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第二部
17/53

女神の末裔 ~目覚めた内なる刃~

   ◇◇◇   ◇◇◇


 ピリピリとしたその雰囲気に落ち着かず、私は数人だけが集まるには少し広すぎる室内をうろうろと歩いていた。

 聞き間違いでなければ目の前に居るこの男の人達は、私の縁談相手、という事らしい。そういう気が全く無いのにそういう目で見ざるを得ない状況で、更に彼等を見る表情が強張るのが分かる。

 エリオットさんのせいで見事に皆が口を噤んでいる今、早くレイアさんが戻ってきてくれないかと私は切実に願っていた。

 そこへ、ようやく食事が届けられる。続いてレイアさんも入ってきた。一同ほっと胸を撫で下ろす瞬間だったのではないだろうか。

 レイアさんはメイドさんが食事を並べる様を見届けた後に、やっとこちらの空気がとんでもなく重い事に気がついてくれたようだった。


「……あまり打ち解けられてはいないようですね」


 あまり、どころじゃありません。


「そりゃまぁ、初対面ですし仕方ないかと……」


 苦笑いでフォローを入れる私。

 彼女は少しの間を置いてから、テキパキと私とその相手方の紹介をしていってくれた。相手は全部で五人。家柄とかも説明されたけど覚えられなかったので、とりあえず私の中で一致しているのは辛うじて顔と名前程度である。でも多分一週間後に会ったら名前が出てこない気がする。

 一通りの紹介を終えて貰った後、エリオットさんは、彼は彼で縁談の女性のお相手をしてこないといけないらしく、部屋を出て行った。ずっと張り詰めていた空気がここでようやく和らぐ。


「はぁ……」


 大きく溜め息を吐いたのは最初にエリオットさんにガン飛ばされていた金髪碧眼の美男子。何故か男性陣の間には同志のような雰囲気が漂っていて、その右隣に居た人がトパーズのような瞳を細くして彼の肩をぽんぽん、と優しく叩いていた。

 その光景を見て流石にレイアさんも疑問を持ったようで、私の傍に寄ってきてそっと耳打ちする。


「何かあったのかい?」


「うーん……エリオットさんが、爵位や家柄はどーでもいいから面白い事言えって無茶振りしてたんですよ」


「……何をしているんだ、あの人は」


 げんなりした表情で脱力するレイアさん。そうもなりますよね。

 と、それはさておき、私だって自分の事を考えなくてはいけない。寝耳に水と言った縁談の話に、正直ついていけてないのだから。

 とりあえず皆で席に着き、飲み物や食事に手を出し始めた頃に、私は思い切って切り出してみた。


「ところで、本当に何も聞かずに連れて来られたんですけど、縁談って事はそろそろ結婚しなさいよーって事です?」


 傍で立って見守っていたレイアさんが、少し戸惑いながらもそれに答える。


「まぁそういう事だよ。今回のエリザ王女のようなケースもあるけれど、普通はそろそろ決めておかないと嫁に行き遅れるものだからね」


「ははぁ」


 そんなものなのか、と思いつつ目の前の鶏肉を豪快にフォークで刺す。それを見ながら縁談相手である男性の一人が少し咳き込んだ。他の人も少し呆気に取られているようだが、気にせず堂々と私はお肉にかぶりついた。美味しいです。


「クリス、その、もう少し上品に……」


 レイアさんが困った顔で私に静かに忠告をする。が、


「取り繕ってもボロ出ちゃいますから。それに結婚するのであれば子供も作らないといけないでしょう? 無理ですよ私」


 私は口の周りについたソースをぺろりと舐めて、縁談をぶち壊す気でそれを発言した。


「そ、それはどう言った意味で……」


 深い紺の瞳を曇らせて向かいの一人が私に恐る恐る声を掛けてくる。


「試した事はありませんが、同種族以外とは子供を授かれないと聞いています。見た目は変わりませんけど皆さんと私の種族は違いますよ」


 その場に居た誰もが絶句する。

 そういう表情を向けられるのはいつも失礼なエリオットさんで慣れっこだけれど、折角予め言ってあげたのにここまで衝撃的な顔をしなくても、と私は思った。

 特に一番酷い顔をしていたのは、お相手候補だった男の人達よりも、隣に立っていたレイアさん。

 昔から私を知っている分ビックリしたのかも知れないけれど、それにしては少し様子がおかしいな、と感じる。

 まぁどちらにしても私に結婚なんて無縁なものなのだ。

 ハッキリ言っておけばもう話は来ないだろう、と考えながら彼等をスルーして、大きなハムをぱくんと口の中に突っ込んだ。

 

