第一部終章 ~それでも前を向いて~
何の障害も無く、ニールはダインを貫いた。
パキィィン! と硬い音をたてて真っ二つに折れる大剣と、それを突いた先からヒビ割れ始める槍。ニールの本体は、やがてそのヒビが矛先全てに行き渡って、柄の部分を残しながら崩れ落ちる。
「そ、んな……」
そうだ、相打ちとはこういう事だった。
予め言われていたのにニールを、自分の半身を自ら壊した事に呆然としていると、崩れた剣と槍から黒いもやが出始めた。
「ま、まずい!」
先程のように周囲を暗雲で包まれるかと焦ったが、そのもやはふわりと宙で固まり、、そのまま私の身体に吸い込まれるように飛んできて、消えた。
「っ」
ドクン、と身体で脈打つ何か。
呪いなのか? 私の身体に入るように消えたソレは、私の鼓動を早くさせる。
「あ、う……」
私はコレを覚えている。
記憶には無いけれど、この感覚を身体は覚えている。
気分が悪くなってたまらず私はビシャリと地に吐いた。ほとんど水分の嘔吐物は、特に変わったところの無いものである。口の中に残った酸っぱい物をぺっと吐き飛ばして気分を落ち着かせると、深呼吸をし、容態が安定したのを確認してから私はとりあえず急いで戻った。
そこには荒れた街を片付けたりしている軍の兵士達が沢山居て、その中に手当てを受けているルフィーナさんも居た。だが、レクチェさんもエリオットさんも姉さんも居ない。
「クリス……」
「剣は折りました、こちらはどうなったんです?」
随分ぼろぼろになっているルフィーナさんに駆け寄って問いかけると、彼女は俯いて小さく答える。
「レクチェは……もうここにはいないわ。エリ君も、兵士に顔がバレる前にクリスのお姉さんのお墓作るって、行っちゃった」
姉さんはやはり精霊に解放される事は無かったのか。覚悟していたとはいえ、言葉として改めて聞くと苦い気分になる。最後まで姉さんが元に戻る事を願っていてくれたエリオットさんの事を思うと、申し訳なさで胸が詰まりそうだ。
「どこに作るって、言ってました?」
「故郷の教会って言えばクリスには分かる、って言ってたけど……」
「遠ッ!!」
馬車で何日かかる!? いやいや砂漠だって通るんだ、普通に行ったら死体なんて腐ってしまう。という事は飛行竜しか考えられない。
しかしどうしよう、私は今とてもじゃないが飛べそうには無い。お金も全部エリオットさん持ちだ。銀行で下ろせばいいだけの話なのだがこの時私はそこまで頭が回らず、ひたすら困っているとこちらに近づいてくる一つの足音。
「クリス、今回の件も君たち絡みな……」
茶髪のポニーテールに赤い鎧。声をかけてきたレイアさんに私は勢い良く飛びついた。
「飛行竜を貸してください!!」
竜を借りて私はすぐに王都を旅立った。今度こそもう旅は終わるし、エリオットさんも抜け出したりしないであろう事を告げて。
事情説明はルフィーナさんに任せたし、私は真っ直ぐ自分の故郷へと向かった。
小型とはいえ流石に竜は大きくて早い。私も一人で飛べば早いけれど、サイズの違いからくるこのスピードには多分勝てないだろう。半日程度でアガム砂漠の更に南にある故郷ムスペルに着いた。
