば少なくとも今回エマヌエルを取り逃がす事は無かったのである。

 痛いところを突っ込まれて苦々しい表情になるフィクサー。彼のその甘さは長所でもあるが目的を遂行する上ではとてつもない短所。

 フィクサーは咳払いをして自分への非難を一旦飛ばすと、話を元に戻す。


「で、俺達の目的の邪魔はする気が無いんだな、あいつらは?」


「そう言っていました。しかし近いうちに第二施設を狙われる事は間違い無いかと思います」


 予め釘をさしておいたものの、連中がそれで引き下がるとは思えない。セオリーはそこの考えは省いてあくまで結論のみを伝えた。


「国の脅威になり得る大型竜の育成は止めたい、と……どうやって第一施設を破壊されたのか分からないが、当分の間第二施設で待機しておく必要がありそうだな」


 フィクサーは少し目を閉じて考え込む。勿論、二人のどちらを待機させるか、で。

 そこへ先に名乗り出たのは、


「私に行かせてください」


 それまで口を挟まずにいたクラッサ。


「いいのか?」


「どういう方法か分からない以上は周囲の監視から徹底しなくてはいけないでしょう。それは私が適任かと……何かありましたらセオリー様に連絡すれば良いと思われます」


 本当ならばクラッサはフィクサーに連絡をしたいところなのだが、そういった状況で援軍を要請するのならば先にセオリーを呼ぶのが立ち位置を考えると当然であり、感情はセーブして敢えてセオリーの名前を出す。

 それで機嫌が良くなったのかどうかは定かでは無いが、にんまりと笑ってセオリーが言う。


「連絡がきて、助けに行くかは気分次第ですよ?」


「いや、行けよそこは」


 至極冷静にフィクサーは、友であり、今は部下である人物に突っ込んだ。

 その突っ込みに満足そうに頷くセオリーをさておいて、金髪上司が改めてクラッサに話しかける。


「セオリーで心配なら俺に連絡を寄越しても構わない。状況に応じてどう対処するかの判断は全て君に委ねる」


 黒い瞳は迷う事無く彼女を見据えて、少しの気遣いと優しさを帯びていた。彼の言葉の意味を正面から受け止めたクラッサは、胸で腕を折り一礼をする。

 だがそれに一人不信を抱く者が居た。無論、セオリー以外には居ない。

 モルガナでのクラッサは明らかに私情を挟んだ動きが見られたので、彼女が第二施設に向かう準備の為に一旦部屋を出るのを見届けてからフィクサーに話しかける。


「彼女はエルヴァンか第一王子かに恨みでもあるのでしょうかね」


「ん? 何でだ?」


 急な問いかけに、とりあえずその理由を尋ねるフィクサー。


「モルガナで第一王子と対峙した時に、妙に彼に対して殺気だっていたもので」


「そうなのか?」


「えぇ。なので、今回の件で彼女が的確な判断を下せるのか疑問を抱きます」


 クラッサが出て行ったドアの方向を渋い顔で見つめるセオリーからの提言に、数秒の間を置いてフィクサーが出した答えはこれだった。


「それくらいの意気込みがあった方が確実に仕留めてくれそうでいいんじゃないか?」


「ま、それもそうですね」


 あっさりとまとまった結論に特に感情を見せないまま、セオリーは退室すべくドアへ向かってスタスタと歩き出したかと思うと、


「では私はこれから彼女にその理由を聞いてきます」


「ちょおおおっと待ったああああ!!」


 全力で叫んで止めようとするフィクサーは思わず椅子から立ち上がる。セオリーはその剣幕に、細い目を普段よりもほんの少しだけ見開いて歩みを止めた。


「どうしました?」


「どうしました? じゃない! 明らかに何かあるんだからそっとしておいてやれよ!」


「目的に関わりそうな以上、聞いておかなくてはいけません」


 その主張はフィクサーにだって分からないでも無い。だがセオリーならばきっとそれを優しく問いかけるのではなく、土足で踏み躙るように聞き出すに決まっている。それは止めるのが上司の務め。