 

 

「で、どんな事したらあれだけぶち壊せるんだよ」


 馬車が少し荒れた坂道を登り、お尻にあんまり心地よくない振動を響かせながら走る中、エリオットさんが品の無いにやにや顔を見せて問いかけてくる。

 私はその向かいに座っており、そんな彼をちらりと一瞥してから視線を斜め下に戻した。


「いつも通りにしていただけなんですがね」


「まぁそうだな、いつも通りにされたら間違いなく貰い手も見つからねーわ!」


 そう言う彼は、縁談をぶち壊された事を全く怒っていないようだった。当日の様子からしてもあまりエリオットさんは彼らを気に入っていなかったようだし、エリオットさんが立ち上げた話では無いのかも知れない。


「そういうエリオットさんこそ、どうだったんですか?」


 話題を切り替えると、渋そうな様子の彼。


「……悪くない子が一人居た……けどその子に限って向こうが乗り気じゃなさそうだった」


「ふあはははは!!」


 笑い死にさせる気ですか、この人は!!

 敷かれたレールが嫌いなこの人が折角『悪くない』だなんてそりゃあもうOKに限りなく近い印象を抱いたというのに、よりによってその相手方が乗り気じゃないだなんてどんな確率だと言う話である。


「違う! あれは絶対他に好きな男が居る顔だった! 俺が悪いんじゃない!!」


「あーはいはい、そうですね、多分そうでしょうよ」


 ふひー、っと口の中の空気を細く長く吐き出しながら、私は軽く返事をした。

 ムキになって自分のプライドを護ろうとした彼は、私の態度に肩透かしを食らって外の景色に目を向ける。

 今回の訪問先は東。

 リャーマを通り越してまずは先にモルガナへ行き、帰りにリャーマも回るらしい。そんなエリオットさんの護衛は馬を走らせている男性騎士二人と……私。


 実は私を訪問先へ連れていくのに最初は大きな障害があった。

 私が一緒ではまたどこかに彼がふらふらと逃げてしまうかも知れない、と言うのと、私を連れて行くくらいならその分護衛を補填したい、とそういう言い分だ。

 おかげで私はその減らした護衛分の働きが出来ると言う力を見せるために、上級兵士十人抜きを変化無しでやらされたのである。

 ニールの居ない今、ごく普通の支給された槍で戦うのは流石に骨が折れると言うもの。変化無しでも力負けは滅多にしないけれど、戦っている最中に武器が折れてしまうのでなかなか進まなかったのが原因だった。