街の人々はほとんど顔馴染み。とはいえ破けたワンピースで髪の色も違う私に、声をかける人などいるはずも無い。教会の中にはあえて入らずに私は裏の墓地へ向かって歩いていく。
広い墓地だけれど、後頭部で結わえた赤が濁った蘇芳の髪はとても目立った。それは風に吹かれながら昼の光に照らされて、こちらに存在を主張している。
「エリオットさん」
後ろから声をかけると、小さな墓の前で彼はゆっくり振り返った。泣き腫らした目、血の付いた頬や唇、そして彼の服の前面も真っ赤に染まっている。
「早かったな」
すぐに私から目を離して、また彼はお墓の方をじっと見つめて続けた。
「今まで俺達がやってきた事は、一体何だったんだろうな」
「それは……」
こんな形であっけなく終わった最後を、簡単に受け止められるわけが無い。彼の問いに答えられるはずもなく、私は口篭もる。
どこで私は、私達は、間違えてしまったのだろう。他に何か違う結末を迎えられなかったのか。
こんな事を考えても仕方ないけれど、後悔ばかりが積もる。
私達は、お互いの足を引っ張り合いながら、本当に失敗ばかりしていた。目的を同じとしていながら、何ていう様なのだろう。
「ようやく見出せた光も目の前で消えた。馬鹿馬鹿しい話だよな、俺の生きてきた道には今何も残って無いんだぜ」
「そんな事……」
無い、と言いたい。けれど言えない。残っていないわけでは無いが、その残った物は彼にとって全く価値の無い物なのだと思う。それはきっと、残っていないのと同意だ。
風を遮るような大きな建物の無い墓地は、強く風が吹き荒れる。備えてあった花の花弁が少しずつ宙へ散って行った。
「これじゃ俺は、生きてたのに死んでたのと変わらないじゃないか」
そう、乾いた声で吐き捨てる。
「そ、それは違いますよ!」
「そうか? 俺はそうは思えない」
そう言って彼は短剣を懐から取り出した。綺麗な装飾のなされた鞘と柄が太陽の光で輝いている。エリオットさんが短剣なんて持っていた記憶は無いけれど、何故ここでそれを出す……と思った瞬間脳裏に最悪の考えが過ぎった。
私は思わず彼の手から短剣を取り上げていた。
「なっ!」
驚くエリオットさんに次の言葉を投げかける。
「今止めても結局後で自殺されては困ります。それならいっそ……」
短剣を鞘からスッと抜き、私は溢れる涙を必死に堪えて、波打った剣身を彼に向け構えた。
「大罪を犯させるくらいなら、私の手で楽にしてあげましょう……っ!」
「何かよく分からないけど、殺される!?」
猛ダッシュで逃げ出したエリオットさんを、私は刃物片手に追いかける。ちょこまかと逃げ回る彼に大きな声で呼びかけた。
「一瞬で済みますから!!」
「いや、待てよ! 誰が自殺するんだよ! 逃げてんだろ俺!!」
と、あれ?
「……それもそうですね、何で逃げるんです?」
「むしろ俺はどうしてお前がそんな事をしようとしてるのか聞きたいわ!」
散々追いかけられて息を切らすエリオットさん。私も少し疲れて、逆に頭が冴えてきた。
あの状況で刃物が出てきたから思わず行動に出てしまったけれど、じゃあ自殺する気では無いとしたらコレは?
