女神の遺産 ~凸凹な彼と私の素性~
◇◇◇ ◇◇◇
スーベラからフィルまではのんびり歩いて三日程で着いた。最初は少し不安だったけれど、慣れてみれば何て事は無い。私のハイセンスなジョークにエリオットさんが時々緑の髪を振り乱して激昂する程度で、それ以外は役割もうまく決めながら進めたと思う。
ちなみにフィルはアズ地域では一番王都に近い街となる。なのでそれなりの規模の、物流も良い住み心地の良い街と言えるだろう。
街についてからまずエリオットさんは案内の看板を見て目的地を見つけると、その中性的ではあるがどちらかといえば男らしい淡白な顔を、少し幼く見せるような笑顔に変えてその場所を指した。
「ここだぜ」
その指の先には、『フィル王立図書館』の文字が書かれていた。
「エリオットさんの師匠という方は、盗賊の師匠では無いのですね」
見上げると首が痛くなるくらいの建物を前に、圧倒されてしまう。壁の端から端まで見事な彫絵の装飾がなされ、いつまで見ていても飽きなさそうな外観だ。
「流石に俺にはそんなものの師匠は居ないな」
彼はゆるいウェーブがかかった前髪を少し掻きあげながらそう言い、重そうな図書館の扉を引き開ける。中に入ると王立だけあって、膨大な量の本と人。私はどちらかと言えば田舎の出なので、この量には少し目眩を覚えた。広々とした館内の床には渋めの赤の絨毯が敷き詰められ、どこかのお屋敷なのではと思ってしまう。
「どっかで本漁ってるんじゃないかとは思うんだけどなー……」
そう言ってその翡翠色の瞳があたりをくまなく映した後、諦めてエリオットさんは係の人に聞いていた。
彼は貴金属やマントを身に纏っていてパッと見だけは育ちが良さそうには見えるので、この豪勢な図書館にいても違和感がする事は無かった。細部を見ると実は薄汚れて解れたりしている法衣を着ている自分が少し恥ずかしく、正直な所ここは居心地が悪い。
と、エリオットさんが一旦係の人との話を終える。後ろで掻い摘んで聞いていたが、探し人はどうやら非公開の書庫に居るらしい。案内をして貰い、館の奥まで進む。
「ルフィーナさーん、お客様ですがお通しても宜しいでしょうかー?」
係の人が扉にノックをしながら少し強く声を出した。
『んー誰かしらー?』
うぇぇ、エリオットさんの師匠って女性なのか。てっきり男性かなとか思っていたのに。扉の奥、少し遠めからどちらかといえばハスキーな声がした。
「あー、俺だ俺ー! いいから開けろー!!」
扉越しにとんでもなく失礼な呼び方をするエリオットさん。師匠じゃないのだろうか。
『俺じゃわかんないわよー!』
そりゃそうでしょうね。
「申し訳ございませんお客様、お名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
見かねた係の人が、おそるおそる声をかけた。しかし、この後耳を疑う言葉を聞く事になる。
「いやだ!」
係の人は勿論、私も開いた口が塞がらない。
「さっさと開けろババァー!!!!」
何を言っているんだこの人は。何か名乗りたくない理由でもあるのだろうか。程なくして、バタンと勢いよく扉が開いた。同時に飛んでくるぶ厚い本。それはエリオットさんの頭に直撃し、何故か避けようとしなかったエリオットさんは痛みに耐えながら、扉の中から出てきた女性に挨拶をした。
「よう」
挨拶を終えるとごく自然に会話は進んだ。
「……久しぶり、元気にしてたか?」
「あら、エリ君じゃないの。百年ぶりくらいかしら?」
「ゼロが一つ多いっつーの」
怒って本を投げた事すら無かったかのように、コロッと態度を変えるその女性。そしてエリオットさんも本など当たっていないかのように、爽やかに挨拶と突っ込みを入れた。
「あぁ、知り合いだからいいわ。席をはずして頂戴」
「かしこまりました」
少しクセっ毛の、腰まである東雲色の長い髪を揺らして、赤い瞳のエルフの女性は手をひらひらさせながら係の人を外へやる。ババァなどと呼ばれていた割には若い。ヒトで言えば二十代後半くらいの女盛りそうな女性だ。まぁエルフだから確かにエリオットさんからすればババァなのかも知れない。
着ている白いブラウスには品の良い小さなフリル模様がついており、グレーの短いタイトスカートの下は、履いているか分からないくらい肌理の細かい肌色のストッキングに黒いフォーマル靴。いかにも図書館にいそうなお姉様ルックである。
圧倒されている私にエリオットさんが声をかけてくれた。
「あぁ、コレが俺の師匠だ。ルフィーナって言う。ハイエルフだからこう見えてもすんげーババァなんだぜ」
「あ、よろしくお願いします、クリスと言います」
慌ててお辞儀をする。よりによってハイエルフとは……それはババァと呼ぶのも頷ける。エルフの中でも一番長生きな種族だからだ。とまぁ、失礼な事を私は一人で思った。
「えぇ、よろしく。可愛いわね貴方」
言うなりずずいっと近寄ってくるルフィーナさんに私は思わず一歩引く。そんな様子を見てエリオットさんが溜め息まじりに一言忠告してきた。
「クリス、そいつ子供が好きなんだ。気をつけろ」
いや、子供好きは別に悪い事では無いと思うんですけど、気をつけろってどういう意味で……意味を理解し兼ねている私の両手を取りながら、ルフィーナさんはエリオットさんを睨む。
「うるさいわねぇ。あんなに可愛かったのに大きくなってくれちゃってまぁ。あんたなんかもう要らないわよーだ」