 フィクサーはあの時敢えて触れなかったその先に触れる事で彼を諌めようと口を開いた。


「じゃあお前だって目的に関わりそうな内容、いや、既に関わって影響を与えてくれている……俺に黙っている事があるだろう?」


「何がです?」


「……あの男を半殺しにした本当の理由だ。お前も言わなきゃフェアじゃない。どうしてもクラッサに聞きたいのなら、お前も俺に言ってから行けばいいさ」


 その場の空気が一瞬にして凍り付く。二人はしばらく黙って睨み合い、それはたった数秒にも関わらず二人にとっては随分と長い時間のように感じられていた。

 先に静寂を破ったのはセオリー。細く赤い瞳を閉じて睨み合うのをやめたかと思うとプッと吹き出して一言。


「何を言っても締まりがありませんね、その髪の色じゃあ」


「ようやく喋ったかと思えばそれか!」


 表情を砕けさせて目の前の男から顔を背けた彼は、その動きでズレてしまった眼鏡を直してまた口元から息を洩らして言う。


「染め直した方が良いと思いますよ」


「分かってる!!」


 それだけ忠告をして、セオリーは右手をひらひらと振りながら退室して行った。

 多分自分の言う事は聞き入れて貰えた……直接言われたわけでは無いがそんな感じの反応だったと思うフィクサー。

 けれども彼はほっとしたと同時に、酷く悩まされもしていた。

 そこまで言いたくないのか、とセオリーの抱えている何かが心配で仕方が無いのだ。


 あんな酷い性格になってしまった男をどうして気遣う、と周囲が見たら思うかも知れない。実際クラッサは過去を知らないにも関わらず、結構思っていたりする。

 だがフィクサーはルフィーナとは違い、彼が魔族になってから性格や態度が変わったなどとは全く思っていなかった。

 元々ちょっと変わった奴だったし、心底憎んでいた両親……特に父親を見る時のセオリーの表情は昔から酷いものだったので、たまに怖い顔をするのを見たところで『大して変わらない』のである。


 そしてフィクサーがそう思う理由にはもう一つあった。

 セオリーは『あの時』を除けば、決してフィクサーの前でルフィーナを甚振ったりなどしないと言う事。

 そのお陰で彼ら二人の関係には亀裂が入らずにここまで来ている。

 セオリーは定かでは無いが、フィクサーはきっと彼を友人だと思っているだろう。けれど大きな事実を隠す事で保たれているその関係で、友と呼べるのか。

 両方の事実を知り、その関係に疑問を持つ者は……居なかった。


「はぁ」


 見事に金に染まった自分の髪をくしゃりと掴み、指の間で梳くようにいじりながら、溜め息混じりにもう一つ考え事をするフィクサー。

 身内のメンタル面も随分と心配だが、当面の敵である少年のビフレストの件もかなり心配なのだった。


「俺の目的を、邪魔する気が無いだと……?」


 と言う事は、奴はこちらの目的を完全に把握している。

 よく考えろ。

 フィクサーは心内で自分にそう言い聞かせながら、必死に思考を張り巡らせた。


 邪魔をする気が無い、それはつまりビフレストの目的に不都合が無いか、でなければむしろ都合がいいかのどちらかだろう。

 しかしあの憎いエロ男にすら教えていないのに、どうやって知ったのか? いや、ここは発想を逆転させよう。知ったのではなく、単に予想が出来ているのだとしたら。神によってこんな体にされた自分が、その後にどう動くのか……これほど分かりやすい流れも無いだろう。

 フィクサーは額に手をあて、歯を食い縛る。


「見てろ……」


 誰に言うわけでもなく、彼は独り呟いた。




 場所は変わり、最初に部屋を出たクラッサは自室に戻った後、少しずつトランクに荷物を詰め込んでいく。

 必要な荷物を全て詰め終えてから腰に携えたショートソードを確認し、次にあの精霊武器が収められている箱を開けていた。

 いくつもある武器達の中から彼女が取り出したのはハンディサイズの槌。柄が妙に短いアンバランスなその槌に、クラッサは小さく呟いて命令をする。


「もっと小さくなりなさい」


 すると更に小さくなり手で握り隠せるくらいのサイズになった槌を、彼女はポケットにそっと忍ばせて準備を完了させた。

 そう、またあの第一王子が来た時の為に。


 自分以外にもあの男を恨む者はきっと数え切れない程居る事だろう。そのうちの一人でしかない自分が、復讐の機会を前にこれほど浮かれる事になろうとは。

 エリオットが城を竜で攻めると言った時に感じた以上の昂ぶりに、クラッサはただ身震いする。

 あの第一王子が憎い。そして第一王子の振る舞いを咎めない国が憎い。大きくなり過ぎた組織と言うものは簡単に腐るものだ。国も同じ事。

 表向きはどうとでも繕えるから、被害に直接遭っていない連中はそれに易々と騙される。酷い者になれば、自分に被害が及ばなければいい、とその腐敗に気付いていながらも気付かぬ振りをしていた。


