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第一部
11/53

思い出 ~終幕への道標~

「ちょっと寄りたいところがあるの」


 ルフィーナさんのその発言で私達の行き先は随分東となり、今はツィバルドから向かって南東の山を越えている最中である。

 列車で移動出来れば良いのだが、列車は基本的に王都とその周辺の各都市を結ぶものだけなので、目的地であるリャーマには通っていないのだ。


 列車が通っていない分、山道は人々がよく通るので比較的整備されている方だろう。

 道中に度々店や宿も見かける程で、ツィバルドと王都を遮る雪山地帯に比べれば随分違う。寒いには寒いけれど、そちらの山よりも南に位置しているので雪も少なく、歩いていれば逆に暑いくらいだ。

 いや、歩いてないですけどね、馬借りてますけどね、風切ってますから頬寒くて仕方ないですけどね。


 しかし……姉さんの行方が分からないままなのでルフィーナさんの言う通りに目的地を決めたわけだが、彼女はいつも通りその理由を述べてはくれなかった。

 こうして見るとますますエリオットさんに似ている気がしてならない、やはり師弟なだけはある。

 彼女のその態度を見ながら、彼と出会った当初の説明不足っぷりを私は密かに思い出していた。


 私は例によって背もたれになっているモノをふと見上げる。するとこちらの動きにすぐ気がついたようで背もたれがしかめっ面になり、その翡翠の瞳を細くする。

 視点的に見下げている分、目だけ見れば喧嘩を売っているようだ。


「何見てんだよ」


 やはり売られた。いや、売ってもいない喧嘩を買われた、と言った方がいいのか。

 私は大人な対応でさらりと彼に答える。


「ちょっと見たくなったんです」


「その理由が聞きてーんだよ俺は!!」


 エリオットさんは手綱を握っており、私をいつまでも見ているわけにはいかないので、こちらに視線を向けずに正面を視線を戻して叫んだ。


「……エリオットさんとルフィーナさんが何だかんだで似ているなぁと考えていたら顔を見たくなりました。これでいいですか?」


「正直に答えたら答えたでムカつくんだけどお前!!」


 怒りに歯を食いしばって耐える彼。何が彼を逆撫でしているのかは知らないが相変わらず短気な人である。

 コレが昔は良い王子だったなどと誰が信じるものか、隠していた素顔が出てきただけであって元々良くも何ともなかったに違いない。

 私はエリオットさんの売り言葉は買わず、無言でスルーした。

 それからしばらく黙って流れる景色を見ていると、その沈黙に耐え切れなくなったのか、彼はまた喧嘩を売るような事を言ってくる。


「こんなのが女だなんて、ありえん」


 まだそれを引きずっているとは、エリオットさんこそ男の風上にも置けない、なんて事は面倒になるので思っても言わないでおこう。

 けれどどうも彼は会話したいようなので仕方なく無難と思われる返答を素っ気無くも一応してみた。


「あり得なくても、事実ですから」


 確かに胸は無いが、下のほうにもついていないのは確かだ。だがその返答すらもお気に召さなかったらしい。呆れたような物言いで彼は続ける。


「それ! 可愛げがねーんだよ。顔はどっちつかずだけどよ、とりあえず男と間違えられたくなければその態度をどうにかするべきだって」


 アドバイス、と受け取って良いのだろうか。


「私は司祭様の真似をしているだけなんですけどねぇ」


「……多分、口調だけだろ?」


「そうかも知れません」


 口調を司祭様ではなく修道女のお姉さんみたいにすればいいのかな、と考えたが想像してみたらどちらも同じだった。悩んでいると頭の上から更に言葉が降ってくる。


「どういう過去があったかは知らんけど、何か突っ張ってるっつーかさ。どーせ感情隠せてないんだから素直に出せばいいんだよ」


 やはり彼なりのアドバイスなのだろう、どことなくその声色は優しくなっていた。しかし……


「エリオットさん、それは違います。私は冷静になろうと努力しているだけなんです」


 別に突っ張ってるわけでも隠そうとしているわけでも無い。これだけは否定しておかねば私のイメージが崩れてしまう。

 けれど彼はそれすらも打ち消した。


「喧嘩や戦闘中ならまだしも、普段から無理して冷静になろうとしなくてもいいんじゃないか?」


 そろそろ山を下りきるくらいだろうか、徐々に道が平坦になっていく。あまり木の生えていない粘土質の土で出来た山が後ろに大きく聳える景観となり、これから麓の森に入るのだろう、大きい杉などの木が増えてきた。

 私は少し身を乗り出して山に振り返っていたところを元の位置に戻り、呟く。


「エリオットさんと喧嘩以外の会話って、してましたっけ」


「……そこから観点がすれ違っているのか俺達は」

 

 

 

 山を抜けるのに三日掛かった事を考えれば森はそこまで深くなく、数時間の休憩を取ったものの一晩で越えられた。

 抜けると平原が見渡す限りに広がっており、ここまで来るともうあまり寒さは感じない。誰からともなく上着を脱ぎ、馬に付けてある荷袋に仕舞いこむ。

 リャーマへ続く道は、この平原も山や森と同様に踏み慣らされており迷う事は無さそうだった。地平線まで続くその一本道をただひた走る二頭の馬。


「お腹がすいたーっ」


 そんなレクチェさんの一言により、それから次の道端の店で一旦休憩となった。

 軽食だけメニューに並んだ小ぢんまりとしたその店は、低めの円筒状に塗り固められた土の壁に、屋根は球形を半分に切ったような形。屋根の天辺には錘のような飾りが立っていて、私は故郷を思い出す。

 北や王都ではあまり見られないが、南では似たような建物が多かったからだ。

 外にもベンチやテーブルが備えられていたが建物の中でも食べられたので、建物の中で遅い昼食を取る。ちなみに朝はぎりぎり森のあたりで現地で取った果実だけしか食べておらず、彼女が空腹を訴えるのも無理は無いだろう。


 私達はバターを塗っただけのデニッシュとミルクスープを頂いてから、ついでに馬の食事や水も買って済ませてすぐにそこを出発する。そして平原の先に街を見つけた頃には……随分と日が暮れていた。