そう言うといきなり私を、ぎゅううううううう
「わあああ!?」
思いっきり抱きしめて離さない。
「羨ましくても、エリ君なんてもう抱っこしてあげないから」
「しなくていい」
二人の中では、このやり取りも楽しみの一つなのだろうか。ぶーぶー文句を言っている割にはとても楽しそうに見えた。しかし、私は、いつになったら、離して、貰える、のだろう。
それから程なくして、非公開の書庫に入れてもらえた。公開している本棚と違い、何やらぶっそうなタイトルの本や、とんでもなく価値のありそうな魔法書が並んでいる。
「で、行方くらましてたと思ったらいきなり、何の用かしら?」
ルフィーナさんは書籍に埋もれた机を掘り出して、何とか出来たスペースに用意した紅茶を置いて本題を切り出した。
「あぁ、ちょっと傷を診てほしいんだ」
「……あたし、医者じゃないわよ?」
「まぁ診れば言いたい事は伝わるさ」
そう言うとエリオットさんは先日私に見せた時のように脱ぐ。何度見ても慣れそうにないその傷は、先日よりも酷くなっているようだった。傷を見るなり目の色を変えたルフィーナさんは、傷をまじまじと見た後に小さく呟く。
「よりによってまぁ……」
「ん? 何か知ってるのか?」
エリオットさんがその呟きに問い返すが、ルフィーナさんは静かに頭を振って、
「いいえ、今の私に言える事は無いわ。とりあえずあった事を全部話しなさい」
真剣な目で、エリオットさんに強く言った。
◇◇◇ ◇◇◇
「何か呼ばれている気がするのよ」
空色の髪と瞳にふくよかな胸を持て余し、その肉感的な身体にフィットした黒いスウェットスーツを着た女性が鉱山の洞窟の奥でぽつりと呟いた。隣に居る貴族のような身なりの青年が不思議そうな顔をして答える。
「とは言っても、とっくに掘りつくされた鉱山に何があるっていうのか悩むところだけどな」
そう、ここは既に何百年も前に鉱石は掘りつくされていた。なのにそんな場所に来ているのは、女の勘。
「ここが気になるわ」
そう言うと女は、何も無い壁を触りながら確かめる。腰巻が揺れ、何をするにしても色香が零れる女。男の目線は一瞬その腰にいくが、すぐに邪な考えを振り払い壁を見た。
普通なら馬鹿馬鹿しいと言い捨てるところだが、女は普段そういう根拠の無い事をするタイプでは無い。もしかすると何かあるのかも知れない、と男も一緒になって調べる事にした。
「どれ……」
壁に触れて、男は顔色を変える。その壁には魔術が掛けられた痕跡があったからだ。
こんなもの見つけようとすればすぐに見つけられる。が、この魔術は「この場所を気にしない」などと、周囲の意識に働きかける類の魔術だ。普通ならその魔術の働きの通りここは素通りしてしまう。女がどうしてすぐにコレに気付いたかは分からない。
でもこのテの魔術は一度破れてしまえば問題は無い。そして、この奥には間違いなく何かがあるという事。
男は壁に手をかざし容易く壁を破壊する。力ではなく、魔力で。
「ん、やっぱりおかしいな。壁の組織が随分こじれていた。誰かが間違いなく魔術でこの壁を補強していたな」
「ビンゴかしらね」
壊れた壁の奥には、洞窟には似合わない研究所のような施設。しかしそこに生きた人は居なく、古び方からすると百年は越えているようだった。女は軽い足取りで進む。
「おい、気をつけろよ! そこら中死体だらけじゃねーか」
研究所は、何か事故でもあったのだろうか。そこには既に白骨化した死体と、たまに最近のものと思われる死体が転がっていた。崩れた施設を進むと奥にはもう既に機能していない機械。そして、その一室の一箇所に死体が山のようになっている。
「この死体の下、怪しいわね」
「どかすか」
少しずつ死体を掘り返して行くと、そこには一本の大剣。
「何で剣に死体が乗ってなきゃいけないんだ?」
とはいえ、男は何か気にかかる。このゴテゴテした大剣から発せられる禍々しさは、まるでこの惨事の原因は自分だと言っているようだった。
「この剣だわ」
女が、よく分からない事を口にする。
「この剣が、呼んでいたのよ」
「お、おい……」
男が止める間もなく、女は勢いよくその剣を手にした。
瞬間、先程までの禍々しさが一気に爆発する。息をするのも苦しいようなその空間で、何とか意識をしっかり持とうと男は顔を振った。
淀んだ空気の中に響く一つの声。
『ゴミは、ゴミ箱へ☆』
男でも女でも無いようなその声が聞こえたかと思うと、男の腹は女によって剣で斬り裂かれていた。
「……な」
何でなどと聞くまでも無い。女の目は既に虚ろ。あの剣は触るべきじゃなかったのだ。
男は痛みに耐え、さらに奥へ進もうとする女を追おうとしたが、その傷がそうはさせてくれなかった。
「嘘だろ……?」
まだ死んでもいないのに傷口から腐敗が始まる。どろりと落ちていく腐った肉片を手に取ると、男は自分の出来る限りの治療魔術をもって修復を試みた。少しは治ったが腐敗の侵食は止まらない。生きながら腐る痛みに意識を朦朧とさせながら、男は次に自分の腹を焼いた。
この腐敗が剣にかかる呪いのせいならば、それ以上の魔術で止めるしかない。自分の血で儀式の陣を床に描き、男は次の魔術を成功させる。残念ながら剣の呪いの方が強く、呪いを遅らせる程度にしかならなかったが。
「…………」
やるだけやって、男の意識はそこで途切れた。
◇◇◇ ◇◇◇