 以前は普通の武器も扱えたのだが、今は加減をしないと壊してしまう。思いっきり戦える物が欲しいと訴えた結果、特殊な鉱石で造られた剣がレイアさんから授けられた。

 慣れない長剣に戸惑いつつ、それでも特に困るような強敵が来ないのでどうにかなっている。


「このあたりに来ると、ルフィーナさんとレクチェさんを思い出しますね」


 頬杖をついて、私は赤い瞳のエルフと金色の天使を想う。


「そうだな……」


 考えたくもない事を思い出させてしまっただろうか、彼の表情に曇りが見えた。


「覚えてます? 自称四つ目の男の子」


「あぁ、ルドラの民のガキか。それがどうしたんだ?」


「彼ね、ルフィーナさんによくない事が起こるから近くに居てやれって私に言ってたんです」


 エリオットさんは黙って聞いている。静かに私はその先を続けた。


「けれど私は何度も離れてしまった……もし私が目を離したせいでルフィーナさんに何かが起こって消息が途絶えてしまったのだとしたら……」


 私の懺悔のような呟きに、彼は軽く鼻で笑う。


「ずっと見てるなんて無理なんだから、お前のせいじゃねーよ。自分の身も護れないアイツが悪い、気にすんな」


「そんな風に割り切れませんよ」


 折角慰めて貰ったのに、それを無下にするように私は否定した。


「レクチェさんだって、あれだけ啖呵を切ったのに結局ルフィーナさんが危惧していた通りの結末にさせてしまった……」


 喉の奥から搾り出すように、言葉を紡ぐ。

 言ったからどうと言うわけではない。これはこの地で感傷に浸った私が言いたくなってしまっただけの戯言。

 今の私は黒い法衣を身に纏い、以前とは違う信仰の元に居た。小悪党を刃物で躊躇いもなく斬って受ける返り血はこの服では目立たない。

 この黒い服を着た私にとっての唯一は、今は護衛対象である王子……エリオットさんそのもののようで。それくらい、今の私の世界は酷く狭かった。

 モルガナでもいつもの様にまずはこの地を治める長に挨拶へ向かう。護衛としては異質な容姿である私を、小太りなモルガナの長は濁った目で見下げて笑った。


「お噂通りの護衛を連れておいでですなぁ」


「へぇ、どんな噂なんだ?」


 どこか小馬鹿にしたような長の物言いに、エリオットさんも彼に対しふんぞり返るくらい見下ろすようにして返事をする。


「いつまでも婚姻の儀も済ませずに美しい少年を連れ歩いている、王子はそういう気がある、と」


 ホホホホッ、とくぐもった汚らしい笑いでエリオットさんを完全に馬鹿にした発言。私ではなく別の従者が先に頭に血が昇り、剣の柄に手を掛けたところを王子がそれを制した。


「目が悪いんじゃねえのか、魚みたいな目ぇしてっからなぁお前。あれは女だ。しかもお前んとこの兵がどれだけ集まろうとも一人で片付けちまえるくらいの腕っ節の、な」


 自分の過去の大間違いは棚に上げて、高笑い。しかしそんな事をモルガナの長が知るはずも無く、口先の勝負で完全に負けた彼は、右手で己の横腹を掴みながら体を戦慄かせる。

 友好的な街の方が多いのだが、東の地は目だった特産物が無いせいか軽視されがちであまりエルヴァンの目が行き届いていない。故に無駄とも言える大陸統一に不満を抱いている者が多数居る。訪問がどうしても他よりも後回しになってしまうのはそのせいでもあった。

 東の一番の都市であるモルガナでコレなのだ、他の街もあまり良い期待は出来なさそうである。


「普段以上に気を張った方が良さそうだね」


 先程剣を振るいそうになった従者のガウェインが街を歩きながらひそひそと私に耳打ちした。


「確かに、別に戦争になっても構わないくらいの意志があったようには見えました」


「王子が何て国に報告するのか見ものだこりゃあ……ッ!」


 少し色黒の顔に生傷が耐えない、ツンツンした濃いオレンジの髪から茶色の獣耳をぴょこんと出した青年が若干不謹慎な事を言っている。

 その獣耳はライトさんやレフトさんよりもやや頭の高い位置にある為に、帽子でも被ってしまえばヒトと変わらぬ外見のガウェインは、私より少し年上なだけでかなり若い狼の獣人だ。

 だがそれも同行者として選ばれるだけの腕があっての事。年齢で判断してはいけない……のだけれど、喧嘩っ早いというか血の気が多いというか、いつも真っ先に怪我をするのが困りものだった。


 エリオットさんはもう一人の従者であるヨシュアさんを連れて私達の少し先を歩いている。エリオットさんが何か口にするたびにヨシュアさんが筆記をしていき、とりあえず今日の分は終わったらしい。