 全て、今、これを機に変わればいい。その片棒を担いでやる。


 そう思いながらクラッサは、良くも悪くも異質だったレイアとエリオットを除く全てを見下しつつ、四年余りの歳月をあの城で過ごしてきたのだった。

 左頬の火傷の痕を右手でそっと撫でて、彼女は肺の中の空気を吐き出しながら目を閉じる。全て吐き出し終えたところでゆっくりと目を開き、その漆黒の瞳はぼんやりと宙を映していた。

 そこへ、コンコン、とノックの音。


「はい」


 短く返事をした後にドアを開けてきたのはセオリー。


「準備は出来ましたか?」


 大きな口と赤い瞳を細めて笑うように声をかけてくる彼に、クラッサはきちんと体を向けて答える。


「出来ております。よろしくお願い致します」


「早いですね」


 そう言って彼は部屋のドアを静かに閉めて室内を少し歩いたかと思うと、クラッサに背を向けて突っ立ったままぼそりと喋り始めた。

 これから第二施設に送って貰えるのではないのか、てっきりそう思っていたクラッサは彼の行動に少し疑問を感じて首を傾げながらそのすらりと高い背中姿を見る。


「貴女は私に何か聞きたい事はありますか?」


「はっ……?」


 唐突に問いかけられてクラッサは何と答えていいか分からずにただ声を洩らした。セオリーの表情は見えない為、どこまでどのような態度で接していいかも分からずに不安だけが募ってくるこの状況。

 彼女のそんな考えなど全く察していないようにセオリーは続ける。


「私は貴女が先刻モルガナで見せた憎しみの正体が知りたい。けれどフィクサーが言うのです。私も言わなくてはフェアでは無い、とね。なので聞きたい事があれば答えてあげようと思ったのですよ」


 なるほど、そういう事か……とクラッサは心の中で呟いた。

 だが同時に思う。聞きたい事は山ほどあるが、この男の本質の部分に触れては後々大変面倒な事になりそうだ、と。

 そして、聞きたくないし答えたくもない、と言ってもきっと不機嫌になるのは目に見えている。

 悩んだ末に彼女は何を問うのかを決めた。


「……年齢が、ずっと気になっておりました」


「……四百から数えていませんね」


 ぼそりと答えてからセオリーは少しだけ顔を上げ、しかしクラッサには正面を向けないままもう一言。


「この問いで、私の疑問に答えて貰えるのでしょうか」


 多分交換条件としては流石に弱い質問だとセオリー自身も感じているのだろう。それでいいのか、と確認するように言葉を置く。


「構いません、大した内容ではありませんから」


「そうですか」


 実際に、大した内容では無い……少なくともクラッサはそう思っていた。自分から話す事では無いが、ここまで聞かれているのに話さない事でも無い。


「十年以上前に、あの第一王子に兄を殺された。ただそれだけなのです」


 僅かだが、セオリーは彼女の言葉にぴくりと体を動かし反応を示した。


「……貴女が縁を切ってきた身内の中に、兄が過去存在したと言う記録は無かった気がしますが」


「それらは全て遠い親戚です。兄が死んだ事で引き取られた先に過ぎません」


「なるほど」


 情による復讐心か、と思うと不機嫌になってくる感情。それがバレないようにクラッサに背を向けたまま、すぅ、と息を吸うセオリー。顔には出ているのだろうが、見せなければ取り繕うのは声だけで済む。

 平常心を保ち、彼は次の言葉を紡いだ。


「未だにあれほどの殺気を出せるほど、兄を慕っていたのですか?」


 返答はイエスだろうと思った上での問い。けれど返って来たものは違った。


「そうでもありません。兄を殺された事には確かに怒りを感じていますが、とても慕っていたからかと言うと、多分違います」


 どこか矛盾を感じるその答えに、セオリーは先ほどまでの不機嫌な感情よりも疑問の方がまた大きくなる。落ち着いてきた気分と表情に、彼はようやくクラッサに振り返って今度は正面から会話を進めた。