ルフィーナさんは顔色を変えずに聞いていた。私も詳しく聞くのは初めてで、この前は軽く言われただけなのでもやもやしていたものが随分晴れる。エリオットさんは喋り終えた後に少し冷めた紅茶を口につけ、それによってその薄い唇にほんのり色が戻るが目は普段よりも何だか怖かった。
「これに懲りたら、大人しく家に帰る事ね」
エリオットさんは返事をしない。ルフィーナさんもその長い耳を弄りながら、それ以上は深く突っ込まなかった。
しかしこれでは収穫が無いように見える。私には入り込めない二人の雰囲気がイヤで、仕方なく私から話を切り出す事にした。
「結局、治す術は無いのでしょうか?」
「あるわよ」
あっさりと言われた。
「エリ君が家に帰れば何だってどうにかなるでしょうね。まぁ私にはどうしようも無いけど」
「ルフィーナに出来ない事が他でどうにかなるとは思えないがな」
ルフィーナさんの言葉にエリオットさんが不満そうに突っ込む。ルフィーナさんは一瞬顔を曇らせたがすぐに笑顔に変え、
「随分あたしの事を評価してくれてるのね、先生冥利に尽きるわ」
……とイイ方に受け取ったようだった。
「それならエリオットさんの家に行った方が早いんじゃないですか?」
私はとっくに空にしてある紅茶の器をいじりながらもっともな事を聞いてみた。しかしエリオットさんは何故か知らないが、本日最高に不機嫌な顔をしていた。まぁ盗人なんてやっているのであれば家にはあまり帰りたくないのかも知れない。
「その様子だと、何も聞いてないのね」
ルフィーナさんは悪戯な表情を浮かべ、その眠そうな目を更に薄くしてこちらを見てくる。
「ル フ ィ ー ナ !」
「バレるよりは、自分で言った方が良いわよ何事も」
声を荒げるエリオットさんを澄まして宥める彼女は、再び私の方に向き直り、
「どういう紹介をされたのかは知らないけど、嘘に付き合ってあげて頂戴ね」
まるで母親のような優しい声で言った。
「エリオットさんは見るからに嘘吐きなんで気にしてませんよ」
私はその優しさに打たれ、笑顔でフォローを入れる。
「お前それフォローになってねぇよ」
嘘吐きが何かぶつぶつ言っているが、これも気にしないでおこう。ムスッと腕と足を組み、ふてぶてしい態度でエリオットさんはまた無言になる。大人気ないなぁこの人は。
そんなやり取りに笑みを零し、紅瞳のエルフの女性は最後に一つ助言をしてくれた。
「まぁ、自分でどうにかしたいならその剣があった場所にもう一度行く事ね。全てはまず始まりから調べなさい」
なるほど、それもそうだ。でも、もう一つアテがあるような事をエリオットさんは言っていたがそちらはいいのだろうか。しかしあっさりとエリオットさんは受け入れる。
「あぁ、わかった。行ってみるよ」
「え、本当ですか?」
「また来た道を戻るハメになるがまぁ我慢しろ」
子供じゃないんだから、それくらい分かってるのに!
私は少しふてくされたが、「またね」と手を振るルフィーナさんの笑顔に釣られ、不満を残さず図書館を後にした。
しかし、エリオットさんの態度は偽物だったらしい。素直に受け止めた私が馬鹿みたいではないか。その後のエリオットさんの言葉を聞き、私は大人って怖いなぁとしみじみ思う事になる。
「あの女、何か隠してるぜ」
まだ癒えていない傷を撫でながら、エリオットさんは宙に向かって毒を吐いた。
結局私達は来た道を戻っていた。
スーベラを越えたらカンドラ鉱山まではもう街や村は無い。静かな森の音を聴きながら、私はエリオットさんの背中にただ着いて行く。細やかな金の装飾が施されたその白いマントは、昨晩洗濯でもしたのだろうか、汚れなく舞っていた。しかしこの人、荷物が多いと思ったら替えの服が多すぎるなぁ。
疑問は沢山あるけれど何一つ解決しないまま私は進んでいる。聞きたくないと言ったら嘘になるし、どちらかと言えば知りたい。けれど問いただすのではなく待つ、そういう人でありたいから我慢している。
……んだけど、
「何かもう少し……知っている事や、やろうとしている事を教えてくれてもいいんじゃないですか?」
我慢できませんでした私には。
そんな私の問いかけにため息ひとつ、一言返答。
「……自分で分かるようになれよ馬鹿」
「本当にもう、イヤな人ですね!」
枯れ葉と草を踏みしめ、私とエリオットさんはこんな口論を続けながら進む。結局鉱山の麓に着くまで全く教えて貰えず、私の不満は最高潮に達していた。
「この先にトロッコ跡が続いている入り口があるから、そこに入ればすぐだぜ」
声を掛けられたが私は返事をしない。エリオットさんもムッとしていたようだが何も言わなかった。やっぱり私と彼は馬が合いそうに無い。
確かに言われた通り、先にはトロッコ跡。線路が続くだけでトロッコ自体はもう撤去されているようだった。洞窟の中はかび臭く、明かりも無いので手元の光源宝石を使い照らして行く事になる。
エリオットさんは明かりを持たずズンズンと進んでいるが、どうやって見ているのだろう。私には分からない事ばかりだ。
立ち止まる事なく洞窟を少し進んでから、右手側の壁に違和感のする大きな穴。きっとここがエリオットさんが壊した穴なのだろう。
「何かまた真新しい足跡があるな」
「よく見えますね……」
これだけ暗く、しかも明かりを使っているのは私だけだと言うのに。慣れ? 慣れだけでこんなに出来るものなのだろうか?
