19
「任務はどうした? 何故駒姫を拐ってこない?」
一郎からの問いに勘助は沈黙で返した。代わりに神刀を持つ手に力が入る。
話し声で駒姫や弥太郎が起き始めた。
「まさかお前が裏切るとは思わなかった。一体どうしたんだ?」
「……俺はわかったんだ。駒姫は死ぬべき人間ではない。そして、神刀の力はそのような人を守るためにあるんだと」
「それが裏切った理由か?」
「神刀の一族を裏切ったつもりはない。ただ、神刀の一族の力の使い道を理解しただけだ」
「ははは!」
「……何がおかしい?」
「いや、お前がそれを言うのかと思って。神刀のことを何もわかっていないようだな。その刀の力は誰の心臓を貫いて手に入れたものだ?」
「……伊与だ」
勘助の背中に冷や汗が垂れる。まるで刀を喉元に突き付けられているような感覚だ。いや、実は気が付かなかっただけで、冷たく重い鉄が常にそばにあったのではないか。
駒姫は掛布団を握りしめ、子供達の肩は小さく震えていた。
「神刀の一族は愛する者を犠牲にすることで力を得てきた。お前は伊与を犠牲にして得た力を振るって、誰かを守るべきだって主張しているんだぞ。その矛盾に気が付かないとは憐れだと思ってな」
一郎の言葉が胸を刺す。
そして、十兵衛の嘲るような声が風のようにやってきて、頭を反芻した。
お前は矛盾に気が付かない阿保だったとは。
ようやくその重さが胸に沈んだ。
勘助が一番守りたかった愛する者は勘助自身の手で犠牲にしていたのだ。
床が頼りなく歪んだ感覚がして、膝に力が入らない。視界が揺らいで、勘助は崩れ落ちた。心が重くて立ち上がれそうになかった。
これは伊与を犠牲にしてしまった重さだ。今まで背負えていたのはそのことを認識できていなかったからである。
「ようやく神刀の重さを理解したか」
そばに一郎が来た気配がした。だが、勘助にはどうすることもできない。
「無様だな、勘助。せめて俺の手で送ってやる。伊与とはお別れになるがな。だが、安心しろ。お前の神刀もちゃんと神社に祀っておいてやる」
無表情の一郎が緩やかに神刀を振り上げた。
「待ちなさい! この者に手出しはしないように。私はここにいます!」
駒姫の澄んだ声が夜に響いた。
一郎は神刀を止め、駒姫の方を向いた。
「それは大人しくついてきてくれるということか?」
「あなたがそう望むのなら、そうしましょう。ですが、この城と城の者達に手出ししないことが条件です」
「この状況で交渉とは豪胆だな。だが、いいだろう。俺の目的はもはやお前の身柄だけだ」
駒姫はそっと一歩を踏み出した。背筋を伸ばし、部屋を出ようとしている一郎の後ろへ静かについていく。
勘助は俯いたままで、弥太郎を含めた子供達は震えている。
部屋を出る直前で一郎は立ち止まった。勘助を見もしない。
「勘助、お前は神刀の一族として失格だ。殺す価値もない。罪の意識に苛まれながら、この世で生きろ」
駒姫と一郎は部屋を出た。
残された部屋では、子供達は静かに泣いていた。その中で弥太郎は声をあげた。
「だから、僕はまだ武士になれないんだ!」
弥太郎はまだちょんまげが結われていない髪を小さな手でぐちゃぐちゃにかき乱した。
「姫様を守るために、ししょーを助けるために、今まで特訓してきたのに……もっと強くなりたい!」
弥太郎は悲痛な声で泣いた。目からは悔しさと無力が溶けているような涙が零れ落ちた。やがて、それは雷雨のように激しさを増していく。
弥太郎は鞘に収まった刀の柄を握り締めた。指先が白くなるほどに力を込めていた。
勘助はその様子をただ呆然と眺めていた。




