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第三話裏: 偶像の黄昏

境界都市アクロポリスの南、黄金の光に包まれたレヴィアタン統治区。 その外縁に位置する巨大な物流集積所『センター・オブ・ウェルス』は、不夜城のように輝いている。 ここは、世界中から集められた富が「効率」という名のベルトコンベアに乗せられ、分配される資本主義の心臓部の一つだ。


フリードリヒは、その心臓部を囲む高すぎる鉄柵を、影のようにすり抜けた。


「……眩しすぎて、反吐が出るな」


彼はフードを深く被り、煌々と照らされる水銀燈の光を嫌うように目を細めた。 ここにあるのは、徹底的に管理された秩序だ。 警備ロボットの駆動音、計算され尽くした物流の唸り。それらすべてが「この世界は豊かである」という合唱を奏でている。


だが、フリードリヒには見えていた。 その煌びやかな光の裾野で、磨り潰され、捨てられていった無数の「価値なき人々」の死体が。


「侵入者あり! 止まれ!」


鋭い警告音と共に、重厚な装甲に身を包んだ警備隊員たちがフリードリヒを包囲した。 先頭に立つのは、レヴィアタンの「安全」を狂信的に信奉する男、隊長のワグナーだった。


「少年、ここは選ばれた者だけが立ち入ることを許される聖域だ。貴様のような浮浪者が、その汚れた足で踏み込んでいい場所ではない」


ワグナーの言葉には、確固たる選民意識が宿っていた。 彼の背後には、レヴィアタンから与えられた最新鋭の武装――異能を増幅させる「秩序のオーダー・シールド」が展開されている。


「聖域、だと? ……ただのゴミ捨て場を、よくもそう呼べるものだ」


フリードリヒの声は、どこまでも冷ややかだった。


「貴様、我が社の繁栄を愚弄するか! この物流が止まれば、都市の市民は明日をも知れぬ。我々の正義こそが、この街を支えているのだ!」


ワグナーが叫ぶ。その瞬間、彼の盾から放たれた光が、物理的な圧力となってフリードリヒを押し潰そうとした。 それは「規則を守らぬ者は存在してはならない」という、この街特有の冷徹なルールの具現化だ。


だが、フリードリヒは眉一つ動かさない。 彼はただ、まっすぐに歩みを進めた。


「正義……。秩序……。お前が縋っているその言葉に、一体どれほどの重みがある?」


「何を……っ!?」


ワグナーは目を見開いた。 フリードリヒが近づくにつれ、展開していたはずの「秩序の盾」が、まるでもろい硝子細工のようにパリン、パリンと音を立てて砕け散っていく。


「お前が守っているのは、市民の生活ではない。……数字だ。画面上の『0』と『1』が増えることを、お前は正義だと教え込まれた。お前の誇りも、その立派な盾も、資本という名の神が見せている安っぽい手品に過ぎない」


「黙れ……黙れ! 私は、私は正義のために――!」


「神は死んだ。……そして、その代行者である市場も、今ここで死ぬ」


フリードリヒが、無造作にワグナーの装甲に手を触れた。


能力――【神は死んだ(ゴット・イスト・トット)】。


その刹那、ワグナーの世界が暗転した。 彼が長年積み上げてきたキャリア、信じていた会社への忠誠、そして己が「正義の味方」であるという自負。それらすべての価値の根拠が、根底から腐り落ち、崩壊していく。


「あ、……あぁ……」


ワグナーは膝をついた。 物理的なダメージは何一つ受けていない。だが、彼の精神を支えていた意味が消滅した。 彼の手にある高度な武装は、いまやただの重い鉄の塊に過ぎず、彼が守ろうとした物流拠点は、ただの「無機質な箱」へと成り下がった。


フリードリヒの瞳には、跪く男への憐憫れんびんさえなかった。 ただ、そこにある「偶像」を一つ解体したという事実だけが、静かに積み上がっていく。


「……価値など、最初からどこにも無いんだ。気付くのが遅すぎたな」


フリードリヒは、戦意を失い、ただの抜け殻となった男たちの間を通り抜け、施設の中枢へと向かう。 ルーが、高い通気口の上で足をぶらつかせながら、くすくすと笑っていた。


「相変わらずね。彼らから『光』を奪って、一体何が楽しいのかしら?」


「楽しい、だと? 冗談はやめろ。……俺はただ、ゴミをゴミだと教えてやっただけだ」


フリードリヒは吐き捨て、黄金の扉を蹴り開けた。 その先にあるのは、レヴィアタンが隠匿する膨大な「機密データ」。 彼が誰にも拾われなかったあの夜、自分を泥水の中に置き去りにした「システム」そのものを、彼はこれから一つずつ、丁寧に殺していく。


夜の闇の中、少年の影はどこまでも黒く、そして鋭く伸びていた。

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