 モルガナの長によって用意された住居は、使われていない街の端の一軒家。この待遇もかなり有り得ない。

 別に欲しいというわけではないが、しばらく世話になるのであって、それなのに王子にメイド一人もつけないとかすんごい暴挙だと私でも分かる。


「ふっ、流石は東、と言ったところですね王子」


 ガウェインが上半身裸で腕立て伏せをしながら話す。

 小さなリビングに集まって私達は今日の不愉快さについて語り合っていた。

 限りなく銀に近い、薄いブロンドの髪を背中で三つ編みに結ったヨシュアさんは、会話に参加する事無く、今日走り書きした文面を丁寧に整えている。


「大方予想は出来ていたけどな。つーか暑苦しい! やめんか!!」


 私も無言でエリオットさんに同意して頷いた。暑苦しい。

 エリオットさんはとりあえずガウェインに突っ込んでから、テーブルの上のサーモンロールをつまみにして白ワインを口に含む。

 ちなみに夕食を作ったのはエリオットさんなので、従者が三人居ておきながらこれはこれですんごい暴挙だと、やっぱり私でも分かった。

 私も一緒になってもぐもぐもぐと残りのサーモンロールを一気に平らげてから口を開く。


「あれじゃあ宣戦布告のようなものですから、本当に気をつけないといけないかも知れませんよ」


「そう思うよなー! ふんっ!」


 腕立て伏せをしていたところを最後に大きくバック転をして、ガウェインのトレーニングは終了した……多分。

 いつもとは違う波乱の予感に、少しだけ空気が重くなる。


「もし反乱を起こす気なら、のこのこやってきた俺を捕まえて人質にするのが楽に見えるからな」


「まぁ、見えるだけですけどね」


「クリスさんに喧嘩売るだなんて真似、俺なら恐れ多くて出来やしないよ」


 もふもふと自分の尻尾を触りながら私を褒め持ち上げる、狼の獣人。

 警戒をしているつもりでも、出来るものならやってみろ、そういう過信がこの時の私達にはあった。

 夜は更けていく。


 

 

 

 エリオットさんが寝ている間は、彼の護衛をいつも三人が二時間毎に交代で行っていた。

 この四年間、私を除く二人の護衛は何度か交代があったものの、ヨシュアさんは既に一年、ガウェインは半年以上一緒に務めているので彼らもエリオットさんの悪夢の事を知っている。


「う……ん」


 月の光も差さない真っ暗な夜、ほんのりと外の街灯の明かりだけが窓の隙間から彼の顔を照らしていた。彼の夜番は楽でいい、眠くても眠れないくらいうるさく唸ってくれるのだから。

 昔旅していた時はこんなの無かった。多分四年前、一つの旅を終えたあの時期くらいからだと思う。エリオットさんはこうやって毎晩のように夢を見続けて魘されている。

 いつも夢の内容は違うらしいのだが、ほとんどが血生臭い過去の歴史をなぞる様なものらしく、見ていて気分が悪いと言っていた。

 ここまで言えば分かると思うが、彼は夢の内容を一字一句忘れられずに起きる。それが毎日ともなるときっと凄い量の夢が、彼の頭の中に留められている事だろう。


「ほんとにもう……」


 私はエリオットさんの枕元に座って、彼の額や首の汗を白いタオルでそっと拭った。鬱陶しいくらい伸びている緑の髪がシーツの上で乱れていて、私のお尻で潰して引っ張ってしまいそうなので少しだけ整えてやる。

 汗を拭いても、寝ながら力を入れて火照ってしまったその体は既に頬をも上気させて、夜目で見ても分かるくらいに彼の顔はほんのり赤く染まっていた。表情も少し苦しそうで。

 正直なところコレが、遺憾ながら色っぽいものである事だと分かるくらい、私も成長している。

 あまり見る機会の無いモノに対し、見ていたいような見ていたくないような、最近はそんな事を考えながら私はこの任務に就いていた。


 自分の縁談が潰れた事も、エリオットさんの縁談がうまくいかなかった事も、どっちも本当は凄く嬉しい。しかしまだ私は自分の中のこの気持ちを、恋なのか、それとも単なる執着なのか、判断できずにいる。