「まぁ穴が開いてれば入るヤツもそりゃ居るよな。一応気をつけておけよ」
と言いながら、あまり気をつけてないような構えで穴の奥に入るエリオットさん。私もおそるおそる後を着いて行く。
中は、エリオットさんから聞いていた通りだった。新旧いくつもの死体が散らばり、でも罠などあるわけでは無い。何故死んでいるのかもよく分からない死体だらけ。どう見ても壊れた研究施設なのだが大切そうな部品の類はきちんと回収されているらしく、いまいち何の施設なのか分からない。
「あそこに剣はあったんだけど……さてもう少し調べろって事か」
蹴散らした骨の山。そのあたりの床にこびり付く血はエリオットさんの物なのだろうか。私はせめても、と骨の山のすぐ隣の施設のメイン部分のような台に聖水を振りまき、その場に背中の槍を突き立てて言を唱えた。
周囲の、私の声が届く範囲の死体は一瞬にして崩れ、灰に変わる。
「へぇ、初めて見た。死体が無くなって色々探しやすいな」
「本来の目的は探しやすくする為ではないんですから、そういう風に取らないでくださいよ不謹慎な人ですね」
しかし確かに探しやすくなったのは事実。死体が山になっていた場所はいくつかあったが、そのいくつかの場所全てに何故か武具が落ちている。
「あれを持つと危ないって事ですかね」
だとしたら、死体は全てその武器によるものなのだろうか。
『その通りですよ、適合者以外は持てばその場で壊れ死ぬしかありません』
エリオットさんじゃない声がどこからともなく響く。エリオットさんよりずっと低いハスキーな声。何故だろう、この声は聞いた事が無いはずなのに聞き覚えがある。どこかで似たような声を聞いたような……
「誰だ?」
エリオットさんもその声の主がどこにいるか把握出来ていないらしく、周囲を見渡した。すぐに私と彼は背中合わせになりお互いの死角を庇う形を取る。
「聞かれて名乗り出るわけがない。けれど別に名乗っても構いませんからお答えしましょう」
声の主は何も無かった場所に突然姿を現した。
とても背が高い、眼鏡をかけた青年。白緑色の短く下ろした髪、切れ長の血のような赤さの瞳、特に人種的特長は外見に表れていないが少なくともヒトではない……そう思わせる怪しい存在感。
藍色の胸と肩当ての軽鎧を纏い、手荷物や武器はパッと見たところは無しで私達の前に立ち塞がる。
「ねずみが入り込んでいると報告を聞いてやって来てみれば、どこぞのお坊ちゃんとサラの末裔とは。これは随分珍しい客でなかなか面白いですね……私の名はセオリー。まぁあくまでコードネームでしか無いので呼ぶ為だけに使ってくれて構いません」
男は一人で愉しそうにぺらぺら喋ると、私に人差し指を向けた。
「丁度いいので、武器達をこの箱に片付けてくれませんか?」
言うなり目の前に現れる大きな宝箱。中身は空、見た感じは普通だが違和感がするので何か魔術が掛かっているようだ。
「……何故私が?」
「貴方が適合者だからです、私共も困っていたのですよ。この武具を片付ける事が出来ずにね」
そこでずっと黙っていたエリオットさんが口を挟む。
「一応聞くが、それをして俺達にメリットは?」
「生かして帰して差し上げましょう」
さらりと返ってきた言葉に、私もエリオットさんも口を噤む。このセオリーという人がどれほどの強さを持っているかは分からない。ただ、何となく逆らうのは危ないと体が告げる。
そして彼は、
私の種族を知っているようだった。
どこぞのお坊ちゃんとは、きっと貴族っぽいエリオットさんの事だろう。と、なると私を指しているのは後者。
「分かりました、そのかわり……一つ答えてください」
「おい……」
エリオットさんの制止を遮って私は言葉を続けた。
「サラの末裔とは何ですか?」
セオリーの目が一段と細くなる。大きな口を更ににんまりと伸ばし、開いた。
「そこに散らばっている武具の持ち主の子孫というところでしょう。厳密にいえば少し違いますが、今はもう絶滅種です。勿論、元々その存在自体が表沙汰にはなっていません」
ここで一区切りおいて、この後とんでもない発言を聞く事になる。
「今王国周辺で殺戮の限りを尽くしているのも、貴方と同じサラの末裔でしょう」
王国周辺で殺戮を?