「こっちこっち」


 馬を預けた後、ルフィーナさんが案内して街を回る。

 都会とは言えないがもう夜なのに建物の中からは眩しいくらい光が溢れて、どの店もわいわいと賑わっていた。こうして見るとお酒を嗜むお店が多く並んでいる気がする。

 そんなリャーマをきょろきょろ見つつルフィーナさんに着いていく途中で、私は壁にとんでもない物を発見してしまう。私の視線を追って、自然とエリオットさんやレクチェさんもそれを見た。


「…………」


 皆、無言で見つめる先は『探し人』の張り紙。そこに描かれているのは紛れも無くこの私。


「おい、クリス。何かで顔隠せ」


「なっ、何も無いですよ!」


 私はとりあえず深く俯いて誤魔化す。情報の連絡先は各地の軍の駐屯施設となっており、私を探す理由は大体把握出来た。


「……俺も明日何か顔隠せるモノ買うか」


 多分一番探し人として探したいのは家出王子であるエリオットさんだろう。しかし、それを公にするわけにはいかないので参考人として私を見つけたい、と言ったところか。

 姉のように賞金をかけて手配されているわけではないが、こうやって似顔絵を張られては同じようなものだ。すんごく恥ずかしい。


「クリスさん、何で探されてるの?」


 張り紙と私を交互に見ながら、右人差し指を顎に当てて疑問を唱えるレクチェさん。


「色々ありまして……」


 本当に、色々。

 私はげんなりしつつ、その張り紙を後にしようとした。が、


「あれ?」


 着いて行かねばならないはずの後姿が、どこにも見当たらなかった。これはいわゆる、アレだ。置いてけぼりというやつだ。

 張り紙を見ている間にルフィーナさんと私達は完全に離れてしまい、あたりを見渡してもその影はどこにも無い。

 街としては小さいとはいえ、村などに比べれば充分大きい。


「さて、どこから探すか」


 と言いつつエリオットさんは探そうともせずに、すぐ隣にあった酒場に入って行った。


「ちょっと! どこ入ってるんですか!?」


「うわぁん迷子なのー!?」


 泣きそうな顔で私の袖をぐいぐい引っ張るレクチェさん。一気に収集がつかなくなる。

 ルフィーナさんが私達が着いて来ていない事に気がつくのはきっと早いはずだから、建物の中に入っていてはルフィーナさんが私達を見つけられなくなってしまうというのに何をし始めるのだ彼は。

 顔だけ酒場へ入れて、エリオットさんに怒ろうとしたが、こちらが何か言う前に彼は即座にアルコールを注文していた。


「見つかったら呼んでくれ。それまでここの見張りは任せろ!」


 間もなく出されたジョッキに口をつけ、入り口に一番近いところのカウンター席で彼は言う。これはもはや動きそうにもなく、もう説得するのも面倒臭い。


「……二人で探しましょうか」


「うん……」


 夜独特の明かりが怪しくも美しく輝くこの街で、私達二人はその雰囲気には似つかわしくない哀愁を漂わせながら肩をがっくりと落とした。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 クリス達を見送ってから俺は注文したハムとチーズのフィユテをサクサクとつまみながら飲み進めていた。

 ルフィーナがここで何をしたいのかは気になるが、いちいち探すくらいなら久々に飲みたいというのが理由だ。探した後呼んで貰えばいいだけだしな。

 大体ここ最近俺の扱いが酷すぎるんじゃないのか? あいつらが勝手に俺に着いて来ているだけなのに我侭放題に行動しやがって。飲んでないとやってられん。


「おかわりしますか?」


 勢いよく空いたジョッキを見て、優男な茶髪のバーテンダーが聞いてくる。


「よろしく~」


 俺は上機嫌でそれに答えた。

 周囲の客層を見渡すと比較的年齢層も幅広く、まるで街の大人はこぞって飲みに来ているような雰囲気だ。物騒な連中が飲み荒れているというよりは純粋に街の住民で店が賑わっているように見える。

 東は織物や工芸品などの特産品くらいしか目立った物は無いと思っていたが、なかなかどうしてこのリャーマは俺好みの街だ。


「ちなみにお兄さん、この女最近見てない? 多分大きな得物持ってると思うんだけど」


 俺は小さいバッグに折りたたんで入れていた手配書を彼に見せた。


「いやー、こんなの見たらすぐ通報しますよー」


「だよねー」


 ははは、と手応え無しの反応に軽く笑ってまた仕舞う。流石に大きな街でも無いと人に紛れ込むのは難しい。これくらいの規模の街には現れないか……

 ふと、バーテンダーが物珍しそうに俺をじっと見ていたので、機嫌の良い俺はこちらから話を振ってやった。


「ん、賞金稼ぎは珍しいか?」


 無論、俺は賞金稼ぎでは無いが、この方が都合がいいのでそういう事にしておく。


「あっ、スイマセン。珍しいですねー、この街あんまり行商以外は来ないんで」


「そっか、俺も初めて来るしなぁ」


 こういうなよっとした優男は二番目の兄貴を思い出すのであまり好きでは無いのだが、客商売だけあって物腰は柔らかい。俺は悪い印象は抱かずにバーテンダーと他愛も無い会話を続けた。