 でも、昔は何とも思っていなかった寝顔にドキドキし始めるだなんてやっぱり恋なのだろうか。

 ちょっと嫌だな、それは……情であって欲しい。何にも考えずに居られた頃に戻りたくなる。

 ライトさんが『恋愛は面倒臭い』と投げてしまうあの気持ちが今の私にもようやく分かった。こんな気持ち、邪魔以外の何でも無いではないか。


 力無く俯いて、私はしばらくそのまま彼の枕元に腰を掛けていた。そこへ二回小さく申し訳程度の音量でノックの音が響く。交代の時間だ。


「……様子……どう」


「変わりなく魘されてますよ」


「そう……」


 色素の薄い金髪が夜の闇に溶けるように靡く。ぼそぼそと喋りながら、ヨシュアさんが入ってきた。私よりも薄い青の瞳が室内を隈なく見回してから、その無表情を少しだけ歪ませる。


「……何か」


「来ましたね」


 どこからか感じる人の気配。タイミング悪くも護衛が二人居る時に忍び込んできてしまったのだろう。


「ガウェインは起こしますか?」


「いい……」


 そう言って彼は手首に巻いてあるバンドから針のような矢を抜いて構えて天井に放り投げる。それは天井をやすやすと貫いていき、その直後に天井でどさりと重い物が倒れる音がした。


「あと何人か、散らばりましたね」


「……追う……ここを」


 多分、自分が追うからここを頼むと言いたいのだと思う。

 念の為エリオットさんを起こしたいところなのだが、悪夢を見ている間の彼は何をどうしても一切起きてくれない。言うなれば、夜、寝ている間の彼は本当に無防備になってしまうのだ。

 ヨシュアさんは窓に駆け寄って、ひらりと屋根の方へジャンプしていく。上で足音がいくつも聞こえてきた。

 そこへ、窓の外に大きく風の動く音。目の前に見えたソレに、思わず私は目を丸くしてしまう。


「えええぇぇ……」


 嘘でしょう? と心の中で呟いた。

 だって窓の外、目の前に居るソレは、飛行竜なんかとは比べ物にならないくらいのサイズの竜なのだから。

 とっさに寝たままのエリオットさんを容赦なく担いで、私は部屋を一気に飛び出す。その直後、轟音と共に部屋の中が一気に燃え上がった。こ、殺す気ですか!!

 まずは一階で多分いびきを掻いて寝ているガウェインを起こさねばならない。猛ダッシュで階段を駆け下りて、私は彼の居る部屋のドアを蹴り破る。


「ガウェイン! 無事ですか!」


 ドアの破片を踏んで中に入ると、ガウェインはつまらなそうに敵を一人爪で引き裂いている最中だった。


「うん無事、剣をすぐ持てなかったからこんな事になってるけど」


 金色の瞳が目の前の赤を映して綺麗なオレンジに輝く。


「外に野生サイズの竜が居ます。そちらは私がやりますので王子を」


「おう、任せてちょーだいッ」


 私は遠慮無く、担いでいたエリオットさんを放り投げて彼に渡した。

 少しびっくりしたようだったが、それでも何とかうまくエリオットさんを受け止めると、ガウェインは傍に立てかけてあった剣を手に取って私に敬礼する。

 そこまで見届け、私は面倒なので部屋の窓から外へ飛び出した。

 私に気付いたらしい竜とその騎乗者は、早速こちらにその火炎の息を放つ。大きく飛び退いてそれを避けるが、これは流石に変化しないと対処は無理だろう。すぐ様黒い翼を広げ変化を完了させて飛び立ち、竜と同じ高さまで行き着いた。


「これはエルヴァンへの宣戦布告、という事ですか」


 街の端に家を貸したのも、最初から大掛かりに襲う気だったからかも知れない。人間の手で飼育したとは思えない大きさの竜を操り、スケールアーマーで武装した男が辛うじて見える口元をにやりと動かす。


「時は満ちた。我々は大型竜の飼育に成功し、既にこの他に何体も従えている。勝利する事は容易なのだ」


 そう言うと竜が彼の手綱の動きに合わせて、こちらに大きな口を開けて突っ込んできた。


「くっ」


 巨体でありながらもそのスピードは竜ならでは。避けたものの、かなり接近して男の兜の下の目と視線が合う。それは狂気の色。

 剣など通さぬ竜の肌に攻撃しても無駄だ。竜の角を掴んでその上ですかさず男に剣戟を振るう。ガキン、と金属音が何度も夜の空に響き、しばらく攻防を続けた。ぎりぎりと刃を重ならせながら彼は私に言う。