瞬間、エリオットさんが総毛立つ。
「てめぇ、それはどういう……」
私は今に食って掛かりそうなエリオットさんを制止し、セオリーの次の言葉を待った。
「質問は一つまでです。さぁ、箱に武具を」
私が約束を違えない、と確信を持った目で指示をしてくる。私は大人しく床に散らばっている武具を拾い集めた。持てば姉のようにおかしくなるかと思ったがそんな事は無く、普通の武器と変わらず持つ事が出来たので少しホッとする。
「疑問なようですね、今暴れている剣は女神の遺産の中でも特別なのです。他の武具は持ち主に忠実ですから心配ありません」
私の疑問を察して、セオリーが答えた。
「暴れているのは、ローズなのか……」
エリオットさんが独白する。それは私にとっても信じたくない、未だ不確定な事実。セオリーはチラリとエリオットさんを流し見ると、彼の問いには答えずに武具を詰め終えた箱を閉じた。
「ありがとうございます。これでやっと回収が出来ました」
と、蓋をしたところでセオリーが怪訝な顔をする。
「一本足りませんね」
「知りません、そんな事」
ぶっきらぼうに答えてやった。
「そう言わずに一緒に探してください。この武具は知らない人間が持つだけで大変な事になるのですから」
冷たい雰囲気を纏いながらも妙にフレンドリーな話し方で若干調子が狂う。仕方なく私とエリオットさんとセオリーは周辺を探し始めた。
油断が命取りになるこの状況で、お互いに背を向け合いながら机の下や器具を掘り返す。何なんだろうかこの滑稽な状況は。
エリオットさんならこの状況をいいことに不意打ちしそうなのに、しないあたりがやはり実力の差を肌で感じ取ったのかも知れない。謎の男の余裕は不意打ちされても負けないという自信からだろう。
「こっちは無いぜ」
「困りましたね、ちゃんと探してください王子」
「こっちも無いです」
「可愛いからって手抜きは許しませんよ」
間抜けな会話が続く。……ん? 王子?
私は思わず探す手が止まってしまった。頭の中で情報を整理する。私がセオリーの言葉に気がついた事を察したらしいエリオットさんは、渋そうな顔で私を横目で見た。
「エリオットさん、どこの王子様なんですか?」
「いや、そこを聞くのかよお前は」
聞かなくてもいいところの王子? 王子と言っても、種族などで小さくまとまっていたりするからいっぱい居ると思うんだけど……
「大陸全体の統治国の王子ですよ、三男ですがね」
セオリーが助け舟を出してくれた。
「はぁなるほど、エルヴァンのですか」
「一応その辺りは顔と名前をきちんと覚えておかないとだめですよ」
「いやぁ、田舎の出なもので縁が無さ過ぎて……」
謎が一つ解け、スッキリしたところでまた武具を探し始める。
教えたくないわけだ、王子様がこんなところで悪さばかりしていれば色々問題に違いない。というかこんな人が将来上に立ったら大変だから、家出をしてくれて大陸は助かったのかも知れない。
「ってエルヴァンの王子なんですか!?」
「反応遅すぎて突っ込む気にもならないっつーの」
私の大声にも関わらず二人は無関心なまま武具を探し続ける。が、当の私は気が動転していて物を探すだなんてどうでもいい事に手がつかなかった。
そして私が動揺している間にようやくお目当ての物が見つかる。
「あぁ、ありました」
セオリーが姿を見せずに声を発した。実際には単にちょっと遠いところまで探しに行っていた為に姿が見えないだけで、消えているわけではないのだが。とりあえず例の事は後で本人に問いただすとして、私はセオリーに駆け寄る。
そこは私の浄化術が届いていなかったらしく、まだ骨が散らばるあたりでその武具は転がっていた。
「槍?」
先日刃が溶けて一部使い物にならなくなっている私の槍と、大まかな形状は似ているだろう。槍ですからね。ただ、見たことの無い装飾は先程集めていた他の武具同様である。
「まぁ、どう見ても槍だな」
エリオットさんがバカにしたような相槌を入れた。
「さ、これでお終いです。約束は違えません。この箱に入れて貰えますか」
セオリーが急かしたので、私は素直にその槍を手に取る。
しかし、その槍は今まで通りにはいかなかった。
『!?』
私が槍を手に取った瞬間、辺りの空気が濃くなる。それと同時に、他の何をも寄せ付けないような風圧が槍から発せられた。
「お、おい……!」
セオリーをキッと睨み付けるのは、エリオットさん。セオリーはと言うと、相変わらず薄い瞳を更に薄くさせ私を凝視していた。
え、まさかここで私は姉の二の舞を踏むんじゃないだろうか。そんな考えが頭を過ぎり、私はとにかく意識をしっかり持とうと槍を持つ手に力を込める。
「あの……これ、止まらないんですか?」
私はセオリーに問いかけた。会話は出来る、頭も冴えている。ただ、槍からは異常なエネルギー。
「槍を、放してみてください。出来たら放すついでに箱の中へ」
至って冷静な回答がきた。
しかし、
「手、放せません……」