「えーっと、この短剣は何ですか?」
「……お前にやろうと思ってたローズの形見だよ」
そしてエリオットさんは頭をぽりぽりと掻いて、申し訳無さそうにこちらを見る。
「そんな死にそうな顔してたか、俺」
私が無言でコクコクと頷くと、彼は少し伏目がちになって溜め息を吐いた。そして姉のものだと思われる墓へ視線をやって呟く。
「死にたくても死ねないっつの、やらなきゃいけない事が出来たからな」
その顔は少し悲しそうで、でもどこか嬉しそうにも見えた。
「やらなきゃいけない事、ですか?」
想像のつかない彼の今後の目的とやらに疑問符を投げかけると、エリオットさんは笑みを浮かべてこちらを見やる。その表情は、姉が昔私によく見せていたような、優しくて、それでいて何かもう一つ深く強い意志が込められているような笑み。
「遺言でお前のお守りを頼まれたんだよ」
その言葉で、何故エリオットさんが姉さんと同じような顔を私に向けたのかすぐに理解できた。
そしてそんな顔をして見るという事は、エリオットさんはもう既に姉さんと同じような気持ちでいる、と言う事になる。
つい先刻まで敵意を向け合ったりしていた仲だと言うのに心からそこまで出来るだなんて、どれだけ姉さんの事を想っていたのだろうか。
「……エリオットさん……」
「どうした? 嬉しくて涙が出るか?」
私は心に浮かんできた言葉を言うべきか一瞬迷ったが、ここは敢えて言葉に出す事を選んだ。
「いえ、私のお守りを出来るほど大人になれていない人が、よくそんな顔でそんな事を言えたものだと思っただけです……」
「殊勝な顔をして言うようなセリフじゃねーぞ!?」
勢いよくツッコミを入れてくるエリオットさんに、私はにっこりと笑顔を返す。
「ありがとうございます、気持ちだけは頂いておきますよ」
「それもそんな屈託の無い笑顔で言うようなセリフじゃねーから!!」
こみ上げてくる気持ちに素直になって、ふふふと笑った。でも少し気恥ずかしくて、風に靡く髪を掻き揚げてからエリオットさんに背を向けると、彼は私に向かって呟く。
「……おいクリス、服が後ろから見ると凄い事になってるぞ」
「気にしたら負けです」
しかしよく見てみるとお互い酷い格好だ。片方は血まみれ、片方は(主に自分で破いて)ボロボロ。こんな服で周囲の目も気にせずによくここまで来られたものだと思う。今頃になって恥ずかしくなってきた。
「まぁあれだ、もう吹っ切れたよ」
そう言って背伸びをして結っていた髪を解いたエリオットさんは、そのまま髪をいじって付け毛を丁寧に外していく。
彼の言う事つまりそれは心配しなくていい、という意味だろうか。
「それならいいですけど……」
改めて、エリオットさんから無理やり奪った短剣を見つめながら私はぼんやりと返事をした。その装飾や形状以外は特に変哲の無い代物。けれどよく使い込まれていたのが分かるくらい、新品ではなく後から何度も磨いだ跡。
私のその様子に、付け毛をちまちま外しながらエリオットさんが呟く。
「っつーかお前の方が俺よりあっさりしてるのは何でなんだよ、ビックリするわ、その態度」
そうか、私はそんなにショックを受けていないように見えるらしい。自分でも実際にそこまで落ち込んでいる感じは無い。それは多分、エリオットさんとは違ってずっと前からこうなる事を覚悟出来ていたからなのだろう。
今なら打ち明けてもいいか、そういう思いで私は告げた。
「実は私、結構前から姉さんを生きたまま救う事は無理だって事を知っていたんです」
あえて『生きたまま』と付け加えたのは、死なせてしまっても私はこれはこれで救えたと思っているから。
「あの精霊は大人しく姉さんに身体を返すようなタマではありません。他に方法が無い以上、姉さんを解放するにはアレしか無かったんですから、いいんです」
「…………」