「目もくれていなかった東に、今頃になってどの面を下げてやってくる! 笑わせるではないか!」


「情勢に文句があるならば進言すればいいだけでしょう!」


 直接王達と交流の無い彼らでは王制への受け取り方も違うのだろうが、だからと言ってこんな方法は許せるものではない。


「*********!!」


 私は衝撃波にも近い音を発して、彼を威嚇する。目の前では耐え切れるわけもないその声量に、男が悲鳴を上げて耳に手を当てた。その隙に彼をそこから振り落とし、数メートル下の地上に落下させる……多分命は無いだろう。

 騎乗者が離れ、大きな音に驚いた竜だけが残り暴れ狂う。今度はコイツを止めなくてはいけない。

 角を持っていたところを手綱に持ち替えて跨ってみるが、思ったように動いてくれなかった。


「うぐぐぐぐ」


 飛行竜の三倍以上のサイズのこの竜は、火炎を吐き散らしながら咆哮を上げる。

 力で抑え付ける事も適わず、竜に振り回される私。そのまま竜は、どこかに戻ろうとするかのように急に方向を変えて飛び立った。


「ど、どこへ行くんですかぁ、ぁ、ぁ」


 街の中心部へどんどん向かう竜に、ただ振り落とされないように乗っている事しか出来ない。

 竜が向かっている先はモルガナの長の豪邸。

 帰巣本能か、竜は勢いよく、豪邸の屋根へ、


「と、ま、れえええええええ!!!!!!」


 突っ込んだ。

 爆音、炎上、あぁ参った、売られた喧嘩を三倍返しにしてしまった。これでは本当に戦争になる。

 崩れた瓦礫から顔を出して様子を見ると、あちこちで悲鳴が上がり逃げ惑う従者に、戦闘体勢を整える兵士達。

 隣の竜は再び大きな咆哮を上げてそのままそこで暴れだす。こんなサイズの竜、訓練された人間でなければ操縦は困難なのだろう。

 騒然とする中で、私は見覚えのある姿を一瞬だけ見た。

 この騒動を利用するかのように、逃げる人の波に逆らって庭を走り、崩れゆく建物へ向かって行く。服装は周囲の従者と同じようなデザインのメイド服だったが、その顔は忘れるわけがない。


「る、ルフィーナさん……!?」


 すぐに彼女の姿は建物の中に消え、屋根の上で埋まっている私には見えなくなった。しかし動転している余裕など無い。

 竜が火を吐いて豪邸はどんどん燃え広がっていっている。これを沈静化させないとモルガナの長にどんな言いがかりをつけられるか分からないのだ。


「くぬぁぁぁぁぁぁぁ」


 私はその竜の巨体を渾身の力を振り絞って振り投げた。

 火事場の馬鹿力か。私、こんなに力あったんですね、と自分で自分にびっくりしてしまう。

 竜は屋根から中庭へと落ちていった。それを追って私は広いその庭で再度竜にしがみつく。背中ではなく、口へ。両腕では回りきらない竜の口を、力だけで引くように閉じさせてから大声で助けを呼んだ。