強く握っていた手を緩めても、何故かその槍を放す事は出来なかったのだ。わけも分からないがとにかく意識はまだある。落ち着けば何とか出来るかも知れない。
そんな時、
『そのまま右手の通路の奥へ進め』
聞き覚えの無い声がどこからともなく聞こえる。私はどうしようも無いのでとにかくその聞こえる声のままに進んでみた。
「どこへ行くんだ?」
「あっちへ……」
エリオットさんの問いかけに私は一言返事をすると、その声が示す方へ進む。
『そこの壁に触れれば取っ手が出る』
『引いて、またその奥』
やたらと的確な指示の元、ただ私はこの鉱山の奥へ奥へと進んでいた。エリオットさんとセオリーも、風圧の為か少し離れて着いてくる。
「ふむ、まずいですね……」
何かいやな予感がする言葉が後ろから聞こえた。
その瞬間。
私を襲ってくる魔法の氷の矢。寸前でエリオットさんがセオリーを蹴って軌道を逸らしてくれなければマトモに当たっていたかも知れない。セオリーが攻撃を仕掛けてきたのだ。
蹴られた部分の埃を払いながら、彼が次の一撃の魔力を手に込めているのが分かる。この槍の風圧にも劣らない風がそちらからも舞い上がった。
「進むようでしたら、止めます」
ふと見渡すともう既に骨など無い。先程と同じ研究施設には違いないのだが、どうもこの先はまだ使っている感じがする。
見られたくないのか……しかし何故先程の声はそんな場所に案内をしたのだろう?
「この先に何が?」
「答えると思いますか?」
思いません。
槍から出る風圧はいつの間にか消え、槍は手から普通に放す事が出来ていた。しかしその事実を意識して気付く事は私には無く、ただ自然にその槍を持ち替えてセオリーに切っ先を向ける。
馴染む。
あぁ、この槍はもう、
私の物だ。
「クリス!!」
エリオットさんが私の名前を呼ぶ。少し記憶が薄れていたような気がする。というか何故私はセオリーに斬りかかっているのだろう。
しかも悪魔に変化して。
セオリーはと言うと私の槍を小さなナイフで軽々と受け止め、ずっと攻防を繰り返していたらしい。その間、私の記憶は無いが。
「凄いですねそのナイフ」
何だか大層な槍だった気がするのに。間合いの差も物ともせずに受け止めたセオリーの技術も凄いとは思うが、槍とナイフで、ナイフが負けないというのはどれだけの業物なのだろう。
「いえ、既に刃こぼれが出来ています」
軽く苦笑い。その時だった。
パァン! と耳鳴りがするくらいの高く弾ける音。キングオブ不意打ち。エリオットさんの放った弾丸は見事にセオリーの頭を打ち抜いていた。揺らめくセオリーの体。エリオットさんは銃を仕舞うとすぐに何やら手に光のような物を持って私に命令する。
「早く斬れ!!!!」
言うなり私より先にセオリーに向かって振り下ろしたエリオットさんの手の光は、セオリーの首スレスレでガキンッと音を立てて止まる。薄っすらと首筋に魔術で防御壁が作られているのが分かった。私も慌てて向かったものの、もう既に防御体制に入っているのだろう。はじき返されるばかりで傷一つつけられない。
「面白い銃弾ですね、撃たれて穴が開くなど久しぶりです」
頭に穴を開けられたというのに痛みに悶える様子もなく、薄っすら笑うソイツ。やはりヒトには分類されないのか。エリオットさんは小さく舌打ちをし、その手の光を握り消した。セオリーは撃たれた事などお構いなしに腕を一振りし、氷の矢を具現化し放ってくる。まぁこれくらいの物理魔法なら弾き返せばいいだけ。
なのだが、
「!!」
間を挟んで黒い電圧の玉のような物も飛んできて、槍で弾こうとして偉い目にあった。
「あ……」
電気を弾き返せるわけもなくマトモにかぶった瞬間、体が動かなくなってしまったのだ。これでは氷を避けられなく……セオリーがまた、薄っすら微笑みかけてくる。私に向けられる氷の数が増えた。
「バカが!」
トラップはかわしたらしいエリオットさんが叫ぶ。氷の矢を薙ぎ払いながら私の元へ来るが、少し遅い。
あぁもうだめだ。無数の氷の矢を体で受け止め切れるか、いや、並の魔法使いのものならまだしもこの男の魔法がそんなにヤワとは思えない。
思わず私は目を瞑った。
「諦めるのが早いぞご主人」
先程まで聞こえていた謎の声が、今度の声はハッキリと私の目の前から聞こえる。
目を開けると、ついさっきまで私と氷の矢の間には何も無かったのに、今は何故か長身の銀色の髪の青年が立っていた。青年は氷の矢を全て体で受け止め、しかも氷は全てその青年の体にぶつかると脆く崩れさる。まるで青年の体があの氷よりも硬いかのように。
あっけにとられるエリオットさんと、攻撃の手を止めて少し眉を寄せるセオリー。
「では、方法を変えますか」
セオリーはそう言うと、私達の方の宙に大きな円を手で描き、
「行きなさい」
私達を光の中に消した。
青い光が視界の全てを埋め尽くし終わる。