 しかしそこへ、


「隣いいですか」


 聞き覚えのある低くかすれたハスキーボイス。答えも聞かずに俺の右に座ったのは浅緑の髪に真紅の切れ長の瞳を持つ青年。


「っ!?」


 俺は思わず席を立って僅かに後ろに引いた。


「何もしませんよ、今は話すだけですから」


 存在自体は信用ならないが、コイツはいちいち嘘を吐くような奴じゃない。何もするつもりが無いのなら何もしないのだろう。俺は冷静を装ってまた座り直す。

 バーテンダーは空気を察して水だけセオリーに置いて、少し離れた。

 今日はいつもの軽鎧は纏っておらず、簡易な旅人の服装。この場に馴染む為に服を変えてきたのか、それとも単に私服なだけなのかは定かではない。


「今すぐサラの末裔の子供と二人でこの街を出てください」


 急に出たと思ったらこれまたいきなりの命令。


「説明は無いのかよ」


 俺は折角良い気分で飲んでいたところを台無しにされてご機嫌ナナメである。とてもじゃないが理由も聞かずに命令に従う気分じゃない。

 苛々しながらセオリーを睨むが、それに臆するわけでもなく、だからと言って挑発に乗るわけでもなく、さらりと受け流される。クリスとは違い、本当に流している。


「大変面倒なので端折ってもよろしいでしょうか?」


「ある程度は許す」


「どうも」


 割と素直に要求を受け入れられたので、俺は内心ビックリした。セオリーは出された水には手をつけず、こちらに体を向け視線を完全に合わせて話し始める。


「憶測でしかありませんが、ルフィーナ嬢がこの街で行おうとしている事は貴方達にとって得策とは言えないでしょう。こちらとしてもなるべく貴方達に離れて欲しいのです」


「分からんな、一緒に居ると何か起こるのか」


「起こります。彼女も知っているとは思いますが、多分無理やり貴方達を離せないから仕方なく踏み切ったのだと」


 確かにレクチェはクリスと一緒に居る事を望んでいたから無理に離すのは難しかっただろう。しかし一度離れた時期もあったのに何故合流した今、わざわざ何かをしようとしているのか矛盾が生じる。

 俺の顔を見つめたまま視線を逸らそうとしないセオリー。

 男と黙って見つめ合っていても仕方が無いので、俺は深い溜め息の後にこちらから目を逸らしてカウンターの瓶棚を見ながら言った。


「どうせ俺達を監視しているんだろう? じゃあこの時点での矛盾をきちんと説明してくれ」


「ふむ、どこが矛盾なのでしょうね」


 大げさに首を傾げる。頭のキレる奴だと思っていたがそうでも無いようだ。

 ……いや、もしこちらの前提が間違っていたのだとしたら……

 俺はやはり視線をセオリーに戻し、椅子ごと体を向けてキチンと聞く事にした。

「おい、ルフィーナは俺達と離れた時期があっただろ。何故その時じゃなくて合流した今わざわざ何かをやろうとしているんだ」


 俺は自分の中の矛盾を口にして問いただす。


「ふむ、そうですね。それは彼女にとって、危険が伴いつつも転がりようによっては都合が良いからではないでしょうか。これも憶測でしかありませんが」


 その矛盾は大した事では無い、と言った口ぶりだが、しっかり矛盾を解消出来るような答えでも無い。


「どう都合が良いってんだよ」


 俺は逃げ道を塞ぐように追求した。


「……あくまで憶測です」


 セオリーがその先を述べようとしたが、それは一本のロッドによって遮られた。

 俺とセオリーの間にロッドを突きつけてきたのは、


「おやルフィーナ嬢、こんばんは」


 片方はエルフ、もう片方は見た目の特徴だけならヒト。二人の紅い目が鋭く睨み合う。ルフィーナは俺が今まで見た事の無いような恐ろしく歪んだ形相でセオリーを真っ向から見据えていた。


「何を吹き込もうとしているのかしら?」


 その声色は低く重く、そして微かに震えている。明らかな動揺の色。俺にそれほど聞かれたくなかったとでも言うのか。


「ただ私の考えを述べようとしたまでですよ。それが真実かどうかは彼に判断して貰えば良いだけです」


「黙りなさい」


 ルフィーナがロッドでセオリーの頬をぐいと押すと、その頬に魔術紋様が焼かれ出る。その紋様はロッドを離したその後も消える事は無く、彼の頬に刻まれたままだ。

 大抵の魔術知識は学んでいる俺はその紋様がどういう意味を持つかすぐに判断出来た。


 ……口封じ。

 陣や紋様をいちいち腕を振って描かずとも構想して瞬時に魔法による火で焼き付ける。紋様の知識だけではなく、魔法の緻密な操作を要する高等テクニックだ。相変わらず見事なものである。

 それを使って彼女はセオリーの口を封じたわけで、それが意味する事はそれほど知られたく無い事がそこにあったという事。


「おいセオリー、返事は要らん。答えは『分かった』だ。ただし三人でだ」


 何があるのかは知らないが、レクチェだけ置いていくというのは流石に出来ない。

 俺の答えにセオリーがぴくりと反応し、大層慌てているようで勢いよく首を横に振る。


「……三人じゃダメなのか?」


 俺の問いに今度は首を縦に。


「ダメな理由が分からんなぁ。いっそ文字で書いてくれよ」


「何の事か分からないけど、書かせるワケ無いわよね」


 今度はルフィーナのロッドが俺の鼻先に突きつけられる。


「何だ、やるのか。女でもババァにゃ容赦しねーぞ」


 俺と彼女の間にはもはや亀裂と言ってもいい程の大きな蟠りがあった。

 それは過去の絆など他愛も無く霞んでしまうくらいに、ここ最近のルフィーナの態度は俺を幻滅させるのに充分過ぎるものだったのだから。


「とりあえずここを出ませんか」


 頬の紋様を上から焼き直したらしく、口封じを解除して左頬を爛れさせたセオリーが割って入ってくる。

 周囲の客は気付けば皆、こちらの方を不安そうに見ていた。




 レクチェとクリスはルフィーナを探していたんじゃなかったのか? 結局あいつらとは合流出来ないまま、ルフィーナもこちらを探していて俺の居そうなところに足を運んだと言ったところか。タイミング悪く、な。