「誰か竜を止められる騎乗者は居ないんですかっ!!」


 普通の兵士は遠巻きに見ているか、壊れた豪邸の火を消しているか。出て来る者は居なかった。

 口を閉じられて不快だったのだろう、口を掴んでいる私の腹を、竜が思いっきり爪で裂いて引き剥がしてくる。


「うあっ」


 人間の手では傷もつかない変化中の私の体は、その爪には成す術も無く裂かれた。

 人間ならそのまま二分割されていたかも知れない。太い剣で斬られたような傷を負うだけで済んだのは私だからだろう。

 しかしそれで再度竜の口は自由となる。火炎を吐いて再びその場は火の海と化した。到着した魔法使いや魔術師が必死にそれを止めようとするが、焼け石に水。


「こんな手に余るものを、戦争の道具として使おうだなんて……」


 愚かにも、程がある。

 深く抉るような痛みに耐え、私は剣を杖がわりにして立ち上がると哀れな竜を見据えた。こんなところに居るべきではない、巨大生物の頂点を。

 暴れ狂っていたはずの竜は、私の視線に気付いたかのようにこちらに顔を向けてピタリと止まる。互いに様子を伺って、動きは無い。

 刹那、先に動いた竜が大きな口を開けて私に突進してきた。地響きを轟かせながら向かってくる竜に、私は通じるかも分からない剣先を向けて構え挑む。

 この身を喰われるか否かの瀬戸際、辛うじて先に口の中に突き刺さる剣。竜は悲鳴のような叫びを上げたが、口の中といえど竜の硬さに負けて折角貰った名剣が折れた瞬間だった。

 痛みに暴れ、口を閉じようとする竜。その中に深く入り込んだ私の右腕が食いちぎられそうになるが、それを拒むように竜の口の中に現れる光の剣。


「オオオオオオオオオ!!!!」


 突如体内に出現した剣に内側から頭を突き破られ、竜はその雄叫びの後に、ずしんと体を沈ませて絶命する。

 何が起こったのか、その場に居た誰もが分からなかっただろう。私はよろよろと目の前の竜の口に手をあてて無理やり開き、中にあった剣を引き抜いた。


 それは炎のように赤い剣。


 捻れるようなデザインのグリップに、ほとんど用を成さない柄頭。私の腰くらいまでの長さの刃は、燃えるような色の金属で出来ていた。比較的シンプルなデザインのそれは、持った瞬間に体に馴染む、と言うよりは自分の手足のような感覚だった。


「精霊武器……?」


 と思ったが、精霊の声も聞こえないし、不思議な剣ではあるが精霊の力を帯びているような感覚は伝わってこない。

 しかしこの剣は、私を護るようにあの場に現れた。どこから、と考えながら私は自分の手と体を見回すが、考えてもわかるはずなど無い。

 ドッと押し寄せる痛みと疲労感からその場に膝を突くと、ヨシュアさんがこちらにやってきた。


「竜を……倒した、か……」


「ぎりぎりで、倒せちゃいました」


 息切れしながら彼に答える。遅れて、エリオットさんをおんぶした状態でガウェインも掛けてきた。


「ううおおっ、すんげー!!」


 倒れている竜を見て叫ぶガウェイン。

 事態は収束したようだ、力が抜けると同時に私は失血からか、意識を失ってその場に倒れてしまう。




 静かに目を覚ますと、どうやら宿のような一室に私は居た。板張りの天井がまず視界に入り、次に横を見るとエリオットさん。

 目が合うと彼は握っていた私の右手を慌てて振り解いて、自分の手を背に引っ込める。


「お、おはようさん」


「……何日寝ていました?」


 手を握って付き添うだなんて、彼のこの心配していた様子からすると、一晩では無いように思う。


「今は五日目の昼だ。後始末が大変な時にお前はぜーーんぶ寝てたわけだよ、いいご身分だな!」


「それは申し訳ないです」


 体を起こして動こうとするが、久々の大怪我は思っていたよりも深いらしい、動かした痛みに顔が歪んだ。


「お前の傷は治せないんだから、大人しくしてろよ」


 変化出来るおかげで滅多に怪我をしない私だが、実はデメリットもある。それは、エリオットさんがあれから習得した、レクチェさんのような魔力で傷を癒すような技や、一般的な治療魔術が私には全く効果が無い事だ。

 多分本質的なところで他の人間と、私とで全く構造が違うせいなのだろう。神が創り出した生物と、女神が生み出した生物と、その壁はこういった些細な部分でも実感させられる。