「面白い事を言いますね。では、それは何故?」


「……兄が死んだお陰で、親戚の家に住まなくてはいけなくなった。それが耐え難い苦痛でした」


 兄が死んだ事よりも、その後の自分の置かれた境遇に不快を感じたと彼女は言う。セオリーは笑い出しそうになるのを必死に堪え、自分の今の心情を少しだけ伝えた。


「素晴らしいですね」


 全く褒める場所では無いにも関わらず、彼は褒める。元々フィクサーよりも非情さが見えるクラッサだったが、その自分本位な憎悪にセオリーは心地よさを感じていた。そしてそれが何故心地よいのかも、彼は自覚している。

 褒められた当人のクラッサは全くその言葉の意味が理解出来ていなかったが。


「……あ、ありがとうございます」


 少しの間、ぽかんと口を開けて呆気に取られていた彼女がようやくそれに対して返事を述べた。


「気分が乗りそうですので、いくらでも手伝って差し上げますよ。アゾートを通じてすぐに連絡なさい」


 何故かご機嫌な目の前のAB型(予想)男に、逆に不安で仕方が無いクラッサは、とりあえずその嬉しそうに細める瞳を上目遣いに見ながら頭だけで会釈だけする。

 褒めて貰うつもりで話したわけでは無いのだが、どうも彼のお気に召したらしい。つくづく歪んでいて読めない人だ、と部下としては扱いに困る上司に溜め息を吐きたいところをそれもあからさまなので我慢したクラッサ。


「精霊武器はその剣だけで良いのですか?」


 ふと彼はその視線を下に移し、クラッサが腰から提げているショートソードに目をやる。


「もう一つ、携帯しております」


 そう答えて彼女はポケットから先程小さくした槌を取り出してセオリーに見せた。手の平サイズで普通ならば使い物にならなそうなソレを見て、口角を上げる彼。


「なるほど、もしビフレストに空を飛ばれても飛び道具で、と言う事ですか」


「はい」


「ベルトは持ちましたか?」


「既に着けております」


 少しだけスーツの上着を捲り、彼女はセオリーに自分のくびれを見せ……たわけではなく、そこに巻かれている黒スーツには似合わない少し太めの紺のカービングベルトを見せた。大きめの金のバックルはがっしりと彼女の腰で組まれている。


「気合充分、と言った所でしょうかね」


 指摘した箇所は全て準備済み。そんな彼女へ満足そうな笑みを向けてセオリーは言った。


「そうかも……知れません」


 そっと呟いてクラッサは手の平の上の槌を見つめる。

 小さくなっている槌には、クリスが以前使っていた槍と同じ魔術紋様が刻まれて、疼くように赤く光っていた。

 自分に降り掛かった災いの連鎖を、この槌で打ち砕いて終わらせる事が出来るだろうか。

 そう思いながらまた左頬を撫でるクラッサの仕草を、セオリーは見逃さなかった。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 あれから二日後、俺は自分の使える金額を念の為チェックした後に使いの者をライトの病院にやってフォウを城へ正式に迎え入れた。

 わざわざ使いを出したのは、クリスの見舞いに行った後に城へ戻ってきてからレイアにこっ酷く叱られた為、フォウを連れて来るくらいの事でまた抜け出して怒られたくなかったからである。

 俺の部屋の近くの一室、今現在レイアが使っている部屋の隣室をフォウへ貸し出して住まわせる事にし、とりあえず今は依頼の話をするべくフォウを自分の部屋に呼んでいた。


「ピックアップされてるこの人達を重点的に見ればいいんだね?」


 俺が渡した比較的動きやすいレザーアーマーを着ているフォウが持つ紙に書かれているのは、レイアの部下の一人でありクラッサとも面識があった大尉に、クラッサと同室で城に住み込んでいた給仕のメイド。そして母上とその侍女に、一番目の兄上とその従者。