目をやっと開けるようになり、辺りを見渡すとそこは見覚えの無い景色に変わっていた。そう、一面が砂。星屑のような形をした小石が混じった綺麗な乾いた砂が、地平線どこまでも続いている。
ふと見ると手元には先程強い力を放っていた槍があった。今は先程とは違い、触っても何もならない。こうして見ると出来の良いただの槍でしかない。
エリオットさんもすぐ近くに既に立っていて、服についた砂をうざったるそうに払っていた。先程の銀色の髪の青年は……居ない。
「ここは……」
「アガム砂漠だな」
この砂漠独特の星屑の砂。実際に星屑なわけではなく、チクチクと尖ったように削れた、星に似た小さな石で出来た砂が特徴である。ちなみに裸足で歩くと痛い。
私は元々この砂漠の南西にある街の出なのでこの暑さには慣れているが、偉い人と発覚したエリオットさんは既に暑さでかなり参っているようだった。表情が既に死にそうになっている。
「流石にどのあたりか全く検討がつきませんね」
私も変化を解いて槍を杖がわりに起き上がると、砂を払い空を見上げた。雨なんて当分降りそうにない乾いた空。どうやらセオリーは魔術を使って私達をここまで飛ばしたらしい。
「物質どころか生物を空間転移させるとか、規格外だぞあの男……」
エリオットさんは暑さに唸りながらぼやく。残念ながらエリオットさんはセオリーと同じ事は出来ないようだ。という事は、
「自力でこの砂漠抜けなきゃいけないんですね……」
ちなみに、食料は少しあるけれど水なんて蓄えていない。先程まで旅をしてきていたのが山脈沿いだった為、その場その場で補給が出来たからである。
普通に砂漠を抜けるとするならば、非常にまずい状況。
私は街を出る時に持ってきていたローブを捨ててなかったので荷物から取り出し、まずは被って日差しを凌いだ。エリオットさんはそんな物を流石に用意してはいないので、高そうなマントを仕方なしに破って上から被る。あーあーあー勿体無い。
とりあえず途方もなく歩き始めながら、私は疑問をエリオットさんに投げ掛けた。
「私達は飛ばされたけれど、あの突然現れた男性は来ませんでしたね」
そう、あの状況下ならば彼も一緒に飛ばされてもおかしくないはずなのに。問いかけをしたものの、さくっさくっ、と砂が噛む音だけが耳に残り、エリオットさんの返答は無い。難しい顔をして口を尖らせながら、進行方向を見ているんだかいないんだか。この人、考えると返事が出来ないタチなのだろうか。
「エリオットさん?」
再度問いかけると、分かってるよと言ったような苛々した顔を向けられ、やっと彼は口を開いた。
「いや、憑いて来てるんじゃないか?」
「ついて?」
「あぁ、憑いて」
何となく声では意思の疎通が出来ていない気もする。疑問がまだ残っている私に対し、仕方ない、と言葉を続けるエリオットさん。
「普通に考えてみろ、そもそもアレは何だ」
「どれですか?」
「あの男だ」
「何って……」
あの人の声は……いつから、どこから、聞こえていた?
「……う」
私は今も杖がわりにして持っていた槍に視線をやる。どこからといえば、脳の奥で響くようで。いつからといえば、この槍を持ってからな気がした。
「あの時、その槍から発していた空気が、あの男が現れた際、それがそのままあの男から発せられていた」
事実を淡々と述べる、薄い唇。彼の緑の瞳が視る先も、今はその槍に向けられていた。エリオットさんは足を止め、訝しげに槍を見始める。勿論触れないので見るだけ。
「何か分かります?」
「さっぱり」
もしエリオットさんの言う事が真実ならばあの青年をもう一度出現させる事が出来るはずなのだが……
「あのー、出てこれますかー?」
とりあえず私は槍に声をかけてみた。
「お前なぁ、いくらなんでもソレは三才児の発想だろうが……」
呆れるエリオットさんの後ろにフッと音もなく現れる影。そしてその後頭部に振り下ろされる、握られた拳。
ゴッッと金属バットで叩いたような鈍い音がしたかと思うと、その衝撃に耐え切れずエリオットさんはよろめいた。
「いてぇ!!」
私はただエリオットさんの背後に釘付けになる。
エリオットさんは何事か、と後ろを振り返ってから硬直し、先程の発言を撤回する事となった。
「な……」
そう、あの銀髪の青年が突然現れたのだ。
肩にぎりぎり掛からない程度にストレートに伸ばされた銀の髪に赤と緑のオッドアイ。ラフな皮の上着を着て、その下には白いシャツ。シャツの丈は彼の身長に合わないのか、ズボンとシャツの間に形の良いおへそがちらりと見えていたりする。
しかし、彼の特徴は何と言ってもその頭の上のツノだろう。私のツノとは違う、悪魔というよりは鬼のような一本角。銀の髪も相まって、ユニコーンを思い出させる。
「さ、先程はどうもありがとうございました」
私は慌てて彼に御礼をした。私の会釈に合わせて、銀髪の青年も会釈をし言葉を続ける。
「礼を言うのは私の方だ。だがとりあえず、貴方の名前が知りたい」