エリオットさんの返事が無い。ただの屍になったわけではなく、単に遠くを見つめて黙っているだけ。付け毛を外す手も止まって、何やら深く考え込んでしまっているようだ。
そこまで悩むような言葉だっただろうか、私はふと出た疑問に首を傾げる。
「エリオットさん?」
「ん? あぁいや悪い、そうだな。前から知ってたならショックは少ないよな」
「えぇ。ただまぁ、最後に遺言が聞けたのなら私もその場に居たかったというのはありますけど」
贅沢な願いかも知れないが、最後に私の知っている姉さんに逢いたかったな、と。私は少し恨めしい気持ちでエリオットさんに苦笑いを向けた。
しかしその先には、思ってたものとは違う表情の彼。
「何故そんな顔を? 何か気に障りました?」
眉間に深く皺を寄せ、目を細くして斜め下の足元を睨む。そんな顔をさせるほど、嫌な事を言ってしまった覚えは無いのだが……
先程から感じている違和感の答えを言う事は無く、エリオットさんはまた無言になって、まるで気持ちを落ち着かせるかのように震える手元で付け毛を外す作業を再開した。
私はただ彼のその様子を、それ以上問いただす事無く見る。
やがて全て外し終えたエリオットさんは、すっきりした髪をぐしゃぐしゃと掻いてから、天を仰いで言った。
「髪、伸ばそ」
それから私達はまともな衣服を買って着替えてから王都に戻ってくる。
まず第一にエリオットさんがやらねばいけなかった事は、私が槍の呪いによって水晶にしてしまった人々を元に戻す事。
ライトさんにも看て貰ったけれど、呪いによる直接的な傷が無いのでうまくいかなかったそうだ。
もしニールが壊れていなければ彼に元に戻して貰えたかも知れないけれど、今はそれも適わない。どうやって戻せばいいか分からないが、とにかくソレが出来ると思われるエリオットさんが水晶の目の前でしばらく唸って頑張っていた。
数時間後、一人目の呪いの解除……と呼べるのだろうか。どちらかと言えばまるで創り直していたように見える。とにかくそれを終えると、後は一人一時間くらいかけて、少しずつエリオットさんが直していった。
結局全ての人々を直すのに一週間以上かかったが、彼の民からの評判はこれによって一気に跳ね上がる。病気という名目でしばらく外に出てきていなかった彼は、今や奇跡の人扱い。
皮肉なものだ……私がやって、彼が直す。それで彼は英雄。真実を知っていれば茶番でしか無かった。
まぁレイアさんにもアレが私のせいだとは言っていないし知られていない。全てを不可思議な精霊の仕業として押し付けて、私達は今の立場を守っている。
次にレクチェさんについて。
エリオットさんから聞いてみるとどうやらレクチェさんは結局あの後『多分死んだ』らしい。そしてその遺体をセオリーに奪われる前にルフィーナさんがどこかへ飛ばした、と。
もしあの時私達が気を緩めていなければ起こり得なかった出来事。私もエリオットさんも、姉さんの事以上にこれは悔やむ。
ルフィーナさんはと言うと、あれから姿を見ていない。
結局彼女に降りかかるかも知れなかった危険は何だったのか? そもそもそれが過ぎ去ったのかも分からず仕舞い。最終的に私が退けると聞いていた厄を、私は退けた記憶が全く無いからだ。
気がかりだが、彼女の行方が分からない今ではどうする事も出来なかった。流れが変わっていて、それらがもう無いものとされている事だけを祈る。
そして……王都の復興は流石に早い。エリオットさんが水晶になった人々を全て元に戻し終わる頃には、一番酷い惨状だった地区も大方人が過ごせるようになっていた。
ここで悩むのが今後の私の身の振り方。当初の目的を失ってしまったものの、未だセオリーとその背後に居る者達は暗躍しているはずである。これらに首を突っ込むか否か、私は悩んでいた。
「放っておけよ」
ここは城の、エリオットさんの部屋。随分と使っていなかったらしいけれど、今ようやく主が帰ってきたこの部屋。
