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第十話裏: 永続革命への点火

「……狂っている」


コミューンの前線司令部。無機質なコンクリートの壁に囲まれた部屋に、無数のモニターが放つ青白い光が揺れている。映し出されているのは、レヴィアタン本社ビルが「美学」という名の暴力によって解体されていく、地獄のようなパノラマだった。


黄金の摩天楼に深く突き刺さったルーデルの鉄翼。ビルの外壁を垂直に駆け上がり、光学的迎撃網を嘲笑う岩本の黒い影。それは「富」と「計算」が支配していた秩序が、三島由紀夫の信奉する「死のロマンティシズム」によって物理的に上書きされていく光景だった。


フリードリヒは、その画面を見つめながら、吐き捨てるように呟いた。


「狂っているのではないよ、フリードリヒ君。あれは、歴史という巨大な歯車が回る音だ」


背後から、一切の乱れがない足取りで丸山眞男が近づいてくる。彼は眼鏡の縁を指先でなぞりながら、モニターに映る爆炎を、まるで複雑な数式を解くかのような冷静な眼差しで見つめていた。


資本レヴィアタンが積み上げた虚飾の平和を、反動的なロマン主義(楯の会)が焼き払う。だが、彼らには破壊の後に築くべき『論理』が欠落している。……だからこそ、我々『作為』を持つ者が動かねばならない。この混沌を、歴史の正解へと導くためにね」


「……理屈はいい。俺を、どうするつもりだ」


フリードリヒが振り返る。その瞳には、かつての孤独な絶望だけでなく、自分を「部品」として扱おうとする者たちへの、煮え繰り返るような憎悪が宿っていた。


「決まっているだろうが! 理屈をこねくり回して飯が食えるか!」


丸山の横から、軍靴の音を荒々しく響かせて一人の男が割り込んできた。レフ・トロツキー。赤い外套を戦風に翻し、その全身からは、戦場の硝煙と、人を狂わせるほどの「熱」が立ち昇っている。


「丸山の書斎仕事には反吐が出る。いいか、ニーチェ。大衆が求めているのは、前進し続けるための『血』と『火』だ! お前のその薄ら寒い虚無を、戦場という釜の中にぶち込んでやる!」


トロツキーが、拒絶する暇も与えずフリードリヒの肩を掴んだ。 その瞬間、トロツキーの異能【永続革命パーマネント・レボリューション】が発動する。


「――っ、が、あああぁっ!!」


フリードリヒの視界が真っ赤に染まった。 血管の中に沸騰した鉛を流し込まれたような、暴力的な昂揚感。それは本人の意志とは無関係に、細胞の一つ一つを「闘争」のために強制起動させる、呪いのようなブーストだった。心臓が胸を突き破らんばかりに鼓動し、肺が熱い大気を求めて喘ぐ。


「やめろ……熱を、俺の中に……入れるな! 俺は、何も……望んでいない……!」


「拒絶しろ! その拒絶こそがガソリンだ!」 トロツキーが狂気的な笑みを浮かべ、講堂を埋め尽くした数千の赤軍兵士たちに向かって軍刀を振り上げた。 「全軍、前進! 少年を見ろ! 彼の『否定』が、古き世界のすべてを灰にする! 我々の進軍に、停止ストップの文字はない!」


「ウオオオォォォッ!!」


異能による精神同期を受けた兵士たちが、一斉に咆哮を上げる。彼らの瞳はフリードリヒと同じ「永久革命」の赤に染まり、恐怖も疲労も忘れた「革命の肉塊」と化して、レヴィアタン本社へと進撃を開始した。


その狂乱の中心で、フリードリヒは輿こしのような移動台に据えられ、祭壇の生贄のように担ぎ出される。


「……ああ、実にいい。その、世界を呪う顔だよ、フリードリヒ君」


丸山は、進軍の風に髪をなびかせながら、満足げに微笑んだ。 「君が世界を否定すればするほど、アダム・スミスの『思想市場』は君を『最高の革命家』として買い上げる。君の個人的な孤独さえも、今やコミューンの『破壊の正当性』を支える公共の資産だ。君に、もはや逃げ場はない」


フリードリヒは、四肢を焼く熱量と、心を凍らせる丸山の言葉に、奥歯が砕けるほどに食い縛った。 自分の「虚無」が、丸山の「作為」によって精製され、トロツキーの「暴力」によって爆発させられる。これ以上に屈辱的なことがあろうか。


(殺してやる……。丸山も、トロツキーも……俺を『意味』に変えるこの都市のすべてを……!)


フリードリヒの瞳から光が完全に消え、漆黒の霧が彼の足元から溢れ出した。 しかし、その絶対的な拒絶の波動さえも、トロツキーの熱波と混ざり合い、レヴィアタンの防衛線をドロドロに溶かし尽くす「漆黒の劫火」となって、戦場を飲み込んでいった。


中立地帯の瓦礫を蹂躙し、コミューンの軍勢が黄金のビルの直下へと肉薄する。 ビルの頂上ではルネが「生」のために叫び、地上の入り口ではフリードリヒが、強制された「死」の炎を纏って立っていた。


二つの運命が、一つの戦場でかつてない質量を伴って激突しようとしていた。

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