 街の外に出て、いつもとは違い大きいお友達三人で対峙する形となる。大変面白くない。俺はがしがしと片足で僅かに雑草の生えた平坦な土を踏み慣らした。


「で、どうするんだ」


 ルフィーナは一向に引く様子は無いようで、この中で一番臨戦体勢である。なるべくそちらからは目を離さないようにして問いかける。

 するとセオリーはそんなルフィーナに臆する事も無く冷たい笑顔で交渉を進めようとしてきた。


「譲歩しませんか?」


 俺にはこいつら二人の意図が全く掴めていないので、譲歩も何も無いのだが。


「……被害が及ばないなら何でもいいぜ」


 どちらかと言えば今回の件はほぼこいつらだけの都合に思えるので、適当に返答する。


「私と貴方の間で譲歩なんて出来ると思う?」


「最終的には平行線でしょうね。だから今だけ、という事で」


「知ってるでしょ、私がどれだけ貴方を嫌いなのか。今だけだってゴメンよ」


 深い因縁があるような口ぶりの二人をじっと眺めながら、俺はどちらにつくべきか考えていた。

 この状況だけならば完全にセオリー側だ。この前クリスが何を言われたかは知らないが、もうルフィーナは信用できない。

 ローズを助ける障害になるのなら、殺すのは今、か。湧き出た殺意を隠す為に俺は心の中で素数を数えた。


   ◇◇◇   ◇◇◇


「いませんねぇ」


 私とレクチェさんはうろうろと街の中を探した末に、結局街の端っこまで辿り着いてしまっていた。周囲を見渡すと既に人はおらず、無論ルフィーナさんの姿も見えない。

 街の端の墓地の先には小さな半球体の家と、その隣に随分と古びた教会が見えたので、


「教会かぁ」


 私は思わずそちらに足を向けていた。


「クリスさんも好き?」


「えぇ、レクチェさんも好きなんですか?」


「うん、好きっ」


 まぁ彼女は神の使いかも知れないのだ、記憶が無くとも信仰心があって不思議ではない。どうせ街の中でルフィーナさんは見つからなかったのだ、念の為教会も調べておこうと思う。これはあくまで念の為、断じて個人的趣味では無い。

 しかし……この時間であれだけ街に人が繰り出していたのに、教会からは物音一つ聞こえなかった。けれど花壇には手入れされた花がきちんと植えられており、この教会がまだ使われている事をそれらが物語っている。

 おそるおそる大きな扉を開くと、中は至って一般的な造りの教会だった。

 ステンドグラスの窓に、御神体っぽい像に続く赤い絨毯。その脇にはミサ用の椅子がずらり。御神体の前にはダークブラウンの壇が置かれ、


「ん?」


 机の上にいきなり光る小さな物が上からコツンと落ちてきた。目を凝らしてよく見るとそれは金色の指輪だった。


「誰のでしょうね」


 近くに寄ってそれを手に取り一本ずつ指に当ててみる。だが私には少し大きいようで丁度よく合う指が無かった為、レクチェさんに渡した。


「私はどうだろう?」


 彼女が左薬指に当てると、指輪はそのままスルッと填める事が出来た。


「お、ぴったりじゃないですか」


 やはり大人の女性くらいのサイズ、という事か。何となくぴったりだった事に楽しくなり、指から彼女の顔に視線を戻して笑顔で話しかけるが、私は次の瞬間その違和感に身震いする事となる。


「ありがとう」


 そう言った目の前のレクチェさんは先程までの無邪気で朗らかな雰囲気を全て取り払っていた。だからと言って壊れた人形みたいに無表情なわけではない。

 その金色の瞳の奥は慈愛と包容に満ち、まるで聖母のような柔らかい微笑み。私の中ではこれ以上の善は存在しない。


「なっ……」 


 自分の考えの無さに飽きれ返る。

 『誰の』という前に『どこから』と考えるべきだったのだ。何故この教会で、何も無い上から指輪が降ってくるのだ。とんでもなく怪しいに決まっているじゃないか。


「クリスさん、来て」


 明らかに指輪を填める前と後で何かが変わっているレクチェさんが、何事も無かったように私の手を引く。


「ど、どこへ……熱っ!」


 繋いだ手の平が焼けるように熱くなり、私は彼女の手を振り払ってしまった。

 まただ、また私と彼女の間に何かが出来る。仲良くしたいのに仲良く出来ない、運命づけられているかのような決定的な溝。

 レクチェさんを嫌いそうになるくらい、またあの不快感が私の心の中で強く顔を出す……けれど、私は彼女を嫌いたくない。

 赤くなった手の平を抑えながら苦悶の表情を浮かべる私に、彼女は優しく慈悲喜捨の言葉を投げかける。


「大丈夫」


 彼女が天使? 女神の間違いでは無いのか。そのたった一言で頭からつま先まで痺れるように何かが走った。


「私、自分の事思い出させて貰えたの。勿論、記憶が無かった頃の事もそのまま覚えてる……私達、もう友達でしょう? だから大丈夫」


 レクチェさんは何故かは知らないが記憶を取り戻したようだ。そして、全てを思い出した上で、本質として敵のはずである私を友達だと言ってくれている。これだけ言われてどうして私が自分の本能に負ける事など出来ようか?

 ……今ならよく分かる、私の種族がここまで滅びたのか。

 彼女に手を掛けるなど、本能が訴えても心と理性がそれを許せるはずが無いのだ。


「私のもう一人の友達のところに、行きましょう」


 今度は手を引かずに、彼女は私を優しく導いた。




 教会を出ると彼女は光に包まれてふわりと宙に浮く。

 私も変化して飛ぼうとしたがレクチェさんがそれを遮り、彼女が左手で私を撫でるように円を描くと、私もほわんと浮いた状態になった。


「私が引っ張るから、じっとしてて」


「わわわっ」


 私は手を引かれているわけでもないのに、彼女が飛んだ先に引きずられるように飛んで行く。

 私達は街を見下ろすくらいに大きく高く浮いた。そして、


「ひゃあああ!?」


 急降下。自分で飛ぶ分には急降下も怖くないが、他人の力で飛んでいるとなると途端に凄く怖い。間抜けな声を上げて降り立った先は、教会とは全くの反対側の郊外だった。

 すとん、と着地だけやんわり降りて目にした物に、私は自分の目を疑う。


「何をしているんですかエリオットさん!!」


 フォウさんはコレの事を言っていたのだろうか?