私が以前借りていた部屋なんて目じゃないくらいの広さと、家具各々の大きさ。ベッドとかなんてもう、頑張れば十人眠れそう。色調は、金と赤、白がメインで、全く以って落ち着かない部屋である。
エリオットさんが続いて理由を話す。
「あいつらの目的は別に関係の無い誰かに大きな迷惑をかけるものじゃないだろ? レクチェももういないし、そもそも研究とやらが進むのかも怪しいじゃないか。もしお前を狙ってきたら、その時にでも相手してやればいいさ」
先手ではなく後手に出ろ、と彼は言う。
「それはそうですけど……」
蟠りが残るまま、それらを放置する事に若干の抵抗がある私は渋る。それに私、やる事無いんですよ、ぶっちゃけ。
対面に座っているエリオットさんを、俯いて上目遣いに見た。
「どうせ他にやる事無いって思ってんだろ」
「はい……」
「俺を手伝え」
「はい!?」
一瞬何を言われたか分からず、目を丸くして驚く私。把握した後も、その意図は全く想像がつかない。
「まだ俺、やる事あるんだよ。暇ならついてこい。食いっ逸れはしないぜ?」
「な、何をする気なんですか? っていうかそれってまた追われる日々になったりしませんよね?」
恐る恐ると、一番の不安を尋ねる。
「大丈夫だ。期間は五年、表向きの公務と、それを毎月城に戻って報告、以上の制約付きだが父上の許可は取って来た」
何かすんごい大掛かりな事してるけど、一体何をする気なんですかこの人は……
相変わらずの手際の良さに感心を通り越して呆れてしまう。そこまでして城の外に出たいようだ。
「で、そこまでして何をするんです?」
「とある遺物の回収、だな」
遺物と聞いて、跳ね上がる心臓の音。
「せ、精霊武器でも集めるんですか!?」
「馬鹿、そんなのどう考えてもセオリーとぶつかるじゃねえか。……とは言ってもぶつかる可能性はゼロじゃない。だからお前にも来て欲しい」
何だ何だ、暇なら来いと言いつつ結局私ありきの旅では無いか。思わず吹き出しそうになるのを堪えて、私は口を手で覆った。
「ローズはこれらの遺物を盗むなりしていたが、今度は持ち主がいる物ならば買い集める事になると思う。俺は公務と言う名目で各街を訪問し、全ての地域をしらみ潰しに探していくつもりだ」
「姉さんが集めていた、続き、って事ですか?」
「その通り。集めてどうなるかは分からんけどな」
何故だろう、胸が高鳴るのが自分でも分かる。エリオットさんの言う目的が、私は今から楽しみで仕方ないのだ。
姉さんの足取りを追えるかも知れない、そう思うと嬉しくて顔が綻んでしまう。
「実は集める遺物は元々城が管理していた物なんだ。けれど盗まれたり、そもそもその遺物の価値が分からず掘り起こされて城に収容される事が無かったりで、実際は各地にバラバラ。精霊武器もその一つみたいなんだが、そっちは危険が伴うからパス」
そう言って、最後にエリオットさんがにんまりと口角を上げて、私に右手を差し出して問いかけた。
「さ、返事はどうだ?」
◇◇◇ ◇◇◇
クリス達が新しい目的に向かって動き出していた頃。
「奇跡の王子、ですか。よくもまぁ言ったものです」
新聞を片手に白緑の髪の青年が、木の椅子に座りながら机の上に置かれた珈琲に口をつける。そこはじっとりと湿った地下の牢の中。だが彼が囚われているわけでは無い。
この牢の住人は、壁に鉄の鎖で繋がれた女性。薄汚れた東雲色の髪に生気の無くなった赤い瞳は、その新聞に書かれている王子の師、その人であった。
「そろそろ協力してくれませんかね、してくれないと貴女が嫌がる事を次々としていかなくてはなりません」
少しずれた丸くて薄い眼鏡を右手中指で直すと、彼はすっくと立ち上がり彼女の傍による。
「酷い事はフィクサーが止めてくれる、とでもお思いですか? 彼はコレを知りませんからそれは有り得ませんよ」
そして、ルフィーナの首を掴んで、ゆっくり、ゆっくりと締めた。
「……か、はっ」
