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その日はいつもと同じ朝だった。
勘助が目を覚ますと、台所から包丁で菜っ葉を切る音がシャクシャクとした。味噌汁の香りも漂ってくる。
勘助は寝具の麻布を蹴飛ばして起き上がり、香りに引き寄せられて、台所へと向かう。
台所では、伊与が長い黒髪を揺らしながら料理をしていた。窓から朝日に照らされて輝いている。
気配に気が付いたのか、伊与は振り向いた。花が咲いたように微笑む。
「あら、起きたの? おはよう。ご飯、もう少しでできるからちょっと待ってね」
そう言うと、伊与は菜っ葉を切ることを再開した。
その後ろ姿に愛おしさが込み上げてくる。
勘助は伊与の後ろに立つと、お腹に腕を回し抱きつく。柔らかく温い。確かな存在を感じた。
「ちょっと……ご飯作れないでしょう」
伊与は困ったような甘えた声を出した。手に持っていた包丁は既に台に置いているため、満更でもなさそうだ。
勘助は伊与の首筋に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。伊与の匂いがした。キンモクセイの匂いとも違う、幼い頃からずっと側にあった匂いだった。
「くすぐったいよ......」
伊与は勘助の腕の中で身動ぎをした。
童心を思い出した勘助は伊与の脇に手を突っ込んでくすぐる。
「あはは、やめて~」
伊与は笑い、脇を締めて身をくねらせる。
伊与は子供の頃から、これが苦手だった。あの頃は加減がわからなくて、泣かせてしまったこともあった。泣かせたかったわけではなく、笑わせたかったのだ。しかし、面白いことを言うのは容易ではないため、くすぐって笑わせていた。
あまりやりすぎると可哀想なので、ほどほどでやめる。
「あ~、くすぐったかった……子供の頃から、ずっとこちょこちょされているのに全然慣れないの、なんでなの~」
息も絶え絶えの伊与は労るように自らの脇をさすった。
そんな伊与を勘助はまた抱き締めた。
伊与は結ばれた勘助の手の甲を撫でながら言った。
「今日は儀式の日でしょう。早く準備しないと駄目よ」




