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金鶴城の一室には、緊迫した静けさが漂っていた。駒姫は正座し、手を膝に置いたまま、微動だにしない。
掛け軸の水墨画の龍が鋭い眼光で駒姫を睨んでいた。太く荒々しい筆致の龍は今にも飛び出してきそうである。牙と爪は黒く鋭く、容易に駒姫を切り裂いてしまうだろう。龍が心臓を狙っているかのような心地がした。
襖の向こうで見張りの息遣いがしていた。
ここから逃げ出す術を駒姫は持ち合わせていない。死はすぐ傍にある。ただ刃が振り下ろされるのを待つしかできない。そのような確信だけが胸に沈んでいた。
それでも、心の奥で微かな熱が残っていた。
諦める訳にはいかない。
先の戦では父も家臣も命をかけて私を守ろうとした。
母は幼い私に愛を注いでくれた。
その想いを自ら手放すことはできない。私が絶えるということは彼等の想いを無駄にするということだ。
世は常に揺れる。絶望の底にも予期せぬ裂け目がある。そこから光が差すこともあるのだから。
一つ深く息を吸い込んだ時、襖が音もなく動いた。
義信が立っていた。その眼は刀のように一切の曇りがない。
「……苦しまないようにはしてやる」
低く、祈るような声だった。
義信は淀みなく刀を抜き、駒姫との間合いを測っていた。
義信が一歩、近づく度に畳が軋む。
その音に押されるように駒姫の足が後ろへ後ろへと下がっていく。だが、一瞬たりとも距離自体が離れることはなかった。
駒姫の瞳に涙が滲み、足がすくみ始める。濃密な死の気配に飲み込まれそうになっていた。
そのような時に頭の中で駒姫を呼ぶ、優しい声が聞こえた。
駒姫は息を飲む。
諦めては、いけないよね。
駒姫は後ろへと下がろうとする足を踏み留まらせた。
義信の刀先が駒姫に向けられる。
死への圧力を感じた駒姫はその切先に向けて、両手を伸ばした。その両手は駒姫を想う人達によって支えられているような気すらしていた。
「刀を振り下ろしてみなさい。その刀、奪ってみせる」
義信の眉が微かに揺れた。
彼は大きく息を吐く。
「お前に恨みはないが、母上の病を治すためにお前を殺さなければならないのだ」
対峙する義信と駒姫、殺気が交差する。
駒姫は己の心臓の音が大きく脈打っているのを感じていた。
廊下で慌ただしい足音がこちらに近づいてくる。
殺気は霧散し、二人ともその音に視線を向ける。
足音が部屋の前で止まり、襖が開かれた。