 フィクサー側に情報を流している可能性のある人物と、ビフレストと繋がっていそうな人物だ。

 俺とフォウが紙を見ながら話しているところを、レイアは少し離れた位置で立ってこちらを見ている。


「あぁ。お前一人で接触は難しいだろうから、お前も俺の護衛って名目で呼んである。自然に俺の傍に就きながら見て回ってくれればいい」


「分かったよ」


 ひとまず説明が終わったところで、レイアが何かを気にするようにそわそわと周囲を見渡してから言った。


「王子、そろそろお時間かと」


「あーはいはい」


 レイアが事を急かすので、事情を知らないフォウが不思議そうに首を捻って彼女を見る。


「これから何かがあるの?」


「リアファルが来るんだ」


「……えーと、婚約者さん?」


「そ」


 凄く会いたくないが、来てしまっているからには会わないといけなかった。多分彼女も俺とは会いたくないだろうな、とあの時のドン引きっぷりを思い出して苦笑いしてしまう。

 俺の護衛と言う事で慣れない長剣を腰から提げているフォウは、椅子を立ったのはいいがその長剣の柄をテーブルにぶつけて四苦八苦しながらも喋った。


「っ、じゃあ、俺はあっちの部屋で待機でいいんだよね」


「何だ、見ないのか?」


 去ろうとするフォウを、内心引き止めたいと思いつつ俺は問いかける。


「えっ」


「状況が状況だからどの場に護衛を連れても文句言われないからな。だから別に居てもいいぞ」


「何かよく分からないけど、居て欲しいなら居て欲しいって言おうよ」


 立ったまま呆れ顔でこちらを見る四つ目の青年に、軽くイラッとして俺はそれを顔に出した。

 その能力を見込んで仕事を依頼したものの、身近にコイツを置くのはやはりストレスが溜まりそうだなと思う。一箇所に住めない理由も納得がいくと言うものだ。

 俺の反応にフォウもとても不機嫌そうになり、荒く椅子を引き直してまた腰掛ける。そこへ、


「王子は単にダーナの姫と二人きりになるのが嫌なだけなんです、気にしなくていいですよフォウさん」


「あー、やっぱりそうなの」


「お前達……」


 さらりと俺の考えている事をお見通しているレイアがフォウに説明し、納得がいったように呟く小僧。

 レイアの格好は今日も赤い軽鎧。深緋のマントを靡かせて彼女はスタスタと部屋のドアへ歩いて行き、最後にこちらにくるりと体を向けて念押しした。


「これから連れて参りますので、ちゃんと待っていてくださいね」


 そして出て行く。

 彼女が出て行ったのを確認してからフォウはこちらに向き直り、


「椅子、空けといたほうがいいよね」


 と、結局椅子から立って俺の少し傍に待機した。


「ベッドで座っててもいいんだぞ?」


「いやいやお姫様来るのにそんな態度で迎えられないよね!?」


 んな事気にしなくてもいいのに、でもまぁ気にしたいならすればいい。

 鎧を着たところで筋肉が無いのがバレバレだったりするフォウは、しゃんと背筋を伸ばして待つ。俺はと言うとテーブルに頬杖をつきながら欠伸しつつだらだら。

 しばらく特に会話もせずに待っていると、ノックの後にドアが開き、レイアが促す姿が見えたその隙間からそっと入ってくる妖精さん。

 久しぶりに見たなぁと思いつつ、俺は特に出迎えるわけでもなくそのままの体制でリアファルを見ていたが、その横のレイアと目が合ったかと思うと彼女が鬼のように目尻をつり上がらせてくるので、慌てて起立した。

 今更な気もするがすぐにリアファルの方へ歩いて行き、彼女の手を取ってご挨拶。


「お久しぶりです。無意味過ぎる見舞いに来させて申し訳ない。この通りピンピンしてますよ」


 焦るがあまりに色々と言葉の選び方を間違えた俺に、更にレイアから鋭い視線が飛んでくる。痛いぜ。

 しかしリアファルは言葉の内容よりも俺の容態を見てビックリしたらしい。


「……本当にお元気そうですね」


 ぽかんと口を開けて俺を見上げる彼女は、今日は以前よりも少し派手な青藤色のドレスに白群のストールを肩に掛けていた。

 彼女の髪が薄紫だからと言うのもあるがコーディネイトの色合いが寒色系で、やはりクリスを思い起こさせる。こんな事ならアイツのピンクチョイスを止めたりしなければ良かった、と俺は遅すぎる後悔をした。