ただ耐える彼女を、冷たく優しい目で彼は見つめる。セオリーには情が無いわけではない、ただそれが歪んでいるだけの事。
辛うじて息が出来る程度に首をじんわり締めたまま、彼は彼女の長い耳に噛り付いた。
「ッ!!」
悲鳴も上げられず、力無かった目を見開いてその痛みに驚くルフィーナ。僅かだが示した反応を愉快そうに横目で見ながら、歯を離して噛んだ部分をぺろりと舐める。
「この耳も丸くしてさしあげましょうか?」
種族を変える、という意味ではなく、噛み千切る、と言う意味で……耳元で優しく丁寧に呟くセオリー。だがその言葉にルフィーナからの反応は無い。
「ふむ、やはりこの程度では屈しませんか。かと言ってあまりやり過ぎると彼にバレてしまいますからねぇ……」
首から手を離して、彼は次に彼女の太腿に手を伸ばした。そしてそのまま黒く短いスカートの中に滑り込ませる。
その動きにぴくり、と反応する彼女の耳と足。
「あまりこの方法は気が進みませんが、多分お嬢はコレが一番効くでしょう?」
ルフィーナが履いているストッキングをぐりぐりと下ろして、下着に少しだけ指を引っ掛けたセオリーは、その状態のまま告げる。
「本当に孕めなくなっているのか試してみるのも一興、ですね」
「ゃ……」
身体をよじらせてその手から逃れようとする彼女を見れば、この方法がてっとり早いのは明らかであった。
「言う、から……それだけは……」
元より生きる気力も尽きている。苦痛による拷問ならば死ぬまで耐えるつもりだった彼女が、ついに口を割った。
「まとめた研究書類は、城内の機密書室に保管されているわ……」
「そうですか、では貴女の見解もついでに聞かせてください」
「…………」
彼女がぼそぼそと小さく呟いた言葉を聞いて、セオリーが薄く笑う。下着に掛けていた手を外し、彼女を繋いでいた錠をも解いた。
「好きに逃げて構いませんが他言はしないように。その時は問答無用で今の続きをしますよ」
完全なる脅しの言葉だけを残して、彼は鍵をかけずに牢から出る。
ずるり、と壁に持たれかかったまま、ルフィーナはその場から動かない。長い間鉄の腕輪に繋がれていた手首は、酷い内出血を起こして黒くなっていた。
彼女の首には、クリスから貰ったネックレスはもう掛かっていない。
戻ってきたセオリーの報告に、困った顔をしているのはフィクサー。昔は長かったその髪も、今では肩程度に落ち着いている。
「城内は面倒だな」
とある小さな一室で、三人が佇んでいた。黒髪の青年はいつもの大きい椅子に腰を掛け、残りの二人はそこに机越しに対面する形で立っている。彼らにしては珍しく正式な立ち位置だ。
「いつだったか潜り込んだ時は、入ってすぐに警報が鳴りましたからね。盗む事自体は楽ですが、それを隠し通す事は出来ないでしょう。そしてそれが盗まれたと知られれば間違いなく警戒されてしまいます」
セオリーの発言に、ゆっくりとフィクサーが頷いた。
「多少の時間はかかりそうだけど、まぁいいさ。あれが手に入ったからにはサラの末裔ですら必要も無い。今までを考えれば一気に事は進む」
「えぇ、お任せください」
セオリーの隣で立っていた、顔に大きな火傷の痕を残すショートカットの黒髪の女性が、スッと前に出て右腕を胸の前で構える。
彼女の首にはあの琥珀のネックレスが、そして左腕には妖しく光る剣が携えられていた。
◇◇◇ ◇◇◇
【第一部終章 ~それでも前を向いて~ 完】
前半が終了し、やっと主要恋愛をストーリーに絡める事が出来ます。
ていうか、そもそもここまで読んでくれる猛者って何人も居ないだろうに
あとがきだなんて書く必要があるのか謎い。
いや、いいんだ、自己満足ページと思ってスルーしてください。
R18がかからないようにエロいのは抑えつつガンバルヨ!我慢!!
さて、三バカ悪役トリオもようやく悪役らしくなってきました。
セオリーの嫌な奴っぷりが半端無いですけど(笑)
まだ名前も出てこない男装の子も二部では活躍します!
