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金鶴城で義信は於富の方の部屋の襖の前でうろうろしていた。足音が静かな廊下に響く。
襖の前の護衛はそれを気にしていないようだった。
しばらくそのような様子が繰り広げられると、襖をゆっくりと開いて、腰の曲がった老人が部屋から出てきた。
義信は老人に掴みかかるような勢いで聞いた。
「どうなのだ!? 母上は助かるのか!?」
老人は首を垂れ、力なく首を振る。
「……手は尽くしていますが」
「病を治すのがお前達医者の役目だろうが!」
義信は老人の胸ぐらを掴む。干からびた身体は軽々と宙に浮いた。
老人は苦しそうにもがいていた。
「殿、おやめください! 大奥様の前ですぞ!」
護衛がそう言うと、義信は医者を渋々降ろした。
「げほげほ……私も最善は尽くしております。しかし、医者は治癒者の心臓のようにあらゆる病を治せませんゆえ……」
着物の襟を直した老人は逃げるように去っていった。
義信の拳は握りしめられ、震えている。
「ごほごほっ……」
部屋の中から命を吐き出すような咳が聞こえた。
襖が鉄のように重そうに見える。
ここに入らなければ、そうしなければ、取り返しのつかないことになってしまう。
「部屋に入れろ。母上に一目会いたい」
護衛は首を振った。
「なりません。大奥様の厳命でございます。当主に病を移してはならぬと」
「……くそ! 神刀は一体何をしているんだ。もうあれから一ヶ月は経つというのに何の音沙汰もないじゃないか」
義信は吐き捨てた後、廊下に向かって怒鳴った。
「誰かおらぬか!」
「はい、ここに」
女中が慌ただしく姿を現して土下座した。
「十兵衛を呼べ!」
「承知しました」
女中は着物の裾を抑え、摺り足で去っていった。
しばらくすると、十兵衛が着物の裾を捲りながら走ってきた。
「お呼びでしょうか、殿」
義信の前につくと、十兵衛は片膝ついた。息は全く切れていない。
「軍の状況はどうなっている?」
「兵糧や軍備の準備は万全。いつでも出陣できる状態にあります」
「よし、それでは出陣だ。月川城を落とし、駒姫を確保するのだ」
義信がこの場を去ろうとする。
しかし、十兵衛は動かなかった。
「……少々よろしいでしょうか?」
「なんだ、私は急いでいるんだ」
「月川城は三方を川で囲まれた堅牢な城でございます。短期間で落とすのは厳しいかと思います。無理攻めをしたら、軍に多大な被害が出ます。ここは神刀の一族に任せるのが良いのではないでしょうか?」
「その神刀から何の音沙汰もないだろう!」
義信は吠えた。
しかし、次の瞬間には城主の顔に戻る。
「それでも、やらねばならないのだ。頼むぞ、十兵衛。お前が頼りだ」
十兵衛がゆっくりと腰を上げた。
「……私も武士です。殿にそこまで言われたら、やり遂げなければなりません。出陣しましょう」
「……苦労かけるな」
「いえ。それと平行して神刀一郎を月川城に呼び出しましょう。この度の責任を取らせるのです」
「……妙案だな。神刀一郎、このままで終わると思うなよ」