 とにかくまずは彼女を椅子に座らせて、俺も向かいに座る。そこへ後から着いて来ていたメイドが茶と菓子をテーブルに置き、レイアと共に退散していった。多分レイアはドアの外で見張りをするのだと思う。


 さて、相変わらずこの少女とは話が進まない。

 どう扱っていいのか俺にだってよく分からないのだ。クリスみたいな例はさておいて、俺は元々若い女に興味も無ければ接する気も無かったから経験不足だと言われても否めないところである。

 紅茶に少し口をつけながら、でも放っておくとまた泣かれるのでは、と心配し始めたところで彼女の視線が俺の後ろにある事に気がついた。


「…………」


 振り返ってみると彼女の視線によって完全に固まっているフォウと、それにも関わらず見つめ続けるリアファル。

 助け舟を出すわけではないが話題になりそうだったので俺はリアファルに声を掛けてみる。


「三つ目が気になるのか?」


 もうレイアが居ないからくだけた言葉遣いに切り替えた。

 リアファルはコクコクと頷いて、それでもやはり俺を見ずにフォウを見ている。


「初めて拝見しました……ルドラの民の方々とは昔は交流があったそうなのですが、私の頃にはもう無くなっておりましたので」


「姿形は違えど、特殊、と言う意味では近い種族だしな」


「はい……占いもして貰えるのでしょうか?」


 予想していなかった発言に俺は少し喉を詰まらせそうになった。明らかに護衛にしか見えないであろう服装のコイツに占いを要求するとはなかなかズレた事を言う。

 やはり以前感じた印象に間違いは無いようで、普段はしっかりしようとしているのだろうが根っこの部分は見聞も少なければ経験も浅い、箱入り娘なのだろう。


「……何かしてやれ、フォウ」


「いいけど、何を見て欲しいの?」


 と、そこまで言ったところで慌てて自分の口を塞ぐフォウ。


「多分リアファルは敬語を使えだなんて思ってないから気にすんな」


「そ、そう?」


 フォウは俺に向けていた視線をリアファルにやる。彼女はやはり頷きながら、それよりも占いだ、と言うように純粋な視線でフォウを見ていた。

 女は占い好きが多いよなぁ。

 こほんと咳払いをした後フォウは改めてリアファルに聞く。


「じゃあ、何を聞きたいのかな。お姫様自身に関わる事なら何となく答えられるよ」


 相変わらず分かり難い占いだな、と心の中で思う俺。

 リアファルは少し考えた後にその深い紫の瞳を期待に満ち輝かせながら、


「私の身長がどこまで伸びるのか知りたいです……!」


 俺達の顔を困惑したものに変えさせてくれた。


「ごめん……それはちょっと分かんない……」


 フォウの返事に大変がっかりされるお嬢さん。

 俯いて項垂れる彼女に掛ける言葉も無く、俺とフォウは顔を向き合わせてお互いの疲れた顔を確認する。


「し、身長は別にそれくらいでもいいと思うぞ」


 多分彼女の身長は女性の中でも小さい方だろう。百五十あるか無いかに見えるが、まぁそこまで気にするほどでも無いと思う。いや、小さいよりはそれなりに身長がある方がスタイルが良く見えるので俺は好みだが。

 俺の好みさえ置いておくならばそうだと思うのでここはフォロー。何で毎回こんな事をしなきゃいけないのだろうか、見舞いに来て貰ってるんだよな俺? まぁ怪我なんてもう無いけれど。

 フォウもそこで頷いてくれてどうにかリアファルを宥めた俺達に、彼女は一旦その話を置くように表情を真面目なものに変えて問う。


「エリオット様……こちらの方は信頼に置ける方でしょうか?」


 彼女の纏う空気が瞬時にピリッとして、俺はそれに驚きつつも黙って首を縦に振った。


「二日前の事ですが……モルガナにあった竜を飼育しているはずの施設の一つが消滅しました」


『!!』


 俺とフォウはその言葉に息を飲む。


「現状から若干の焦げた後と一本の大きな亀裂だけは確認出来ましたが、普通に燃やしたりしたようには見えない有様でした。竜はおろか、本当に建物が存在していたかどうかも疑問を持つほど、何も無いのです」