 目の前には……セオリーとエリオットさんの二人がかりで地に押さえつけられているルフィーナさんが居た。


「またタイミング悪いところにきやがって……」


 エリオットさんはそう呟きながら、腰元を見ずに手探りでロープを取り出すと、彼に馬乗りになられてその下でもがいている彼女の手首を縛り始める。


「ちょ、ちょっと! 何でそんな事!!」


 私は慌てて駆け寄ろうとしたが、エリオットさんにルフィーナさんを任せたセオリーが走り向かってきた。迎撃するべく私は即座に槍を下ろして構え、距離を保つように後ろへ飛び退く。

 が、いつもはそこまで攻め込んで来ないセオリーが今回は珍しくそのまま攻めて来た。左腰の剣をすらりと抜いて、躊躇い無く私に横一閃。


「くっ!」


 間合いが近すぎる。槍の刃ではなく柄で受け止めて薙ぎ払うが、次々と振り下ろされるその剣撃に、防戦のみになってしまう。


「おいセオリー、クリスは傷つけるなよ」


 縛り終えてルフィーナさんの頭に銃を突きつけている体勢でエリオットさんが言った。


「分かっています、こちらとしてもこの子が必要なので」


「……だとは思ってた」


 最後にキィン! と高い音を立てて一番強く振り下ろされた剣。それを受け止めきれずに少しよろめいたところで、セオリーがそれ以上攻めてこずにエリオットさんの方へサッと下がる。


「ところで王子、非常事態です」


「あぁ?」


 手を組んでいるように見えるのだが、会話の雰囲気からは仲良くなったとも到底思えない。

 ルフィーナさんの頭に銃が突きつけられている状態では下手に動く事も出来ず、私はレクチェさんの傍に彼らを警戒しながらゆっくりと戻った。


「えーと、何故かは知りませんが、ルフィーナ嬢がやろうとしていた事が既に行われた後のようです」


「ちょっと待て、それは俺達に都合が悪いとか言ってなかったか? つーか一体何が行われたってんだよ!」


 徐々に苛立ちが募ってくるように、語尾が強くなるエリオットさん。

 彼の問いには、他でも無いレクチェさんが答えた。


「私の記憶を取り戻そうとしてくれてたんだよね、ルフィーナは」


 凛、と鈴の音のようにその場に響き渡る声。誰もが遮る事など出来ずに彼女の言葉を聞き遂げる。


「この街が好きだって言ったの、きっと覚えててくれたのかな」


 ただそう言葉を紡いでいるだけなのに、先程まで苛立っていたエリオットさんの表情から険が取れる。レクチェさんが喋るだけで目を奪われてしまうのは、私も同じだ。

 ただこの中ではセオリーだけが鋭く彼女を睨んでいた。


「そうよ……」


 縛られて銃を突きつけられた状態で、ルフィーナさんが重い口を開く。


「一番思い出のありそうな場所……この街のあの家で、私はわざわざ森に戻ってまで用意した術具を使って貴女の記憶を取り戻そうとしたわ……」


 それを聞いたエリオットさんが、不思議そうな表情でルフィーナさんの顔を覗き込んだ。


「エルムの枝か。あんな面倒な物をいつの間に用意したんだ?」


「頑張って作ったのよー。ふふふっ」


 言葉の割には、力無く笑うルフィーナさん。

 それが縛られているからなのか、それとも別の何かから来るものなのか、私には分からない。


「でもまさかここに連れてくるだけで思い出しちゃうだなんてねぇ。もっと早く来ればよかったかしら」


 実際には連れてくるだけ、というより何かの介入があったのは確かなのだが、彼女がそれを知るはずも無い。

 頬を地べたに押し付けられたまま乾いた声で呟くルフィーナさんを、エリオットさんはどこか悲しげに見下ろしていた。


「で、これがどうして俺達の弊害になる? 今までずっと黙ってたんだ、何かあるんだろ?」


 そう、エリオットさんだけが知らない。私や姉と、レクチェさんとの本質的な関係を。

 ルフィーナさんはきっと、レクチェさんが記憶を取り戻せば私や姉、そしてエリオットさんとも対峙する事は免れないであろうと思っていた。だから言わなかったのだ。

 私は伝えようとする。もう弊害になどならない、私とレクチェさんは争ったりしない、と。

 が、それを口に出す前にルフィーナさんが言った。


「エリ君がローズって子を救う為なら私に銃を向けられるようにね、私もレクチェに害をなす相手なら殺してもいいと思ってるの」


 その紅い目が鋭く光る。眉間に皺を寄せて睨みつける先は……私だった。

 私を見ながらもその先に私の一族全てを見ているような、その視線に思わずたじろぐ。それほどまでに彼女の想いは強く深いのだろう。


「そんな不毛な争いはやめて……」


 レクチェさんがルフィーナさんを嗜める。だがそれに対して泣きそうな顔で彼女は反論した。


「貴女はいつもそう! それで済まない人間がこの世には数え切れない程居るのに!」


 彼女は加害者の一員として、レクチェさんが私の一族によって捕らえられてからセオリー達によってどういう事をされてきたか見てきたはずだ。

 そしてきっと酷い事をされてきたであろうにも関わらず、レクチェさんは一切セオリー達に手出しをしなかったとも言っていた。本来人間を超越した力を持っているのに、抵抗しないレクチェさんをきっと歯がゆく思っていたのだろう。


「よく分からんがまぁ同意するぜ」


 エリオットさんがいつもよりも低い声色でそう言った。


「邪魔者を先に排除すべきなのは、確かだからな」


「えぇ、その通りです。そして実際の王子の敵は誰なのか、ルフィーナ嬢の反応を見れば分かるでしょう」


 そこへセオリーが余計な口を挟むので、私はついカッとなって叫んだ。


「何を言うんです! レクチェさんもルフィーナさんも敵なんかじゃありません! エリオットさんに嘘を吹き込まないでください!!」


 私は改めて確信する。

 間違いない、コイツが諸悪の根源だ。こんな風にエリオットさんを言葉巧みに誘導してルフィーナさんと敵対させたのだ、と。

 セオリーはこちらの剣幕にあてられる様子も無く、まるで諭すかのように言葉を紡いだ。


「嘘など吐いていませんよ? まだ分からないのですか。貴女の隣にいるソレは、貴女の両親を消し去った張本人かも知れないのですよ」


 それに対し、レクチェさんの顔が少し強張る。

 そう、確かに彼女は私の一族をこの世界から排除するのも役目の一つだろうと聞いている。セオリーの言う通り、もしかして私の本当の両親は彼女によって消されたのかも知れない。

