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月川城では軍議が開かれていた。空気は重く、皆一様に項垂れている。
「それでは、金鶴城を亀山家が落とし、姫様を救出することは不可能だということか……」
涙を流し、歯を食い縛って、皆で出した結論だった。
亀山家の動員兵力は三千人に対して、犬井家は少なく見積もっても、三万人はいる。亀山家による月川城籠城以外は戦にすらならない規模の違いである。大名としての格が違うのだ。
他家に助力を頼もうにも、その間に於富の方の病を治すために駒姫の心臓は抜かれてしまうだろう。
軍議に参加した者達の意見を交わした上での結論だった。
兼経は影を背負った面持ちで呟いた。
「すまない、お初……駒を守る約束は果たせそうにない……」
家臣達はそのような兼経を見ることができなかった。
「神刀勘助がしくじらなければ……何のための護衛か」
一人の家臣が吐き捨てた。
「それはこの場で言うべきことではないだろう。それを言うなら、城内への侵入を許した我々にも責任がある」
正吉は毅然とした態度だった。
「なんだと、正吉! お前、神刀勘助の肩を持つのか。目の前で姫様を拐われ、みすみす生きて帰るとは武士の風上にも置けない奴だろう! それに元々、奴は姫様を拐うためにこの城に潜入した裏切り者だろう」
一触即発の空気。今にも刀が抜かれそうだ。
その空気を襖が開く音が一刀両断した。
皆、襖を開けた人物を注視する。
小姓が頭を下げていた。
「軍議中に大変申し訳ありません。殿! 犬井家から文が届きました」
小姓は文を掲げながら兼経に近付く。
「うむ」
兼経は文を受け取った。
この場にいる全員が固唾を飲んで見守る。先程の一触即発の空気はすっかり霧散していた。この文の内容が今後を左右するということをこの場の全員が理解しているのだ。
兼経は文を開いて目を走らせる。呼吸すら忘れているようだった。最後まで読み終わったら、家臣達に笑顔を向けた。
「犬井家は駒を返還する意向で、神刀が亀山城に駒を送り届けるそうだ」
次の瞬間、堰を切ったように歓声が溢れた。