「どういう事だ……」


「書類にまとめようかとも思いましたが、その必要も無いほど何も無かったので口頭で伝えさせて頂きました。まずエリオット様にお伝えした方が良いかと思い、この城内ではまだ他の誰にも伝えておりません」


 仕事、と言うか自分の役職に関わる内容となると饒舌になるリアファル。恋愛や異性との接し方は習わずとも、こういうのに関しては小さい頃から叩き込まれているのかも知れない。

 彼女は少しだけ汗ばんだ額に手を当てて言葉を続けた。


「周囲の民から一瞬そのあたりの空が光った、と言う情報もありましたが、モルガナでも外れに位置する場所に建物があった為、直接的な目撃者は見つけられませんでした」


「光った……か」


 魔法か魔術か、でなければビフレストの力の光か。いや、焼き焦げた後があると言うならばビフレストの力では無いだろう。


「おいフォウ、何かがあった現場で見えたりするものはあるのか?」


「無い事も無いよ。早めに見ないと薄れちゃうけど、魔術の痕跡だとか誰かの強い感情だとかはその場に残ったりする事も稀にある」


「二日前、今から急いで行っても消滅から三日経った後になる。それだとどうだ?」


「濃いものならば三日くらい残る事もあるだろうね」


「分かった」


 聞きたい答えを聞けた俺はすぐに立って出かける準備をすべく、愛用の銃とホルダーを棚から取り出す。フォウは俺の問いで何がやりたいのか分かったようで、何も言わずにこちらを見ていた。

 ただリアファルだけが突然動き出す俺に戸惑っている。


「え、エリオット様?」


 彼女の相手をせずに着々と荷を整えている俺の代わりにフォウが言った。


「多分今からその無くなった施設を見に行くんだと思うよ。俺が見ればお姫様達が得た情報以上の事が得られるかも知れないからね」


「い、今からですか!?」


「驚くだろうけど、そういう人なんだ」


 後ろの様子は確認していないがきっとフォウは呆れ顔をしているんだろうな。婚約相手そっちのけで気になる事の方を優先するのだから。

 何かこの前ライトが言っていた事と俺も変わらない気がする。


「フォウ、レイアに伝えてくれ。出かける手筈を整えろ、と」


「……いいけど、正面から出られるの? 一応大怪我してたんだし、王様に怒られたりしない?」


「勘違いするなよ、この国は決して味方じゃない。言う事なんていちいち聞いてられるか」


 軽く準備を完了して振り返るとフォウは丁度部屋を出るところで、俺を心配そうに見つめるリアファルだけがそこに居た。


「国が味方では、無い……ですか?」


 事情を知らない彼女からしてみれば、嫁ぎ先の王子が自分の国をそんな風に言うだなんて不安でしか無いのだろう。

 震える声で問いかけてくる妖精の君に無理やり笑顔を繕って俺は言う。


「俺個人の敵が多いだけだから気にしないでいい。一般人にとっては善でも悪でも無いさ」


 と、ここまで言って気付くが、夫になる男に敵が多いと言うのもどうなんだ。うーん、フォローにならなかったな……

 ぽりぽりと後ろ頭を掻いて視線を泳がせつつ、


「大丈夫、心配しなくとも君がここで暮らす頃には多分全て終わってる」


 そう、結果がどちらに転んだとしても……

 自分で言っていて胸の奥が苦しくなってくるのが分かる。俺が死んだらそこで終わり、生きて全てを勝ち取ったとしてもこの少女を人生の伴侶として迎えるのだ。

 俺の人生、本当に何なんだよ。

 泣きそうな顔をしてしまいそうなので、背の低いリアファルには見えないくらい上を向いて誤魔化す。目を閉じて瞼の裏に映ったのは、もうローズではなくクリスだけだった。


 いつから俺は心変わりしていたのだろうか。

 これはもう、クリスにローズを重ねているのでは無い。クリスがいいんだ。見た目が男でも、あの中身が好きなんだ。

 婚約者を目の前にしてこんな事を考えるだなんて何て酷いんだろうな俺は。


「はは……」


 またしても急に笑い出す俺に、以前同様リアファルが引いていたのは言うまでも無かった。


   ◇◇◇   ◇◇◇


【第三部第三章 負の連鎖 ~打ち砕くもの~ 完】

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