 それでも。


「過去は関係ありません、私は彼女と友達なのです。ルフィーナさんも心配しないでください、私は友達に刃を向けたりしません」


 この想いが伝わるようにしっかりと、言葉ひとつひとつを大事に、彼らに向けて言った。

 当人達が和解しているのに、周囲がその仲を心配して揉めるだなんて何て滑稽な話なのだ。

 しかしルフィーナさんが、私には答えられない質問を投げかける。


「……クリス、例え貴女が大丈夫だったとしても、貴女のお姉さんはどうなの?」


 姉がどうするか、など私が何も言えない事を分かっていて聞いているのだろうか。いや、むしろ今の姉の状態ではレクチェさんに危害を加えようとするのは間違いないのだが……

 エリオットさんもレクチェさんもこちらをじっと見て答えを待つ。

 私は大きく息を吸い、その視線を振り切るように思い切って叫んだ。


「それはそれ!!」


 呆気に取られている周囲を無視して私は続ける。


「とにかく今は敵じゃないんです! 喧嘩するかも知れないからその前にやっちまえだなんて、二人とも横暴過ぎますよ!!」


 叫んで息が乱れた私は、言い切ってからゼェゼェ言いながらも呼吸を整える。


「……これだから子供は嫌いなのですよ」


 ぼそりと呟いたかと思うと煙のように瞬時に掻き消えるセオリーの姿。いつも通り突然現れて突然消える、もう慣れてしまいここで驚く事も無い。

 ふと周りを見渡すと、興が削がれたと言わんばかりにエリオットさんが呆れ顔でルフィーナさんの上から退いて、構えていた銃を下ろしている。その表情にもう、敵意は見えなかった。

 だからセオリーは退散したのだろう。


「クリスさん……ううん、クリス。本当にありがとう」


 レクチェさんがこちらを見てにっこりと笑う。


「……ロープ外してよ、エリ君」


「クリスは自分で外せたぞ、縄抜けの練習だと思って自分でやりやがれ」


 見慣れたその光景に、私はほっと胸を撫で下ろした。解決したわけではないかも知れないが、一先ず暗雲は去った、そう感じる。


「エリオットさんの結び方はここが微妙に甘いんですよ」


「何ィ!?」


 私が彼女達に近寄って縄抜けを教授し始めると、そこにレクチェさんがやってきてルフィーナさんの頬の傷にそっと触れた。すると、仄かに光るその指先が触れた先から、彼女の傷がみるみるうちに治っていく。

 効果だけならば医療魔術と差は無いが、その方法は魔術ではなくまるで魔法のようだった。

 甘い結び目を指摘されて不貞腐れていたエリオットさんだが、彼はレクチェさんのそれを見るなり目の色が変わる。

「どうしました?」


 一応聞くだけ聞いてみるが、


「何がだ?」


 はぐらかされたのか、それとも本当に何も考えていなかったのか。

 明らかに普通の驚き方ではなかったように思うが、まぁそこを聞くのは後でもいいだろう、と私はその場で深く追求はしないでおく。

 縄を解き終わり、擦り傷程度ではあったがそれも治癒されたルフィーナさんは、膝に手を突きながら立ち上がるといつもの何を考えているか読ませないような笑みは捨て、話し始めた。


「……レクチェが記憶を取り戻した今、行く必要は無いかも知れないけど、もう一度着いてきて貰っていいかしら」


 それは本来私達が迷子になる前に連れて行くはずだった場所の事だろうか。


「ご自由に」


 エリオットさんがぶっきら棒に返答する。

 私達は今度こそ離れないように彼女に着いて行った。




 案内されて足を運んだのは、先程私達が不思議な指輪を拾った教会……ではなく、その隣の小さな家だった。

 ルフィーナさんがノックをするとエリオットさんより少し低いくらいの男性の声で返答があったのでそのまま扉を開ける。その家の中は至って普通の居住空間。少しの本棚と作業机にベッド、手狭なキッチン。屋根が球形になっているので普通より更に狭く感じられた。


「こんな夜分に何用だ?」


 下ろされたオーキッドの髪が長く美しい。一目見た印象では男性というよりは女性に見えたが、その鋭いペルシアンブルーの瞳が彼を男性として主張していた。右頬には何の効果かは私は知らないが魔術紋様が刻まれており、一般人ではなく何かしら魔術に携わっているのだとすぐに分かる。


「下に行きたいの、通してくれる?」


 そう言われると、彼は眉を顰めながらも家の中央の床をリズム良く叩いた。

 彼が叩き終わると床はフシュゥ! と煙を上げて床下へ続いているのであろう人一人がやっと通れる程度の小さな戸が浮き出る。


「今更何も無いというのに、最近は珍しく客が来るな」


 彼の呟きにルフィーナさんが意外そうに目を丸くした。


「……あら、他に誰が来たのよ」


「よく知らん偉そうな金髪の子供だ」


「そんなのよく通したわね」


「金払いが良かった」


 そして床の戸を開けると彼はルフィーナさんに向かって右手の平を差し出す。というよりもそれは差し出すのではなく、何かを要求している手。


「物でもいい?」


「物によっては、物のほうがいい」


 ルフィーナさんはごそごそとマントの中を弄って、彼に手の平サイズのスティック状の何かを手渡した。

 それを受け取る彼の鋭い目は、少し目尻が下がる。


「いいだろう」


 彼は床戸から離れて、作業机の近くに置かれていたこの家の中で唯一の椅子に腰掛けた。通っても構わない、という意思表示だろう。


「あぁよかった、要らない物を有効活用出来て」


 そう言ってルフィーナさんがスタスタと開きっぱなしの床の戸へ歩いていく。


「高ぇ通行料だなオイ……」


 渡した物が何なのか把握しているようで、エリオットさんがぶつぶつ言いながらもそれに続いた。そしてレクチェさん、私、と私達は全員がこの謎の家の、謎の床下へと入り終わる。

 ハシゴを降りた先は、水が流れ滴る洞窟だった。


「すぐに着くわ」


 周囲は苔が光って、神秘的な薄暗さを醸し出している。私は思わず口を開けて天井を見上げてしまう……まるで星空のようだ。

 隣を見るとエリオットさんも同じような事をしていたので慌ててやめる。面白いので観察していたら、彼は一通り天井を見上げた後に今度は自分の体を見回していた。ちょっと意味が分からない。