「そうさせて貰いますかね」


 私は包帯でぐるぐる巻かれた体をさすりながらもう一度寝直した。


「長は、自分の差し金では無い、の一点張り。自分は被害者だって喚いてたよ、竜殺しのクリス君っと」


「まぁ、そう言うしか無いでしょう……って?」


 何ですか、その二つ名みたいなアレ。


「王子の御付きの少年が、大型竜を素手でぶん投げた上に光る剣で討ち取った、とさ。良かったな、前の噂なんて吹き飛ぶくらいインパクトあるだろコレ」


「あぁ……」


 あんな人が沢山居る中でやれば、たちまち噂は広がるだろう。遠くの山で起こった出来事ではなく、街中での事なのだから。

 しかしどちらにしても噂の中の私は、少年だった。折角内容が変わっても気分的にはあんまり意味が無い。


「いやもう大型竜を一人で殺すとか、人間離れしていくのやめてくれよな! 笑いがとまんねーよ!」


 わはは、と笑いながら私を馬鹿にするエリオットさん。したくてしているわけでは無いというのに。

 私は少し不機嫌になりながらも、あの時の状況を思い返して彼に報告した。


「竜には、正直やられる寸前でした。けれど急に手の中、というか目の前というか、赤い剣が現れてその剣が竜を刺したんですよ」


「あぁ、そこにある剣か? でもあれ、精霊武器じゃないだろ。ヨシュアが普通に運んでたからな」


「やはり違うんですか……何が何だかさっぱりです」


 そして二人で大きく溜め息。

 エリオットさんは前髪を軽く掻き揚げて、私に言う。


「分からん事は考えても仕方無い。怪我を治す事だけ考えてろ」


 その言葉に無言で私は頷いた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 そこは小さな事務所のような一室。随分と荷物が散乱していて汚れている中、本を持ったメイド服の女が疲れた顔をして口を開く。


「取ってきたわよ。燃える寸前だったんだからね」


「うおおお、ありがとおおおルフィーナぁぁぁ!!」


 そう言って抱きつこうとする黒髪の青年を、すかさず避ける東雲色の髪のエルフ。その赤い目は冷たく彼を流し見ていた。

 彼女に避けられたフィクサーは、しょんぼりと肩を落として、すごすごと自分の定位置であるプレジデントチェアに戻って座る。そして彼女の手から一冊の古びた本を受け取ると、嬉しそうに中身をぱらぱらとめくる。


「うん、読めない」


 読むのを断念して、彼はぱたんと机の上に本を置いた。そこへ妹と同じ赤い瞳を彼に向け、口を開くセオリー。


「私達が読めるならばわざわざお嬢の手を借りないでしょう」


「そうなんだけどまぁ、一応試してみたいものじゃないか」


 ばっさりと切ろうとするセオリーに、小さな抵抗を見せるフィクサー。その黒い瞳は泳いでいる。

 そんな二人の気の抜けるようなやり取りを、ルフィーナは複雑な面持ちで見ていた。こうしていれば昔と変わらないのに、目的の為に選ぶ手段は度が過ぎている。


「これで、レクチェには手を出さないでくれるのよね」


「あぁ、そもそも必要が無くなる」


 裏切る可能性のある彼女にはあまり情報が与えられていない。

 今回はとある本の場所を聞かれ、元々王国一の図書館に在籍していたルフィーナはさくっと目星をつけて盗りに行っただけの話なのだ。

 本の内容からして図書館や城に献上されるべき物なのだが、それがされていないのであればすぐに東にあると断定出来る。無論、そのくらいのランクの本であればそれなりの地位の人間が保管していると推測出来た。至極簡単な推理。

 しかしこんな本を使って彼等は何をするのか。フィクサーの言う、レクチェを必要としなくなる程の価値はそこの本自体にあるとは思えない。ただの古い文献でしか無いのだから。


「必要が無くなる、ねぇ……」


 疑いの目を彼等に向けると、フィクサーは面白いくらいに挙動不審に反応して口笛を吹き、セオリーはそんなフィクサーをおかしそうに見ている。


「何たくらんでんのよ、アンタ達」


『楽しーいー仲間ーがー、ぽぽぽぽーん☆』


「あぁもう苛々するッ!!」


 異母兄であるセオリーを叩けないルフィーナは、フィクサーだけを思いっきりどついてやった。彼女に挨拶の魔法は通じなかったようである。


   ◇◇◇   ◇◇◇


【第二部第二章 女神の末裔 ~目覚めた内なる刃~ 完】

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