出てるのに活躍してないフィクサーもこれからです!
なるべく敵キャラも愛して貰えるように、魅力ある描写をしていきたいものだ…
また、この作品はちょいちょいと様々な神話を絡めて作ってあります。
コレってあの神話のアレだよね、って考えると
ストーリーの先が見えてくるかも知れません。
見えない可能性も高いです。
名前を出さずとも、描写だけを神話のソレとして
書いてある物もあるので見つけてくれたら嬉しいなぁ。
【各章の裏話】
一章 introduzione>大きく三度も改変した落ち着きの無い章。現在は二部のネタバレからスタートして、エリオット視点のみで進んでいます。ここで少年を連呼する事によって必死にクリスを男として皆さんに刷り込もうと頑張りました
二章 女神の遺産>実は二章までの内容は、既に四年くらい前?もっと前かも。から出来てました。つまり文章が古いのでここまでとこの後とで若干の違和感がするかも知れません
三章 絵本>新キャラ続々登場の章。名前は凝り過ぎてもどれがどれだか分からん、が心情でして、いつも「そのまんま」を心がけています。その分彼等の苗字や本名などに意味合いを持たせてる事が多いのでぐぐってみてはいかがでしょうカッ!しかしクリスとライトの苗字に意味はありまセンッ!(酷い)
四章 絡む思惑>キスシーンおいしいです。話の進みはペースダウンさせて、ゆったり仕上げたつもり
五章 対峙>四章で落ち着かせて、ここで盛り上げた…んですけど分かるでしょうか。作品通して、緩急をなるべく意識しているのですが、伝え切れているのかどうか
六章 インテルメッゾ>文字通り間章。主役二人の過去にスポットを当てつつ周囲の描写も頑張りました
七章 旅立ち>ライトがおにちく。あと恋愛伏線を強めに置いてます。この時点でまだクリスは男の子に見られてるのでパッと見、BL。筆者はBLも美味しく食べます
八章 告白>色気の無さ過ぎるお風呂シーンに読み手が激怒するところ。ルフィーナの告白はいつも真実を半分しか言わないのでミスリードさせまくります。わざとです
九章 見えたもの>生足ショタ登場。と言ってもフォウは十四歳ですけどね!あんまり無くてもいい章だったりしますが二部での恋愛伏線として挿入
十章 誤解>やっとクリスの性別暴露のターン!戦闘無しのぬるぬるお休み章です
十一章 思い出>レクチェの記憶が戻ると共にここまでの伏線大量回収&新たな伏線の大量投下。
十二章 晴れない心>続いて伏線投下。レクチェは元ヒロインなのでどうしても少しはその名残が出てしまいます。
十三章 リチェルカーレ>音楽用語ですがこの章には捜索という意味のほうで使いました。重い伏線は置かずに、逃げてはいるものの物語全体としてはゆったりな章にしています。この後ががっつりですからね!
十四章 戦火>過去に遡って語り、そのまま波に乗せました。小説にするにあたって元々の構成から割と変更されている章でもあります。この時点でほんのりとクリスの恋愛感情描写もしていますが、クリス本人が気付いていないので読者様も気付きにくいかも知れぬぬぬ。
十五章 第一部終章>エリオットが敢えてクリスに言わなかった事実を大事に描写したつもりです。第二部へ更に期待を寄せられるように、と書きつつ最後でダークに落としました。またオチ担当だけどいつもと違って笑えないオチ。
【製作BGM】
L'Arc~en~Ciel/Sell my soul <エリオット視点ですが作品に激似なの!
村井聖夜/Tir na n'Og <作品全体のイメージに近いケルト
Lollipop Tonic featuring K/赤いリンゴ <これもエリオット視点で作品に重なる
東方全般 <戦闘描写時によく聞く
インストのケルト民族曲色々 <旅の描写などに聞くと最適