 しばらく流れる水に沿って歩いていると、岩壁に扉が見える。予想通りそこが目的地らしく、ルフィーナさんはその錆び付いた戸をゆっくり押した。

 ……その中は見覚えのあるものだった。


「これは……」


 思わずそこで言葉が詰まってしまう。


「えぇ、研究施設は定期的に移動させていたからココもその一つよ。きっと見覚えがあるんじゃなくて?」


 ルフィーナさんの言う通り、そこに置かれた機材は以前炭鉱跡で見たものと酷似していた。違うところと言えば、炭鉱にあった物よりも錆び具合が酷い。


「ここに居た頃のレクチェはまだ大丈夫だったから」


 どろ水に浸っている床を更に進むとまた扉。


「土地的なモノもあるんだろうけど、私は捕まっていてもこの場所は割と好きだったんだ」


 レクチェさんがそう説明してくれる。


「土地的なもの?」


「いわゆるパワースポットってやつだな、気付かないのか?」


 鼻で笑うように馬鹿にされ、私は頬を膨らませてこの怒りを表現した。そこへルフィーナさんが一言。


「ごめん、私もよく分からないんだけど」


「何ですと!?」


 驚くエリオットさんを睨んでやると、彼は罰が悪そうに頭を掻いてそっぽを向いてしまう。おかしいなぁ、とぶつぶつ言っているがそこは放っておいて先に進んだ。

 次の部屋へ進むとそこは小ぢんまりとした一室。もうほとんど物は置かれていないが、壁には部屋のサイズに合わせた本の置かれていない本棚がいくつも並んでいて、ベッドだった物や机だったのであろう物は、今は朽ち置かれている。


「本は流石に持ち運んだけど、この部屋をよく気晴らしに使わせてあげていたの」


 という事は、


「ここに居た頃はこの部屋でルフィーナさんが住んでいたって事ですか?」


「そうよ」


 レクチェさんは捕まっていてもルフィーナさんの部屋に遊びに行くくらいの自由は与えて貰っていたらしい。

 初めて見た時はそんな自由などなくずっと薬品漬けにされて囚われていたような印象を受けたので、そう聞くと不思議な感じがする。まぁ、ここに居た頃はレクチェさんがまだ記憶を失くす前だったのなら、扱いも違ったのかも知れない。

 私はそれで納得したが、エリオットさんは以前説明を聞かされていないのでサッパリなのだろう。頑張って言葉の端々を拾って推理しているようだが、難しそうな顔をしていた。


「……ルフィーナはセオリーの元仲間で、ここでレクチェを調べていた時にレクチェを気遣って部屋に呼んだりしていた、でいいのか」


「いいわ。次の質問どうぞ」


 エリオットさんのほぼ合っている発言に、彼女は更に質問を促す。


「レクチェは記憶を取り戻したワケだが、それでセオリーや俺が困る理由は?」


 そういえば、私や姉さんの敵なのは確かだけれど、セオリーは何故困るのだろうか。

 研究はレクチェさんがそれに耐え切れず『壊れて』しまった事で中断されていたと聞いている。その対象の記憶が戻る事は普通に考えたら、彼らにとっては状況は悪いとは思えない。

 それに対してルフィーナさんが言う。


「簡単に言うと、レクチェとクリスの種族は相反するものなのよ。レクチェが記憶を取り戻したら、普通に考えたらクリスやお姉さんにも危害を加える可能性があるわね」


 エリオットさんは黙って聞いている。


「セオリーが困るのはアレね。折角見つけたサラの末裔をみすみす失うわけにはいかないんでしょ」


「そういや遺物の回収もクリスに任せてたな、あいつ」


「それだけじゃないわ。結局レクチェの研究を進めるにはクリスやお姉さんの手が欲しいのよ。よく考えてみて。この通り不思議な存在であるレクチェをどうやって捕まえようかしらね?」


 そしてルフィーナさんが私を見た。


「……彼らは私や姉さんの力を借りなければ、記憶を取り戻したレクチェさんを捕らえる事は出来ない、と……」


 それならつまり、私や姉さんが彼らの仲間にならなければいいだけだ。しかし元々敵対している存在である以上、こんな風に出会っていなければ実際彼らの仲間になっていてもおかしくはない。


「手放したら再び捕らえるのは困難なのにも関わらず、あそこに放置して俺達の元へ寄越したのは、記憶を失くしたレクチェをどうする事も出来ずに手を焼いてたってところか」


 もう一つ残っていた疑問をエリオットさんが推理する。


「今思えばそうかも知れないわね」


「……変だったんだよな。ルフィーナがやろうとしている事を止めるんじゃなくて、とにかく俺とクリスに離れろって指示してたんだ、セオリーは」


「貴方達に危害が及ぶのは彼らとしても困るけど、エルムの枝なんて一朝一夕で作れる物じゃないもの、試して貰えるものなら試して欲しかったんでしょ」


 エルムの枝、というのはきっと魔術式の道具なのだろう。多分記憶を取り戻せるかも知れないような、何か。そんなに難しい物なのだろうか、と私は気になったので聞いてみた。


「そんなにそれって難しいんですか?」


 私の問いにルフィーナさんは両手を腰にあてて大きく胸を張って答えた。


「そうね、エリ君が生まれるずっと前からちくちく作ってたわよー。完成に追い込みかけたのは最近だけどねぇ」


 思わず噴き出してしまう。作るだけでそれってとんでもない代物ではないか。

 驚いている私に、エリオットさんは渋い顔をしながらぼそりと、


「そんな大層な物であるソレをさっき通行料としてあの長髪の男に渡してたワケだけどな」


「えええ!!?」


 私は二重で驚かされた。

 そんな物をここに来る為だけに使ってしまうとは……もうここに来る必要はそこまで無いような事を言っていたのに、どうしてそんな物をっ!


「そ、そこまでしてここに来た理由は何ですか!?」


 私は驚くあまりについ叫んで聞いてしまう。

 それに対してはレクチェさんが返答してくれた。


「この洞窟、綺麗でしょう?」


「えっ、あぁ、まぁそうですね」


 彼女はにっこり私に笑いかける。えっ、まさかそれだけの為に?