ぶっきらぼうな物言いのはずなのに、何故か敬いを感じられる音。何となく悪い気はせず、素直に私は返答した。
「あ……私はクリスです、そこの人はエリオットさんです」
「そっちの男はどうでもいいな」
どキッパリと放たれた青年の言葉に、マントの下で頭を抑えていたエリオットさんがピクリと反応する。
「お前な、俺の事いきなり殴ったかと思えばその扱い、失礼にも程があるぞ!」
「先にクリス様を馬鹿にしたのはお前だ」
「ちょ、いきなりそっちのガキは様付けで、俺の扱いはコレかよ!」
何やら討論を続ける、大の大人二人。それらを無視して、私は手元の槍を再度確認した。
確かに今私の手にある槍は、今はただの槍でしか無い気がする。ただの武器でありながら存在だけで威圧を感じていたその槍は、その威圧感がそのままあの銀髪の青年に移動してしまっていた。
「とりあえず、進みませんか?」
一通り槍を確認し終えた後、大人げない二人に声をかける。
「私は構わない、が、私を呼んだ理由は? まだ何も指示されていない。この男をどうにかすればいいのであれば、今すぐこなすが」
「持ち主に似て一言多いなオイ!!」
日差しなんて気にする余裕も無いくらい憤慨している彼は、頭に被っていたマントを銀髪の青年に振り回して怒っていた。冷めた目であしらっている分、銀髪の青年の方が大人かも知れない。
ともかく、理由もなく呼んでしまった事を詫びなければならない。
「すみません、呼んで出るのか試しただけなのです。特別用事はありません、ありがとうございました」
私の言葉に少し引っかかったような素振りを見せる銀髪の青年。少し首をかしげてから、言葉をつむぎ始めた。
「……まさかと思うが、何も知らずに私を手にしているのか?」
その問いかけに、私は無言で頷く。
私の反応を受けて、何から説明するのか悩んだ風に宙を見上げたかと思うと、彼は実に簡潔に説明をしてくれた。
「私はその槍の精霊だ」
とても分かりやすく、それでいて不満足。私の表情からそれだけでは足りない事を察してくれたらしい。その後に言葉が続く。
「持ち主が適合者であれば、私は持ち主の力を吸って力を出せる」
私としっかり目を合わせながら腕を軽く折り、拳を握る彼。
なるほど、この精霊は私が持たないと力を出せないのか……じゃあ今放したらどうなるのかな、と思ったけれど、それで彼が消えてしまっても困るのでそれは一旦心の中に仕舞っておく。
「この様に人型として具現化したり、具現化していなければ槍本体に精霊としての力を宿せる」
「あー、だから今この槍に力のようなものを感じないんですね」
「その通りだ」
槍と彼とを見比べて、私は改めてその言葉の意味を頭で受け止めた。
エリオットさんもそーっと覗くように私の手元の槍を見つめて、でも精霊に対しては顔を向けたくないのだろう、そちらは横目で見やるだけで視線を流している。
そんな視線に少し気付いたらしい精霊は、エリオットさんと同じように、顔は私に向けているにも関わらず視線だけエリオットさんにちらりと向け、
「ただ、具現化している間は常に力を外へ向けて出しているわけであまりオススメはしない。緊急時のみがいいだろう」
そう言うと彼は振り向き様にエリオットさんの頭をポカッと叩いてから姿を消した。
「何しやがんだ! 出て来い!!」
勿論怒らないわけがない。叩かれた頭を撫でながら私の持つ槍に向かって吼えるエリオットさん。
「何で叩いたりするんですか?」
そっと槍に声をかけてみると、返事は私の頭の中に直接響くように聞こえた。
『その男とは気が合いそうにない、なるべくなら一緒に居たくない』
物凄~く、先が思いやられる返答。気が合わないという理由で手が出てしまう槍の精霊に、大人げない王子と、これから一時的とはいえ行動しなくてはいけないのかと思うと正直げんなりした。
エリオットさんは彼の声を聞こえないようで、諦めたように槍に背を向ける。
「とりあえず……どうにか砂漠を抜けましょうか」
私は、スッと腹の奥に力を込め、
「おい! ずるいぞ!!」
エリオットさんの怒声を無視し、悪魔に変化して黒い翼を広げた。
そんな私を睨みつけている緑髪の王子に、この姿には全く合わないであろう笑顔を作って見せる。
「ちゃんと運んであげますよ、方角だけ教えて貰っていいですか?」
「ん、それならまぁ……太陽の高さ的に太陽の反対方向が北だろう」
「ありがとうございます」
私より身長の高い彼を運ぶには、彼の胸に両手を回し掴む形を取るのがいいだろう。ちょっとだけ浮いて彼の体を掴み、
「落としてしまったらすみません」
一応先に謝っておいた。
「すみませんで済むか!!」
何やら腕の中で喚いているが、無視してふわりと飛び立ち一気に高くまで昇る。
見渡す限り、砂の地平線。あちらが北か……
「とりあえずまたフィルまで戻りますよー」
「おう、頼む」
返事を聞くや否や、私はフィルめがけて猛飛行したのだった。
【第二章 女神の遺産 ~凸凹な彼と私の素性~ 完】