 そんな失礼な考えがきっと顔に出ていたのだろう、レクチェさんは人差し指を口元に当ててウインク一つ。


「もっといい場所があるんだよ」


 ほんのりと口元だけに笑みを浮かべながら、ルフィーナさんが部屋を出ようと扉に手をかける。その表情から、きっとそのいい場所へ案内してくれるのだろうと伺えた。

 錆びた研究施設を抜けてまた元の洞窟に戻ると、更に少し先へ進む。天井の狭い通路を抜けて、広い空間に出た先には確かに先程とは比べ物にならない光景が広がっていた。


「わ、ぁ……」


 思わず声が洩れる。光る苔だけではなく、光る粉のような物がふわふわと漂っていた。

 多分、広がった天井一面の苔から落ちてきているのだろう、その粉が地底湖にも落ちて湖そのものからも青白い光が放たれている。


「この世界にはこんなに綺麗な場所がいっぱいあるんだって思えば、いつでも頑張れた……」


 レクチェさんが少ししゃがんで透明な地底湖の底を見つめながら言う。彼女達にとって当時の思い出は、金銭に換えられるものでは無いのかも知れない。

 苔による光で奥底まで綺麗に見え、まるで自分が水の中に居るのではと錯覚してしまうくらいだ。現実と夢との区別がつかなくなってしまうような幻想的な空間に、私はしばらくレクチェさんと共に酔い痴れる。

 しかし、エリオットさんは何か別の意味で酔っているようだった。


「エリ君、大丈夫?」


 先程まではすぐそこに立っていたような気がする彼が、あ、いやゴメンナサイ、あんまり視界に入れていなかったんです。

 とにかくその彼が、頭痛でもしているのか頭を抑えながら俯き、壁にもたれかかっていた。

 その様子に気付いたルフィーナさんが心配するが、エリオットさんは頭を抑えていた手を離すと顔を上げて、視線をふいっと横にずらす。


「大した事無いから乙女どもは景色を堪能してろ」


「そう? ダメそうだったら言いなさいよ?」


「あぁ」


 だがその顔色はすぐれない。私は心配になって彼の傍に寄ろうと立ち上がろうとした。が、私より先に動いたのはレクチェさんだった。

 小走りでエリオットさんに近寄り、その手を取って握る。

 何も言わずに手を握ったまま離さない彼女にびっくりしたようで、彼は何か言おうとぱくぱく口を開けたが言葉が出てこない。

 手と手を握り合うその様子を見ているだけならば、薄暗い場所という背景効果もあって恋人同士みたいだった。特にそれを感じさせるのはエリオットさんよりもレクチェさんの表情。手を握ったままどこか物憂げで、私が男ならばその表情だけで恋に落ちてしまいそうである。


「エリオットさん……」


 レクチェさんはそのまま彼の顔をじっと見つめて名前を呼ぶ。

 ……って何ソレ。


「な、何してるんですか?」


 その空気に耐え切れず、つい突っ込んでしまった。


「そういう仲だったの?」


 ルフィーナさんも少しびっくりしているらしい、からかうように、というよりは本当に疑問を投げかけている。


「いや、多分俺の具合を治してくれたんだと、思う、んだけど……」


 こちらも下心が出る以上に、驚きのほうが大きかったらしい。普段ならここでへらへら喜んでいそうなものを、今回はその様子が見られない。


「っ!」


 レクチェさんが慌てて手を離した。


「ち、違うよ! そういうのじゃないからね!」


 焦りながら否定しているが、どんなに状況はそれっぽくても二人がそんな仲だなんて全く思っていないので必死に弁解されても逆に困るというもの。

 私とルフィーナさんは顔を見合わせてから笑う。


「知ってるわよ、そんなのー!」


 自分のした事に照れ笑いつつ、レクチェさんはスタスタまた湖の畔に戻ってきてしゃがんだ。

 エリオットさんは体調が良くなったらしく、先程までの滅入った表情はしていない。 


「凄いですね、レクチェさんって病気も治せるんですか?」


 純粋に湧き出た疑問を投げかけただけなのだが、何故かその質問に彼女は答えず、少し目を伏せながらそれを誤魔化すように口元だけ微笑む。

 私にはその真の意味など分かるわけもなく、ただ何も考えずにその微笑みを肯定と受け取って、それ以上聞かなかったのだった。


【第十一章 思い出 ~終幕への道標~ 完】

【ここまでのキャラ紹介】

 2011-7-21 ご意見を頂いたので増えてきたキャラクターの紹介を載せてみます!


>クリス

 怪盗ローズと呼ばれた盗賊の妹で、精霊武器を扱える『サラの末裔』らしい教会育ちの孤児

>エリオット

 大陸の統治大国エルヴァンの第三王子で、ローズに一目惚れして家出ならぬ城出した馬鹿男。魔力が人と少し違う

>ルフィーナ

 エリオットの元師匠で図書館勤務だったハイエルフ。過去にビフレストの研究をしていた

>レクチェ

 クリス達が鉱山の研究施設で拾った女性。どうやらビフレストと言う神の代行者である事が発覚。不思議な力がある


>ローズ

 クリスと生き別れ、エリオットを従えて盗賊やってたボインさん。今はダインに操られて破壊の限りを尽くしている

>ニール

 クリスの持つ槍の精霊武器の精霊。実体化すると180cm超えの大男。何故かエリオットと仲が悪い

>ダイン

 大剣の精霊武器の精霊。ローズを操ってビフレストと世界を破壊しようとしている暴れん坊


>セオリー

 度々クリス達の前に現れる人外としか思えない程の力を持った男。ルフィーナの知り合いらしい

>フィクサー

 セオリーの仲間らしく、ルフィーナが好きな事以外はまだよく分からない苦労性の上司

>黒髪ショートの女性

 毒舌ボケをかます天才、上司であるフィクサーを度々いじめている


>ライト

 エリオットの親友でディビーナと言う癒しの力を持っている白髪の虎の獣人。一応医者

>レフト

 ライトの双子の妹で食いしん坊。兄の助手をしながら実は陰で色々な気遣いをしている素敵な女性

>フォウ

 ツィバルドで会ったルドラの民。背中に第四の目と言える天然の魔術紋様があって色々視える少年


>レイア

 エルヴァンの軍人で遠征部隊の隊長を務める鳥人の女性。エリオットの幼馴染でもあり、彼に片思いしているっぽい

>隠密部隊の鳥人の男性

 レイアの弟らしい「ッス」が口癖の何だか軽いノリの隠密さん。

>エリザ

 エリオットの姉。ちょっとズレててライトに好意を寄せているようだった。多分ドM。


 こんなものでしょうか!キャラが多くて把握が追いつかなかった方々はコレを読んで思い出してみてねっ。

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